エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

石に触れる

2010年11月11日 | ポエム
石室を構成する石板は重厚であって、かつてその石を削った人々の思いが込められている。
縄文時代の例えば住居遺跡であったり、古墳時代の石室であったり、その時代の石に触れる事は対話することである。






        石に触れる


      石に触れる
      そのまま手を添えて瞑想する
      古代の先人と対話をする
      時間を超え
      彼岸の彼方との距離を測る
      石に触れるという行為に
      対話の基本を見出した古代の先人に夢をはせるのだ

      石に触れ
      ぼくは
      石室の空間に移入されてしまった
      この暗闇の中で
      ぼくは浮遊する木霊を捉えた
      木霊はいかなるアングルからでも
      ぼくの網膜に映像を結んだ

      網膜は
      瞑想に酔ったまま映像を結び続けた

      石に触れる
      そのまま
      ぼくの精神は木霊とともに石室に移入され
      浮遊し続けた
      ぼくの支柱は
      石の刻印でなく樹の造作である

      石と樹の織りなしていく空間は
      あまりに見事な結果を招来する
      文化も文明も精神世界も
      形而上
      形而下を問わず
      広大無辺の宇宙を形成する

      石と樹の衝突は
      あらゆる構造をコペルニクス的に変換させ
      新たな宇宙を創造する女神である

      ぼくは石に触れ
      古代の先人と対話を繰り返した
      営みは
      無限に続き
      ぼくは肉体を消耗させてしまった

      昇天でなく
      ぼくは
      散華できたのだろうか





この二つの石室は、古墳時代前期のものである。
彩色の痕跡なども見てとれる、見事な造作である。

それにしても、よくここまで梳ったものであると感心する。
その技術水準の高さにだ。



ぼくは、この石に触れた。
小さな博物館の中に展示されていた。

どうぞ、触れて下さい!
と、踏み台が置いてあった。

嬉しい配慮である。






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ギンナンは臭い、されど美味い!

2010年11月11日 | グルメ
見上げた高い空である。



風が吹くと、パラパラと何物かが落下してくる。
その正体は、ギンナンである。



足元はギンナンの絨毯となっているのだ。
自然の恵みをもたらす風に感謝である。



ギンナンの実もさることながら、こうして落ちてくる黄葉した葉のハラハラとした風情も秋の魅力である。



1つ所にまとめて、ビニール袋に素早くしまい込む。
これをのろのろとしていたら、悪臭が漏れだしてくる。

そんな強迫観念すら覚える臭いである。
作業は迅速にするに限るのである。



もう・・・箒で掃いてまとめたくなるような舗道であった。

風は適度に吹いてギンナンを落とし続けた。



枯葉は、徐々にまとめられる。
しかし、ギンナンはそうはいかない!

丁寧に一つずつ拾い集める。
それも素早く!

そうした集め方が正しいのであり、ギンナン拾いの作法である。







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