エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

縄文からの谺・・・モノローグ

2010年11月21日 | ポエム
縄文時代のカプセルで、ずっときみを待っていたのだ。
縄文時代のカプセル、それは貝塚なのである。





        きみを待つ・・・太古からのモノローグ


      ぼくはずっとここで横臥していたのだよ
      きみの訪れを待ち続けてもう6千年の歳月が
      流れ去って
      いった

      ぼくはまだこれからもきみを待ち続ける
      6千年でも6万年でも
      待つという行為は
      いつだって同じだから

      きみが
      ぼくの眠りを解くのは
      そんなに焦らなくても良いのだよ
      ゆっくりゆっくり
      きみの温かな感性と
      きみの豊かな愛情で
      ぼくを静かに揺り起してくれないだろうか
      そう
      そんなに焦らなくても良いのだから

      ぼくは
      横臥しつつぼくの周辺に溢れている
      貝殻の模様と
      それぞれの意匠を数え続ける
      それも楽しいものだ

      今までだって
      そしてこれからだって
      そうして時間の過ぎゆく音を聴き続けるのだよ

      きみに
      抱かれる時が遅れれば遅れるほど
      その時に
      豊穣の平野に注がれる水のように
      奔放になれるから

      ぼくはこうして横臥していても
      決して苦痛ではないのだよ
      むしろ天国を浮遊する言霊のように快楽を享受している

      ぼくが生きた時間のそれのように

      ぼくはまだこれからもきみを待ち続ける
      6千年でも6万年でも
      何光年だって
      待つという行為は
      いつだって同じだから





ぼくはここで生活していたのだった。
集落の仲間とはいつだって穏やかに過ごしていた。

いくつもの季節が過ぎ、海が後退していきぼくたちの集落も移動していった。
縄文海進が終わりを告げると陸地が顔を出し、川が流れ始めた。

人々は集落を川沿いに移動し、やがてぼくのこのカプセルも見捨てられていったのだった。



ぼくが生きていた時代・・・。

腰を屈めて家に入る。
そこには暖かい火が燃えていた。

空気は冷たかったけれどぼくの心はいつも暖かかった。



家の周囲は、絨毯のようにフワフワの枯葉の温床が広がっていたのだよ。






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                     荒野人

多摩湖の晩秋に出かけた

2010年11月21日 | ドライブ
多摩湖の通称で呼ばれる東大和市の狭山丘陵の渓谷に造られた人造湖は、村山貯水池(Murayama Reservoir)である。
ここは、東京の水甕でもある。



小河内ダム(奥多摩湖)もそうだけれど、湖畔が美しいし、湛えられた水が綺麗である。



この日は従弟と午後に出かけたのである。
小春日和の暖かい午後であった。



従弟は、この場所を散策のエリアにしている。
健康のために歩くのだそうだ。
1時間少しでこの多摩湖畔に行きつく距離である。



屹立する欅の大木が、秋空を掻きまわしている。
雲がクルクル回っているかのようである。



近くには西武園もあるし、かつてのユネスコ村の広大な丘陵が広がっている。



紅葉が始まり、終わりを迎えようとしているのである・



村山第一取水塔である。
日本で一番美しい取水塔と言われているのである。



従弟と帰り道、お茶をしたのである。
この木は、その駐車場にあった。



男二人で、焼きリンゴを頂いた。
メイプル・シロップをかけ回し、口に放り込んだ。

甘さが快かった。
リンゴのシャキシャキ感を残しつつ、舌に滑らかさが残るのである。



家に帰り着くころ、天には月がかかっている。
間もなく満月である。

素敵な午後であった。




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