大貫郵便局から県道2号線に出て、リゾートアウトレットの横を進みました。まいわい市場へこの方角から近づいたのは、実は初めてでした。いつもは「ゆっくら健康館」の横から行っていたからです。
まいわい市場で土産を買い、来た道を引き返して県道106号線から大貫髭釜商店街に戻りました。「みむら時計」の付近からもマリンタワーが望まれました。
「みむら時計」の前あたりから下り坂になっていますが、これによって商店街エリアが微高地上に位置していることが分かります。かつての海岸線が県道2号線の内側であったことを考えると、昔の砂浜のラインはちょうど商店街のすぐ裏までに達していたのではないかと思われます。その名残は、現在の埋め立て地区が造成される以前の地形の航空写真などにもうかがえます。
「あんばいや」の女将さんの話では、例の震災の津波が、商店街の大部分には及んでいなかったということでした。アウトレットも役場も冠水してしまったのですが、「あんばいや」を含めた曲がり松エリアは丘陵裾の台地状地形に占地していたおかげで、津波の難を逃れたということでした。
それもそのはず、大洗も中世、近世の長い歴史のなかで幾度の津波や高波を経験しています。その教訓を重ねて、水害を受けにくい現在の地形上に商店街の主要部が形成されたわけです。だから役場がかつての西福寺横の高台から下方に移転したのは、ある意味失敗であったことになりますし、県内初のアウトレット施設を旧海岸線の外側に置いたのも、高津波の可能性を全く想定していなかったからでしょう。
日本では、古代から商業地域を高台または水はけの良い場所に配置する傾向がありましたから、海岸沿いにアウトレットのような商業施設を建てるという発想自体が根本的に間違っていたのではないかと思います。
「豊年屋機工部」は定休日でしたが、ツチヤは二階の窓から笑顔をみせていました。隣の窓には、あのツナギも懸けられていました。
一階のシャッターに貼られた「欠席届」が楽しくて笑えます。自動車部の軍手、まだ販売しているようでしたが、今回は購入の機会を得ませんでした。情報によれば、たとえ完売しても色を変えて再版されるらしい、との事です。現在のカラーは自動車部メンバーの着ているツナギの色と同じ黄色ですが、次は青色や緑色になったりするのでしようか。
更に進んで永町商店街の旅館「福本楼」前まで走りました。玄関口には五十鈴百合のパネルも置いてありますが、それにもかかわらず「福本楼」ではガルパン応援宿泊プランを実施していないと聞きます。ガルパンへの理解や思い入れが、お店によって様々にあるということなのでしょう。
引き返して若見屋の信号交差点まで戻り、道路拡張部分の戦車道立て看板を見ました。以前の商店街を写した写真集などを見ると、この位置にも店舗の建物があったようです。都市再開発事業の一環としての道路整備によって立ち退きを余儀なくされたのでしょう。
道路の反対側の区画は、住宅も新しいものばかりで、何らかの土地整備事業地区であったことが伺えます。
道路拡張部分の続きには、いまなお八百屋を営む古い商家があります。いずれは立ち退きとなって取り壊されるのでしょうが、店の御主人の頑固そうな雰囲気には、立ち退きを良しとしない姿勢すら感じられます。
この位置から見ると、道路の拡張予定幅が、現状の倍に近いものであることが分かります。歩道スペースを重視して広く確保しようという計画なのでしょう。確かに現状では、この位置から北のエコス方面に行く道の歩行帯が非常に狭く、道路を大型車が走るとかなり危ない状況です。しかも歩行帯に電柱が立っていますので、自転車で走ると余計に危ないです。
榎澤輪業商会さんに自転車を返却し、少し話をしてから挨拶して出発し、大洗駅まで歩きました。今回は大洗磯前神社への初詣が目的でしたので、商店街巡りも散歩程度にとどめ、早い時間帯に帰途につく予定でした。
駅前のバス停の横にある、「商店街ワンコイン&ちょっぴりグルメ案内マップ」の大きな立て看板です。ガルパンブームの前までは、こうしたささやかな食べ歩きのコース設定が、商店街の振興策の一つであったようです。もともと美味しい食べ物の多い地区なので、こうしたミニ観光への取り組みも以前からなされていたようです。紹介されている店舗の大半が、いまはガルパンキャラパネル設置店になっています。
大洗駅のインフォメーションコーナー内の飾りつけも、正月仕様になっていました。
展示してあるガルパン戦車キットの完成品も、少しずつ陳列替えが行われているようです。前回の訪問時には無かったピットロードのEDバージョンもどきの作品が面白かったです。
インフォメーションコーナーの係員の方に、ガルパンラッピング列車の運行時期やタイミングについて聞きました。大体は早朝か夕方に運行されることが多いそうで、あとはイベント時に時間を合わせて運行する程度だということでした。
いつか乗ってみたいのですが、この日も運行が無くて残念です、と話したところ、「今日は運行はありませんが、ラッピング車輌は二両とも駅構内に停めてありますから、見学なら出来ますよ、との返事でした。
本当ですか、と嬉しくなって切符を買って早めにホームに上がると、ラッピング車輌の1号車と2号車が連結されて駐機線に停まっているのが見えました。
これは思わぬラッキーでした。ラッピング車輌の1号車と2号車が連結された状態を見るのは初めてでした。
1号車のあんこうチームのデザインです。
2号車のあんこうチームのデザインです。Ⅳ号戦車D型に乗っている点は1号車のと共通しています。端に居るのは、サンダース校のケイとナオミですが、アリサは居ないのかな・・・。
1号車の全容です。
2号車の一年生ズです。河西忍は腕組み姿が決まってますが、宇津木優季と大野あやの腕組み姿は珍しい気がします。これで丸山紗希も腕組みしていたら、もっと珍しかったでしょう。澤梓の指さしポーズも自信に満ちていて、次期副隊長候補らしいオーラが感じられます。
この中でボースが決まってるのは、やっぱり磯辺キャプテンかな・・・。近藤妙子が澤梓と対の指さしポーズをとっているのは、何か意味ありげです。阪口桂利奈も山郷あゆみも、腕組み姿はちょっと違和感ありますが、ももがーのは何故か違和感が無いんですね。ももがーは目力もけっこう強いので、パワーを感じさせる腕組み姿が似合っているのかもしれません。
2号車の先端には聖グロリアーナ女学院のダージリンとオレンジペコが居ます。どうしてアッサムが居ないんでしょうかね・・・。
西住みほが持っているのがヘッドホンだとは、一見して分かりませんでした。良く見ると五十鈴華もレシーバーみたいなのを手首にかけていますね・・・。
2号車の全容を撮ったつもりでしたが、ちょっと切れてしまいました。
駅名表示板と一緒に撮ってみました。大洗駅のガルパンラッピング車輌、という絵になる構図がグッドでした。
この日は、ラッピング車輌だけでなく、他にも数輌が駐機していました。集中的に整備点検を行ったりするのでしょうか。
水戸行きの列車がホームに入ってきました。これに乗って帰途につきました。
車内には、トレインショーティのガルパンモデルの広告が吊り下げられてありました。もちろん私もこれを大洗駅の売店で購入しましたので、おまけの大洗駅クラフトペーパーキットもついていました。あと必要なのは「走行台車T」ですが、なんで別売なんだ、と疑問に思ってしまいます。
車内より、ガルパンラッピング車輌の方角を見ました。
乗降口から見ると、ホーム支柱の平仮名の駅名プレートも一緒に見えるので、思わず撮影しました。ほとんど鉄道マニアの撮り方になっていました。
この後、列車は大洗駅を発車して水戸へと向かいましたので、これで三度目の大洗行きも完了となりました。ずっと晴天が続いてくれたことに感謝しつつ、これこそ大洗磯前神社初詣の御利益だなあ、と実感したことでした。
今回購入したグッズ類の一部です。他に模型サークルの知人や職場の同僚に贈った土産がありましたので、手荷物の量としては多いほうでしたが、重いものは少なかったので普通に持ち帰る事が出来ました。
今回貰った缶バッジの全部です。正月だけあって、角谷杏生徒会長迎春バージョンが5個も揃いました。意外だったのは、大洗校章デザインの初期タイプがまだ有ったことでした。2個とも大貫商店街にて貰いましたので、大貫地区には缶バッジの古いタイプの在庫がまだ残っているのかもしれません。
また、「吉田屋」の武部沙織オリジナルデザインは、私が貰った1個が最後でした。しかも、再生産はありません、と言われました。そうやっていつしか入手不可能になってゆく缶バッジもあるわけですね・・・。
以上にて、「ガルパンの聖地・大洗を行く3」のレポートを終わります。