この間のコロナ対策を見て、菅義偉が戦前の「革新右翼」の流れを引き継いでいると感じたが、伊藤隆の『大政翼賛会への道 近衛新体制』(講談社学術分文庫)を読むとそれが確信になった。
序章で彼は、新体制確立を図った近衛文麿の考えをまとめている。つぎは、それを私が要約したものだ。
〈 資本主義が発達し、独占の段階に達し、自由貿易がやんで、資本主義国間の対立と闘争が激化し、また、国内的にも階級間の対立が先鋭化し、議会、選挙、政党などの立憲政治が金権政治になった。〉
〈 そこで、世界的傾向として国家はますます政治経済生活のあらゆる領域に干渉せざるを得なくなり、また自由放任の経済に全体的公益の立場より統制を行わざるを得なくなり、そしてそのために権力分立、牽制均衡を捨てて、むしろ強力なる国家権力の集中を図り、その集中的政治機関として執行権を強化せざるをえなくなった。〉
「革新右翼」の近衛は、強い政府を求めているのだ。「権力分立」とは三権分立だけでなく、「大学の自治」とか「検察権力の独立性」とかいろいろなものを含む。いまなら、「日本学術会議の独立性」や「官僚が内閣の方針に口出すこと」を含む。菅も自分に はむかうものを許せない。国民の税金を使うものは内閣総理大臣のイエスマンでないといけないと考える。
近衛は、そのために、大日本帝国憲法第8条、第14条,第31条,第70条などを適宜に活用すべきと言っている。
帝国憲法第8条は緊急勅令、14条は戒厳令、31条は政治における国民の権利義務の制限、70条は緊急時の勅令による財政処分に関する規定である。
これに呼応し、現在、自民党は憲法に「緊急事態の宣言」を加えることを提案している。
自民党改正案98条「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」
自民党改正案99条「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。」
外交政策においても、近衛は、「受動的態度では、東亜の安定勢力たる帝国の任務を果たせず、むしろ、来たるべき世界秩序の建設に指導的役割を演ずるべきである」という。
これは、安倍晋三のいう「積極的外交」「世界の中心の日本」ではないか。
最後に、近衛は、「政治体制強化と統制経済体制の整備は補完関係にあり、統制経済の確立」を主張する。
安倍晋三は、労働組合を無視して、企業に従業員の給料を上げることを要請し、菅義偉はデジタル通信会社に携帯の通信料の値下げを要請する。
政府が、政治家が、正しい経営判断をできると、安倍や菅や自民党は思っているのだ。しかも、政治が経済の自立性に干渉すると、自分たちの支持者へのお金のバラマキに落ち込む危険を無視している。
率直に言おう。安倍や菅は日本会議に支えられている。戦前の「革新右翼」の亡霊はいまなお生きているのである。それだけでなく、日本維新の会、公明党にも戦前の「革新右翼」の亡霊が生きている。公明党と戦前の「革新右翼」と差異は、戦争に対する態度だけになっている。
そう考えると、菅が日本維新の会や公明党との太いパイプが納得いく。彼らは、「革新右翼」の郷愁で心情的に深く結びついているのだ。
伊藤隆は「革新右翼」というが、私はファシストと呼んでも いいように思う。