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近所の森の蝶 3(上)
タテハチョウ科 Nymphalidae 蛱蝶科 Tortoiseshell/Fritillary/Brown etc.
「4本脚」の蝶。前脚2本は退化し、髭状となって歩行機能を失い、触覚、嗅覚などを司る。一般に体は頑丈で、翅型、斑紋、色彩は多様。種によっては翅縁に凹凸が多かったり、眼玉模様の斑紋があったり、表面は派手でも裏面は地味な枯葉模様だったりする。雌雄や季節により全く別の種の様に見えるものもある一方で、雌雄の区別が困難な種もある。翅を開いた差し渡しは5㎝前後の中型種が多いが、オオムラサキの雌やアサギマダラの様に10㎝を超す種や、サカハチチョウやヒメウラナミジャノメのように大きめのシジミチョウ程度の種もある。
日本産は80種余、世界に約6000種。形態や生態の異なる多様なグループから成っていて、多数の亜科に分割され、その中には以前は独立の科に置かれていたテングチョウ亜科やマダラチョウ亜科やジャノメチョウ亜科なども含まれる。
多くの種が蛾のように翅をべったりと開いて止まるが、キマダラヒカゲ属の様に静止時に絶対翅を開かない種もある。ミスジチョウ属やウラナミジャノメ属の種は、はばたきと滑空をミックスした独特の飛び方をする。
成虫の餌は、花蜜、水、樹液、腐果など様々で、近縁な種間でも異なることがある。棲息環境も樹林、草地など広範囲に亙り、ごく暗い林内でのみ見られる種もある。マダラチョウ亜科やヒョウモンチョウ亜科、ヒオドシチョウ亜科の種には、長距離移動をする種も多い。
幼虫は、ヒオドシチョウ亜科、ヒョウモンチョウ亜科は毛虫、コムラサキ亜科、ジャノメチョウ亜科、マダラチョウ亜科などでは芋虫。食草は多様で、ニレ科、クワ科、ヤナギ科、イネ科(ジャノメチョウ亜科)などを食する種が多い。蛹は尾端を葉や枝につけ、真下にぶら下がる垂蛹。
陽だまりのルリタテハ
東京都瑞穂町 2021.10.6
タテハチョウ科の幼生期など(「里の蝶」から一部をコピー)。
平均的なサイズ 中型
タテハチョウ科は、科単位ではシジミチョウ科と並び世界で最も繁栄する蝶である(両科で世界の蝶の8割を占める)。以前はジャノメチョウ科、マダラチョウ科、モルフォチョウ科など幾つかの独立科に分けられていたものも含まれる。ここでは、主要(メイン項目で取り上げた種数の多い)5亜科について述べる(他にマダラチョウ亜科、テングチョウ亜科、スミナガシ亜科の各1種を本文に紹介)。数字は霞丘陵周辺に分布する種数。()内は日本産の種数。
ヒオドシチョウ亜科。5種(20種前後)。霞丘陵周辺にはキタテハが圧倒的に多い。次いでルリタテハ。ヒオドシチョウは越冬後の個体を数多く見たきり、新世代個体は一度も見ていない。アカタテハ、ヒメアカタテハは、通常は最普通種だが、丘陵内では少数の個体にしか出会っていない。サカハチチョウは未確認だが、この一帯にも分布している可能性がある。
ヒョウモンチョウ亜科。6種(15種前後)。近年都市部で激増中のツマグロヒョウモンが秋に新世代新鮮個体に数多く出会った一方、年一化性の他の各種はクモガタヒョウモンのみ5月に一頭だけ撮影(その後出会っていない)、ミドリヒョウモン、メスグロヒョウモン、オオウラギンヒョウモン、ウラギンヒョウモンの各種は、出現していたはずの夏の前半には全く見られず、秋口になって汚損個体が数多く出現。夏の間、移動を行っていた可能性がある。ウラギンスジヒョウモンは未確認、この一帯には分布していないのかも知れない。
イチモンジチョウ亜科。4種(11種)。コミスジは最普通種のひとつで、年間を通して見られる。これまで希少種だと思っていたミスジチョウは、発生期には少なからず見られた。イチモンジチョウも普遍的。アサマイチモンジは未確認だが、おそらく分布しているものと思われる。
コムラサキ亜科。4種(4種)。エノキ食の3種のうち、移入帰化種のアカボシゴマダラが最も多い。オオムラサキは今年は少なかったそうで、著者は樹液の出る3本のコナラとクヌギで見たのみ。ゴマダラチョウは未確認。ヤナギ食のコムラサキは霞丘陵でも場所によっては多産するそうだが、著者は出会っていない。
ジャノメチョウ亜科。8種(28種前後)。早春と晩秋を除く全期間、全地域で、途切れることなく最も普遍的に見られた蝶がヒメウラナミジャノメ。一方で本来は最普通種ながら秋が深まるまでほとんど姿を見せなかったのがヒメジャノメ。逆に、鬱閉した林内だけに棲息するコジャノメが意外に数多く見られた(林内の蝶としては最も多かった)。サトキマダラヒカゲ、ヒカゲチョウ、クロヒカゲの3種は、樹液に来る主要種。クロヒカゲは第3化が秋遅くまで見られた。以前は首都圏には産しなかったクロコノマチョウが林縁の草地に少なくなかった半面、同じような環境に棲むはずのジャノメチョウには全く出会えなかった。
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テングチョウ Libythea celtis 朴喙蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.3.24 越冬個体
かつては独立のテングチョウ科とされていた。現在では一応タテハチョウ科の一員に含められているが、極めて原始的な形質を保ち持った一群であることは確かなようである。現存種に関してはマイナーなグループではあるが、化石は数多く産出している。小さめの中型種。翅型はヒオドシチョウ族の幾つかの種に似るが、前後に細長い。和名のごとく、頭部の下方に下唇鬚が突出する。成虫越冬。年1(~2)化。越冬世代と非越冬世代の間の外観的な差も、雌雄差も少ない。翅を閉じると枯葉のように見える。北海道~南西諸島に分布。食樹はニレ科エノキ属。成蝶は好んで吸水し、地表にとまっていることや腐果などで吸汁していることも多く、花にも訪れる。フィールド日記3.24/5.25/10.28。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ヒメアカタテハ Vanessa carudui 小红蛱蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.9.7
蝶の中で唯一とも言ってよい“コスモポリタン”種。英名は“Painted Lady”。世界各地の都市近郊を始め、熱帯樹林やサバンナ、高山の雪嶺や寒冷地、絶海の孤島、砂漠の周辺、、、どこにでも姿を見せる(各地に定着しているかどうかは不明で、秋以降に増える地が多い)。地域に関わらず変異がないことから、おそらく共通の遺伝子を持つ比較的最近になって拡散繁栄した種であることが推察される。ただし、オーストラリア東部とニュージーランドでのみ、ごく近縁の別種が置き換わり分布。また、南北アメリカでも複数の近縁種が産することから、起源は新大陸にあると思われる。やや小さめの中型種。「姫」の名前が付くように、アカタテハに比べて、より華奢な印象を受ける(前翅縁の湾曲がまろやかで色調が明るい)。雌雄は酷似。東京近郊での化性や越冬態は未詳。食草はキク科のアザミ族(特にゴボウを好む)がメインとされるが、より多岐に亘っている可能性がある。成蝶は花蜜を好む。フィールド日記8.22/9.7/10.20。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
アカタテハ Vanessa indica 大红蛱蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.10.2
ヨーロッパなどに広く分布する近縁種のアトランタアカタテハVanessa atarantaは、ヒメアカタテハの“Painted Lady(お化粧した貴婦人)”と対になるように、“Red Adomiral(赤い海軍大将)”と名付けられている。日本や中国を含むユーラシア大陸東半部産のアカタテハは“Indian Red Adomiral”と呼ばれる。アジアの各地では、ヒメアカタテハ同様に、最もポピュラーな蝶のひとつで、都市近郊、辺境を問わず、様々な環境に姿を見せる。何故か、霞丘陵ではヒメアカタテハ共々数が少なく、(越冬後の)1個体を探索初日に撮影した後、秋が深まるまで姿を現さなかった。おそらく年3~4化(成虫越冬)。食草はイラクサ科、クワ科、ニレ科。成蝶は腐果を好み、花や樹液にも訪れる。中型種。雌雄は酷似し、最も見分けるのが困難な蝶のひとつである。フィールド日記3.23/10.2/10.30。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
キタテハ Nymphalis c-auleam 黄钩蛱蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.3.24 越冬後
日本の最普通種の蝶のひとつ。食草のカナムグラが全国至る所に生えていることが、普遍性獲得の一因となっているものと思われる。日本では山地帯のみに分布するシータテハが北半球に広く分布・種分化しているのと対照的に、本種は世界的視野ではごく狭い範囲の東アジアにのみ分布し、深い類縁性をもつ種が存在せず、かつ種内での変異が少ない「遺存的繁栄種」である(アゲハと共通)。中型種。年3~4化。非越冬型と越冬型で外観が異なる。雌はやや翅地色が淡い。様々な形質でシータテハとは相違し、通常は本種を含めて独立属とされるシータテハ属Polygoniaの中では特異な位置づけにある。ルリタテハを独立属とするならば、本種も同様の処置を採るべきであろう。シータテハとの外観上の区別点は、中室基部に黒紋を有し、翅縁の各突出端が鋭く尖ること。花蜜を好み、腐果や樹液にも来る。フィールド日記3.24/4.27/5.14/5.23/6.1/6.13/6.14/8.20/8.27/9.7/9.8/9.10/9.28/10.2/10.11/10.20/10.28/10.30/11.11/11.20。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ルリタテハ Nymphalis canace 琉璃蛱蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.8.11
「あらゆる表象は“隠れている”ことが本質である」という真実?を、今回の蝶探索で確信した。どの蝶の場合も当て嵌まるが、中でもルリタテハは典型、翅を閉じると完全に姿を消す。真上から見ると樹皮の裂け目と同じ一本の線に、横から見れば翅裏の模様が樹皮に見事に溶け込んでしまう。そして翅を開くと一瞬鮮やかな瑠璃色が現れる。魔法を見ているようである。翅色や模様、食草、分布域などが特殊なことから、通常一属一種のルリタテハ属Kaniskaとされるが、本質的にはシータテハ属Polygonia(本書では共に広義のNymphalis属に含めた)の一員。食草は単子葉植物のユリ科ホトトギス属やシオデ科。熱帯アジアに広く分布、地域変異が顕著で日本産は前翅表中室の紋が白色(北海道南部~八重山諸島まで共通)。やや大きめの中型種。樹液や腐果を好み稀に訪花する。年数化、成蝶越冬、季節や雌雄による差は少ない。フィールド日記3.24/3.27/4.8/4.23/6.22/8.11/8.20/8.22/8.27/9.7/9.8/9.9/10.6/10.20/10.24/11.11。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
ヒオドシチョウ Nymphalis xanthomelas 朱蛱蝶
東京都青梅市霞丘陵 2021.4.23 越冬後
霞丘陵周辺で撮影した蝶は61種。その中で蝶の姿で最も長生きなのが、ヒオドシチョウである(他に日本産では同属の2種とヤマキチョウ属の2種)。越冬雌が春に卵を産み、初夏に次世代が現れて夏秋を過ごし、蝶の姿のまま冬を越す。ほぼ年間に亘り一つの個体が蝶の姿のまま生き続けていることになる。しかし、不明な点も多い。多くの地で盛夏に姿を消す。新世代成蝶は、寒冷地に移動している可能性、あるいは同じ場所の涼しい空間に留まっている(生理調節=夏眠)可能性が考え得る。いずれにしろ人里周辺では目に触れなくなってしまう。秋が深まると低地や温暖地での活動を再開、冬は再度活動を停止する(冬眠)。ちなみに霞丘陵では越冬後の個体にしか出会っていない。大きめの中型種。食草はニレ科、ヤナギ科など。北海道~九州に分布。北半球冷温帯域に広く分布するキベリタテハは、色彩斑紋など外観が著しく異なるが、血縁上は本種に非常に近い。フィールド日記3.23/4.10/4.22/4.23。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。
サカハチチョウ Araschnia burejana 布网蜘蛱蝶
(データ確認中) 春型
霞丘陵での分布の可否については未確認。本来は山地性の蝶(北海道~九州と日本海の対岸地域に分布)だが、以前、八王子の近郊で撮影したこともあるので、霞丘陵周辺にも分布している可能性が高いと思う。大きめの小型種。タテハチョウ科の中では、ウラナミジャノメ属などと共に最も小さな種のひとつである(北海道産の同属種アカマダラAraschnia levanaは更に小さい)。大多数の種が成蝶で越冬するヒオドシチョウ亜科の種としては、例外的な蛹越冬(ほかに本属に比較的近縁のヒョウモンモドキ類が幼虫越冬)。年2化。春型と夏型で最も色彩斑紋が異なる蝶のひとつである。ただし、中国大陸産の近縁種キマダラサカハチチョウAraschinia dorisやアカマダラモドキAraschnia prorosoidesでは春型と夏型の中間的な個体も見出されることから、本種も厳密には区別できないのかも知れない。花を好んで訪れ、獣糞や腐果などでも吸汁する。食草はイラクサ科。卵を数珠の様に何段も重ねて産み付ける。国外分布は「海の向うの兄妹たち」に別掲。