本日、炭水化物多めのお弁当です。
初めて焼きそば弁当を作ったのは、娘が高校生の頃・・・。
炭水化物に炭水化物のおかず?
誰かのお弁当がそうだったからなのか、作ってくれと言われて・・。
母が高校生の頃、イタリアンスパ(今は、ナポリタンと言うのが主流のようですが。)
が、おかずのお弁当を持ってきている同級生がいましたが、
それと同じだわ・・・・・。
焼きそばと、半熟味玉子、ブロッコリーとプチトマト・・・。
青のりは、歯に付くから止めとこうかと迷いながら、うっすらと・・。
肉じゃが
昨夜の一品です。
麺つゆを水で薄めみりんを入れた煮汁で、じゃが芋・玉ねぎ・人参・牛肉を煮ただけで出来あがりの、簡単肉じゃがです。
さて、色々思い出している母ですが・・・。
我が家の遺産分割とは、不公平であると言う結果に・・・・。
義姉が先に生まれていると言うだけで、不公平が生じています。
そして、先に結婚をし、先に子供を生んでいる・・・。
そこにも不公平が生じているのです。
既得権だとか・・・・・。
(それでも、多分、まだ、いちゃもんをつけてくると思いますがね。)
蓋を開けてびっくり!!
お父さんの両親の言っていたこととは、真逆!
義姉の取り分の方が断然多く、親は、こんなことになるとは思わず、
複数の所有にしていたと思われるのですが・・・。
まさか、娘がこんなひどい人間に成長するとは・・・・。
義姉自身の生活態度が、こんな問題になったのだと思いますが、
普通に結婚生活をして、家庭を作っていたなら、ここまでお金に執着しなかっただろうと思います。
叔母たちからは、○○家の恥とまで言われても、嘘を繰り返し・・・・。
おじいさんが、終の棲家と思われた施設から病院に入った時、転院した時、
すべて、決断の時でした。
急性期の病院からは、何時退院出来るのか?
分からない中での、病院通い・・。
オムツ・尿取りパッド、バスタオル数枚、パジャマなどを毎日持って通う日々・・・。
1ヶ月と少しで、俗に言う老人病院への転院・・。
そこで待っていたのは、看取りか、手術かの選択・・・・・・。
その選択は、おじいさんの生死にかかわる選択でした。
お父さん一人で決断しなければなりません。
きっと、悩んだことだと・・・・。
私は何も口出ししてはいけないと、ただ、見守るだけでした。
こんな大事な時でさえ、義姉には、相談すらできません。
何も知らず、能天気に遊び暮らしている・・。
手術を選びましたが、同意書にサインをした時点で、容体が変わり、
そのまま数日で、息を引き取りました。
(サインした用紙は、手元にあります。持って行く前だったのです・・。)
危篤の際に、義姉は病院にマスク姿でやってきました。
表情を見ることはできませんでした。
叔母たちに、
「私は、あの子たちに、顔向けが出来ない。」などと言っていたようですが、
実際に、私たちに対する態度は、到底、人とは思えない発言・・・・・・。
他人には、良いことを言うのです。
まさか、ここまで酷いことはしないだろう。と思っていることを、します!
ことごとく、裏切られ続け、今では、
普通、ここまではしないだろうと、思うことをする!という風に受け止めています。
普通、と言う言葉が当てはまらない人だと、やっと、やっと、今頃気づいた訳です。
今まで、何度も騙されて、
他人の忠告も「まさかぁ~。」と、聞き流してきた私ですが、
やっと、義姉に対して諦めがつきました。
この人は、駄目だ!
なんだか、すっきりしました。
こだわりが無くなったと言うのか・・・・。
そうそう、義姉に作ってもらった、結婚式のブーケも捨てます!!
(まさか、あれは私が作ってやったんだから、返せ!とは言わないだろう。なんて、思っていると、言ったりしますかね。)
迷いが無くなって、気分は楽ちんでございます。