生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアリングのすすめ(7)第6話 科学と工学と技術を繋ぐ「場」

2013年09月18日 10時02分59秒 | メタエンジニアリングのすすめ
第6話 科学と工学と技術を繋ぐ「場」

メタエンジニアリングの場について、最近発行された3冊の書籍からの発想を試みる。福島の原発事故の直後に発行された本は、科学と工学と技術の関連の明確化、従来よりも広範囲の分野に思考範囲を広げる必要性の認識など、メタエンジニアリング的な視点からの記述が目立つ傾向にある。そこで次の3冊を選んだ。

① 「災害論―安全工学への疑問」加藤尚武著、世界思想社(2011.11)


 この本は、4月14日の日経の記事「科学の見直し、文化の視点で」で紹介されている。著者の加藤尚武氏は、原子力委員会専門委員として有名であるが、あの「ハイデガーの技術論」の著者・編集者であり、哲学的な見方の代表例として紹介されている。記事には「危険な技術を止めようというのは短絡的。今やるべきなのは多様な学問分野から叡智を結集し、科学技術のリスクを管理する方法を考えることだ」「合理主義が揺らぐ中で科学のありようが問われているだけではない。哲学もまたどうあるべきかを問われている」などが引用されている。哲学者は、認識のありようを考察するなかで、科学者同士のずれを調整する役目を担えるそうだが、それはメタエンジニアリングの役目でもある。
実際に読み始めてみると、「まえがき」の最後は次の文章で結ばれている。
「学問と学問の間の接触点に入り込んで問題点を探し出す仕事を、昔は、大哲学者がすべての学問をすっぽりと包み込む体系を用意してその中で済ませてきたが、現代では、「すべての学問をすっぽりと包み込む体系」を作らずに、それぞれの学問の前提や歴史的な発展段階の違いや学者集団の特徴を考え、人間社会にとって重要な問題について国民的な合意形成が理性的に行われる条件を追求しなければならない。それが現代における哲学の使命である。」とある。
 加藤氏は、いわゆる哲学の京都学派の重鎮で日本哲学会の委員長も務められた。私は、哲学の使命についてはコメントできないが、上記の「学問をすっぽりと包み込む」ことはやはり、メタエンジニアリングの役目だと思う。このことを、哲学者の目とは異なる実社会に役に立つものを考え、実践してきたエンジニアリングの目で見ることが、メタエンジニアリングの最重要機能だと考えている。

②「あらためて学問のすすめ」村上陽一郎著、河出書房新社(2011.12)



村上氏は、東大教養学部で科学史、科学哲学を収め、多くの大学で教授を務めた後、東大と国際基督教大の名誉教授で趣味の多様さで有名な方だ。第4章の「環境問題の難しさ」に興味をひかれる。やはり、「まえがき」の最後の言葉にはこの様にある。
「メッセージの主題は、世間の「通説」を簡単には受け入れず、ものごとをできるだけ色々な点から見ては、ということの「すすめ」を目指して書いておきます。それがどこまで成功しているか、は、読者のご判断にお任せします。」とある。これも、まことにメタエンジニアリング的な発想だと思う。

③「サステイナビリチー・サイエンスを拓く」大阪大学イノヴェーションセンター監修(2011.5)



 大阪大学が題名にある名前のCOEを2006-2010にわたり行った結果の纏め。イノヴェーションと特に環境問題についていくつかの論文が体系的に纏められている。メタエンジニアリングとの接点は、第5部の「オントロジー工学によるサステイナビリティー知識の構造化」に見られる。曰く、
「オントロジィーの重要な役割は、知識の背景にある暗黙的な情報を明示するという点にある。(以下略)」
又、終章の中では「社会のビジョン(マクロ)と、個々の科学技術シーズ(ミクロ)を効果的につなぎ合わせるための理論的・実践的研究、すなわちメゾ(中間)領域研究の開拓である。(中略)学術的に見ても、このメゾ領域を対象とした理論的研究は未開拓であり、ビジョンと科学技術シーズを有機的につなぐための学術領域を発展させることが求められるのである。」

 そのコンセプトは異なるが、目的とするところはメタエンジニアリングと同じであろう。


・メタエンジニアリングの定義について

かつてメタエンジニアリングは、「様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱える地球社会、及び各分野が個々にあるいは複合的に活動する科学・技術分野を俯瞰的にとらえ、個々の科学技術分野の追究・及融合、あるいは社会価値の創出ばかりでなく、地球社会において解決すべき課題の発見、そしてより的確な次の社会価値創出へとつながるプロセスを、動的且つスパイラルに推進していくエンジニアリングの概念」として定義された。しかし、「現代の地球社会が様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱える、」に至った過程を考えると、この前ばかりに注目する姿勢だけでは根本的とはいえないように思えてくる。即ち、上記の定義だけでは顕在化した或いは潜在的な課題が増えつづけてしまう可能性が否定できない。
根本的ということは、事前に「将来の地球社会が様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱えることを防止する」という機能が必要である。つまり、課題を発見してそれを解決すのではなく、予防をすることがより根本的であると云えよう。これは、品質管理の歴史において、検査による管理から、その上流の原因を排除する工程管理に移行したことと同じ道筋である。そしてなにより、この追加の定義は当初の提言にある「社会課題と科学技術の上位概念から社会と技術の根本的な関係を根源的に捉え直す」ということと全く矛盾しない。
この様に考えた上で、もう一度定義を見直してみよう。「地球社会において解決すべき課題の発見、そしてより的確な次の社会価値創出へとつながるプロセス」における「解決すべき課題」の中に、予防という概念を込めれば、そのままでも良いという結論も導くこともできるであろう。

そこで、次のような新たな定義を試みる。
「様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱える地球社会、及び各分野が個々にあるいは複合的に活動する科学・技術分野を俯瞰的にとらえ、動的且つスパイラルに推進していくエンジニアリングの概念の基に、次の二つの方向を目指す。
① 個々の科学技術分野の追究・及融合、あるいは社会価値の創出ばかりでなく、地球社会において解決すべき課題の発見、そしてより的確な次の社会価値創出へとつながるプロセスの確立。
② 社会課題と科学技術の上位概念から社会と技術の根本的な関係を根源的に捉え直すことを通じて、将来の地球社会が様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱えることを防止する。」

メタエンジニアリングの概念は未だ生まれて間が無いので、定義というよりは目指すべき目的と方向とするべきであろう。