生涯いちエンジニアを目指して、ついに半老人になってしまいました。

その場考学研究所:ボーイング777のエンジンの国際開発のチーフエンジニアの眼をとおして技術のあり方の疑問を解きます

メタエンジニアの眼シリーズ(83)「未来をつくる資本主義」[2008]

2018年09月12日 12時37分17秒 | メタエンジニアの眼
メタエンジニアの眼シリーズ(83)
                          
書籍名;「未来をつくる資本主義」[2008]
著者;スチュアート・ハート

発行所;栄治出版    2008.1.29発行
初回作成年月日;H30.9.11  最終改定日;
引用先; 企業の進化

このシリーズは文化の文明化プロセスを考える際に参考にした著作の紹介です。『 』内は引用部分です。



 国連が2006年に投資家がとるべき行動として責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)を発表した。これは、ESGすなわち環境(environment)、社会(social)、企業統治(governance)の観点から投資するよう提唱したものである。その後、大企業をはじめとして、各国の大規模投資機関が、この行動指針に沿った動きをしていると報じられている。この著書は、このような動きの背景と具体例について述べられている。
 
日本語の副題は、「世界の難問をビジネスは解決できるか」となっているが、これは正確ではない。英文の副題に注目をすべきである。そのことは、「エピローグ」に書かれている。この書の初版は3年前(つまり、国連の決議の前)に出版されており、「世界の難問を解決する無数のビジネスチャンス」とある。しかし、この第2版では「ビジネス、地球、人類の整合を図る」とされている。

 アル・ゴアは、Forwardで企業経営について次のように述べている。
 『経済的、社会的、環境的、そして倫理的パフォーマンスを戦略的に管理することによって財務パフォーマンスを最大化する企業こそ、利益を長期的に、公私にわたって満たすことができる。 これは、資源の使用が生態系の限界を超えようとすればするほど真実味を増す。気候変動、エイ ズなどの世界的疫病、水不足、貧困などの問題が深刻化し、市民社会や消費者が国と企業に対策 を迫るまでになった今、企業はもはや「社会による許可」なしでは活動できなくなっている。こ の現状を理解する先進企業は、すでに政府や監督機関に先駆けて行動し、そうすることによって 競争力も確保している。」(pp.4)

 企業が直面する諸問題については、
 『本書が指摘するように、企業は変化を起こす強力な主体であり、政府や強い市民社会と連携して、より持続可能な未来を築く能力を備えている。しかし同時に、企業に存在する「短期」対「長期」という本質的な矛盾や、持続可能性への前向きな取り組みと過去の投資や古い(しばしば持続不司能な)習慣とのバランスの問題についても本書は指摘している。もちろん、そうした伝統的価値観の残る企業だけで持続可能性という難間に対処しようとしても限界がある。』(pp.4)
 
 そして、最後に資本のあり方について、このように示唆をしている。
 『今われわれの社会はかつてないほど、気候危機、貧困、世界的疫病、水不足、人口移動といった構造的・長期的問題に対処するための新しいモデルを必要としている。それには、企業や政府によるさらなるイノベーション、社会起業、官民協力、そして市民の、より効果的な社会参加がもとめられる。
持続可能性の時代は到来したが、今われわれは経済システム全体にそれを浸透させねばならない。そのためには、企業の環境的・社会的外部性をすべて考慮に入れ、資本が最善の用途に効率的に配分されるよう、市場をさらに進化させなければならない。』(pp.5)

 企業の進化は、環境保護からの脱却であった。もはや、そのような状態は過去のものになっている。
 『企業が環境保護以外に取り組むべき問題は、第一に、もともとクリーンな性質を持った新技 術(再生可能エネルギー、生体材料、無線ITなど)の開発、第二に、経済ピラミッドの頂上にいるわずか八億人ではなく、地球上の全六十五億人に資本主義の恩恵を行き渡らせることだ。』(pp.42)

 ここ半世紀の企業進化の過程を、次のようにまとめている。(図表1-1より抜粋)
 『1945-60 汚染否定、見て見ぬふり
  1970-80  事後処理的規制、トレードオフ
  1985-90  環境保護、汚染防止、ウイン・ウイン
  1995-現在 環境保護を超える環境技術、ピラミッドの底辺への環境校歌
環境保護を超えた取り組みとは、既存のものをただ改良・改善することではなく、自社のコア ビジネスの拠り所さえも陳腐化させるようなイノ ベーションを意味する。つまり、破壊的性質のある行為だ。』(pp.43)

・創造的破壊と持続可能性

 『「創造的破壊と持続可能性」では、環境技術への飛躍戦略を追求するポイントを論理立てて説明する。この戦略によって、新たな成長市場が生み出されるが、企業が保有する既存の技術や製品を陳腐化させる各語も必要だ。また、企業の将来の競争力にとって重要となる新技術や能力を見極め、投資する際に全体を考えるシステム思考が役に立つことも示したい。』(pp.54)

・BOP,ピラミッドの底辺へ 

 『ピラミッドの底辺を目指して」では、こうした新しい市場で成功するための大原則を挙げ、正しい戦略を採用すれば、企業自身の成長や利益が見込めるだけでなく、地域の雇用や生計手段、社会や環境の問題への解決策を見出せることを示したい。貧困層に課せられた制約を取り払い、彼らの収益力を高め、貧困者コミュニティに新たな可能性を与える。そうすることで企業にはそれまでまったく気づかなかったビジネスチャンスが見えてくる。しかし、こうした新市場で成功するには、技術革新と同じくらい熱心にビジネスモデルの革新を目指さねばならない。』(pp.54)

・西洋文化的見方の否定


 『「開発」や「近代化」といった現存する概念がいかに西洋文化的見方でしかないか、そして収入や一人当たりGDPを高めることにいかにこだわりすぎているかを説く。この視点の偏重が、ピラミッドの底辺でのコミュニティ形成、市場構築をイメージしそれに向けた努力をすることを阻んでしまっている。したがって、人類全体の一大コミュニティのニーズに応えていくために、企業は「帯域幅」を広げ、「グローバル経済」に対する認識も拡大して、表経済からはみ出たさまざまな形能の経済活動へも目を向ける必要がある。そしてグローバル化によって取り残され、脇に追いやられた人々の本当の声を聞くには徹底的な交流が重要なツールとなることを提案したい。』(pp.55)

・企業の視野を広げる


 『図表7-2 企業の視野を広げる
・目的:新しい製品やサービスのアイデアや発想を促すために、現在、企業が置かれているビジネス 環境とは逆のビジネス環境を特定し、マネジャーに携わらせる。
・実施方法:
1. 気候変動、バイオミミクリー、社会的公正、貧困、人権などの問題について調査を行い、現在の主要ステークホルダーとできる限り異なったステークホルダーを特定する。グローバル化によって深刻な被害(人口の爆発的増加や環境悪化、それに伴う都市への移住、教育移 動手段通信衛生栄養の不足など)を受けた地域や共同体に主眼を置く。
2. 経済ポテンシャル、ゼロ汚染、生物多様性、および生態系保全に関して持続可能で、地域共同体のキャパシティ・ビルディング「能力向上」を可能にするビジネスモデルのアイデアを生みだすための学習の場となる候補地とその環境をリストにまとめる。
3. 選択した区域にマネジャーを送りこむ。マネジャーは現地の文化に浸かり、二ーズや必要とされる機能を理解し、これまでとは根本的に異なる革新的で持続可能な方法で顧客二ーズに応えるアプローチの実行可能性について検討する。
・ 費用;研修、マネジヤーの時間、旅費、その他諸費用
・効果:製品、サービス、ビジネスモデルの斬新なアイデアの創出』(pp.240)

・マネジャーの働く場

 『マネジャーは、末端ステークホルダーにアプローチし、彼らから知識を得ようとすることにより企業の視野を広げるだけでなく、不信感を捨てることによって企業の帯域幅を広げてもいる。既存のビジネスシステムを支える古い考え方から抜け出して初めて新たな知識が生まれる。視野を広げることは、つまり従来とは異なるステークホルダーとの関係を作り、 ダイナミックで複雑な問題を理解し、突破口となる製品、技術、戦略に結びつけることである。』(pp.241)

・常識を覆す


 『企業の常識を覆す情報を逆手に取ったアービンド・ミルズは、インドでジーンズを手頃な値段で販売する斬新な価値提供システムを編み出した。世界第五位のデニムメーカーであるアービンドは、インド国内の売れ行きが伸びない原因は、一本二十~四十ドルという価格が一般消費 者には高すぎることと、商品が広く流通していないことだと気づいた。そこで、材料(デニム生地、ファスナー、リベット、パッチ)をセットにした 「ラフ、アンド・タフ」と名付けられたジーンズの手作りキットをおよそ六ドルで発売した。それを小さな田舎町や農村に住む4000人の仕立屋ネットワークが顧客に代わって縫製する。こうしてキットを軸に雇用を提供し、分散型の流通システムを築き上げた。現在ラフ・アンド・タフ・ジーンズはリーバイスなどの欧米ブランドをはるかにしのぐ売上をインドで上げている。』(pp.242)

・環境悪化に正面から向き合う

 『持続的な世界と持続的な企業のどちらにとっても環境保護を超える活動が不可欠だ。新旧技 術の交代の激化、そしてこの地球上で八十~一〇〇億 の人間が生きていくためには何かを根本的に変えなければならないという認識の高まりが、企業に小手先の 調整ではなく、方向転換を考えさせるきっかけになっている。人類の直面する二大問題、つまり貧困と世界規模の環境悪化に企業が直に向き合う方法、それが ピラミッドの底辺と破壊的ビジネスモデルと環境技術 への飛躍である。この飛躍は、企業と社会が将来にわたって繁栄するために必要なリ・ポジショニングと成長の基盤づくりでもある。』(pp.297)

・代表的企業の実績

 『まこの二年間で、ピラミッドの底辺(BoP) 向けの事業戦略も急速に発展した。二〇〇五年以降、BOPで商業活動を開始あるいは本格化したグローバル企業は、ユニリーバ、フィリップス、デュポン、SCジョンソン、P&G、 BP、インテル、AMD、マイクロソフト、ダウ、ナイィキのほか、、英豪系鉱業MN℃のリオ・ティント、オランダのABNアムロ銀行、化学メーカーDSM、フリースランドフード、アメリカのビール会社SABミラ、インドの財閥タタグループ、南アフリカの電力公社エスコム、セメックス、 ブラジル化粧品最大手ナトウーラ、スイスのセメント会社ホルシムなど枚挙にいとまがない。』(pp.326)

 この動きは、「企業の進化」という側面での、新しい大きな動きととらえることができる。
しかし、さらに大きな視点からは、西欧文化に根ざした現代の資本主義が、次の文明に向かって、方向を改めたともいえるのではないだろうか。