第2話 根本的エンジニアリングの定義
それでは根本的エンジニアリングというものの定義はどのようなものであろうか。(社)日本工学アカデミー(1) の「我が国が重視すべき科学技術のあり方に関する提言~ 根本的エンジニアリングの提唱 ~」(2 )では、次のように述べられている。
根本的エンジニアリングを、「様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱える地球社会及び各分野が個々にあるいは複合的に活動する科学・技術分野を俯瞰.的にとらえ、個々の科学技術分野の追究・及融合、あるいは社会価値の創出ばかりでなく、地球社会において解決すべき課題の発見、そしてより的確な次の社会価値創出へとつながるプロセスを、動的且つスパイラルに推進していくエンジニアリングの概念」として定義する。すなわち、21 世紀の地球社会の課題を解決し、且つ持続性ある地球社会のための社会価値創出(イノベーション)の実現を目指すための、従来の工学を超えたエンジニアリング概念が、「根本的エンジニアリング」である。
この概念を次の図に示す。すなわち、「根本的エンジニアリング」という技術概念は、欧米などで提唱されている「Converging Technology 」(以下、CT という)が示唆する「研究分野や技術の融合によって新規に創出する社会価値の実装」(図の①の部分)だけでなく、地球社会において解決すべき潜在課題の発見、そこで必要となる技術の特定や育成、そして、さらにその技術や分野の新たな融合とより的確な社会価値創出へとつなげていくプロセスの全体、すなわち図の①~④のサイクル全ての活動を主体とするものである。
(社)日本工学アカデミーの「提言」では、そこに至る背景が説明されている。話が前後してしまうが、その部分を再び引用させて頂く。
第一章. 本提言の背景
今後の科学技術分野の捉え方として、“Converging Technology(以下、CT)“が注目されているが、この定義は、米国やEU、その他の国々により様々になされている。
米国では、バイオ、ナノ、情報通信、認知科学の4つの分野(NBIC)を取り上げ、知の融合を促進する技術としての研究開発戦略を推進している。一方、欧州連合においては「今後の欧州連合に於ける社会課題を技術や知識によって解決する可能性を提示する技術または知識の体系」との幅広い定義を行ない、CTの重要性を科学技術政策において明確に打ち出し、具体的な重点投資を開始している。また韓国では「将来の経済・社会課題を解決することを目的とした、分野や技術を融合した革新的新技術」としている。
一方わが国では、第三期科学技術基本計画において、イノヴェーションの源泉となる知識創出のための基礎研究推進などによる「科学技術の戦略的重点化」と同時に、人材育成やつなぐ仕組みによるイノヴェーション創出システムの強化、地域イノベーション・システム構築などの「科学技術システム改革」が謳われ、ここ数年、知を俯瞰的に捉える方向性が見られている。「知の統合」や「社会技術」を重視している点で、上記各国が言うところのCTと類似した視点からの分析や検討がなされてきていると言える。
しかるに、近年わが国において、社会課題の解決につながる根源的なイノヴェーションが生じていたかの疑問がある。米国においては、情報通信分野においては、クラウド・コンピューティング、エネルギー分野においてはスマートグリッド、情報家電におけるiPod などがイノヴェーションとして登場してきている。わが国からの大きな発信が生まれないのはなぜであろうか。以上が、日本工学アカデミーからの提言の概要である。
・根本的エンジニアリングの二つの場
根本的エンジニアリングは工学的な発想を、従来以上の範囲に広げて行こうという運動であろう。その方向については二つの考え方がある。即ち、その活動の場を将来に置くか、過去に置くかである。根本的エンジニアリングは多くの場合、将来を向いている。それは(社)日本工学アカデミーの提言に示されているように、当初の発想が「我が国が重視すべき科学技術のあり方に関する提言~ 根本的エンジニアリングの提唱~ 」として、「日本社会にとって人類の生存と地球環境の維持のために科学技術を用いたイノヴェーションこそが必要であり、日本が世界の先頭に立ってそれを実現するための提言を行う。」としている。そして、新たなイノヴェーションとその持続のための方法論として展開している。
しかし、その一方で提言は、「第二章 本提言の目的」において、「社会課題と科学技術の上位概念から社会と技術の根本的な関係を根源的に捉え直す広義のエンジニアリング」を『根本的エンジニアリング(英語では、上位概念であることを強調して Meta Engineering と表現)』と名付ける。」という定義を述べている。この「根源的に捉え直す」とは、明らかに現在を起点とする過去の場においてであろう。この二つの方向性は明らかに異なった方向へ発展せざるをえないだろう。
このことは、今後の活動によって実証されることになろうが、双方ともに着実な進展を期待したい。なぜならば、目的はあくまでも「社会への実装」であるのだから。
・根本的エンジニアリングと第4の価値
根本的エンジニアリングは、従来「戦術」に強く、「戦略」に弱い日本人の生き方を大きく変えるために役立てることができると思う。なぜ日本の成長が止まったか、なぜ製造業への投資が減ったか、なぜ技術開発では勝てるのに世界的なシェアー争いでは勝てないのか。このような議論を進めてゆくと、全て「戦略における幅広いコンセンサスの無いままに、個別の戦術に走る」に行きつくのではないだろうか。従来は、このお陰で高度成長を果たしたのだが、グローバル化と持続性社会化の中では必然的に旨く廻らなくなる。
北澤宏一氏(元独立行政法人科学技術振興機構 Japan Science and Technology Agency 3理事長 現在同顧問)4 は、著書「科学技術
は日本を救うのか」5 の中で、「第4の価値」を追求すべき、と述べている。第1次、2次、3次産業に対して、「社会的・精神的価値」を示したものであり「第3次産業までが創り出す価値とは、個人の欲求を満たすもので、大きなビジョンは無くても実現できるような価値」であり、「新しい第4の価値は、これまで個人では実現しにくかった 大きなビジョンの下で初めて実現できる夢」と述べている。
実例として(1)ドイツの「電力固定価格買取り制度」による太陽電池産業の急成長(2)米国の投資会社の社会貢献活動としての再生可能エネルギーファンドの創設などを挙げている。
これらは、「第4の価値」を「経済的にペイすることに変換すること」に成功した例である。即ち、法律や制度を改めるだけで、新たな予算は皆無で第4の価値の創成を遂げることができた例であった。「大きなビジョンの下で初めて実現できる価値の創造」とは、戦術ではなく戦略である。そして、それは「社会的・精神的価値」の増加を目的とする。このことは、根本的エンジニアリングにぴったりの命題である。根本的エンジニアリングを用いて、新たな「社会的・精神的価値」のあるもの・ことを、「経済的にペイすることに変換すること」、そしてその為の「ドライバーの発見」は先の図に示されたプロセスにとっての大きな分野の課題である。
・(社)日本工学アカデミーの根本的エンジニアリング作業部会における定義
このシリーズは、(社)日本工学アカデミーの根本的エンジニアリング作業部会の成果に多くを負っている。この作業部会でも、定義の追加が行われた。それは、先の図への補強である。そこでは、先の図に示された4 つの手順を、スパイラル上に組み合わせたプロセスを提案することになった。その4つの手順がマイニング(Mining)、エクスプローリング(Exploring)、コンバージング(Converging)、インプリメンティング(Implementing)であり、全体を総称してMECI(メッキー)、あるいはMECI プロセスと呼ぶ。それぞれを次のように定義することとした。
Mining:
地球社会が抱える様々な顕在化した、あるいは潜在的な課題やニーズを、問い直すことにより見出すプロセス
Exploring:
こうした課題を解決するに必要な科学・技術分野とを俯瞰的にとらえる、あるいは創出するプロセス
Converging;
課題解決への必要性に応じ、多様な科学・技術分野等の融合や、新しいアプローチ法との組み合わせを進めるプロセス
Implementing:
新たな科学・技術を社会に適用、実装しそれにより新たな社会価値を創出する。その過程で、次の潜在的な課題を探すプロセス。
MECI プロセスの実践、実践を容易にする場の実現が、ブレイクスルー型イノヴェーションの継続的創出に有効であるとの考え方に依るものである。
1 http://www.eaj.or.jp/
2 www.eaj.or.jp/proposal/teigen20091126_konponteki_engineering.pdf
3 http://www.jst.go.jp/gaiyou.html
4 http://sangakukan.jp/journal/center_contents/author_profile/kitazawa-k.html
5 発行 ディスカバー・トゥエンティ 発売 2010 年4 月15 日
それでは根本的エンジニアリングというものの定義はどのようなものであろうか。(社)日本工学アカデミー(1) の「我が国が重視すべき科学技術のあり方に関する提言~ 根本的エンジニアリングの提唱 ~」(2 )では、次のように述べられている。
根本的エンジニアリングを、「様々な顕在化した或いは潜在的な課題を抱える地球社会及び各分野が個々にあるいは複合的に活動する科学・技術分野を俯瞰.的にとらえ、個々の科学技術分野の追究・及融合、あるいは社会価値の創出ばかりでなく、地球社会において解決すべき課題の発見、そしてより的確な次の社会価値創出へとつながるプロセスを、動的且つスパイラルに推進していくエンジニアリングの概念」として定義する。すなわち、21 世紀の地球社会の課題を解決し、且つ持続性ある地球社会のための社会価値創出(イノベーション)の実現を目指すための、従来の工学を超えたエンジニアリング概念が、「根本的エンジニアリング」である。
この概念を次の図に示す。すなわち、「根本的エンジニアリング」という技術概念は、欧米などで提唱されている「Converging Technology 」(以下、CT という)が示唆する「研究分野や技術の融合によって新規に創出する社会価値の実装」(図の①の部分)だけでなく、地球社会において解決すべき潜在課題の発見、そこで必要となる技術の特定や育成、そして、さらにその技術や分野の新たな融合とより的確な社会価値創出へとつなげていくプロセスの全体、すなわち図の①~④のサイクル全ての活動を主体とするものである。
(社)日本工学アカデミーの「提言」では、そこに至る背景が説明されている。話が前後してしまうが、その部分を再び引用させて頂く。
第一章. 本提言の背景
今後の科学技術分野の捉え方として、“Converging Technology(以下、CT)“が注目されているが、この定義は、米国やEU、その他の国々により様々になされている。
米国では、バイオ、ナノ、情報通信、認知科学の4つの分野(NBIC)を取り上げ、知の融合を促進する技術としての研究開発戦略を推進している。一方、欧州連合においては「今後の欧州連合に於ける社会課題を技術や知識によって解決する可能性を提示する技術または知識の体系」との幅広い定義を行ない、CTの重要性を科学技術政策において明確に打ち出し、具体的な重点投資を開始している。また韓国では「将来の経済・社会課題を解決することを目的とした、分野や技術を融合した革新的新技術」としている。
一方わが国では、第三期科学技術基本計画において、イノヴェーションの源泉となる知識創出のための基礎研究推進などによる「科学技術の戦略的重点化」と同時に、人材育成やつなぐ仕組みによるイノヴェーション創出システムの強化、地域イノベーション・システム構築などの「科学技術システム改革」が謳われ、ここ数年、知を俯瞰的に捉える方向性が見られている。「知の統合」や「社会技術」を重視している点で、上記各国が言うところのCTと類似した視点からの分析や検討がなされてきていると言える。
しかるに、近年わが国において、社会課題の解決につながる根源的なイノヴェーションが生じていたかの疑問がある。米国においては、情報通信分野においては、クラウド・コンピューティング、エネルギー分野においてはスマートグリッド、情報家電におけるiPod などがイノヴェーションとして登場してきている。わが国からの大きな発信が生まれないのはなぜであろうか。以上が、日本工学アカデミーからの提言の概要である。
・根本的エンジニアリングの二つの場
根本的エンジニアリングは工学的な発想を、従来以上の範囲に広げて行こうという運動であろう。その方向については二つの考え方がある。即ち、その活動の場を将来に置くか、過去に置くかである。根本的エンジニアリングは多くの場合、将来を向いている。それは(社)日本工学アカデミーの提言に示されているように、当初の発想が「我が国が重視すべき科学技術のあり方に関する提言~ 根本的エンジニアリングの提唱~ 」として、「日本社会にとって人類の生存と地球環境の維持のために科学技術を用いたイノヴェーションこそが必要であり、日本が世界の先頭に立ってそれを実現するための提言を行う。」としている。そして、新たなイノヴェーションとその持続のための方法論として展開している。
しかし、その一方で提言は、「第二章 本提言の目的」において、「社会課題と科学技術の上位概念から社会と技術の根本的な関係を根源的に捉え直す広義のエンジニアリング」を『根本的エンジニアリング(英語では、上位概念であることを強調して Meta Engineering と表現)』と名付ける。」という定義を述べている。この「根源的に捉え直す」とは、明らかに現在を起点とする過去の場においてであろう。この二つの方向性は明らかに異なった方向へ発展せざるをえないだろう。
このことは、今後の活動によって実証されることになろうが、双方ともに着実な進展を期待したい。なぜならば、目的はあくまでも「社会への実装」であるのだから。
・根本的エンジニアリングと第4の価値
根本的エンジニアリングは、従来「戦術」に強く、「戦略」に弱い日本人の生き方を大きく変えるために役立てることができると思う。なぜ日本の成長が止まったか、なぜ製造業への投資が減ったか、なぜ技術開発では勝てるのに世界的なシェアー争いでは勝てないのか。このような議論を進めてゆくと、全て「戦略における幅広いコンセンサスの無いままに、個別の戦術に走る」に行きつくのではないだろうか。従来は、このお陰で高度成長を果たしたのだが、グローバル化と持続性社会化の中では必然的に旨く廻らなくなる。
北澤宏一氏(元独立行政法人科学技術振興機構 Japan Science and Technology Agency 3理事長 現在同顧問)4 は、著書「科学技術
は日本を救うのか」5 の中で、「第4の価値」を追求すべき、と述べている。第1次、2次、3次産業に対して、「社会的・精神的価値」を示したものであり「第3次産業までが創り出す価値とは、個人の欲求を満たすもので、大きなビジョンは無くても実現できるような価値」であり、「新しい第4の価値は、これまで個人では実現しにくかった 大きなビジョンの下で初めて実現できる夢」と述べている。
実例として(1)ドイツの「電力固定価格買取り制度」による太陽電池産業の急成長(2)米国の投資会社の社会貢献活動としての再生可能エネルギーファンドの創設などを挙げている。
これらは、「第4の価値」を「経済的にペイすることに変換すること」に成功した例である。即ち、法律や制度を改めるだけで、新たな予算は皆無で第4の価値の創成を遂げることができた例であった。「大きなビジョンの下で初めて実現できる価値の創造」とは、戦術ではなく戦略である。そして、それは「社会的・精神的価値」の増加を目的とする。このことは、根本的エンジニアリングにぴったりの命題である。根本的エンジニアリングを用いて、新たな「社会的・精神的価値」のあるもの・ことを、「経済的にペイすることに変換すること」、そしてその為の「ドライバーの発見」は先の図に示されたプロセスにとっての大きな分野の課題である。
・(社)日本工学アカデミーの根本的エンジニアリング作業部会における定義
このシリーズは、(社)日本工学アカデミーの根本的エンジニアリング作業部会の成果に多くを負っている。この作業部会でも、定義の追加が行われた。それは、先の図への補強である。そこでは、先の図に示された4 つの手順を、スパイラル上に組み合わせたプロセスを提案することになった。その4つの手順がマイニング(Mining)、エクスプローリング(Exploring)、コンバージング(Converging)、インプリメンティング(Implementing)であり、全体を総称してMECI(メッキー)、あるいはMECI プロセスと呼ぶ。それぞれを次のように定義することとした。
Mining:
地球社会が抱える様々な顕在化した、あるいは潜在的な課題やニーズを、問い直すことにより見出すプロセス
Exploring:
こうした課題を解決するに必要な科学・技術分野とを俯瞰的にとらえる、あるいは創出するプロセス
Converging;
課題解決への必要性に応じ、多様な科学・技術分野等の融合や、新しいアプローチ法との組み合わせを進めるプロセス
Implementing:
新たな科学・技術を社会に適用、実装しそれにより新たな社会価値を創出する。その過程で、次の潜在的な課題を探すプロセス。
MECI プロセスの実践、実践を容易にする場の実現が、ブレイクスルー型イノヴェーションの継続的創出に有効であるとの考え方に依るものである。
1 http://www.eaj.or.jp/
2 www.eaj.or.jp/proposal/teigen20091126_konponteki_engineering.pdf
3 http://www.jst.go.jp/gaiyou.html
4 http://sangakukan.jp/journal/center_contents/author_profile/kitazawa-k.html
5 発行 ディスカバー・トゥエンティ 発売 2010 年4 月15 日
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