脚本家の山田太一さんが他界されました。『岸辺のアルバム』と『ふぞろいの林檎たち』が代表作として挙げられがちだけど、私は断然『男たちの旅路』が好き。
1エピソードが70分以上あって各シリーズが3話ぐらいで区切られる、当時としては画期的な構成だったNHK「土曜ドラマ」の第3弾で、正式タイトルは『山田太一シリーズ 男たちの旅路』。
その第1部が1976年2月〜3月、第2部が’77年2月、第3部が’77年11月〜12月、第4部が’79年11月、そしてファイナルとなる単発スペシャルが’82年2月に放映されました。
大好きだけど、レビューするには敷居が高すぎるというか、かなりのエネルギーを費やすのが分かってるから今まで躊躇してました。
決して内容が小難しいワケじゃなく、ちゃんとお茶の間向けエンターテインメントに仕上げてくれてるんだけど(だからこそ大好き)、とにかくグッとくる台詞、ガツンとくる台詞が満載すぎて、それを全部ピックアップするかと思うと気が遠くなっちゃうワケです。
けど、いよいよその時が来ました。山田太一さんに捧げます、なんておこがましいことは言えないけど、この記事をもって追悼したいと思います。
世間では特に第3部の『シルバー・シート』や第4部の『車輪の一步』あたりが高い評価を受けてるけど、ここでは1977年2月5日に放映された第2部のファーストエピソード『廃車置場』をチョイスします。
理由はその回が収録されたDVDをたまたま持ってるからだけどw、刑事物に近い要素があったりするし、“働くこと”に関する葛藤がテーマなもんで、今の私自身にリンクする部分が多々あるんですよね。
冒頭シーンは国立競技場における体操国際大会の模様で、当時15歳だった“白い妖精”ことナディア・コマネチさんのお姿も!
で、主人公はその会場を警備するガードマンたち。
もちろん、折り目正しいスーツ姿で颯爽とピストルをぶっ放す、宇津井健さんみたいなスーパー警備員は存在しません。
現実のガードマンがどれほど地味なお仕事か、このドラマで初めて知った視聴者も多かったんじゃないでしょうか。当時まだ小学生だった私がまさにそう。
それはともかく、駐車場の誘導係を担当した杉本(水谷 豊)の指示を無視し、自由に車を停めてひんしゅくを買ったアラサー男=鮫島(柴 俊夫)が後日、新人ガードマンの研修生として再び杉本の前に現れたから驚いた!
国立競技場で出逢ったときの彼は求職中で、元気に動き回る杉本の姿が「楽しそうに見えたから」求人に応募したと言う。
「冗談じゃないよ、楽しいワケないだろうよ、警備の仕事をナメるんじゃないよ」
とにかくヤンチャでお喋りな杉本のキャラクターは、当時『傷だらけの天使』と『熱中時代』の中間点にいた水谷豊さんそのまんまな感じ。
一方の鮫島は対照的に大人のムード。演じる柴俊夫さんは同時期に『太陽にほえろ!』で長さん(下川辰平)の娘婿をとても穏やかに演じておられ、スコッチ刑事(沖 雅也)を彷彿させる「一匹狼」キャラの鮫島に私は戸惑った記憶があります。
何しろ彼は、いくら歳下とはいえ会社では先輩にあたる杉本にタメ口で接し、しかもまだ研修中のクセに“就職にあたっての条件”を自ら提示してくる!
「仕事を選びたいんだ。出来るなら納得のいく場所を警備したい。命令だから何でも守るなんて仕事はしたくないんだよ」
「なに言ってるの、そんな勝手なことさせるワケないじゃないの」
そう、常識で考えればそんなワガママは通らない。けど鮫島は、通らなければ他所を当たるからとにかく責任者と交渉させてくれ、と主張して一歩も引かない。
体格が良くて腕っぷしも強く、自信があるから言えるにしてもムチャな要求です。
が、押しに押されて仕方なく、杉本は直属の上司=吉岡司令補(鶴田浩二)への仲介役を引き受けるのでした。
それは元軍人(特攻隊の生き残り)で威厳の塊みたいな司令補が、身の程知らずな研修生にガツン!とかましてくれるのを期待したからだけど……
「理由を聞こう」
なんと、吉岡司令補は口うるさい杉本を部屋から追い出し、鮫島の話をじっくり聞いた上で、奇想天外とも言える彼の「条件」を聞き入れてしまう!
当然ながら、大沢司令補(橋爪 功)をはじめとする社の幹部たちは「そんなことを認めたら規律が保てなくなる!」と猛反対。
「命令を黙って聞けないなら採用しなければいいじゃないですか」
「命令を黙って聞く人間しか雇わんというのは、情けなくはないかな?」
「我が社は警備会社でしょ? 命令に逆らう人間を雇って成り立ちますか?」
「無論、命令を黙って聞くという原則は必要だ。しかし、守らん人間は全部切り捨てろというのでは、規則にがんじがらめじゃないかね?」
「いや、規則っていうのはそういうもんでしょ?」
「私はそうは思わない。規則は時に応じて破るもんだと思っている」
「それで統率が執れますか?」
若き橋爪さんがおっしゃる事はまさに正論で、もし私も幹部という立場なら同じように反対すると思います。
ところが、ダンディズムの塊みたいな社長の小田(池部 良)が、極めてダンディーな決断を下します。
「いいでしょう、1つのケースだ。やってみようじゃないですか」
これは凄い! 普通ならあり得ないけど、100%あり得ないとも言いきれない。本当に面白いドラマは絶妙にその辺りを突いてくる。さあ、果たしてどうなるか?
晴れて入社が決まり、さっそく競輪場の警備を断った鮫島は、大手製薬会社の工場をガードすることになるんだけど、大雨の日、ひたすら表で突っ立ってるだけの警備を「意味がない!」と途中で放棄しちゃう。
確かに、わざわざ表に出て雨に打たれなくても軒下でじゅうぶん警備はできる。けれど雇い主がそういうやり方を要求し、下請けである我々が承諾した以上は無意味でもやらなきゃ仕方がないと、主任の田中(金井 大)は言う。
それでも意志を曲げず、鮫島はサッサと帰宅してしまう。
凄い! 私も無意味な業務や理不尽な命令には耐えられない性格だけど、選択肢は「我慢する」か「辞める」かの2つだけで、とても鮫島のマネは出来ません。
いや、そりゃ誰だって鮫島みたいにしたいけど、自分だけそんな贔屓を受けたら同僚たちにどんな眼で見られるか、それが気になるから選択肢にはまず入れない。それが日本人ってもんでしょう。
案の定、他の警備員たちが徒党を組んで抗議して来るんだけど、吉岡司令補は逆に問います。仕事を選びたいなら、なぜ最初にそう言わなかったんだ?と。
「それは……そんな条件を出したら入社できないと思ったんです」
「彼もそう思った。しかし出した。彼だけが特別扱いされても仕方がないだろう?」
「だったら、あらためて私たちも要求します!」
「自分で悩んで条件を突きつけて来た人間と、人が成功したのを見て尻馬に乗って来たキミたちとは、本質的に違うんだ!」
確かにその通り。平等な扱いを求める同僚たちの気持ちも解るけど、最初に勇気を振り絞った人間とそうでない人間が同じように扱われたら、それこそ不平等ってもんです。
けど、人間は……ことに徒党を組みたがる若い男どもってのは愚かなもんです。
退勤後の駐車場で鮫島が集団リンチに遭うというトラブルが発生し、社内は「それ見たことか」って空気になっちゃう。
社の屋上で、小田社長が吉岡司令補とダンディーに語らいます。
「やっぱり、マズかったな。会社もある程度、柔軟性を持つべきだと思ったが、人間関係が悪くなるのは良くないやな」
この池部良&鶴田浩二の組み合わせって、翌年からフジテレビでスタートする刑事ドラマ『大空港』の沢井空港長&加賀チーフの関係そのままですよね。あっちは軍隊時代の戦友って設定だからお互いタメ口で「貴様」呼ばわりだけど。
「彼に辞めてもらおうと思ったが、キミが特別に入れ込む理由があるのなら、聞いてからにしようと思ってね」
「…………」
仕方なく司令補は、自分の胸にしまっておくつもりだった、鮫島の“条件”に秘められた真意を小田社長に明かします。
以前、そこそこ大きな企業で課長代行にまで出世した鮫島は、ある下請け会社の倒産を仕組むミッションを上役から命じられた。断ればせっかく努力して積み上げたキャリアを失うことになりかねず、鮫島は実行せざるを得なかった。
結果、上役の目論見どおりに下請け会社は倒産し、何人もの社員たちが路頭に迷い、あやうく一家心中しかける人までいたという。
やりたくないミッションを上役の命令だからと引き受けてしまい、それを激しく後悔した鮫島は、悩んだ末にその会社を辞めてしまった。
「新しい職場では、出来るだけ仕事を選んでみようと思いました。それが罪滅ぼしになるとは思いませんけど、命令ならどんな仕事でもする、そういう働き方は二度としたくないと思いました」
そんな鮫島の強い意志が、吉岡司令補の心を揺さぶったワケです。命令には絶対服従の軍隊で、しかも特攻隊の一員として戦った司令補にとって、戦後はもはや“余生”みたいなものだった。
「社長の前ですが、仕事を生活の手段以上のものとは考えていなかった。正直なところ、彼には驚いているんです」
「…………」
「仕事を選んで、なるべく意味のある所で働きたいと、正面から条件を出してきた人間に、年甲斐もなく驚いたんですねえ」
「あの男は現在を生きてる。私は過去を捨てきれず生きてる。現在を生きてれば、仕事を選びたいと思うのは当然。その当然なことを、私は長い間考えなかった。出来るだけ、選ばせてやりたいと思ったんです」
「……そうか」
このレビューを書いてる私自身、プロの映像作家になるという夢を一応は叶え、それを支援してくれた両親を最期まで支えるというミッションを半分は果たして、もはや今後は余生みたいなもんだと2023年上半期は思ってました。
だからほとんど躊躇せずに前職を辞めたし、次は最低限の収入でいいから「とにかくストレスが少ない」仕事を選ぶつもりだったのに、何の因果か前職よりもずっとストレスフルな職業に就いちゃった。
こんな(本作における吉岡司令補より上の)年齢になってからの求職だから(選べる身分じゃない)って側面もあろうけど、なんだか「余生に入るには修行がまったく足りてない」と天から言われた感じがしてます。
余生っていうワードに反応して要らんことを書きましたが、こうして視聴者が自身の境遇や生き様に思いを馳せずにいられない、それが「名作」と呼ばれるドラマなんだと私は思います。泣けるかどうかなんて全く関係ない。
閑話休題。小田社長のダンディーな計らいによりクビを免れた鮫島は、杉本とコンビで工場の夜警に就くことになります。
他の同僚たちが誰も鮫島と組みたがらない中、杉本だけが“相棒”を買って出たのは、威厳の塊みたいな吉岡司令補にもまったく臆さず媚びない鮫島に、キャラは真逆なれどシンパシーを感じたからかも知れません。
で、そこで事件が起きちゃう。ある夜、巡回中に女性の悲鳴らしき声が聞こえたんだけど、それが工場の敷地外だったもんで持ち場を離れるワケにいかず、まあ「気のせいだろう」と見過ごしたら翌日、工場近くで強姦事件が起きていたことが判明。
警備範囲の外で起きたことゆえ、杉本と鮫島に責任を問う者はいません。ただ一人、吉岡司令補を除けば。
二人を河原に連れ出した司令補は、今回の事件についてどう思ってるかを鮫島に問います。
「それは……我々の警備範囲外のことですから、やむを得なかったと思うしかないでしょう」
「馬鹿者っ!!」
軍隊で鍛えられた司令補の突撃ビンタにより、大男の鮫島が太平洋まで吹っ飛びます。
「それが仕事を選んだ人間の言い草か! なぜ金網の外へ出なかった? なぜ声を聞いたら道へ出て、その声を突き止めなかった? まともな人間ってのはそういうもんだ。悲鳴を聞いたら、どこで聞こえようとそこへ走るのが人間ってもんだ。仕事の範囲でなきゃ出て行かないのか? 貴様も、そんな馬鹿野郎だったのか!?」
「待ってよ、ちょっと! 声を聞いてどこにでも行ってたら仕事はどうなんのよ!?」
「声を聞いたら外へ出て、突き止めるのが人間ってもんだ。仕事の範囲から一步も出ないなんてもんは人間じゃない!」
「だけどねえ!」
「お前も殴られたいか!?」
「殴られたくないです!」
「仕事を選んで、活き活き仕事をしたいというのがお前の希望じゃなかったのか? そんなことで、仕事が活き活き出来てたまるか! 仕事をはみ出さない人間はオレは嫌いだ!」
「おい、杉本! 靴屋へ鞄を直してくれと頼みに来たら、お前なら断るか?」
「鞄屋へ行けって言います」
「鞄屋がそばに無いから来たんだっ!!」
「そんな怒ったって……」
「直してやるのが人間ってもんだ。困ってる人間を眼の前にして、オレは靴屋だから鞄は直さんと言ってるのが貴様たちだ!」
「…………」
「なぜ警備の範囲なんてことを考えた? なぜ飛び出して行かなかった? 仕事からはみ出せない人間に、活き活きとした仕事なんて出来ん! はみ出さんヤツが、オレは大嫌いだ!」
これもまた考えさせられます。自分ならどうするか? 起きてるかどうか判らない事件のために持ち場を離れて、そのスキに持ち場で何かあったらどうしよう? それでクビになったらどうしよう?って、ブレーキをかけるのが果たして間違いなのか?
司令補が言うことは正論かも知れないけど、正しいことばかりじゃ渡って行けないのが世の中ってもんじゃないのか?
案の定、同じ犯人による強姦未遂事件が、今度は工場の敷地内で起きちゃいます。皮肉なことに、杉本がルールを破って敷地外を巡回してるスキに……
今回は詰所にいた鮫島が悲鳴に気づき、すぐに駆けつけたから未遂で済んだものの、犯人は逃走。お陰で2人は契約を切られ、減給と10日間の休職処分を受ける羽目になり、杉本が吉岡司令補に噛みつきます。
「あんたは一銭も引かれないでのうのうとしてんのかよ? そんなバカな話があるかよ!」
「鮫島くんはどうだ? 私に責任があると思うか?」
「……責任はともかく、仕事の外にはみ出すってことが、本当にいいことかどうか分からなくなりました」
「いいことに決まっている! 私は、私の言ったことが間違ってるとは思わない」
事件当夜、敷地内をちゃんと警備した上で外を周ったなら、いずれにせよ事件は起きていたと司令補は言います。確かに、広い敷地内の全てを常時監視するのは(現在ほど防犯カメラが行き届かない当時じゃ)不可能なこと。
「パトロールの方法を反省すべきだとは思うが、仕事をはみ出したことが悪いとは思わない。こんなことで仕事に閉じ籠もってはいかん。仕事の外で何が起ころうと知らん、という態度に戻ってはいかん。せっかくキミたちは、仕事の範囲を越えようとした。もっとはみ出したって構わん」
「気軽に言ってもらいたくないね」
「犯人の顔を見たのはキミたちだけだろう? 10日間の休職中に犯人を探してみろ」
「人相から何から警察に言ってありますよ」
「だから警察に任せて知らん顔か? なるほど、ガードマンの仕事には逮捕権がない。だがキミたちは顔を見てるんだ。キミたち2人で、仕事をはみ出して探してみたっていいじゃないか」
確かに、司令補を恨むだけで10日間も費やすのは勿体無いってことで、二人は一念発起。犯人は工場周辺に住んでいるとヤマを張り、まさに警備員の職務を超えた聞き込みや張り込みを毎日、根気強く続けるのでした。
で、激励に駆けつけた吉岡司令補と、今回は出番が少ない同僚の悦子(桃井かおり)も加えた4人で入った食堂に、見覚えのある男が入ってくる。
警察に通報するより先に犯人が気づいて逃走! やむなくガードマン4人がビール代を踏み倒し、脳内で「ジーパン刑事のテーマ」を口ずさみながら大追跡!
最後はやっぱり吉岡司令補が軍隊仕込みの背負い投げで一本!
捕まった犯人による号泣も含め、『男たちの旅路』でこれほど『太陽にほえろ!』的な描写が観られるのは今回のみだったと思います。第2部の1発目ってことでエンターテインメント(悪く言えば視聴率狙い)に徹したのかも知れません。
ただし、ラストシーンは事件解決を祝してカンパイ!とはならず、何とも説明しがたい後味の悪さで気分が沈む中、ひとり杉本だけがカラ元気を撒き散らし、またもや司令補に叱られます。
「いい加減にしろ! オレはこんな時にはしゃぎ回るヤツが嫌いだ!」
「へっ、よくまぁ好きだとか嫌いだとか言う人だね」
そう、吉岡司令補はスーパーマンでもなけりゃ人格者でもない、戦中派にありがちな偏屈者の頑固者。
よくよく聞いてると彼の判断基準は正しいか間違ってるかじゃなく、ほとんど「好きか嫌いか」なんですよね。シリーズを通して最も有名で、最も共感できる司令補のセリフが「オレは若いヤツが嫌いだ」ですから。
「靴屋が鞄を直したワケですよね、司令補」
杉本が言った皮肉にも、司令補はただ苦笑するだけ。無責任ですw
連続強姦魔を捕まえたのは正しいことに決まってるけど、1人の気弱そうな青年を刑務所へ送り込み、その人生を大きく左右させる権利が、勤務時間外の警備員たちに果たしてあったのか? 4人の感じた後味の悪さはそこにあるんだろうと私は解釈しました。
一方、YouTuberを自称するただの無職者が刑事の真似事をして、デジタルタトゥーや冤罪まで生みながら小銭を稼いでる2020年代のネット社会。彼らは少しでも後味の悪さを感じてるのか?
思った通り長いレビューになりました。これで『男たちの旅路』を観たことない読者さんに、その素晴らしさが少しでも伝わってくれたら嬉しいです。