前回(#01~#03)のレビューでは『これは経費で落ちません!』や『Shall we ダンス?』との共通点を挙げつらったけど、『セクシー田中さん』はそれよりも『いちばんすきな花』にとてもよく似たドラマというか、同じメッセージを我々に伝えるべく創られた作品であることが、市毛良枝さん扮する笙野(田中さんに憧れる無神経男)のママが登場したあたりから明確になりました。
『いちばんすきな花』の美鳥さん(田中麗奈)が『セクシー田中さん』の田中さん(木南晴夏)であり、美鳥さんにとっての“あの家”が田中さんにとってのベリーダンス。目標とか夢とかっていう大袈裟なもんじゃなく、要するに自分を取り戻すための“居場所”ですよね。
一番大事なのは「自分がどうしたいか」であり、美鳥さんや田中さんが輝いて見えるのは、それを無意識に実践してる人だから。で、関わった人たちも影響を受けて少しずつ変わっていく。
別に何かを成し遂げたワケじゃなく、だけどみんなが以前より活き活きとして見えるラストシーンもまた似てました。
そうして別作品どうしを関連づけて語りたがるのは「私の悪癖かも」って前に書きましたが、別にパクリだとかネタ被りだとか言いたいワケじゃなく、似た作品が生まれることにはきっと何らかの意味があると思うからで、そういうのを分析するのがただ楽しいだけ。私の趣味なんです。
その“何らかの意味”っていうのがたぶん「時代(生き方)の変化」とか「多くの人たちが無意識に求めてるもの」とか、そういったもの。作品を通して「現在の人たち」がよく見える。それと比べることで自分自身の現在も見えてくるのがまた面白い。
近年の“癒し系”ドラマの顕著な特長として挙げられるのが、主人公を苦しめる敵が世間の「同調圧力」であること。黒木華さんの『凪のお暇』あたりからでしょうか。たぶん欧米人には全く理解できない心情ですよねw
ジャパンならではの同調圧力(みんなと同じでなきゃいけないっていう刷り込み)には私ら世代も苦しんだけど、今どきの子供社会はもっと過酷になってるようで、それが映画やドラマの倍速視聴(みんなと話を合わせるために粗筋だけ確認する作業)なんていうバカげた文化まで生んじゃった。
昭和ドラマじゃ「お前も殻を破って飛び込んで来いよ!」っていう、いかにも軍隊的なお説教が幅を利かせてたけど、時代(生き方)はここまで変わりました。
テーマは同じでも『セクシー田中さん』が視聴者“満足度ランキング”の上位に食い込み、『いちばんすきな花』がイマイチ支持されなかったのは、単に前者が“エンタメ寄り”で後者が“アート寄り”だったからだと私は思います。クオリティーはどっちも高かった。
で、私は明確にエンタメ寄りの人間だから『いちばんすきな花』より『セクシー田中さん』の方が楽しめました。田中さんの不器用さや笙野の無神経さ、つまりダメさ加減には自己投影しやすかったし。
私だけじゃなく、多くの人が「ダメなのはキミだけじゃないんだよ」って、誰かに言って欲しいんですよね。それが数字に反映されたんだろうと思います。
『いちばんすきな花』は深くて鋭いセリフの宝庫だったけど、『セクシー田中さん』のセリフはもうちょいライトで、いろんな意味で優しいと私は感じました。
前者はあまり触れて欲しくない部分まで突いて来たけど、後者はみんなが誰かに言われたい言葉をそのまま言ってくれた。要するに辛口と甘口の違い。
たとえば、無難な人生を歩みたい自分は(自由人の)田中さんには(恋愛対象として)向いてないって言う笙野に、ダラブッカ奏者でプレイボーイの三好(安田 顕)が言ったセリフ。
「みんな、案外自分の気持ちなんか分からないんだよ。コントロールできない。気持ちも、感情も。今日嫌いだった人を、明日大好きになるかも知れないし。みんな毎日変わってく。明日何が起こるかなんて分からない。ワクワクしない? 無難な人生なんて、僕は存在しないと思うけど」
たとえば、癌と闘うことになった笙野ママが、見舞いにきた息子に言ったセリフ。
「行きたい場所に来れた。初めての国の文化に触れた。好きな色のスカーフを買えた。1つ1つは些細でも、たくさん集めれば生きる理由になるよって、京子さん(田中さん)がね、そう教えてくれたのよ。あれから毎日、生きる理由を集めてる」
昭和気質の夫に縛られ続けてきた笙野ママもまた、田中さんの影響で自我に目覚め、ついさっき離婚届を叩きつけたばかり。
「大好きな一人息子が会いに来てくれた。手術が無事に終わった。お父さんと喧嘩ができた。ね、ワクワクするでしょ?」
そして、色々あって挫けそうになってる田中さんに、一番のファンである朱里(生見愛瑠)が言ったセリフ。
「前に笙野が言ってましたよ。伸びやかで、自由で大胆で、この人には敵わない。不器用だし、他人よりは時間がかかるかも知れないけど、彼女なら自分で解決できるって。笙野のくせに生意気ですよね」
そう言う朱里こそが『いちばんすきな花』の主役4人と同じように、ムリして世間(の同調圧力)に合わせる日々に疲れ果てた、実質の主人公。
「ずっと、自信がなかった。まっすぐ自分を見るのがイヤだった。ちっぽけで、何もできない自分を自覚するのがイヤだった。なんでみんな、自分には大した価値がないって、すぐに思っちゃうんだろう? 誰に吹き込まれたんだろう? 思い当たることがあり過ぎて、もう、どうでもいい」
「田中さん。私、もっともっともっと、もっと知りたいです。いろんなこと。自分のことも、正しく」
「私も。もっともっと学びたいです。目線を上げたら、いつも新しい世界が広がってますね!」
主人公たちがそれぞれ自立していくエンディングもまた『いちばんすきな花』と同じ。まあ、ドラマとはそういうもんだけどw
そうは言っても前述のとおり、主人公たちの日常はさして変わらない。ただ、表情が前より少し明るくなっただけ。
新しい職場で「やって行けそう」って確信しつつある今の私もたぶん、ちょっと前より明るい顔になってると思います。人生、これの繰り返しですよね。