屯田物語

フォレスターとα6000が
旅の仲間
さあ、カメラを持って
出かけよう!

詩集「琴しぐれ」夕愁白嶺 <夜汽車>

2021年09月16日 | 琴しぐれ
<夜汽車>

夜半の車上の窓に来る
はるか赤き野火のさま
淋し旅情のうるおいに
あかず眺めし彼方をば

夜笛の声の窓を打ち
哀愁の嘆息ぞもれ出づる
何れも寝入りしその中に
ただ一人起き居ては

名も知らぬ山合の
小さき駅の呼び声に
ふと目ざめしも
旅愁の味はうら悲し


作者の夕愁白嶺は旭川東高を卒業、H大学の演劇科に進学した。
僧「俊寛」の船頭役で初舞台

詩集「琴しぐれ」夕愁白嶺 <愛撫>

2021年09月14日 | 琴しぐれ
<愛撫>

淋しき音と共に泣き
やさしく瞳濡らす君
憂うる吾をうち見ては
言葉少なに慰めぬ

淋しき吾の手を取りて
そっと頬にあてし君
失意の音を想いては
白き胸にて励ましぬ

淋しき吾に微笑みて
熱き血潮を沸かす君
悲しむ吾を労わりて
心の扉を開けしめぬ

淋しき言を忘れさせ
恋のともしび招く君
嘆きの吾を抱きしめ
愛の炎をともしめぬ


(写真:中宮寺の弥勒菩薩)

詩集「琴しぐれ」夕愁白嶺 <冬の海>

2021年09月13日 | 琴しぐれ

詩集「琴しぐれ」は白嶺の十九才~二十才頃の作品ばかりだから、感傷的でロマンチックな詩が多い。
ただ、武者小路実篤の「友情」で育った世代にとって、そんな感傷は当然のこととして恥ずかしくもなんともないのである。



積丹岬で撮る。われながらいい写真だと自画自賛。

詩集「琴しぐれ」夕愁白嶺 <なぎさ>

2021年09月12日 | 琴しぐれ
<なぎさ>

なぎさは吾を誘いしぞ
その声 香が音を打つ
濡れた砂地がひいやりと
音の奥にぞ沁入るる
吾がなぎさにふるる時
なぎさのいとも懐かしいや
なぎさよ なぎさよ
いずこから
いかな便りを持ち来しぞ
漂う海草 貝殻も

遠い国から来しものや
一つ一つが我が胸に
異国の香をもたらしむ
なぎさが呼ぶとき
まねくとき
吾は必ず参りしぞ
なぎさよ 忘るな
持ち来てよ
遠い異国の潮風を

沖縄旅行(2010年2月)
魚影が濃い、船頭さんから渡された麩をつまんで海中へいれてみたら、
ツバメ魚に指を突かれてビックリ!
麩を2mぐらい放ってカメラを構えた。
ほんの1~2秒で魚が海から跳ね出してエサをくわえ込む。
なんせ客は二人きり、気のいい船頭さんは麩ひと袋全部くれたので、
真栄田岬のお魚にたくさんエサをばらまいてきた。

詩集「琴しぐれ」夕愁白嶺 <暮色の海>

2021年09月11日 | 琴しぐれ
詩集「琴しぐれ」は私の二十才迄の百数十編の作品中から自選によって集成したものです。私の詩は多分に感傷的で、悲哀と寂寥が絶えず出て来ます、その為読者の方からロマンチック過ぎると批難を蒙るかもしれません、しかし私は敢えて甘受します。
私は「唇に歌を持て」という一節が好きです。この言葉は何時も強く心を打ちます。
以下略ー著者あとがき

(写真:石狩浜)

<暮色の海>

夕暮の浜辺のそぞろ歩き
砂地に残る私の足跡
点々と続くその足跡間近に
砕けた波がさあっと寄せてくる

波の音の物悲しさは
私の頭をしびらせ
心の底に大きく響いて来る
憂いを一杯浮かべて

潮風に私は襟を合せます
愛にふるるその風が
遠い遠いふるさとを
私に思い起させる。

水平線を薄く染める入日が
静かな美しさを残して行く
最後の息を引取るように
微かにもえて消えて行く



詩集「琴しぐれ」夕愁白嶺 <海>

2021年09月10日 | 琴しぐれ

詩集「琴しぐれ」の著者・夕愁白嶺氏は旭川東高校の卒業生です。二冊目の詩集「四季の風」とあわせて母校に寄贈されてますので、ご覧になられた方がいらっしゃるかもしれません。
(写真:神威岬)



海の音は
私の心の潮鳴り
その力強い響きは
私の心を引締める。

潮の香は
私の心に懐かしく
遠い幼き童より
私の心の中にある。

海の青さは
私の心のあらわれ
深く物思うさまは
私の心を開かせる。

海の広さは
私の心のふるさと
果しなき広さは
私の心を一杯にする。