HASSY局長のハサカル日誌

伊勢志摩バリアフリーツアーセンター事務局長HASSYが
日々のハサカル(気になる)出来事など記録していきます。

0812:夏の行事っぽく、バーベキューです

2006-08-12 10:20:42 | プライベート
パートナーの以前の職場、車メーカーN社(車椅子になる前は車の整備士でした)の同期仲間たちとバーベキューです。

私は結婚してからみなさんとは数回しかお会いしていませんが、みんな仲良くしてくれます。

大人も子供も、夫婦みんなが仲良くて、一体誰と誰が同期で、誰がだれの奥さんで、だんなさんで、この子供たちはどれが誰の子供で、どの子とどの子が兄妹なの?と…、今日もわかりませんでした(爆)

会場は県内の亀山サンシャインパーク(県の立派な施設です)。
 
予約してスペースを確保。コンロも貸してもらえます。なかなかの施設。

去年もココだったらしいけど、私は行けませんでした。

だから今日は初の会場。
亀山ICからすぐなので、とってもわかりやすいですね。
確かに上等な施設だし、なんといっても車椅子でも利用できるし、対応トイレもあります。
 
暑かったので、あまり園内を回りませんでしたが、池の周りの遊歩道はスロープです。

管理人もいるから安心です。
なんたって、このメンバーには、パートナー以外にも、メンバーの子供もチェアーウォーカーがいるんです。

前見たときより、車椅子が変わっていた。やぱり子供は成長が早い…

Mちゃん、久々に会いましたけど、大きくなりました。
昔、三重県のレジャーガイドを作ったときに水族館でモデルにもなってもらいました。

いい施設なんだけど、園内は池しかないため、冷たい水が流れていない…。
だからなんだかムンムンと暑い。

おかげでスイカ割り用のスイカも冷えないよ~。

冷えているのかなぁ~

でも、子供たち、スイカ割りとても楽しんでいました。
 
子供たち大はしゃぎです。楽しそう。

しかし、これって食べれるかよ~?ぐらいの叩きよう。
おお、食べている。ハイエナのように…。

ハイエナたちにもちゃんと上下関係が作られています(笑)

帰りは飲んだパートナーの代わりに運転手です。

焼きそばを食べています。帰りを考えなくていいのは幸せね~。

反対車線(夕方だったので上り)の高速道路さすがお盆で混んでいました。

0811:内閣府のフォーラムにてパネリスト出演(品川駅情報)

2006-08-11 18:32:52 | 県外情報
内閣府地域再生計画のフォーラムに参加。
というか、パネルディスカッションのパネリストとしてお呼ばれしました。

こんな私でいいのだろうか?と思いながら、久々の東京。
でも、みんな気づいているか?あさってからはお盆。
そう、しかも週末ですし、行きはよいよい、帰りは乗車率120%の時期なのです。
おそろしや~。
だからもちろん、事前チケットを購入していきました。

さて、朝は宇治山田までパートナーに送ってもらいました。
いつもより1時間も早く出勤させてゴメンね。

で、朝から少しムッとする出来事に遭遇。
近鉄のホームでどうも電車のドアの位置らしき場所に大学生らしき男女三人が立っている。
しかも男性は、白線の外側。ようするに線路側です。
危ないです、見ていてハラハラしました。
なんでそこまで?

とりあえず、私の乗る電車がやってきた。
白線の外側にいた男性は無事線路に落ちることも、電車にひっかけっられることもなく、ホッ。

確かにその子たちの前に電車のドアがきた。
電車に乗ろうと、後ろに付いたら彼ら動かない。彼らをよけてみんな電車に乗っていく。
譲っているのかな?と様子を見ていたら、電車に乗る人が切れても動かない彼ら…。

杖をついた足の悪い人が通っても微動だにしない。

そのとき初めて、この子たちはこの電車に乗らないんだと気づいて、私は急いで電車に飛び乗った。

まさかの出来ごと。
もうちょっとで、目の前で乗り過ごすところでした。アブナイ、アブナイ。

電車に乗ったとき振り返って「なんやん、乗らへんのかん!!」(言い方がちょっぴりオバサン風)とキッと睨んでおきました。

そんなスタートなので、東京のややこしい路線も無事目的地にたどり着けるのか心配。

 
新幹線に車椅子対応トイレがありました。広いぞー。

といいながらスムーズに、近鉄→新幹線のぞみ→品川駅に到着。
品川駅に降りるのは初めて。

駅も広いぞー

新しいんだよね。
といっても4年ぐらい経っていたかな?きれいななったのは。
バリアフリーになったって、東京のWAWAWAの編集長から聞いていました。
編集長の感想曰く「バリアフリーだけど、広くて移動するのが大変」だとか。
うん、確かに広い。

でもいいところたくさんあった。
なによりも、表示板の字が大きい!!
 
コレだけ大きいと助かります。本当。

これ、弱視が見れるとは言いがたいけど、私たちのようなお上りさん(笑)にはとても心強いです。
あまりキョロキョロするのって恥ずかしいけど、ここで大きくかいてあると、遠くから見つけて、それめざしてこれるからね。
 
コインロッカーが低いのは背の低い私は助かりますね。誘導ブロックと共にデザインされたタイル。
これって弱視のかたは見やすい?


さて、ここからが問題です。
山手線→浜松町→大江戸線→麻布十番です。

おお、行ったことないぞ。
そもそも山手線もどっちまわりに乗っていいのかわからず、人に聞く。

浜松町に着いたら、次へのアクセスも駅員さんに聞く。
 
人に聞きまくってたどり着くけれど、これが車椅子のルートは?
と、道行く人に聞いても答えられないだろうな?そうなると困るんだよね~。


東京の電車は一度自分のカン(カンで行くなよ)で行ってえらい目にあったことがあるので、とにかく人に聞くようにしています。(調べろよと言われそうですが)


そんなこんなで無事目的地に到着。
集合時間もギリギリセーフ。

本日は
「地域再生フォーラム」
~人が変わる!地域が変わる~

と、ようするに地域再生には「人」が重要であるということがテーマで、豊後高田市の商店街の再生についてのトークセッションにはじまり、再生プロジェクトのメンバーでもあった地域活性プランニングの藤崎慎一さんの基調講演、それから江戸川大学社会学部鈴木教授のコーディネートにより、私を含めたパネルディスカッション。
私以外のパネリストは
雑誌ソトコト編集長 小黒さん
日本ニュービジネス協議会連合会副会長 吉田さん
構造改革特区・地域再生推進室長 大前さん
地域活性プランニング代表 藤崎さん

と、錚々たるメンバー。
こんな中に入っていいのか私…。

しかもフォーラムが始まる前に内閣府中島弘毅大臣にもご挨拶。(ええ部屋に入れてもらって、しばしみなさんとお話)

会場は150人予定だったのが大幅に増えて230人だとか。
確かに壇上から見るとても多い。
人がいっぱい。
濃い内容のフォーラムですが、パネルディスカッションにしては時間が少ないかな?
講演は一方的に話をするから時間はあっという間ですが、パネルディスカッションはなんだか一言一言しゃべるたびに注目されているようで、講演のときとは違う緊張感が走ります。


内容は
最強の人を育てるには

経験
ネットワーク
モチベーション

であるということであるとで、鈴木氏がみなさんにそれぞれに経験などを聞きました。
私は、パネリストの中では最年少なので、経験としてはそれほどないけれど、比率からするとモチベーションが大半をしめているでしょう。
しかし、パートナーと行動をともにするようになってから、おそらく普通に生活したら経験しないようなことたくさんしてきたな~。
悔しい思いも、うれしい思いも。
バリアフリールームの鍵なし、すりガラスのトイレも…(笑)。

またそれぞれのモノサシとは?ということを投げかれられて、ツアーセンターはお客さんの声を常に聞ける頃であるため、時代に遅れることなくモノサシは変化すると思うようなことを伝えました。
もちろん
身体や障害の状態が基準でお客さんにアドバイスをするのではなく、お客さんの行きたい気持ちが基準ですというパーソナルバリアフリー基準もPR!
あと、福祉や観光、それぞれが関係あるとかないとかいうのではなく行政の課のバリアフリーとかとか。

なんせ時間が短かったので、いつもしゃべり倒す私もコレばかりは、時間を気にして、これ以上しゃべると長いと思ったら、とにかくハショってハショってがんばりました。
なかなか聞けない私の短いトーク。(あれでもか?と言われそう)

フォーラムが終わったら懇親会。
いろいろいっぱい多種多様な人にお会いいたしました。

中でも今回のフォーラムとは関係ないですが、この間のお木曳きに参加したという方にもお会いしてビックリ。
しかも、知り合いの知り合いだと言うから、またまたビックリ。

狭いです。日本。

あんな短いトークでもみなさんはいろいろ思ってくれたようで、うれしかったです。

今日は東京在住の理事長も来てくれていたので、フォーラムと懇親会を二人でツアーセンターのPR責めしました。

※肝心のフォーラムは出ていたので写真がない…。

帰りの電車はとりあえず、チケットとってあったから、無事座って帰ることが出来ました。
帰ったら、パートナーが友人と珠家まで飲みに出てきていたので、そこまで歩いて合流。
私は彼の乗ってきた車を運転して帰りました。
ま、代行運転というのでしょうか?

朝1時間も早く出勤してくれたからね~。
それくらい…。

0810:海のバリアフリーまつりに行こう!

2006-08-10 16:30:50 | アクティビティ
本日朝からみっちり会議。
今日は時間も場所も間違えませんでしたよ。(笑)

お昼をみんなとランチしてから、給与や支払いなどで銀行へ。

そしてダイイチのSさんが今月19日・20日に河芸のマリーナで行う「海のバリアフリーまつり」のチラシを置きに来てくれた。
[表] クリック
[裏] クリック

なかなか楽しみなイベント、ぜひ来てくださいね。

Sさんからもらった二見の鈴木翠松軒のあずきどうふ??とうふ???
どちらかというとういろうに近かったです。

ごちそうさま。


夜は、地元奉曳団の写真整理
ああ、好き勝手川曳きの写真を記録係という立場ゆえ撮ったけど、多いよ。
これらをまた参加した人たちに見てもらい、写真予約注文。
役木曳きよりも参加者が多いから、仕分け数が多いのも目に見えている。
おそろしや~。

家に帰ったら、実家の父がやってきた。
マレーシアに行っていたのだけど、そのお土産と土産話
なかなか楽しかったようですね。よかったよかった。
父とパートナーは世界地図を広げて、国の位置を確認したり、時差のモンダイの話でもりあがっていました。

0809:飛行機の到着情報がHPで

2006-08-09 15:15:59 | プライベート
マレーシアから今朝の飛行機で父が帰ると聞いていたので、犬猫のえさは昨日まで。

しかし、一向に帰って来たと言う連絡がない。
母情報では、台風の影響で、飛行機が出ない!!とか。

えええ~。
気づいたときは夜の20時過ぎ。
まさか、まさかと試しにセントレアのHPを開き飛行機の状況を調べてみた。
調べられるんですね。
コレで
便利。

いやいや、便利なのはいいが、父の朝帰ってくるはずの飛行機が、結局21時過ぎ到着になっていた。

飛行が到着した頃、メールを入れてみたら、すぐに電話がなった。

「今から帰るけど、まだ時間がかかりそう…、犬と猫にエサやってきて…」と。
ということで、実家に一番近い私は、夜の21:30ごろにせっせと犬と猫に文句を言われながらエサをやってきました。

0808:台風が来るらしい

2006-08-08 13:54:29 | 伊勢志摩観光情報
トリプルの台風日本列島のまわりにがいるらしい。
予報では、三重県直撃っぽそうだったけど、それはどうやら免れたようです。

しかし、台風だといっている割に、雨が降らない。
どころか、時々晴れている。

でも海はダイレクトに台風とつながっているようで、ちょっと見に行ってみたら、やっぱりうねっている。
 

おかげで定期船は神島終日欠航だし、他の便も夕方の便を最終でした。

夕方、なんだか気味悪い空色になって、パタリと風がやんだ。


でも気圧の変化か?耳がツーンとなりましたね~。
キレイなんだけど、ちょっと気味悪かったな~。

 
沖縄のおうちからマンゴー届きました。デカイよね、これって。

0807:足踏みしていた子作りを復活

2006-08-07 11:17:48 | 不妊治療報告
本日は、お仕事を休んで、パートナーと中部労災病院へ行きました。
何をしにいったかと言うと…。

実は、とってもとっても遅いペースなのですが、子作り計画がゆっくり、ゆっくり始動しています。
別に夫婦仲が険悪ムードだから子作り休止というわけではなかったので、ご安心を。(一部心配している人あり)
ちょうど昨年の今頃、産婦人科で私も卵管造影をして、それ以来これといって動いていなかったのです。
しかし、先日また私が産婦人科で相談をし、思い切って、パートナーの入院日(精子を取り出す)を決めちゃいましょうとなりました。
私の方はなんとでもなります。

何度かここにも書いたことあるかもしれませんが、私たちは自然に子供を授かることができません。ので、最新医療というよりも最新畜産技術(お医者さんもそう言っていました)で子供を作り出すのです。
そして、このようなことができるのも、こうしてはるばる?名古屋まで来なくてはいけません。
そんなのを対応している病院はこのあたりではココしかないらしい。

パートナーのプライバシーもあるかもしれませんが、きっとみんなも知りたいところ。
特に同じ悩みを持つご夫婦は興味津々ですよね。

パートナーは胸から下の神経は麻痺しています。
よって、自身で精子を出すことができないため、某部位に電気を流してそれにより抽出?するのです。
聞いただけでも痛そう…。
そのため、全身麻酔。(これが結構心配の種)

それに、抽出したものがどれだけの活発力があるか?そもそも精子は作られているのか?それよりも抽出できるのか?がモンダイになってきます。
しかしそれは、すべてやってみなくてはわかりません。
私は、抽出した精子を持って、地元産婦人科へ。
中部労災病院(名古屋)から伊勢へです。

とういうことで、秋に第一弾計画実行日を決めてきました。
ツアーセンターも大変なさなかですが、年齢的にもそろそろでないとヤバイのです。
同じような境遇の方も、がんばりましょう!!

 
本文とは関係ありませんが、労災病院のエレベーターはかなりレトロ。
この「出発」「通過」「上」「下」のボタンが謎だった。


ということで、中部労災病院に行く前に、名古屋のアクセスの車椅子を取り扱うアルテックブレースへ。
 
車椅子が外にまであふれかえっていました

パートナーのジョクソウが治らないため、座布団のチェックです。
 
骨盤の模型を見ながら、チェック。人間の姿勢やすわり方って難しいですね。

感覚がわからないだけに、なかなか難しいですよね。
スタッフと私とで。姿勢をみたりしてながら、あーでもない、こーでもないと言い合う。


とりあえず、今まで気づかなかった問題がひとつみつかり、それらを改善して様子をみようとなりました。

うむ、それだけでも大きな一歩です。
がんばってジョクソウ治そう!

アルテックにはもちろん車椅子対応のトイレがありました。

0806:イセシマンINわくわく体験フェスタ本番報告

2006-08-06 11:11:40 | イセシマン
待ちに待った?イセシマン本番の日です。
ツアーセンターのブログなのに、最近イセシマンのブログ化しています。
でも、これも観光地伊勢志摩を良くしていくための、ツアーセンターの役割のひとつだと思っています。(強引…笑)

ということで、気づいている人もいるかもしれませんが、鳥羽や志摩では複数回、津まで出張したこともあるのに、実は、伊勢市でショーをするのは初めて!!

ドキドキです。

朝、9:00いせトピア集合して、10:20始まりの間、一度だけ舞台でリハーサル。
みんな真剣です。
私もいつもより真剣です。(あ、いつも真剣です)
朝のリハは充実して、完璧に近かったです。これが自信に!!

さて、出番待ちしながら、打ち合わせ。

10:20分始まりは朝イチのイベントなのです。
それだけに、どれだけの人が集まるんだろう?と心配。
大きなホールだけに、少人数じゃ、寂しいなと思っていましたが、なんと370人収容できるホールにほぼ満員。
ヤルキモードがあがります。

ショーが始まるのですが、私の出番は悪の手下イセシマージョが登場してからしばらく。
悪者が会場をこねくり回すのですすが、会場外までも子供たちの泣き声が…(笑)

そして、登場!!
イセシマンが登場してポーズをとったら、会場から拍手が沸き起こりました。
こんなの初めて。
うれしくなります。みんな待ってました!!なのかな?

日曜日の今日は、みんな朝から「ボウケンジャー」にはじまり「仮面ライダー兜」を見てからきている子ばかりだろうから、どうだろう?スーツとかブーツ(本当は長靴…笑)にショボイって思われたかもしれませんが、私たちは中身で勝負。


ストーリーはざっとこんな感じ

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イセシマンは悪いことを企むイセシマージョたちと戦いニセ化爆弾を爆発させられて、イセレッドとイセシマージョがニセモノに…。

ブルーとイエローでレッドを一生懸命元に戻すため、伊勢のよさを伝えようと伊勢うどん木遣りの采(ザイ)を渡すが、どうもダメ。
そうこうするうちにイセシマージョは元に戻り、ブルーとイエローに襲い掛ろう
としたその瞬間!
レッドが二人を助けた。
レッドが元に戻った?

いや、そうではなく「困っている人がいれば助けるのは当たり前」というレッド。
もう一息、とイエローとブルーがさらに、レッドに思い起こさせる。
今度はモノやカタチにとらわれないで、心を動かす。

すると、レッドはイセシマージョへの怒り頂点に達してパワーアップして元に戻った。

その後戦い、暗黒魔法に押しつぶされそうになるが、会場の子供たちの「ガンバレーイセシマン!」の声援に支えられ、光のバリアで跳ね飛ばし最後にお決まりのシャイニングインパルスでとどめ!!

イセシマージョたちは無事、悪い心がデリートされてよい心となって、わくわく体験フェスタの会場へと遊びに出かけていきましたとさ。

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という流れでした。

私、いつもショーをすると、子供たちのなど「がんばれ~イセシマン」のシーンでジーンとしてきます。
マスクの中で涙が…。
それに、先日亡くなった知人にも「退院したらシマイエローしてね」っていう約束をしていたので、そんな思いをいり混じってホロリと思った…、思いたかったのだが。

正直、室内と言えどもスーツとマスクは殺人的に暑かった。
普段そんなに汗をかかない私でも、ショーが終わった後、顔面滝のように汗が流れていました。
ということで、水分はすべて汗となって流れてしまいました。(笑)

でも、みんなの気持ちはいつもイセシマンに変身すると、がっちりうけとめています。
これで、伊勢志摩の観光をより良くしていくようにね。
スーツを脱いだら、本当の伊勢志摩観光に貢献するということで…。

ショーが終わった後は子供たちと握手や撮影会。
暑いんですけど…。
 

ショーの途中の写真は出ていたためにないけれど、撮影会の写真を貼り付けて起きます。

遠方から観光がてら来ていたご家族はドコにいたんだろう?と、ソレらしき人を探したけど、見つからなかった。
モコナ姫さんいてたのかな?

0805:イセシマン前日リハーサル

2006-08-05 23:28:02 | イセシマン
明日はイセシマン本番の日。
昨日の夜もひだまりにてイセシマン練習。
今日はお昼からいせトピアでリハーサル

なかなかまだまとまらなくてドキドキ。
光のバリアが上手く張れなくて、本番が不安。

ということで、昼から夕方まで無理言っていせトピアで会場を貸していただき練習。
夕方には再度照明さんと打ち合わせリハ。

イセシマンと何が関係あるのだ?ってくらいかっこええ写真。ここで声優や効果音などを出しています。

忙しいです。
しかし、昨日といい、今日といい、最近イセシマンの練習には託児所か?と思うぐらい子供たちがたくさんきます。
メンバーが子供を連れてくるのですけどね。
でも、それがまた、いい感じなのです。
大きな子供が小さな子供の面倒をちゃんと見ているし。
誰と誰が兄妹?ってぐらいみんな仲がいい。
 
夏休み中だから余計子供もついてくるのかな?遠足化しています。でもいい感じ。

そしてなにより、練習時に「イセシマンがんばれ~!」の声援も毎度叫んでくれる。
心の励みですね。

はてさて、明日はどうなることやら…。
なんでもこのイセシマンにあわせて観光に来られるご家族もいらっしゃるとか…。
それってすごいことです。

練習が終わってから、実家に行き、犬猫のえさやり。
そして今日は時間があったので、犬の散歩です。
久々に地元町内を歩きました。

田舎ですl。前は籐車に刈った草をいっぱい積んで引いているおばあさん。

暑い日だったので、川原へ降りていき、少し川へジャブジャブ。
足だけ入っても満足しないようで、お腹まで水に浸かっていました。
気持ちよさそう~。
仲たがい?していた猫とも話し合って?仲直り。
 
夜ごはんはパートナーが焼きそばを作ってくれました。

焼きそばと、あっぱっぱ貝も焼きました。
ごちそうさん。

0804:世の中の歯車が動く法則

2006-08-04 11:27:16 | HASSY語録~ばりふりつぶやき~
今日は知人の告別式でした。
23歳。
急性骨髄性白血病。
去年の秋に発症して、半年とちょっと。
発症はちょうど同じ病気で本田美奈子がなくなった頃です。
不安だったろうな、心配だっただろうな。

今月に臍帯血移植をする準備をしているところでした。
移植前ってそれに戦うためにかなり際どい治療を行うらしいですね。

2年前、ツアーセンターで内宮前にて車椅子貸出キャンペーンを行ったときに、手伝ってくれたときは元気でした。みんなと同じ若々しい女子大生。

白血病っていろいろあるんですよね。復活している人そうでない人。
復活する人だと思っていました。
そう信じていました。
闘病中もずっと、ブログを書いていた彼女。
読んでは、がんばっているな~、戦っている~と、影ながら応援していました。

イセシマン姿で、病院にみんなでお見舞いにも行きました。
少しでも元気を出してもらおうと。

がんばって「生きたい」思いを抱きながら亡くなっていく人もいれば、がんばらなくても生きている人はいる。
世の中そんなバランスなんですね。
それがいいバランスなんでしょうね。

うちのパートナーも十数年前に、九死に一生を得たけれど、こうして今も死なずに生きてこれたには何か意味があるのだと彼もよく言っていました。

私が言うのもなんですが、パートナーの生きた意味のひとつは私を動かすためだったのかもしれません。
現に彼に会わなければ、今こうして活動している私はないわけですから。
そして、バリアフリー観光地伊勢志摩という発想も生まれなかったも知れません。

彼の十数年前の時点では、誰も動かしておらず、死んでも誰も動かせない人物価値だったのかもしれない。(ごめんよ、パートナー)
だからあの世から突き帰されたのだろう。
いわゆる「不合格」。

当時の私もそんな価値あるわけはなかった。

彼はこの与えられた十数年の間で私をはじめとした人を動かして、そして、私も誰かを動かしている。
そしてこれからも、自分たちで気づかないところで、人を動かし、その人も誰かを動かして…。
突き帰された意味はあり、突き帰した誰か?もホッとしていることでしょう。


自分が何かコトを起こし、達成することが意味ではなく、誰か一人でも動かすことが意味のあることで、それにより世の中の歯車を少し、ほんの少し動かしているのでしょう。
小さな歯車から少しずつ波紋が広がるように大きくなっていく。
または小さな歯車が突然大きな歯車を動かしことだってある。
大小さまざまな歯車がいろんな力で動いている世の中。
そんな目で見てみてください。
間接でしか繋がらないことでもなく、どこかの歯車が少し力強く動き出したことにより、全然違う遠い歯車が力強くなることもあります。
空気のようにどこかに響く。


彼女の23年間はたくさんの人を動かし、そしてその死により、また新たな歯車が動き出すのでしょう。あの世から「合格印」をもらって。
だから今日も彼女の死できっといくつかの歯車が力強くガッチャンと動き出したかもしれません。
彼女が生きた証として。

合格印をもらった彼女はがんばったごほうびに、ゆっくりたっぷりの休暇がもらえることでしょう。
安らかにそして、自分が残した歯車をどのように動いていくのか見ていてください。