吉行和子は俳優/エッセイスト/です。昭和10年生れでぼくより2歳上の87歳。この人のエッセイはウソや誇張がなく「読んでいくとすーっと入る、気持ちのいい文」です。ときどき、佐野洋子と吉行和子のエッセイを図書館で借りて読みます。
いま読んでいるのは『老嬢は今日も上機嫌』( 2008年刊・新潮社)という短いエッセイ集です。
彼女のエッセイの味を伝えるには、彼女の文を読んでもらうのがいい。ひとつ引用してみます。
何しろ役者の仕事は体力勝負だ。演技力じゃない、体力なのだ。最後まで残っていくのは元気でいる人間だけだ。
私は病気をすることが多い。しかも大病だ。子供の頃から病弱だった。しかしこの仕事をはじめて半世紀も近づいて来ているのに、仕事に穴を開けたことが無い。開けそうになったことが何回かあったが、常に却下された。
サスペンスドラマを演っている時だった。ハードスケジュールで、歯が痛いのに病院に行く時間がつくれない。日がたつにつれて痛さは増し、その腫れは顔にまで広がり、ある朝、目が開かなくなってしまった。これではいくら何でも無理だと電話したところ、十分もたたないうちに撮影現場からおり返しの電話があり、撮るシーンを変更したからすぐ来てくれ、と言う。シナリオも少し変え取調室で、二、三発殴られて顔が腫れ上がった、ということにしましたから大丈夫、と言うのだ。絶対に休ませてくれる気はない。そのしぶとさに感心して、出かけて行ったものだ。
こんな事もあった。腎臓結石で猛烈な痛みに襲われているのに本番の時間が近づいて来た。今日はやめましょう、などとは言わない。テレビ局近くのお医者さんを連れて来た。その人が、どうしたことか、私の背中いっぱいに、大きな絆創膏のようなものを張って帰っていった。ゼッケンを背負っているみたいなものだ。その上から衣装を着せられ、朦朧として本番を撮り終えた。
終って即入院、即手術。担当医に、どうしてここまで我慢出来るのかが不思議なくらい悪化していた、と後で言われた。そのせいで結石だけでは済まなくて、内臓までおかしくなり大騒ぎだった。これで死ぬのかな、と思ったくらいだ。しかし、あのゼッケンを張り付けていったお医者さまは、一体何者だったのだろう。慌てたスタッフが、そこら中捜して、とりあえず連れて来た接骨医だったような気がする。それっきり長期入院してしまったのでタイミングを失い、そのことは謎のまま消えてしまった。
こんな感じの文です。「ちょっと読んでは何かしたり、テレビ見たり、またちょっと読んだり」してたのしんでます。
いま読んでいるのは『老嬢は今日も上機嫌』( 2008年刊・新潮社)という短いエッセイ集です。
彼女のエッセイの味を伝えるには、彼女の文を読んでもらうのがいい。ひとつ引用してみます。
何しろ役者の仕事は体力勝負だ。演技力じゃない、体力なのだ。最後まで残っていくのは元気でいる人間だけだ。
私は病気をすることが多い。しかも大病だ。子供の頃から病弱だった。しかしこの仕事をはじめて半世紀も近づいて来ているのに、仕事に穴を開けたことが無い。開けそうになったことが何回かあったが、常に却下された。
サスペンスドラマを演っている時だった。ハードスケジュールで、歯が痛いのに病院に行く時間がつくれない。日がたつにつれて痛さは増し、その腫れは顔にまで広がり、ある朝、目が開かなくなってしまった。これではいくら何でも無理だと電話したところ、十分もたたないうちに撮影現場からおり返しの電話があり、撮るシーンを変更したからすぐ来てくれ、と言う。シナリオも少し変え取調室で、二、三発殴られて顔が腫れ上がった、ということにしましたから大丈夫、と言うのだ。絶対に休ませてくれる気はない。そのしぶとさに感心して、出かけて行ったものだ。
こんな事もあった。腎臓結石で猛烈な痛みに襲われているのに本番の時間が近づいて来た。今日はやめましょう、などとは言わない。テレビ局近くのお医者さんを連れて来た。その人が、どうしたことか、私の背中いっぱいに、大きな絆創膏のようなものを張って帰っていった。ゼッケンを背負っているみたいなものだ。その上から衣装を着せられ、朦朧として本番を撮り終えた。
終って即入院、即手術。担当医に、どうしてここまで我慢出来るのかが不思議なくらい悪化していた、と後で言われた。そのせいで結石だけでは済まなくて、内臓までおかしくなり大騒ぎだった。これで死ぬのかな、と思ったくらいだ。しかし、あのゼッケンを張り付けていったお医者さまは、一体何者だったのだろう。慌てたスタッフが、そこら中捜して、とりあえず連れて来た接骨医だったような気がする。それっきり長期入院してしまったのでタイミングを失い、そのことは謎のまま消えてしまった。
こんな感じの文です。「ちょっと読んでは何かしたり、テレビ見たり、またちょっと読んだり」してたのしんでます。