「これだけはどうしても飲めない...」
とおっしゃる方が多い飲み物である。
「毎朝ちゃんと起きるから勘弁して...」
と交換条件を提案する手合いまでいる。
「あんな生臭いものをよくも飲めるものだ...」
と、ついには敵意を表出させる御仁まで出てくる始末である。
落ち着いて考えてみると、トマトというものは野菜だ。果汁たっぷりの果物ではない。ジューシーな果物をジュースにするのは(ナンだ?)当然とも言えるけど、野菜をジュースにするというのはどこか無理がある。
健康的という名目で野菜たちを潰し、搾り取った飲料とも言える。
健康的というオブラートで包んだゲテモノ飲料、と言ってもいいかもしれない。
あっ、脱線してしまった。トマトジュースの話しだ。
小学生の頃、叔父の仲間に連れられてキャンプに行ったことがあった。膨大な段ボール群の中には“子供用飲み物”という箱もあり、その中身はなぜか全てトマトジュースの缶だった。
その頃の缶飲料にはプルリングが付いてなかった。先が尖っていて、その後ろに缶のフチに引っかかるくぼみのついた、ええと、形状としてはスパナを極小サイズにしたような、そういう道具が缶上面にハンダ付けされてありました。それで穴を開けて飲むのだけれども、その穴は二カ所開けないといけない。そんなところで子供は“大気圧”という概念を学んだのですね(嘘です)。
夏のキャンプだった。オトナは自分たちのビールをキチンと湖水で冷やしていたのだが(あっ想い出したあれは猪苗代湖だった)、子供用のトマトジュースはみんな温い。
しかし僕は腰に手を当て、何本もイッキ飲みしました。缶飲料がそんなに潤沢な状況、初めてだったもので興奮したのであります。
で、結論としては、僕はトマトジュース擁護派であります。他の野菜ジュース、セロリ臭~い野菜ジュースとか、サイケ色彩の極みキャロットジュースとかも好き。
みなさんはいかがですか?
追:この記事は『Life with a Dog』“ブラッディ・メアリー”、『No Blog,No Life!』“「ブラッディシーザーとメアリー」v(^^)v”にトラックバック♪
とおっしゃる方が多い飲み物である。
「毎朝ちゃんと起きるから勘弁して...」
と交換条件を提案する手合いまでいる。
「あんな生臭いものをよくも飲めるものだ...」
と、ついには敵意を表出させる御仁まで出てくる始末である。
落ち着いて考えてみると、トマトというものは野菜だ。果汁たっぷりの果物ではない。ジューシーな果物をジュースにするのは(ナンだ?)当然とも言えるけど、野菜をジュースにするというのはどこか無理がある。
健康的という名目で野菜たちを潰し、搾り取った飲料とも言える。
健康的というオブラートで包んだゲテモノ飲料、と言ってもいいかもしれない。
あっ、脱線してしまった。トマトジュースの話しだ。
小学生の頃、叔父の仲間に連れられてキャンプに行ったことがあった。膨大な段ボール群の中には“子供用飲み物”という箱もあり、その中身はなぜか全てトマトジュースの缶だった。
その頃の缶飲料にはプルリングが付いてなかった。先が尖っていて、その後ろに缶のフチに引っかかるくぼみのついた、ええと、形状としてはスパナを極小サイズにしたような、そういう道具が缶上面にハンダ付けされてありました。それで穴を開けて飲むのだけれども、その穴は二カ所開けないといけない。そんなところで子供は“大気圧”という概念を学んだのですね(嘘です)。
夏のキャンプだった。オトナは自分たちのビールをキチンと湖水で冷やしていたのだが(あっ想い出したあれは猪苗代湖だった)、子供用のトマトジュースはみんな温い。
しかし僕は腰に手を当て、何本もイッキ飲みしました。缶飲料がそんなに潤沢な状況、初めてだったもので興奮したのであります。
で、結論としては、僕はトマトジュース擁護派であります。他の野菜ジュース、セロリ臭~い野菜ジュースとか、サイケ色彩の極みキャロットジュースとかも好き。
みなさんはいかがですか?
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