昨日は地元神社の秋祭りだった。
長女が2人の孫を連れて里帰り。近くの次女も孫を連れて遊びに来た。目的は秋祭りではなかった。自分も神社に行かず、孫達と戯れたり、皆が出かけると1人留守番する一日となった。
唯一、祭り気分を味わったのは、小学6年生の内孫がハッピを着て「子ども神輿」に出陣する時だけだった。
「頑張って」「気をつけて」と見送った。
秋祭りには、昔から小学校は午前中で授業を終わるのが恒例となっている。
<2012年の秋祭り。一番くじを引き、我が地区の青年達が辻々で舞った神楽(獅子舞)>
もともと五穀豊穣を祈る秋祭りだったが、今では米の専業農家は我が地域にはいない。殆どがミカン農家。農家でない世帯も多くなった。今、秋祭りは地域の伝統文化として受け継がれている。
祭りになると昔はどの家庭も郷土料理である「なれ寿司」を作った。我が家でも両親が健在だった頃までは作っていた。祭りには郡内の親戚に配って回った。「なれ寿司」をもらって「今日は〇〇神社のお祭りか」と気づいた。
今、「なれ寿司」を作る家庭は稀になったし、親戚とのやりとりもなくなった。「なれ寿司」や「ご馳走」を作ったり配ったりの「祭りの食文化」は様変わりした。我が家の今日のお昼は、何と洋食の「ハヤシライス」だった。
我が田舎の「秋祭り」も「食文化」も、時代と共に変わってきた。50年後・100年後は、もっと様変わりしているかも知れない・・・