
太く長く生きたい。
誰もが思う理想です。
かつて勤めたエンジニアリング会社の先輩が言われました。
もう、勘弁してくれ俺はもう70歳。
我々の健康保険組合が調査した、わが社の平均寿命は70歳なんだぜ。
若いものには、未だに負けない強い先輩の一言でした。
この方と、私より上の先輩たちと行った山行は、
一日25Km走破、1200mの上り下りをするのでした。
平均年齢68歳の山猿達でした。ついていくのがやっとでした。
初めてにしては、なかなかやるじゃないかとお褒めの言葉をいただきました。
同時に、まだまだだなと言外の言葉でした。
昨日、現場説明会をやりました。
私が、仕切ってしまいました。
口を出さない勇気は、出ませんでした。
応札された会社に67,8歳の先輩がおられました。
エンジニアリング会社の話をし、あと寿命まで数年ですね。
と言うと、笑っていました。まだまだ行けそうでした。
忘れることが多いと言われていました。
なんだかんだと若い人に聞いてしまうと言われていました。
なに、データベースが近くにいると思えば良いのですよ。と私。
またまた笑っておられました。同じく記憶のオーバーフローなのです。
どうってことはないのです。覚えている人に聞けば良いのです。
誰が覚えているのか、知っていれば良いのです。
会社外に、知り合いがどんどん増えていきます。
若い人にも、臆せず話ができます。
賞味期限も、寿命も分かっています。
じたばたせずに、ひたすら正直に話すのです。
毎日が、へとへとで全力投球です。
現役最年長の中日ドラゴンズの山本昌投手が、後輩に言われていました。
「いつチャンスが回ってくるか分からない、だから準備だけは怠らない。」
時々くさってしまう若い選手は、それは真剣に聞いておられました。
藤沢周平さんの小説で、鼻水を垂らしている爺様が、
かつてのような天狗にならざるを得ない事情を小説に書かれていました。
印象的でした。
75歳のおばあちゃんが、枇杷の苗木を植えられました。
桃栗三年、柿八年。枇杷は何年経てば実を付けるのでしょう。
50歳を過ぎたころ、かみさんに今晩いくぞとサインを出しました。
断られました。良かったと内心思った自分が情けなかった。
おーそれみよ 身の程知らず 明日もある(字余り)
2015年4月3日