久しぶりに雨が降り
クーラーは必要ありません。
どこにいっても短パンのおやじと子どものセットです。
けっこうそれなりに父親をしていますが
御苦労様です。
でも、その姿からはスーツ姿は想像できませんね。
やはり、スーツ姿での仕事は「商売」「食うための役目」ですね。
それもまた御苦労様です。
オリンピックもそろそろ終わりませんかね。
「感動」につき合わされるのはいい迷惑です。
「優勝おめでとう」
その裏には100倍以上の「残念でした」
と「悔しかったですね」が渦巻いているのですね。
それは記事にはならないでしょう。
勝敗をはっきりさせるのがスポーツなのでしょうが
努力、健全というレッテルを外せば
本人以外にとっては
競輪、競馬、あるいはパチンコと
楽しみ方は似たようなものがありますね。
まあ、そんなことはどうでもよくて
こうしていつのまにか夏が終わるのですね。
向日葵も終わり、コスモスのシーズンになります。
季節が変わり、人のステージも変わるのですね。
・・・・・・・・・・・・・・・
「鬼平犯科帳」
だんだん見るのが煩わしくなってきました。
中村吉衛門演じる長谷川平蔵
悪い奴は許さないぞという台詞回しも
笑い声も嫌味ですね。
「剣客商売」はまだそこまで進んでいませんが・・・
まず、
人を簡単に殺すことがいやですね。
悪い連中も「権力に執着する」「金が欲しい」
それだけ・・・・でもないか・・・・
しかも、悪い奴にへつらうしか生きられない
貧しい事情がある連中が簡単に殺される。
しかも殺される連中は悪い面、殺されてもいいような顔をしている。
彼らにも悪いことをしなければ
悪い連中と付き合わなければいけない事情あるだろうに・・・
正しい側の者は悪い連中を殺すことは許される。
権力の座にあり、羽織を着て
畳の役所に座ることができる。
食うに困らない連中があれこれ
正義を振り回し、悪いことをするしか生きられない
素浪人をごろつきを切り倒す。
武士でない連中は庭で控えるしかない。
それがいやですね。
フィクションとしても構造が単純過ぎます。
あの連中にも親もいれば兄弟もいるでしょう。
博打好きな兄を心配する妹もおり
評判の悪い息子のことを心配する両親もいるでしょう。
そんなことおかまいなしに
物語が展開する。
物語としても、もう少し複雑で微妙であってもいいじゃありませんか。
山本周五郎ファンとの質の差ですね。
そんなことで「水戸黄門」そして「必殺シリーズ」から脱落し
「鬼平犯科帳」から脱落しそうです。
「剣客商売」も池波正太郎原作ですが
その辺りのことが薄めてあるので
いまのところ我慢できます。
いまのところ「三屋清左衛門」だけがドラマとしては
残っていますね。
でもどうなることやら・・・・