巾着田の彼岸花
無意識を解放すれば、あるいは、意識の風通しをよくすれば苦しみは軽減するという話もありますすが、自分の思いを外の向けたり、花に向けたりするとちょっと気分を変えるのは事実かもしれません。
今日は20日、巾着田の彼岸花は見頃でしょう。人もいっぱいでしょうね。
私はお茶の水へ出かけました。井原西鶴が面白そう。葛飾北斎も面白そう。そんなことで古典文学全集のバラを売りを見つけました。守備範囲を広げすぎて、どれがどうだかわからない状態になっています。
重い荷物をぶら下げて電車に乗り込み、ページを開くと幸せな気分になります。単純あたまの気楽なオヤジ。でも、何もわかっていないのです。
・・・・・・・・・
曼殊沙華かみつきそうな面をして あきオジ
・・・・・・・・・・・
山に大きな牛追ひあげる朝靄 放哉
今朝、「こころの時代」を放映していました。町田宗鳳の法然さんの話でした。法然さんが暮らした比叡山は「昔の山は明るかった」という講師の話がありました。そうだ、自分が暮らしたところ、その明るさが大切なのだと気付きました。
この句も広がりのある気持ちのいい句ですね。
放哉もきっと、宗教の世界に身を置き、法然さんの教えも知っていたでしょう。その極楽観にも触れていたでしょう。私が感じる悲壮感、孤立感とは違ったところで安心を得てきたのかもしれません。そんなことを感じる句です。
法然さんは宗教家としてはもっとも身近な人ですね。優しいし、懐に飛び込める大きさがあります。一元論的極楽論は私の救いですね。「最後にお願い法然さん」なのです。
・・・・・・・・・・
今日の方代さん
ひび黒き湯呑が一つ聡明な時の流れの中に立てる
格調高い歌を目指した方代さんの胸を張った姿が見えるようです。このような
生活感があるものを整えて、生活を詠う。それが当時の方代さんのスタイルだったのでしょうね。
・・・・・・・・・・・
今日の方代さん その2
ふるさとの右左口村は骨壺の底にゆられてわが帰る村
この歌は郷里の中道町に歌碑になっているそうです。
「帰りたい、帰れない」郷愁が見える歌ですね。
帰っても、待つ人がおらず、懐かしさだけでは帰れない。
そんな思いなのでしょう。
今の時代、鎌倉と山梨そんな距離でもないのですが気持ちの距離は途方もないものなのでしょうね。
ものづきの私は歌碑を見るために、ちょっと訪ねてみたい気持ちもあります。
・・・・・・・・
今日の蕪村
野分止んで戸に灯ともるる村はずれ
この句、好きなのです。「野分」という言葉が好きなのです。どうしてでしょうか。ススキが流れるような山裾。そんな気配がいいですし、戸をしめ、「やれやれ」と言葉もなく、とりあえず灯りを灯しましょう。そんなほっとした気分が伝わってきます。
・・・・・・・・・
今日の一茶
山番の爺が祈りし清水かな
水が得られない山で番をしている爺さんが「ありがたい」と感謝する。そんな風景は山の冷気まで伝わってきて、水の清らかさまで伝わってきますね。
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今日の子規
煤払の埃しづまる葉蘭哉
病床で見る季節なのでしょうか。
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無意識を解放すれば、あるいは、意識の風通しをよくすれば苦しみは軽減するという話もありますすが、自分の思いを外の向けたり、花に向けたりするとちょっと気分を変えるのは事実かもしれません。
今日は20日、巾着田の彼岸花は見頃でしょう。人もいっぱいでしょうね。
私はお茶の水へ出かけました。井原西鶴が面白そう。葛飾北斎も面白そう。そんなことで古典文学全集のバラを売りを見つけました。守備範囲を広げすぎて、どれがどうだかわからない状態になっています。
重い荷物をぶら下げて電車に乗り込み、ページを開くと幸せな気分になります。単純あたまの気楽なオヤジ。でも、何もわかっていないのです。
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曼殊沙華かみつきそうな面をして あきオジ
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山に大きな牛追ひあげる朝靄 放哉
今朝、「こころの時代」を放映していました。町田宗鳳の法然さんの話でした。法然さんが暮らした比叡山は「昔の山は明るかった」という講師の話がありました。そうだ、自分が暮らしたところ、その明るさが大切なのだと気付きました。
この句も広がりのある気持ちのいい句ですね。
放哉もきっと、宗教の世界に身を置き、法然さんの教えも知っていたでしょう。その極楽観にも触れていたでしょう。私が感じる悲壮感、孤立感とは違ったところで安心を得てきたのかもしれません。そんなことを感じる句です。
法然さんは宗教家としてはもっとも身近な人ですね。優しいし、懐に飛び込める大きさがあります。一元論的極楽論は私の救いですね。「最後にお願い法然さん」なのです。
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今日の方代さん
ひび黒き湯呑が一つ聡明な時の流れの中に立てる
格調高い歌を目指した方代さんの胸を張った姿が見えるようです。このような
生活感があるものを整えて、生活を詠う。それが当時の方代さんのスタイルだったのでしょうね。
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今日の方代さん その2
ふるさとの右左口村は骨壺の底にゆられてわが帰る村
この歌は郷里の中道町に歌碑になっているそうです。
「帰りたい、帰れない」郷愁が見える歌ですね。
帰っても、待つ人がおらず、懐かしさだけでは帰れない。
そんな思いなのでしょう。
今の時代、鎌倉と山梨そんな距離でもないのですが気持ちの距離は途方もないものなのでしょうね。
ものづきの私は歌碑を見るために、ちょっと訪ねてみたい気持ちもあります。
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今日の蕪村
野分止んで戸に灯ともるる村はずれ
この句、好きなのです。「野分」という言葉が好きなのです。どうしてでしょうか。ススキが流れるような山裾。そんな気配がいいですし、戸をしめ、「やれやれ」と言葉もなく、とりあえず灯りを灯しましょう。そんなほっとした気分が伝わってきます。
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今日の一茶
山番の爺が祈りし清水かな
水が得られない山で番をしている爺さんが「ありがたい」と感謝する。そんな風景は山の冷気まで伝わってきて、水の清らかさまで伝わってきますね。
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今日の子規
煤払の埃しづまる葉蘭哉
病床で見る季節なのでしょうか。
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