140. ワーク・シフト (リンダ・グラットン著 池村千秋訳 2012年8月) (The Shift by Linda Gratton Copyright©2011)
本書を私が知ったのは、このブログの115.パラレルキャリアの中で、「漫然と迎える未来には孤独で貧困な人生が待ち受け、主体的に築く未来には創造的な人生がある」(ワーク・シフト リンダ・グラットン著)と紹介されていたからです。
私は七十歳になって、様々な老後をみてきて、「漫然と迎える未来には孤独で貧困な老後が待ち受け、主体的に築く未来には創造的な老後がある」と置き換えてみました。
東洋に於いては、自力本願と他力本願があり、自力だけではうまくことが運びませんので、時には、バランスをとりながら他力本願の力を借りたいものです。では、いっしょに読んでいきましょう。
『 産業革命の前と後で世界は大きく様変わりしたが、私の息子たちの世帯が経験する変化もそれに匹敵するくらい劇的なものになる。
産業革命の原動力が石炭と蒸気機関という新しいエネルギーだったのに対し、これから起きようとしている変化を突き動かすのは、五つの要因の複雑な相乗効果だ。
五つの要因とは、テクノロジーの進化、グローバル化の進展、人口構成の変化と長寿化、社会の変化、そしてエネルギー・環境問題の深刻化である。
未来にいたる道はいく通りもある。たとえば、五つの要因の悲観的な側面をことさらに強調したシナリオを描くこともできる。それは、人々が孤独にさいなまれ、慌ただしく仕事に追われ、疎外感を味わい、自己中心主義に毒される未来だ。
私たちの行動が後手に回り、五つの要因の負の力が猛威を振るう場合に実現するシナリオである。このような未来を「漫然と迎える未来」と呼ぶことにする。
「漫然と迎える未来」は、人々が人生のある側面で大きな成功を収めても、別の重要な側面で好ましい行動を取らなかったり、安易な行動しか取らなかったりする場合に訪れる。
対照的に、五つの要因の好ましい側面を味方につけて、主体的に未来を切り開くこともできる。このような未来では、コラボレーションが重要な役割を担い、人々は知恵を働かせて未来を選択し、バランスの取れた働き方を実践する。
これは、「主体的に築く未来」である。人々がさまざまな働き方を試し、お互いから学習して、すぐれたアイデアを素早く取り入れていく。五つの要因が明るい未来の可能性を開く——ことによると、明るい未来を約束する——のだ。
これは、人々が主体的に決断をくだし、賢い選択をおこない、その決断と選択の結果を受け止める覚悟がある場合に実現する未来だ。 』
『 では、未来に押しつぶされない職業生活を築くために、どのような固定概念を問い直すべきなのか。私たちは三つの面で従来の常識を〈シフト〉させなくてはならないと、私は考えている。
第一に、ゼネラリスト的な技能を尊ぶ常識を問い直すべきだ。世界の五十億人がインターネットにアクセスし、つながり合う世界が出現すれば、ゼネラリストの時代が幕を下ろすことは明らかだと、私には思える。
それに代わって訪れる新しい時代には、本書で提唱する「専門技能の連続的習得」を通じて、自分の価値を高めていかなくてはならない。
未来にどういう技能と能力が評価されるかを知り、その分野で高度な技能を磨くと同時に、状況に応じて柔軟に専門分野を変えることが求められるのだ。
また、個人の差別化がますます難しくなるなかで、セルフマーケティングをおこなって自分を売り込み、自分の技量を証明する材料を確立する必要性も高まる。
第二に、職業生活とキャリアを成功させる土台が個人主義と競争原理であるという常識を問い直すべきだ。私たちがいつも時間に追われ、孤独を感じる傾向がさらに強まれば、人間同士の結びつき、コラボレーション、人的ネットワークの重要性はきわめて大きくなる。
難しい仕事に取り組むときに力になってくれる人たちも重要だし、斬新なアイデアの源になりうる多様性のあるコミュニティも重要だ。活力を補給し、精神のバランスを保つためには、親密で、温かく、愛情のある人間関係も欠かせない。
バーチャル化がますます進む世界では、そういう人間関係が当たり前に存在するわけではない。そのような人間関係は、意識的に形づくっていかなくてはならなくなる。
第三に、どういう職業人生が幸せかという常識を問い直すべきだ。これまでの常識通り、貪欲に大量のモノを消費し続けることが幸せなのか。
それとも、そうしたライフスタイルが代償をともなうことを明確に認識したうえで、質の高い経験と人生のバランスを重んじる姿勢に転換するほうが幸せなのか。
未来を完全に予測することは不可能だが、だからと言って、すべてを運任せにしていいわけではない。
未来を形づくる五つの要因をよく理解し、未来のストーリーを描いて自分の選択の手がかりにし、職業生活に関するいくつかの常識を根本から〈シフト〉させれば、好ましい未来を迎える確率が高められる。
仕事を通じて、胸躍る日々を送り、喜びを味わい、自分とほかの人たちのために価値を生み出せる可能性が広がるのである。 』
ここで著者は、五つの要因から派生する現象を述べていますが、ここでは省略し項目のみを記述します。
『 要因1 「テクノロジーの進化」から派生する10の現象。
① テクノロジーが飛躍的に発展する ② 世界の五十億人がインターネットで結ばれている ③ 地球上のいたるところで「クラウド」を利用できるようになる
④ 生産性が向上し続ける ⑤ 「ソーシャルな」参加が活発になる(オープンイノベーション) ⑥ 知識のデジタル化が進む ⑦ メガ企業とミニ起業家が台頭する
⑧ バーチャル空間で働き、「アバター」(ネット上での分身)を利用することが当たり前になる ⑨ 「人口知能アシスト」が普及する ⑩ テクノロジーが人間の労働者に取って代わる
要因2 「グローバル化の進展」から派生する八つの現象。
① 24時間週七日休まないグローバルな世界が出現した ② 新興国が台頭した ③ 中国とインドの経済が目覚ましく成長した ④ 倹約型イノベーションの道が開けた
⑤ 新たな人材輩出国が登場しつつある ⑥ 世界中で都市化が進行する ⑦ バブルの形成と崩壊が繰り返される ⑧ 世界のさまざまな地域に貧困層が出現する
要因3 「人口構成の変化と長寿化」から派生する四つの現象。
① Y世帯(1980~1995年生まれ)の影響力が拡大する ② 寿命が長くなる ③ ベビーブーム世代の一部が貧しい老後を迎える ④ 国境を越えた移住が活発になる
要因4 「社会の変化」から派生する七つの現象。
① 家族のあり方が変わる ② 自分を見つめ直す人が増える ③ 女性の力が強くなる ④ バランス重視の生き方を選ぶ男性が増える
⑤ 大企業や政府に対する不信感が強まる ⑥ 幸福感が弱まる ⑦ 余暇時間が増える
要因5 「エネルギーい・環境問題の深刻化」から派生する三つの現象
① エネルギー価格が上昇する ② 環境上の惨事で住民を追われる人が現れる ③ 持続可能性を重んじる文化が形成されはじめる 』
『 以上で、今後数十年の働き方の未来を形づくる三二の要素を簡単に見た。次にあなたがするべきことは、これらの要素をもとに、あなた自身の未来のストーリーを描き出すことだ。それが、あなたの前にある選択肢について理解を深める出発点になる。
たくさんの布からパッチワークキルトをつくる私の母のように、まず素材を選り分けなくてはならない。どの現象を自分のストーリーに用いるかを決める必要があるのだ。
私が挙げた三二の現象のなかには、はじめから自分には関係ないと感じたものもあるだろう。あるいは、衝撃を受け、もっと詳しく知りたいと思ったものや、共感し、自分のストーリーの一部にしたいと思ったものもあるかもしれない。
素材の選別が終わったら、それをどのように組み合わせれば一つの図柄が出来上がるかを考え、自分の状況や価値観にあったストーリーをつくり上げる。具体的には、以下のプロセスで自分のストーリーを描けばいい。
① 不要な要素を捨てる ② 重要な要素に肉づけをする ③ 足りない要素を探す ④ 集めた要素を分類し直す ⑤ 一つの図柄を見いだす
以上のプロセスは、私が「働き方の未来コンソーシアム」の参加者に課した作業でもある。 』
時間に追われない未来をつくるために、著者はグローバル経済の中では、成果をあげなくてはならないが、魔法の杖はない。そのためには、自分の前にある選択肢がもたらす結果を深く考えることだとして、以下のように述べています。
『 時間に追われる未来をむかえないためには、三つの〈シフト〉を成し遂げることが効果的だと、私は考えている。
〈第一のシフト〉で目指すのは、専門技能の習熟に土台を置くキャリアを築くこと。一つのものごとに集中して本腰を入れることが出発点になる。高度な専門技能は一万時間を費やしてはじめて見につくという説もある。
専門的な技能に磨きをかけたいと思えば、慌ただしい時間の流れに身を任せようという誘惑を断ち切り、一万時間とは言わないまでも、ある程度まとまった時間を観察と学習と訓練のために確保する意志をもたなくてはならない。
〈第二のシフト〉は、せわしなく時間に追われる生活を脱却しても必ずしも孤独を味わうわけではないと理解することから始まる。目指すべきは、自分を中心に据えつつも、ほかの人たちとの強い関わりを保った働き方を見いだすこと。
私たちがあまりに多忙な日々を送らざるをえないのは多くの場合、あらゆることを自分でやろうとしすぎるのが原因だ。強力な人的ネットワークを築けば、自分の肩にのしかかる負担をいくらか軽くできるだろう。
それに、ほかの人たちとの関りには、時間に追われることの弊害を和らげる効果もある。いわば強力な「自己再生のコミュニティ」をはぐくめば、慌ただしく仕事に追われずに過ごす時間を確保する後押しが得られるからだ。
〈第三のシフト〉は、消費をひたすら追求する人生を脱却し、情熱的になにかを生み出す人生に転換することである。
ここで問われるのは、どういう職業生活を選ぶのか、そして、思い切った選択をおこない、選択の結果を受け入れ、自由な意思に基づいて行動する覚悟ができているのかという点だ。
二〇二五年の世界では、七〇歳代になっても働く人が多くなり、短距離走ではなく、延々と続くマラソンのように長い職業人生を送るようになると予想できるからだ。
これらのことを抜きにして、テクノロジーの発展とグローバル化にともない高まり続けるプレシャーから自分を守ることはできない。 』
『 仕事の世界で必要な三種類の資本の第一の資本は、知的資本、要するに知識と知的思考力のことである。多くの国の社会では、キャリアの面でこの資本が最も重んじられており、学校教育はおおむね、この種の知識と思考力を養うことを目的としている。
その人がどういう分野で能力を発揮するかは、どのような知的資本をどの程度備えているかによって決まる。未来の世界では、キャリアで成功を収めるうえで知的資本の役割はますます大きくなるだろう。
本書で提案する〈第一のシフト〉は、知的資本を強化することを目的とするものだ。昔は、幅広い分野の知識と技能をもつ人材が評価されてが、そういう状況は変わると、私は考えている。
グローバル化が進展し、テクノロジーが進化して世界が一体化する時代には、あなたと同種の知識や技能をもっていて、しかもあなたより早く、安く、そしてひょっとするとあなたより上手に同種の仕事をおこなえる人が世界中に何千人、ことによると何百万人も現れる。
そこで未来の世界では、その他大勢から自分を差別化することがますます重要になる。そのために、時間と労力を費やして専門分野の知識と技能を高めなくてはならない。いわば、熟練の技を磨き上げる必要があるのだ。
ただし、特定の一つの分野だけで専門知識と技能をはぐくむことには危険がともなう。もし、その分野が時代遅れになったり、あまり価値がなくなったりしたら? もし、あなたがその分野の仕事を嫌いになったら?
昔は職業人生が短かったので、一つの分野だけでキャリアを終えるのが普通だった。しかし、職業人生が長くなれば、まず、ある分野の知識と技能を深めていき、やがて関連分野へ移動したり脱皮を遂げたり、まったく別の分野に飛び移ったりする必要が出てくる。
つまり、未来の世界では、広く浅い知識を持つのではなく、いくつかの専門技能を連続的に習得していかなくてはならない。これが〈第一のシフト〉である。 』
『 第二の資本は、人間関係資本、要するに人的ネットワークの強さと幅広さのことである。そこには、生活の喜びを与えてくれる深い人間関係も含まれるし、さまざまなタイプの情報や発想と触れることを可能にする広く浅い人間関係も含まれる。
未来の世界では、そういう人間関係を意識的に築く必要があること、私は考える。孤独が深まる未来の世界では、活力を与えてくれる人間関係が不可欠だ。
しかし、イノベーションと創造性の価値がことのほか高まることを考えると、多様性のある人的ネットワークを築くことの重要性は増す。幸せを得るためには、さまざまなタイプの人間関係のバランスを取る必要があるのだ。
私たちは、専門知識と技能を磨いてほかの人たちとの差別化を図る一方で、高度な専門知識と技能をもつ人たちと一緒に価値を生み出していかなくてはならない。
それができなければ、自分の力だけで大勢のライバルと競い合わなくてはならなくなる。ひとことで言えば、私たちは、孤独に競争するのではなく、ほかの人たちとつながり合ってイノベーションを成し遂げることを目指す姿勢に転換する必要がある。これが〈第二のシフト〉である。 』
『 第三の資本は、情緒的資本、要するに自分自身について理解し、自分のおこなう選択について深く考える能力、そしてそれに加えて、勇気ある行動をとるために欠かせない強靭な精神をはぐくむ能力である。
自分の価値観に沿った幸せな生き方をするために、この種の資本が必要となる。情緒的資本を強化することは、三つの〈シフト〉のなかでいちばん難しいかもしれません。
一人ひとりが自分を見つめ直し、どのような職業生活を送りたいかを真剣に考え、ときには厳しい選択をしなくてはならない。未来の世界を形づくる要因の数々を考慮に入れると、私たちはおそらく、高い生活水準を手にするだけでは満足しなくなるだろう。
大量に消費することより、上質な経験をすることが望まれるようになり、「豊かさ」や「贅沢」という言葉より、「幸せ」や「再生」という言葉が職業生活の質を評価する基準として用いられるようになると、私は予想している。
そういう時代には、際限ない消費に終始する生活を脱却し、情熱をもってなにかを生み出す生活に転換する必要がある。これが〈第三のシフト〉である。
SF作家ウィリアム・ギブスンの言葉をもじって言えば、「未来はすでに訪れている。ただし、あらゆる場に等しく訪れているわけではない」のである。
あなたとあなたの友達とあなたの子どもたちにとって、漫然と未来を迎えるという選択肢はもはやありえない。未来の暗い側面を知れば、なんの対策もなしにそんな世界にさまよい込みたいとは、だれも思わないだろう。
問題は、どう行動すべきかである。やみくもに突き進むだけでは、「主体的に築く未来」の重要な要素であるコ・クリエーション(協創)、社会への積極的な関わり、創造性を発揮する生活を実現できる保証がない。
私たちは、三つの〈シフト〉を意識的に実践しなくてはならない。具体的には、第一に、さまざまな専門技能を次々と身につけることを意識して行動する。
第二に、いろいろなタイプの興味深い人たちとつながり合うために、善良に、そして精力的に振る舞う。
第三に、所得と消費に重きを置くのではなく、情熱をいだける有意義な経験をしたいという思いに沿った働き方をする必要がある。 』
『 リチャード・フロリダのように、どういう土地で質の高い生活を送りやすいかを調べている研究者もいる。フロリダの研究で明らかになったのは、ほかの土地に比べて、住む人が幸福になれて活力を得やすい土地があるということだ。
第一は、知的興奮を味わえ、創造性が刺激されること。公園や公共のスペース、文化行事などは、創造的なエネルギーを生み出し、人々に幸福感と活力を与える。美しいものが果たす役割も大きい。
経済学の世界には「ビューティー・プレミアム(美しさがもたらす恩恵)」という言葉もあるくらいだ。とくに、土地の物理的な美しさがもたらす好影響は見逃せない。美しい土地には、創造的能力が高く、新しい経験をすることに前向きな人たちが集まってくる。
第二は、自分らしく生き、自分を自由に表現し、自分の個性をはぐくめること。自分の出身地を遠く離れ、故郷のコミュニティの社会規範や習慣の外で生きる人が増えるにつれて、「自分らしさ」を感じることがますます重要になる。
そうした自己表現は、人と人との違いに寛容で、自由な雰囲気の土地ほど表現しやすい。
第三は、ほかの人と知り合い、友達になりやすいこと。たとえば、自動車で移動するより徒歩で移動することが多い土地や、オープンエアのカフェがたくさんある土地では、人と人の出会いが後押しされる。
第四は、地元に誇りをいだきやすいこと。たとえば、地元にスポーツチームが活躍していたり、偉大なことを成し遂げた住民がいたり、景色が美しかったりすれば、私たちは自分の住んでいる土地を誇らしく思える。 』 (第139回)