チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「リストマニアになろう!」

2017-09-24 14:09:40 | 独学

 148. リストマニアになろう!  (ポーラ・リッツォ著 金井真弓訳 2016年6月)

  Listful  Thinking : Using  List  to  Be  More  Productive,  Highly  Successful  and  Less  Stressed   Copyright©2015  by  Paula  Rizzo

 

 今回は、本書の内容に基づいて、私なりの考えを交えて、書いていきます。

 原題は、リストフル スインキング(Listful  Thinking )で、「リスト活用思考法」すなわち、リスト(箇条書き)によって、考えることを手助けし、実現する。

 リストを使って、効率よく生産的に、充実した成功をストレスなく実現する(Using  List  to  Be  More  Productive,  Highly  Successful  and  Less  Stressed  )とあります。

 著者は、ニューヨークでテレビ局の美人プロデューサーで、自分が望んだことは、すべて実現してきため、それがリストを活用したせいかは、不明である。


 最初に、リストを分類します。

 (1) ToDoリスト(やることリスト)

  私たちも、これは無意識に実行しているとおもいます。マドンナ、マーサ・スチュアート、リチャード・ブロンソン、ジョン・レノン、ベン・フランクリン、ドナルド・レーガン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、トーマス・エジソン……。

 成功者、多くのCEOや多忙な企業家はリストを使ってさまざまなアイデアや考え、いろいろな課題を記録してます。

 仕事の予定を前日に、ToDoリストにして、それぞれのタスクごとに、予定時間を記入し、当日の朝に、手順をチェックし、実行します。


 (2) チェックリスト

  チェックリストは、ミスを犯す可能性のある複雑な作業での、ミスを防ぐための確認事項をリストの形にしたものです。

 飛行機のパイロットには飛行中に問題が起きた場合に備えた緊急時チェックリスト以外に、飛行前点検のチェックリストもあります。

 「パイロットは自分の行動を心得たプロなのだから、飛行前点検のチェックリストなんて不要だ」と思われるかもしれません。

 でも、プレッシャーを感じているときは、ごく単純な手順さえ簡単に忘れてしまうものです。

 パイロットは、コックピットに収まってから目的地に到着するまで、点検するチェックリスト数は、13あるそうです。

 2008年、ガワンデ医師のチームは、19項目のチェックリストからはじめ半年後、研究対象である8つの病院で、主要な術後合併症が36%低下したという結果がでたそうです。

 チェックリストを、自分のものとするために、常により良いものにしてゆくことも大切です。

 

 (3) アイデア リスト

  あるテーマについて、思いついたアイデアをリストの形にして書き溜め、そこからストーリーを作り出し、形あるものにする。

 自分の頭に思い浮かんだ、さまざまな事柄を、紙の上に書き出すことは、セラピー効果があるそうです。思いついたことを、書き出してみると、自分も知らない自分を発見することも、稀ではありません。

 アイデアリストの項目を分類し、実現すべきアイデアは、ToDoリストに落とし込み、実現させます。


 (4) イベント(会)のリスト

  イベントを行なうためには、Who(誰が)参加者は、What(なにを)何を中心に据えるか、Where(どこで)場所はどこで、When(いつ)何月何日何時から、何時間、Why(なぜ)どのような趣旨で……準備をします。

 参加者への通知、当日のプログラム、料理のメニュー……のプログラムを準備します。さらに予算を立てます。


 (5) 良い点、悪い点リスト

  人生で大きな決断をする時、できるだけ多くの選択肢をリスト化して、それぞれのメリットとデメリットをリスト化し、結論として、選択した理由を記述する。


 (6) 調べものリスト

  まず、知りたいことをリスト化し、調べた結果をリスト化する。これらのリストを蓄積すると、自分が何を知ろうとしているのかを知ることができます。


 (7) カタログリスト

  読む本リスト、レストランリスト、閲覧したいウェブサイトリスト、人からもらいたい贈り物リスト、……。


 (8) 人生リスト

  高齢者であれば、死ぬまでやりたいことリスト、若ければ、一、二十年で、やりたいことリスト。これらはリストにして、常に見直していると、最初はほんのわずかですが、少しづつ書いたことが近づいて来るものです。


 (9) その他のリスト 

  感謝することリスト、買物リスト、話すことリスト、財政状況リスト、引っ越しリスト、荷造りリスト……。

  三分間のスピーチでも、要点と起承転結をメモして、話をすると、少しづつ上手くなるものです。

 財政リストは、収入、支出、ですが、支出の中で、仕方なく払う例えば、税金、電気料、などと、自分が希望して選択した支出を分け、資産リスト、……。先ずは現状を知ることから、始めるべきです。


 次に、リストをつくる「6つのプラス面」

 (1) 不安が減って時間が増える

 (2) 脳のパワーが高まる

  リストをつくるときに使う脳の一部は、ふだんは使わない部分。だから、人生をきちんと整理しながら、脳の力をアップさせて冴えた状態でいられるわけです。

 (3) 目的に集中できる

  忙しい生活を送っていると、物事に集中することがだんだんむずかしくなります。リストがあれば、邪魔が入る前に自分がやっていた作業に戻るのが簡単になります。

 (4) 自信が高まる

  リストから項目を消すことによって、達成感が生まれ、リストをつくることが、物事をコントロールできているという感覚が身につきます。

 (5) 思考を整理できる

  思いついたすべてのことを、リストを書き、目標の達成に役立つあらゆるステップを考えると、これから待ち受けているものに立ち向かう用意ができたように感じます。

 (6) 心の準備ができる

  いつも手元に、メモ帳と筆記用具を置いています。私は、A4クリップボードとA4のコピー用紙に、愛用の万年筆でメモをし、分類し、紙ファイルにファイルします。


 ToDoリスト(やることリスト)のつくり方「5つのステップ」

 (1) ひたすら書き出す

  やるべきことが思い浮かんだらすぐに書き出す。

 (2) リストを整理する

  仕事、家庭、子ども、娯楽というように、種類別に中身を分ける。生活の領域ひとつひとつについて専用のリストを作る。

 (3) 優先順位をつける

  締め切りや重要度に応じて、順位をつける。タスク(作業)には、時間を区切る。

 (4) リストを書き直す

  読みやすくきれいなリストをつくれば、いっそう目を向けたくなり、順番に項目を消していきたくなるでしょう。

 (5) 何度でも繰り返す

  リストを毎日つくり、いつでも、項目をつけ加えます。


 やり遂げるための「6つの方法」

 (1) リストを評価する

  優先順位をつける。現実的になり、どれに取り組むことが道理にかなうかを判断できる能力は貴重です。適切で具体的なリストをつくると、あらゆる無駄を省くのに役立ちます。

 (2) リストを強化する

  より簡単なタスクをいくつかリストに入れておくと、ぐっと気分が良くなるでしょう。時には、簡単なタスクで弾みをつけたいものです。困難な項目を、実行可能な項目(タスク)に落とし込むことが、ここでの技術です。

 (3) リストを他人に任せる

  リストの項目をアウトソーシングし、本当はやりたくないことは、「ノー」と言って、自分の得意なことを行なう。

 (4) 締め切りを設定する

  締め切りの設定は、まだ終わっていないタスクを減らすことに役立ちます。できない項目は、一口サイズの項目にブレイクダウンする必要があります。できないのは、能力のせいではなく、実行可能なタスクに落とし込む技術と経験が不足しているのです。

 「ポモドーロ・テクニック」という時間管理法があります。ポモドーロとはイタリア語でトマトのことで、トマト型のタイマーで、25分経ったら、作業をやめて少し休憩します。

 (5) 自分へのご褒美を設定する

 (6) 自分に思い出させる

  一日に何度もリストを自分に思い出させるようにしています。 (第147回)

 


ブックハンター「俳句のルール」

2017-09-06 10:04:31 | 独学

 147. 俳句のルール  (井上泰至編 2017年3月)

 『 「俳句に季語が必要です」と説明した後、モンゴルから来た留学生に、「秋刀魚」のように、その名だけで季節を感じさせる言葉があるかたずねたら、自信満々に「あります!春の肉、夏の肉、秋の肉……」と返ってきて、教室が笑いに包まれたことがありました。

 同じ島国でも、イギリスで食卓にのぼる魚は、タラ・サケ・ニシンくらいでしょうか。それに比べて、日本の魚は豊富です。また「旬」があるということは、世界が注目するスシの文化を思い起してみればわかるころです。

 季語の働きには大きく分けて三つあります。「季節感」「連想力」「安定感」。日本の四季は多様で豊かでドラマに満ちていますから、そこで磨かれてきた季節の言葉を使うだけで詩情が湧くようになっています。

 いざ行かん 雪見にころぶ 所まで  松尾芭蕉

 雪が降ってときめくのは詩人と子供、それに南国からきた外国人くらいかもしれません。生活にとって、雪は障害でしかないでしょう。花や月なら、障害とはなりません。だから逆に、詩人は雪とそれによって化粧されていく景に狂喜する心を試されます。

 いくたびも 雪の深さを 尋ねけり  正岡子規

 もともと「病中雪」と前書きしての句です。詩人、それも見歩くのが何より好きな詩人である子規は、しかし雪を見ることがかないません。「いくたびも」看病する家族にこれを訊ねるやりとりから、「雪」は悲しく切ないものとして心に響いてきます。

 その悲しさ・切なさは、この句の詩の核心です。「日常」の景色を一変させ、美しくする「雪」。それは誰もが思い浮かべる「季節感」です。

 そこにとどまらず、見たくてもそれがかなわない作者の思いも、「雪」は受け止め、そのことで詩の驚きや飛躍が生まれてきます。

 しかし、逆に考えれば、雪の明るさ・神聖さを誰もが思い浮かべる「安定感」が、この季語にあるからこそ、詩への飛躍という「連想」が働くことが可能になっているとも言えるのでしょう。 』


 『 作者の心情をストレートに説明するのは、俳句ではあまり似つかわしくないようです。事柄を述懐してしまうと、多くは失敗してしまいます。俳句は「もの」で語ることが大事だといわれています。

 つきぬけて 天上の紺 曼殊沙華  山口誓子

 「天井の紺」とは、高く澄み渡った空の青。その空に向かって曼殊沙華(まんじゅしゃげ)が真っ直ぐ突き抜けていくイメージです。深い青空と真っ赤な曼殊沙華とのコントラストが見事な句です。

 しかしながらこの句は、「紺碧の空へ曼殊沙華の赤し」と、「赤」をことさら述べてはいません。曼殊沙華が真っ赤であることは自明の理、言わずもがなのことなのです。

 一輪の 花となりたる 揚げ花火  山口誓子

 打ち上げた花火がはるかかなたの空で開き、大きな「一輪の花」として頭上で華やかに彩(いろど)っているのです。まるでストップモーションの画像を見るかのようです。

 音にやや遅れて次々に開く花火は、どんなにか美しかったことでしょう。しかしここでも綺麗な花火を「美し」と説明はせず、「一輪の花」と象徴的に表現し、煌(きら)びやかな花火の美しさを表しているのです。 』


 『 俳句は五感をはたらかせて作りますが、短い詩型のなかに要素を二つ以上を盛り込むより、視覚なら視覚、聴覚なら聴覚と焦点を絞り、あとは省略したほうが、イメージが鮮明になります。

 万緑の中や吾子の歯 生え初むる  中村草田男

 中村草田男の代表句の一つ。「万緑」は王安石の詩句「万緑叢中紅一点」に由来する言葉で、この句をもって「万緑」は季語として定着しました。

 はじめて生えたわが子に白い歯の輝き。生命(いのち)あふれる樹々を背景にわが子の笑みはこぼれんばかりです。緑と白との対比が鮮やかな躍動感ある一句です。あえて「白」と述べずとも、「白」は読者の心の中で、生き生きと立ち現れています。

 菜の花や 月は東に 日は西に  与謝蕪村

 画家でもあった蕪村らしい絵画的な句。一面の菜の花畑のなかで、太陽は西へ落ちかかり、反対側の東には月が出ています。太陽が真西に沈み、月が真東から上がってくるのは満月のとき。

 太陽と月を同時に詠んでおり、天体的な宇宙感覚をもつ一句です。この句には、月・太陽・菜の花以外のものは一切省略されています。これから上る月、沈む太陽、今ここにいる自分——。過去・現在・未来を表しているようでもあります。

 五月雨や 大河を前に 家二軒  与謝蕪村

 同じく蕪村の句。梅雨によって増水した川岸にある二軒の家。ごうごうと音を立てて流れる大河に、家はもう巻き込まれてしまいそうです。

 危ない! 思わず「危うし」という言葉がよぎります。しかしその言葉は出さず、情景のみを提示しているのです。増水する大河と家二軒だけに焦点を絞り、他の一切を省略しています。その結果、映像が時間を超えて、現在の私たちにまで押し寄せてくるのです。

 閑(しづか)さや 岩にしみ入る 蝉の声  松尾芭蕉

 芭蕉の代表句の一つですが、この句の初案は上五が「山寺や」であったといわれています。

 山寺や 岩にしみつく 蝉の声   いかがでしょうか。「山寺や」とした場合、まず、「山寺」という映像が読み手の心に現れてきます。その結果、つぎのフレーズの「岩」へとなかなか気持ちが移れません。

 この句は「蝉の声」がポイントです。そこで、芭蕉は「山寺」という視覚的要素を外し、聴覚に焦点を絞ったのです。 』


 『 この道や 行く人なしに 秋の暮れ  松尾芭蕉

 この句が詠まれた元禄七年(1694年)の九月二六日。芭蕉は翌十月一二日に亡くなりますから最晩年の句といえます。この句には「所懐」という前書が付されていて、芭蕉の心情が述べられていることがわかります。

 「この道や」とまず一本の道を示し、「行く人なしに」と芭蕉一人が歩いている、孤独な景を描いてます。季語は「秋の暮れ」ですから、たちまち日が落ちると長い夜が待っています。

 「この道」は芭蕉が生涯を賭けた俳諧の道です。作品としては晩秋の風景を描きながら、芭蕉は人生への感懐を込めているのです。寂寥感に満ちた一句といえます。

 このような複雑なことが表現できるのは、切字「や」をもちいているからです。「や」は詠嘆の思いを込めて一句を切断しているのです。

 この句の場合、「や」と切断していますが、以下に続く「行く人なしに秋の暮れ」は明らかに「この道」のことを言ってますから、内容的には切断されていません。「この道や」と提示しつつ切断したことで、果てしなく続く一本の道がイメージされるのです。

 蛸壺や はかなき夢を 夏の月  松尾芭蕉

 海中に沈められた「蛸壺」を、詠嘆の気持ちを込めて強く提示しつつ、句を切断しています。その「蛸壺」の中で、蛸はいずれは人間に食べられる運命にあることも知らず、「夏の月」に照らされつつ「はかなき夢」を見ながら眠っています。

 「夏の月」は夏の夜が短いことをも語っています。切字「や」が絶妙に働いて「蛸壺」を強くイメージさせていることがわかります。

 荒海や 佐渡に横たふ 天の川  松尾芭蕉

 「荒海や」で一句を強く切断しています。「荒海」と「佐渡に横たふ天の川」は別のものです。このように無関係な二つのものを組み合わせる方法を「取り合わせ」と言います。

 この句は「や」と切断することで、天と地が大きく拡がり、真っ暗な夜の海に隔てられた佐渡に横たわっている「天の川」が幻想的です。 』


 『 山々の 森明暗に 俳句満つ  ヘルマン・ファン・ロンバイ (ベルギー)

  On the green mountains    the woods in light and shadow.    Fertile haiku ground.     Herman Van Rompuy 

 この俳句は、初代EU大統領ヘルマン・ファン・ロンバイ氏の作品です。大統領は多言語による個人句集を二冊出版しているほど俳句に熱心で、今日の海外俳人の代表者のひとりと考えられています。


  髪に霜 未来は 記憶からなれば  ディートマー・タフナー (オーストリア)

 frost touched hair    future consists    of memories     Dietmar Tauchner 

 オーストリアはドイツ俳句協会とも交流があり、こうした観念的な俳句も見られます。


  雪片の 一瞬とどまり 地は遥か   ジェレミー・ダズ (イギリス)

 a snowflake's   momentary pause   the ground so far below  Jeremy Das 

 イギリス俳句協会は1990年創設、筆者もロンドン大会に参加したことがあります。


  瀑布にて ときには答 ときに…風  パトリシア・J・マクミラー (アメリカ)

 at the waterfall    sometimes I feel an answer    sometimes . . . the wind        Patricia J.MacMiller

 アメリカ俳句協会創立は1968年、日本以外では最古で、俳人数、作品・評論数で海外の中心です。


 国際俳句とは、我々日本人にとって一体どのような意味を持つのでしょうか。俳句が世界で愛され、読まれていることは喜ばしいことです。

 ときには不思議な外国語俳句に出会うこともあるかもしれませんがそれさえも愉快なことではないでしょうか。ところがわが国に目を向けると、非日本語で書かれた俳句やその和訳を、「俳句」ではなく「ハイク/HAIKU」と表記することがすくなくありません。

 これはなぜでしょうか。前スウェーデン大使のヴァリエ氏は、「現在の日本の俳句は、伝統的な形式や法則に捉われすぎている」と語っていました。

 俳句には伝統性が強く残っているので、日本の俳句関係者の中には、海外の俳句と自分たちが理解している俳句との間に距離感を覚える人がいるかもしれません。

 結局、世界の俳句を読むということは、異なる視点から我々自身の俳句を見つめ直すことであるように思われます。「俳句とは何か」という根源的な問いに対して、伝統性のみならず「普遍的、世界的視点」から考えるということです。

 これまで論じてきたように、俳句はすでに世界詩として成立していると言っても過言ではないでしょう。海外の俳句を読んで気づくことは、「三行自由詩」型がすでに世界を覆い尽くしているということです。

 いずれにせよ二十一世紀には、我々日本人も地球規模で「俳句」を考える必要に迫られていることは確かのようです。 』(第146回)

 

 

 

 


ブックハンター「リチウムイオン電池」

2017-09-03 09:20:00 | 独学

 146. リチウムイオン電池  (立花隆記 文芸春秋2017年8月号 日本再生・七十五)

 リチウムイオン電池(バッテリー)とは、負極に炭素材料、正極にコバルト酸リチウム(LiCoO2)、電解液には、エチレンカーボネットなどのなどの有機溶媒にリチウム塩を溶解した非水溶液とセパレータで構成される。

 セパレータは、正極と負極を分離するものですが、リチウムイオンだけを通す必要があります、リチウムイオン電池のセパレータには、リチウムイオンが通るぐらいの小さな孔がいくつも空いています。

 孔の径は1マイクロメートル(千分の1ミリ)以下。この孔を通ってリチウムイオンは正極材と負極材のあいだを行き来するのです。リチウムイオン電池は、軽量かつ高電圧を特徴とした蓄電池です。

 車やジェット機は、居住性の向上、電子機器化によって、メインの駆動力以外は、すべて蓄電池から供給されます。

 車やジェット機は、コンピュター化が進んでおり、最初に、電子機器が稼働して、それらの制御下で、ガソリンエンジンやジェットエンジンが始動します。

 すなわち、電力が必要な時間帯とメインエンジンの最大トルクのタイミングは、一致していません。従って、メインエンジンによって発電された電力は、一度バッテリーに充電されてから、車やジェット機の各部分へ供給されます。

 車やジェット機は、大きな電力を必要としますが、蓄電池の重量はなるべく軽量であることが必要です。しかしながら、高密度にエネルギーを蓄積することは、発火の危険性が高くなり、耐久性(何千回も蓄電、放電に耐える)と安全性が要求されます。

 大変、前置きが長くなりましたが、これらを踏まえて、立花隆の論文を読んでいきましょう。


 『 神田神保町の旭化成本社におもむいて、顧問の吉野彰氏にお会いしてきた。吉野氏は、しばらく前から次の日本人ノーベル賞最有力候補者として、名前があちこちであげられている。

 何をした人なのかというと、リチウムイオン電池を開発した人である。電池といえば、ちょっと前まで一般の人が知る電池は、昔ながらの乾電池と鉛蓄電池(自動車用)、それに時計用の水銀電池ぐらいだった。

 最近急に多くの人が使いはじめたのが、リチウムイオン電池(携帯電話もスマホもカメラもノートパソコンもその他もろもの携帯電子機器のたぐいがすべてそうだ)。

 二十世紀末から二十一世紀にかけて登場した世界の新しい文明の機器のほとんどが、リチウムイオン電池によって動かされている。

 リチウムイオン電池は現在世界で年間十億個以上が生産・使用されている現代社会の基本的エネルギー源だ。それはすでに自動車、航空機にまで入り込んでいる。その基本特許を持っているのは旭化成である。

 といって、ノーベル賞のほうは、まだ決まったわけではないし、リチウムイオン電池が生まれる過程には多くの人がかかわってきたから、ノーベル賞委員会の見立てによって、具体的な受賞者の名前に多少のちがいが出てくるかもしれない。

 しかし吉野氏の名前がリストから抜けることがあろうとは思えない。グローバル・エネルギー賞(ロシア)、チャールズ・スターク・ドレバー賞(アメリカ)など、ノーベル賞に並ぶ賞を吉野氏はすでに次々受賞している。

 現在使われている形のリチウムイオン電池の原型を開発したのが、吉野彰氏であり、その基本的仕組みも、基本的製造上のノウハウも、すべて特許にしてしまったので、旭化成は、かっては東芝と共同出資の会社を作って製造販売していたが、いまは電池に関してはもっぱらライセンス商売と基幹製品の製造販売で儲けている。 』


 『 先日、日本経済新聞社が、毎年恒例の「主要商品・サービスシェア調査」を発表した。リチウムイオン電池の項を見ると、一位がパナソニック、二位がサムソンSDIと世界的電機メーカーである。

 しかし、基幹部品のリチウムイオン電池向けセパレーターでは旭化成が圧倒的トップシェアを保持している。

 セパレーターというのは、電池の中で電解液という化学反応の中心的担い手の陰極側と陽極側がまじり合うのを防ぐためにさし込まれているプラスチック製境界板のこと。

 このセパレーターには、ナノメートル単位の微細な穴が無数に空いており、その穴を通して特定のイオンが通過したり、通過しなかったりする。それがうまくいかないとリチウムイオンが結晶となって析出し、ついには過熱して発火する。

 デル社のノートパソコン発火事故、サムスンのスマホ発火事故、ボーイング787の発火事故など、リチウムイオン電池関連の発火事故のほとんどはこのセパレーターの不具合に起因している。

 つまりリチウムイオン電池の生命線はこのセパレーターにある。ここが技術的に最も難しく、利益率も高い。旭化成はそこをしっかり今も自分の手で握っている。 』

 

 『 吉野氏の話を歴史をさかのぼって聞いていくと、このリチウムイオン電池の根っ子は、日本の技術の粋、化学研究の伝統がドンとあることがわかってきた。

 吉野氏は、福井謙一(一九八一年ノーベル化学賞受賞者)の孫弟子を自称している。大学は福井が教授として教鞭を執っていた京都大学工学部石油化学科。

 福井研に入って直接教えを受けたわけではないが、福井のフロンティア電子論の強い影響を受けて、あらゆる物質の結合や反応などをすべて分子の電子軌道の変化から考えていく、一種の考え方革命を起こした世代の中心人物。

 吉野氏に大きな影響を与えたもう一人が、二〇〇〇年のノーベル化学賞受賞者の白川英樹氏(ポリアセチレンという導電性高分子の発見者)。

 アセチレンという有機化学の代表的分子に触媒を入れたら(実は研究員が白川に指示をまちがえて千倍高い濃度の触媒を入れてしまった)、それがたちまち光り輝く金属光沢を持つフイルムになり、電気も通すようになったという驚異的現象の発見者である。

 実は吉野氏は、このポリアセチレンに驚きこれを電池の陰極に使おうと考えるところから出発した。しかし、電池にするには陰極だけでは足りない。陽極が必要だ。

 陽極には何がいいだろうと考えているときに、ある日アメリカの論文誌に発表されていた、オックスフォード大学のジョン・グッドイナフと、そこに留学していた水島公一氏の論文(コバルト酸リチウムが陽極になりうる)に出遭った。

 これはいけそうだと直感して、実験をしてみると、なるほどピタリだった。長い話を短くしてしまうと、リチウムイオン電池は、このようにして、フィールドの違う学者たちが偶然に導かれて、出遭うとのろからはじまった。

 実は現実の話はこんなにトントン拍子に進んだわけではなく、あちらこちらから無理難題をふっかけられた。 』

 

 『 現代社会は、あらゆるものが電気で動いているから、社会が円滑に動きつづけるためには、電気が長期に安定して安価に提供される必要がある。

 そのためには自動車に乗せたエネルギー密度の高いリチウムイオン電池を社会全体で共用するクラウド充放電システムを作ればよいなどと、吉野氏の未来アイデアは湧くが如しだった。 』(第145回)