121. 投資バカの思考法 (藤野英人著 2015年9月)
『 ある社長の部屋に、松下幸之助さんからいただいたという「色紙」が飾られていました。色紙に書かれてあったのは、「素直」の2文字です。松下幸之助は、「素直」を次のように解釈しています。
「何物にもとらわれず、物事の真実、何が正しいかを見極めてこれに従う心の姿勢である。素直になる努力を重ねよう。素直を深くきわめるならば人間は強く正しく聡明になり、限りなく成長することができる」(松下幸之助 成功の日めくり)
投資家として、フラットにマーケットと会社を見極めるためには、「素直」に物事を見るべきです。「主観から逃れることはできない」という宿命の中で、主観から離れる努力をしなければなりません。
正しい情報を見抜くためには、「素直な心」を身に付ける。では、どうすれば素直になれるか。「素直」にマーケットを見るために、私は、次の3つの習慣を心がけています。
① 他人の目になりきる。
「自分ではどう思うか」ではなく、「相手がどう思うか」をイメージできれば、主観とは別の視点で物事が観察できます。
② 関心事を増やす。
関心事が増えれば、それに比例して、インプットする情報量が増えます。
③ 物事を複合的かつ立体的に見る。
マーケットにおける経験、人生における経験、会社における経験を積むほど、断片の情報から全体を埋めていくことができます。 』
『 投資に関して、決断力は不可欠な力と言えるでしょう。「決断」という漢字には、「断つ」という意味が含まれています。「決めて、断つ」のが決断です。
何かを「決める」ためには、選ぶものと選ばないものに分けて、後者を捨てなければなりません。決断とは、「しないことを決めること」だと、私は考えています。
日本株は約3500社ありますが、この中からどの会社の株をどの比率で持つかを決めるわけですが、残りは捨てることになります。
以前、日本銀行総裁を務めていた福井俊彦さんが、東京証券取引所での基調講演で、「リスクを最小化せれるのは、好奇心の多さである」とおっしゃいました。
好奇心が旺盛な人は、いろいろな対象にトライするので、結果としてリスクが低くなります。好奇心を分散するほど、リスクが減ります。アジア株、日本株、アジアの債券、ブラジル、アメリカ株などに投資するとき、知識のないまま投資すると、リスクが高くなりなす。
けれど、「ブラジル株はどうなっているのだろう」 「株はどういうしくみで動いているのだろう」 「アメリカにはどういう会社があるのだろう」と好奇心を分散させれば、たくさんの情報を集めることができます。
そして、好奇心を持つほど、チャンスも増えるし、リスクヘッジにもなる。「見たい、聞きたい、知りたい」という気持ちがあれば、知識と経験の量が増えるので、さまざまな投資先を「素直」に検討できるようになるでしょう。 』
『 損を覚悟で値下がりした株を売ることを「損切り」といいます。投資の世界では、株価は上がることがあれば、下がることもあります。もちろん、買った価格以上で売れることばかりではありません。
個人投資家からは、「損切りは難しい」という声を聞くことがありますが、投資家は、損切りにもしっかりとした哲学を持たないかぎり、勝ち続けることはできません。
損切りでもっとも大切なことは、「簿価(取得価格)を忘れる」ことです。失敗する人の多くは、投資した金額や、かけた時間、費やした労力をなかなか捨て去ることができません。
投資の世界では、回収できない費用のことを「サンクコスト(sunk cost)」といいます。「一生懸命に頑張ったから何とか取り戻したい、回収したい」という気持ちのことです。
投資で大切なのは、簿価を忘れて、「時価」=「今の市場価格」で考えることです。私は、株をいくらで買ったかに、ほとんど関心がありません。簿価に関係なく、「このままもっているのは良くない」と思えば、躊躇なく売ります。
なぜそんなことができるかというと、投資で大事なのは、「”今”の価格をどう評価するか」であって、「いくらで買ったか」は関係ないからです。
どの株価で株を買ったかというのはその人固有の事情であって、経済情勢や会社の成長性などとはまったく関係ない話です。だからこそ、今売ると損か得かということよりも、将来成長しそうなのかしないのかを考えることが大事であると考えています。 』
『 「結婚すれば、相手が自分を幸せにしてくれる」 「私には、自分を幸せにしてくれるパートナーがいない」と考えている人は、結婚相手が見つかりにくいそうです。理由は、「幸せは、相手から与えられるもの」と考えているから。
「自分が幸せにしてあげたい人」ではなく、「自分を幸せにしてくれる人」を見つけたいと思っているうちは、なかなか相手に恵まれません。そこには、「幸せを求めているうちは、幸せになれない」というパラドックスがあります。
逆に「相手を幸せにしてあげたい」という気持ちが、結果的に自分をハッピーにします。株式投資も恋愛に似ています。投資先を選ぶときは、「自分が儲けたい」という気持ちが先立つと、不思議と儲からないものです。
儲けることも大切ですが、それ以上に、「この会社は世の中に役立つ」 「この会社が生み出す価値は、社会に貢献している」と、確信が持てる会社に投資すべきだと私は考えています。
情けは人のためならず、です。自分の「時価」を上げるためにも、「相手本位で考える」ことからはじめてみてはいかがでしょうか。 』
『 時は金なり。時間は、もっとも大切な資源です。私は、「お金よりも、時間のほうが絶対に大切である」と信じています。人生は有限です。人ひとりの一生は、長くても100年で終ります。たとえ1兆円のお金を持っていても、200年に延ばすことはできません。
私の行動原理の中でも上位にあるのは、「時間を味方につける」ことです。投資をするときも、消費をするときも心がけているのは「時間が経つほど価値があがるもの」に時間を使うことです。仕事も、人生も、長く積み上げることがとても大事だと考えています。
「レオス・キャピタルワークス」という会社も、「ひふみ投信」という投資信託も、時間の経過とともにお客様が増え、信頼が獲得できる方法論を探しています。
投資では、「時間を敵にしない」ことが重要です。相場は上下動しますし、個別の会社は、相場の影響を必ず受けます。
しかし、長期的には株価は収益に収斂(しゅうれん)していくので、着々と利益を積み上げていく会社へ投資すれば、大きなリターンが期待できるはずです。
あなたが投資信託で資産形成できていないとしたら、保有期間が短いことも要因のひとつです。投資信託の平均保有期間は、「3年間」と言われています。
ですが、相場循環は5~6年程度の動きをしているため、3年で手放してしまうと、「相場のピークの手前で買い、ボトムで売る」ことになります。「高く買って安く売る」ことを繰り返しているうちは、資産形成はできません。
相場循環を考えると、最低でも「5年間」は保有したうえで、「上昇したか、下降したか」を判断したほうがいいでしょう。長期投資が有効なのは、収益の上がる会社に投資すれば、時間が味方してくれるからです。
投資で収益を上げるには、時間を味方につけて、「5年間は、ゆっくりじっくり投資する」ことが大事です。 』
『 地方で上場企業を経営する社長が、「今までIR(投資家に向けて業績に関する情報を発信する活動)をしたことがないので、投資家にアピールしたい」と考えたとします。すると、社長はまず、証券会社に「東京に出張するときに、機関投資家に会いたい」と連絡します。
連絡をうけた証券会社の担当者は、機関投資家に対して「今度、〇〇という会社の社長が東京に出てくるので会ってみませんか?」と情報を流すわけですが、多くの機関投資家は興味を示しません。
ムダ撃ちに終わることもたしかに多いので、「会わない」という機関投資家は、とても合理的です。ですが私たち(ひふみ投信)は違います。「どんな会社でも、連絡をいただいたらお会いする」 「どんな会社でも、丁寧に、大切に扱う」
なぜなら、十中八九はムダに終わっても、「ひとつくらいは、伸びる会社があるかもしれない」からです。また、投資につながらないからといって、社長と会う時間がムダとは思いません。
なぜなら、その会社の業績のことや、地域のことなど、有益な情報がたくさん拾えるからです。その会社には投資できなかったとしても、業界の情報を得ることによって投資アイデアが生まれたり、新たな投資相手が見つかる可能性もあります。
どんな会社の社長も、私たちにとっては、「先生」のような存在です。ですから、決して上から目線にならず、「先生」として遇して、「学ばせていただく」 「気持ちよく帰っていただく」という心持で接しています。
私たちが丁寧におもてなしをすると、社長はどうするとおもいますか?社長は証券会社に電話をかけ、こんな話をするでしょう。「いや~、はじめて東京の機関投資家たちに会ったけど、レオス(ひふみ投信の運用会社)さん以外、みんな偉そうなことを言うんだよね。
地方の会社を下に見ているところがあってさ。でも、藤野さんにはすごく丁寧にしてもらって、本当によかった」では、この話をきいた証券会社の担当者は、どう思うでしょうか?
「そうか。レオスの藤野さんなら必ず会ってくれるから、すぐアポとれる。しかも丁寧に接してくれるから、社長も喜ぶ。「機関投資家に会いたい」という社長がいたら、これからはレオスに連絡を取ろう。そうすれば、オレ自身の評価も上がるぞ!」
ということは、日本の証券会社(の支店)は、「レオスのエージェント」になったようなものです。なぜなら、「いい会社、いい情報があったらレオスに連絡をしよう」と思ってくれるからです。 』
『 私はある会社に投資して、5年間で60倍以上にまで増やしたことがあります。ある会社とは、アイウェア(メガネ)の「JINS](株式会社ジェイアイエヌ)です。
かつて、JINSの経営が行き詰まっていたとき、田中仁社長は、ユニクロの柳井正社長に相談にいったことがあります。田中社長が「どうしたら会社がうまくいくでしょうか?」と質問すると、柳井社長はこう言ったそうです。
「このままだと倒産しますね」 そうして今度は逆に、柳井社長が田中社長に質問してきました。「あなたは、メガネを通じて何がしたいのですか?」 「あなたは、何のためにメガネの会社をやっているのですか?」
「あなたにとって、お客様とは何ですか?」 明確な返事ができなかった田中社長は、ショックで2日間寝込んだそうです。
その後、田中社長は社員と合宿して、社員と向き合い、「これからどうなりたいのか」を考え、「世界中のすべての人に、アイウェアで豊かな未来を見せる」という答えにたどり着きました。
「世界の多くの人がJINSのメガネを好きになってくれれば、商品を作った日本人のことも好きになってくれる。世界にメガネを出すわけだから日本一になるのは当然だし、そうなればおのずと会社も大きくなる。社員もハッピーになるし、やりがいのある会社ができる」そう考えたのです。
ミッションが決まってから、JINSの躍進がはじまりました。JINSが変わったのは、売上や利益や株価を上げること以上に、「メガネを世界の人に届けて、喜んでもらおう」というメッセージを持つことができたからです。
私が田中社長にお会いしたには、JINSが変わりはじめた頃でした。柳井社長との一件を知った私は、「この会社に投資しよう」と決めました。「世界中のすべての人にメガネを届ける」という田中社長のミッションに共感したからです。
私たちは、JINSの株価が上がっても、途中で売り切ってしまうことはありませんでした。60倍になるまで、株を持ち続けました。なぜなら、私は、田中社長が率いる会社の「価値」の変動に投資したのであって、「株価」の変動に投資したわけではないからです。 』
『 投資を英語で表記すると、「invest」(インベスト)です。つまり、「ベスト(衣類)を着用する」ことであって、「身に付ける」という概念です。一方、日本語はどうかというと、「投資」とは「資本を投げる」。
身に付けるとは反対の概念ですね。この話は草食投資隊の澁澤健さんから聞きました。 「invest」…身に付けるイメージ。 「投資」…手放すイメージ。
「お金を貯めている人」の心の中を覗いてみると、「お金が増えている状態が幸せ」 「手元から現金がなくなるのが怖い」という気持ちが見てとれます。
本物の「お金持ち」とは、「お金(現金)を持っていない人」のことを言います。「お金持ち」とは、「株持ち」のことです。「お金持ち」とは、「資産家」のことです。
本物のお金持ちになりたかったら、現金を貯めずに、成長する会社や不動産に投資するしかありません。お金持ちになりたいと思っているかぎり、お金持ちにはなれません。現金をつかんで離さない人は、お金持ちにはなれないのです。 』
『 個人投資家にとって、無理のない投資のコンセプトは「小さく、ゆっくり、長く」です。初心者の投資の大切な5つのポイントは
① すぐにはじめる。
② 「手に汗をかかない額」を投資する(小さく)
③ 情報をしっかり集める
④ 一気に投じない(ゆっくり)
⑤ 最低3年間は実践する(長く)
私の父親は、典型的なネガティブ・シンカーです。「人生は悪い方向に向かっていく」というのが、父の人生観です。常に「最悪の状態」を想定しています。
試験は、落ちるもの。株は、損するもの。友達は、裏切るもの。病気は、罹るもの。人生に対する期待値がとても低いのですが、だからこそ父は、いつも期待値を上回っています。
たとえば、「人事異動では、左遷されるもの」だと思っていますから、たとえ昇進しなくても、「現状維持」であれば大喜びできるわけです。
古代ギリシャの哲学者、ヘラクレイトスは、「この世にあるあらゆるものは、絶えまなく変化してやまない」という万物流転説を説いた人物です。万物流転説は、投資をするうえでも、自分の成長をうながすうえでも、とても重要な考えです。
世に中は変化します。 変化するから、対応します。 変化するから、チャンスがあります。 変化するから、失敗しても次の挑戦があります。世の中が変化する以上、ファンドマネジャーは現状に留まることなく、常に緊張感をもって動き続ける必要があるのです。 』 (第120回)