チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「ドイツ統一の真の功労者」

2017-08-31 10:40:18 | 独学

 145. ドイツ統一の真の功労者  (塩野七生記 文芸春秋2017年8月号 日本人へ・百七一)

 私は、東西ドイツが統一されたのは、ベルリンの壁が崩されたからだと単純に考えてました。一九八九年にベルリンの壁が壊された時、私は五〇歳になろうとしてましたが、新聞やテレビでは、ベルリンの壁が壊される場面が何度も放送され、そして間もなく東西ドイツは統一されました。

 何かを破壊しただけで、何かが生まれると考えた、私は何と浅はかなことかと、塩野七生のこの論文を読んで反省させられました。特に私が驚いたことは、東西ドイツの統一前のレートは、10:1くらいであったのですが、コール元首相は、政治判断で、1:1のレートで交換したことでした。では読んでいきましょう。


 『 六月一七日、ヨーロッパ各国のテレビはいっせいに、ドイツの元首相ヘルムート・コールの死を報じた。それを聴きながら、日本の元首相小泉純一郎が言ったという「政治家とは使い捨てにされるもの」を思い出していた。

 そして、今私が書いている古代ギリシャのリーダーたちも、使い捨てにされたことでは同じなのだと思った。「使い捨て」にされるには、まずは使ってもらわなくてはならない。

 民主政の国ならば選挙で絶対多数を与え、まあやってみなはれ、という感じで押し出してやらねばならない。

 大統領選に勝ったマクロンは議会選挙でも絶対多数を獲得したが、それをイタリア人は、ガソリンを満タンにしてやって、さあ行け、というフランス国民の意思の表れだと言っていた。

 途中で給油所に立ち寄らなくてもよい状態で、つまり政局不安の心配もない状態にしてあげて、やってみなはれ、というわけだ。これは国民が、国政の最高責任者に権力の行使を託したということである。

 この面ではコールは恵まれていた。一九八二年から一九九八年までの一六年間、首相の地位にありつづけたからである。そしてこの人が最高に「使われる」、一九九〇年が近づいてくる。

 その前年、ベルリンの壁が崩壊した。これをコールは、ドイツ人の秘かな願望であった東西ドイツの統一を実現できる、好機と見たのだろう。壁の崩壊は、東ドイツの崩壊。その東独を上手く崩せれば、東西ドイツの統一はなる、と。

 だがあの時期、ドイツ以外のヨーロッパ諸国は、ドイツ統一に賛成ではなかったのだ。第一次、第二次と二度もの大戦によるトラウマで、強大化する可能性大のドイツの統一を喜ぶヨーロッパ人はいなかったのである。

 英国のサッチャーもフランスのミッテランもNO.イタリアの首相だったアンドレオッティは、例の調子で、「ドイツを心底愛するわたしとしては、愛する相手が一人でなく二人のほうが嬉しいですね」と言う始末。

 西ドイツ内でも、東と西では経済力の差がありすぎるという理由で、経済界が反対。労働界も、東独からの安い労働力が入ってくれば西独の労働市場が破壊されるという理由で反対。

 国民投票にかけていたならば、反対多数でポシャっていただろう。あの当時の情況をリアルタイムで追っていた私には、西ドイツ首相のコールは孤立無援に見えた。

 だがここから、後年になって「外交の傑作」と言われることになる。「目的のためには手段を選ばず」と言ってもよい手腕が発揮される。

 まず、強大なドイツへの恐怖心までは持っていなかったらしい、米国大統領ブッシュ・シニアの支持を取りつけた。

 次いでは、仏大統領ミッテランの支持を獲得。ミッテランには、統一後といえどもヨーロッパあってのドイツであり、ヨーロッパ無しのドイツは存在しえないと強調することで、説得に努めたようである。

 英国首相だったサッチャーも、この時期には敵ではなくなっていた。同時に、ゴルバチョフの懐柔をはじめる。同じ時期、宿敵であった東ドイツのホネカーとも接触していた。

 東ドイツの崩壊を、穏やかに終える策であるのはもちろんだ。ドラスティックに瓦解した後では、統一の困難さはさらに増すからである。国内では、経済界の反対にも、労働界の強硬な反対にも、耳を傾けなかった。

 ドイツ連銀に至っては、反コール一色になった。コールが、強い西ドイツマルクと弱い東ドイツマルクを1対1で、つまり同等の価値での交換を公表したからである。たしかにこれは、経済を無視した政策であった。

 しかし、コールは、東西ドイツの統一を、経済ではなく政治の問題であると確信していたのにちがいない。もう一つ彼が信じていたのは、ドイツ人が胸中に抱きつづけてきた祖国の統一への熱い想いであったろう。

 こうして、あの当時はほとんどの人が不可能と思い込んでいた東西ドイツの統一が、実現したのである。壁の崩壊から一年しか過ぎていない、一九九〇年の十月であった。

 次の選挙では、コールは大勝する。だがこの直後からコールを、統一のマイナス面が一挙に襲う。経済力の低下、大量の失業者の発生、等々。

 改革とは新しいことに手をつけることだから、それによるプラスは、始めの頃は出てこない。反対にマイナスは、すぐに現れる。

 だから時間と忍耐が必要なのだが、それを理解してくれる人は少ない。次の選挙では、コール率いるキリスト教民主同盟は野に下った。

 そのコールを政治の世界から追放したのは、政治資金スキャンダルである。だが彼は、自分の党に流れたとされた資金の、使途を明かさなかった。私の想像では、ゴルバチョフとその一派に流れた、と思うのだが。

 「目的のために手段を選ばず」であった。だが、あの時期を逃していたら、東西ドイツの統一は永遠に実現しなかったろう。コールは、ベルリンの壁の崩壊に、不可能を可能にする勝機を見いだしたのだ。

 そしてそこに、思いきってくさびを打ち込んだのである。今ではそのコールを、「ドイツ統一の真の功労者」と讃えるように変わっている。

 「使い捨て」にはされた。だか、使った後で捨てられたのだから、これこそ政治家、政治屋ではない政治家、の生き方ではないだろうか。 』 (第144回)


ブックハンター「100のスキルよりたった1つの考え方で仕事が変わる」

2017-08-18 08:38:44 | 独学

 144. 100のスキルよりたった1つの考え方で仕事が変わる  (高橋政史著 2013年4月)

 仕事をさせると遅くて、質の悪い仕事をしてきた私がこのような本を紹介するのは、違和感がありますが私も様々なスキルアップの本は読んできました。でも多くのスキルの中から、1つでもニ、三十年継続すると必ず成果が出ることも確かです。

 仕事のポイント(一番ピン)がどこにあるかは、仕事のセンスのある人でなけば、なかなか見えないものです。とにかく自分の頭で考えたものを書きなれた筆記用具で、紙の上に文字や図や絵コンテを駆使して、手で書きまくり、次に自分が批評家になって、推考し絞り込む。

 仕事のポイントを見つけるには、仕事を工程と順序に分けて、どこにボトルネックがあるか、成果をわける分岐点はどこにあるのか、その仕事の損益分岐点はどこにあるか考えながらすることによって、見えてくると思います。

 このような作業を何百回、何千回と経験して、はじめてスキルアップができるようにおもいます。簡単な方法はないと初めにお断りしておきます。では読み始めましょう。


 『 1776年、一冊のベストセラーが生まれました。舞台はイギリスの植民地だったアメリカ。トマス・ペインの書いたわずか8ページの「コモン・センス」という冊子は3ヵ月で12万部のベストセラーとなりました。

 この1冊から、人びとの意識は、「植民地支配の緩和」から一転「イギリスからの独立」へとシフトしていきます。アメリカの独立、それは”たった1つの考え方”からはじまりました。

 舞台は変わり、1930年。イギリスの植民地だったインドで1つの運動が起こりました。60歳を超えたガンジー率いる「塩の行進」。

 この運動を支えた「非暴力・不服従」という考え方。インドの「独立」、これも”たった1つの考え方”からはじまりました。

 「地球は丸い」という考え方から大航海時代がはじまり、「人間は空を飛べる」という考え方からライト兄弟の人類初飛行が生れ、「人類を月へ」という考え方から宇宙への扉がひらかれた。

 このように、人類の歴史の大転換はシンプルな”たった1つの考え方”から生まれています。これと同じように”たった1つの考え方”で、あなたの仕事も大きく変わります。

 本書に登場するスティーブ・ジョブズから年収1億円クラスを稼ぐ人まで、彼らの成功もまた”たった1つの考え方”からはじまっています。 』


 『 時給2000億円だったスティーブ・ジョブズ。年収1億円の外資系コンサルタント。時給900円のコンビニのバイト。その差はどこからうまれるのか?

 私は、昨年1年間で125名のビジネスパーソンの方にコーチングを実施してきました。そこで必ず聞く質問があります。

 「今の年収に満足していますか?もし満足していないのでしたら、いくらだったら満足できますか?」この質問に対し、9割以上の人が現在の年収に不満をもらします。

 そして、年収180万円のアルバイト・スタッフをされている方から、年収数千万円の外資系証券会社の管理職の方まで、おもしろいことに、口をそろえて「今の年収の2倍欲しい」というのです。

 時給900円でも、年収が数千万でも返答は同じでした。実に7割近い方が「2倍の年収が欲しい」と答えたのでした。

 次に、「では、その目標を実現するためのロードマップは描けていますか?その目標が実現したらどんな夢(ビジョン)を叶えることができるか、その青写真はありますか?」

 この質問に対しては、ほぼ100%近い確率で、「NO」という答えが返ってきました。年収を2倍にしたいけど、そのための地図をもっていないというのが、多くのビジネスパーソンの現実かもしれない。

 その一方で、本書に登場する年収1億円を稼ぐ人たちに同じ質問を投げかけると、目標とする年収とその目標を達成する時期が明確で、さらにそのための青写真とロードマップを、まるで映像が浮かぶかのような鮮明な物語として語ることができるのです。

 「年収を2倍にしたい」と言う人の多くはピンボケな目標と地図をもち、「年収1億円」を稼ぐ人はフォーカスされた目標と地図をもつ。

 仕事も人生も「フォーカス」で決まる。これが本書でお伝えする”たった1つの考え方”です。 』


 『 スティーブ・ジョブズは、「重要なのはフォーカス(集中)だ」と言ってました。実際、アップルはフォーカスすることで再生しました。

 たとえば、ジョブズは136品目あった商品を4種類にフォーカスしたのを皮切りに、数々のフォーカスを通してアップルを成功へと導いています。

 ドラッカ―も、仕事で成果をあげる鍵はフォーカスにあるとして、「重要なことにフォーカスせよ!」と言っていました。これは、特に現代に生きる私たちにとっては重要なことです。

 ドラッカーは、知識労働においては「仕事の目的」にフォーカスすることで、より成果をあげることができると言っています。

 そして、肉体労働から知識労働へシフトできるかどうかが個人の豊かさや国の盛衰までも決定づける時代を「知識社会」と名づけました。

 少し別な言い方をすると、知識社会とはフォーカス格差の社会と言えます。やり方でなく、目的にフォーカスできるかどうかが仕事の質とスピード、さらには自分の生き方すら決めてしまう時代です。 』


 『 一生懸命がんばっているのに、なぜ仕事の成果があがらない……。そのタイプは次の3つのパターンにわけられます。

 Aタイプ:仕事が遅くて質も低い人、Bタイプ:仕事が早いが雑な人、Cタイプ:仕事が丁寧だけど遅い人

 仕事が遅くて質も低いAタイプは、そもそも、仕事をする上での根本的な部分を押さえることができていません。

 たとえば、パワーポイントで資料をつくるとしましょう。このタイプは、本来押さえるべきポイントをはずし、資料に使う写真や図解にこるなど、自分のこだわりに時間をかけすぎています。

 ある程度のこだわりは必要かもしれませんが、スピードと質を低下させるようなプライドは捨てるべきです。もしかすると、そもそも資料をつくらずに、口頭で説明すれば十分だったかもしれません。

 あるいは、カンタンなメモ書きを上司に手渡せばすむことだったかもしれません。フォーカスすることを知るところから、自分の仕事を見なおしてみましょう。

 Bタイプ:仕事が早いが雑な人は、基礎をおろそかにしてしまっている人だと言えます。基礎とは、その仕事をする上で必要な能力や情熱のこと。

 たとえば、ライフハック(仕事術)や思考法、ノート術など最新のビジネスノウハウを仕入れ、仕事を加速しようとしても、基礎体力がなければ、かえって仕事が空回りしてまわりに迷惑をかけることになります。

 仕事の基礎体力は、筋力のようなもので、毎日鍛えなければ強化されません。そして、鍛えるには時間がかかります。ですから、Bタイプの人は、腰を据えて基礎をみっちり毎日訓練することにフォーカスする必要があります。

 Cタイプ:仕事が丁寧だけど遅い人は、その仕事のセンターピンをはずしている人です。センターピンとは、ボーリングの1番ピン。その仕事で成果を上げるために押さえなくてはならない最重要ポイントです。

 仕事では収益アップにつながる重要な活動こそ注力しなくてはいけません。売上アップのためのセンターピンと、コスト削減のためのセンターピンを押さえることが仕事の基本です。

 仕事におけるセンターピンを見極め、フォーカスする。仕事をする上での原理原則です。仕事が丁寧すぎて、仕事が遅い人というのは、丁寧にするところが間違っています。

 あるいは、仕事のすべてを全力でやろうとしています。仕事はメリハリが大事といいますが、このメリハリが意味することは、センターピンに1点集中すれば、あとは自然と仕事がまわるということです。 』

 

 『 戦略というと複雑で難しいメソッドが必要なように思えますが、要は、戦略とはフォーカスです。

 戦略コンサルタントでも、一流の人ほどシンプルなフレームワーク(基本の型)1つ2つだけで、目の前の複雑な問題を料理し、最高の解決策を導き出してしまいます。

 普通のビジネスパーソンであれば、万能包丁1本、つまりシンプルな基本の型が1つあれば十分です。その基本の型が「仕事のGPS」です。

 つまり、戦略にせよ日常の業務にせよ、はじめに「仕事のGPS」を正しくセットできるかどうか、その一点を考えればいいだけです。

 「一芸に秀でる者は多芸に通ず」という言葉があるように、中途半端にしか使えないフレームワークを10も20も知っているより、”たった1つの考え方”、つまり「仕事のGPS」で仕事をすればよいのです。

 「仕事のGPS」の基本の型は以下のようになります。

 G:1ゴール。理想の姿(ビジョン)を目指してゴール(目標)を設定します。

 P:3ポイント。ゴールを実現するために押さえておくべき3つのポイントです。

 S:ステップ。ゴールの実現に向けての手順です。

 「貯金」ができる私になるとしたら、G:貯金をする。その金額と期日を決める。P:優先順位を、1位「貯金」、2位「生活」、3位「趣味」と決める。

 S:あとは必ず、「できた!」になる手順を決める。たとえば、銀行へ行き、定期預金口座を作る。同時に、毎月定期預金口座に振り替える額を決める。月末に生活費が足りなくなりそうなときに備えて、選択肢を3つ用意する。 』


 『 ハーバード大学医科大学院のアトゥール・ガワンデ博士は、著書「アナタはなぜチェックリストを使わないか?」のなかで、高度に専門化した仕事ほど「チェック・リスト」で確認することが重要と言います。

 それは、「知識の量と複雑性は、一個人が安全かつ効果的に運用できるレベルを超えてしまったから」という理由からです。たとえば、ICU(緊急治療室)では178の手順を毎日正しく行なう必要があります。

 そして、毎年5000万人以上の手術が行われ、15万人が手術の後に亡くなる。これはアメリカの交通事故の死亡者数の3倍を上回る数値です。

 こうしたなか、ジョンズ・ホプキンズ病院では、チェックリストを使うことで、感染率が11%から0%になりました。それは200万ドルの経費削減にあたるとされました。

 ガワンデ博士は、良いチェック・リストの条件として「紙1枚」「シンプルな文章」「カンタンに使えること」をあげています。それにはチェック・リストの数は5個から9個にしておくとよいのだそうです。 』


 『 ジム・コリンズは著書「ビジョナリー・カンパニー2」で紹介した「ハリネズミの概念3つの円」というものを使い、人生でフォーカスすべき場所を見つける3つの質問を投げかけています。

 ① あなたは、何に深く情熱をそそげます? ② あなたにとって、最高の仕事はなんです? ③ あなたは何で生活の糧をえますか?

 この3つの質問(円)の重なるまん中のところ、つまりこの3つのバランスがとれているところに、あなたがフォーカスすべき人生があると言います。

 三つの円を別の言葉で言うと、① 冷めない情熱 ② 最高の自分 ③ 生活の糧 の三つの円が重なるところです。

 今のあなたはどうでしょうか。③の「生活の糧」に重心が偏りすぎていませんか?生活が保障されるだけの収入がなければ夢なんて追えないし、幸せになんてなれないと思ってはいませんか?

 喜劇王チャップリンは「人生に必要なものは何か」という問いにこう答えています。「夢と勇気とサム・マネー」と。

 あなたが心の底から情熱を注げる仕事にフォーカスすることは、クリエイティブな仕事が求められるこれからの時代、必須の課題になりそうです。

 だからこそ、今一番時間を注いでいることと情熱とが一致しているかどうか、見つめ直してほしいのです。 』


 『 ユニクロの柳井社長からアートディレクターの佐藤可士和さんに、「今度、新宿のビックカメラの巨大フロアに出店するんだけど、佐藤さん、店名を考えて」と振られた3秒後に、佐藤可士和さんの口から「じゃあ、ビックロでしょ」という言葉が飛び出しました。

 この「ビックロ」の4文字に、柳井社長は膝を打ち即決したそうです。3秒の決断で大型プロジェクトが動き出しました。

 店名は「ビックロ」、そのコンセプトに基づきその場でプロジェクトチームが編成され、必要な段取りが瞬時にとられ、一気に「ビックロ」オープンに向けて動き出しました。その誕生は「3秒の衝撃」でした。

 仕事のできる人は、スタートを決める速さもダントツです。自分の仕事の進め方を振り返ってみてください。良いスタートダッシュを切ることができるでしょうか。スタートに膨大な時間がかかってしまってはいないでしょうか。

 ものごとははじめにフォーカスする。出発点で「仕事のGPS」をきちっとセットする。そこから早くて質の高い仕事は生まれます。 』

 

 『 とある外資系コンサルティング会社の役員を務め、世界中の経営コンサルタントの育成プログラムを手がけた方はこうおしゃっていました。

 「ロジカルシンキング(論理的思考)は、きちんとトレーニングをすればしただけの能力が身につく。でも、トレーニングによって仮説思考を身につけさせるのは難しかった。仮説思考はセンスだからな」

 たしかに、できるコンサルタントは「1つの仮説」から業績向上の扉を開けていきます。質の高い仮説を立てるセンスがあるかどうか、それがコンサルタントの成果の差をもたらす。そう思っていました。

 しかしその1年後、あるクリエイティブ・ディレクターと仕事をするようになって、その考え方が一変します。「仮説思考はセンスでなく”口グセ”だ」と思うようになったのです。

 「誰でも、ある口グセを習慣かすれば、仮設脳になれる」と実感したのでした。そのクリエイティブ・ディレクターの口グセは、語尾に「かな?」という「2文字」を入れることでした。

 たとえば、あるファースト・フード店の新規業態の開発の依頼を受け、既存店舗を訪れた際のこと。お店に到着すると、店舗を見渡し、さっそく「~かな?」でいろんな仮説を繰り出していきます。


「何でお客さんが入っていないのかな?」 「店員さんのあいさつが元気ないせいかな?」 「なんで元気ないのかな?」 「訓練受けてないのかな?」 「ゆとりがないのかな?」 「採用されて間もないのかな?」

 「いや待てよ、サービスよりも入り口の看板が原因かな?」 「時間帯ごとのメニューの表示がわかりにくいせいかな?」 という具合に、延々に「かな?」を起点に思考が展開していきます。

 このように、「お客さん目線で」で「~かな?」をひたすら繰り返しつづけます。すると、マシンガンのように10分で100個も仮説が飛び出してきました。

 「この人の頭は、いつも語尾に「~かな?」がついているんだな」と感心しながら、その話に耳を傾けていました。いつも、どんなときでも語尾に「~かな?」のワンパターンです。

 これを繰り返し、繰り返し、口に出しては、まるで打ち出の小槌のようにアイデアを出していきます。「質問を投げかけると答えを早く見つけようとして、脳が活発になるらしい」、そんな話を思い出しました。

 この口グセで仮説思考の流れを書き起こしてみると、① 体験する、見聞きする ② 感じる(共感、違和感) ③ 仮説を立てる ④ 映像化する ⑤ ③と④の繰り返し となります。

 目にして感じたことから頭の中で映画の風景が瞬時に切り替わるように映像化思考が展開していきます。すると脳が高速ではたらき、問題解決スピードが格段に上がります。結果、仕事の質が高まります。 』


 『 考えがなかなかまとまらず、同じところで思考がグルグル回り、堂々巡りが繰り返されて、しだいに頭の中がぐちゃぐちゃ、整理できずに時間がどんどん過ぎていく……。

 そんなとき、頭の中の混乱の嵐をしずめ、シンプルに自分の考えをまとめることができるのが、論理の力です。論理というと何か難しそうな感じがしますが、「口グセ」ひとつで論理的な思考が身につきます。

 論理展開の速さは「口グセの速さ」に比例します。頭の回転を速くしてくれる代表的な口グセを、3つ上げます。 ① 「なんで?(=WHY)」 ② 「具体的には?(=HOW)」 ③ 「それで?(SO WHAT)」

 これを私は「ロジカル3姉妹」と呼んでいます。長女は「なんで?」、次女は「具体的には?」、三女は「それで?」口グセ。この3姉妹の口グセを習慣にすることで、論理的に物事を考えることができるようになります。

 鍵となるのは、「いつも使う言葉で」ということです。これら3つの口グセを日常的に使っているならOKですが、日常的に口に出して使っていない言葉は身体になじみません。

 買ったばかりの革靴をはいているようなぎこちなさがあります。はきなれた靴は身体の一部のようにフィットしてくるように、思考でも使い慣れた言葉を使うことが大事です。

 トヨタで仕事をする上での基本の型は「なぜ5回」です。ゴールとのギャップがあったら、「なぜ?」を5回繰り返し、真の原因を突き止め、その解決にあたれ、ということです。

 「なぜ5回」を問うとき、トヨタのある部署では「そもそもさぁ~」という口グセを使うという話を社員の方に聞きました。会議をしていて、疑問に思った人は「そもそもさぁ~」とすぐ口に出します。

 「そもそもさぁ~、なんで、これが大事なの?」 「そもそもさぁ~、これって、本当の原因なの?」 「そもそもさぁ~、ピントがずれていない?」 といったように、会議参加者全員でより根本的な問題を探し始めるというのです。

 トヨタの強みは「自分の頭で考える」社員さんたち。「疑問を放置せず、徹底して議論し、自分の頭で考える」という文化がこんなところにも見え隠れします。 』


 『 時間をいかに管理するかは、忙しくなればなるほど切実な悩みではないでしょうか。手帳を変える。時間管理術をマスターする。日報で管理する。スマホを活用する。ライフハックを仕入れる。

 時間を管理するための方法はたくさんありますが、そもそも時間管理という考え方を根本から変える「時間単位」という考え方を紹介します。

 「仕事のGPS」という枠組みで見ると、時間を管理するためには、ゴールを変える、ポイントを変える、ステップを変える、の3通りあります。

 これまでの時間管理は、要は、誰かがやってうまくいったステップ(やり方)にフォーカスした時間管理です。ジョブスや年収1億円稼ぐひとは、ゴールとポイントにフォーカスしています。

 ジョブスは「時間単位が他人とは違う」と言われていました。たとえば、ヒューレット・パッカードにいた人物がアップルに入社し、ある事業を任されることになりました。

 そのとき、事業戦略の構築について「3ヵ月後に方向を固めます」とジョブスに言ったところ、ジョブスは「今日中に決断してくれ。ヒューレット・パッカードでは3ヵ月でも、うちじゃ今日中なんだ」とジョブスから言われたのです。

 他にも、他社では数週間もかけて決断するようなこともジョブスは「30分で決断」してました。ジョブスの足取りを見ていると、「今日中の決断」とか、「30分で決断」など、「時間単位」で仕事を完結しているのを見ることができます。

 まるで、時計の針が時を刻むように1パターンで正確な「時間単位」を刻んでいきます。

 ソニーの創業者・盛田昭夫さんが、アメリカのプルデンシャル生命の会長と乗り合わせたエレベータ―の中で、上階から1Fのフロアまで30秒間で、「日本でソニーが生命保険会社をはじめる!」という決断をしたという有名なエピソードがあります。

 この「30秒間の決断」が、のちのソニー生命につながることになりました。一流は時間の単位がちがいます。たとえば、企画作成。年収1億円を稼ぐあるコンサルタントは、「企画は60分で」としてます。

 「ちょっと時間をください」と言って、その15分後に紙1枚で企画書が出てきます。その企画書のたたき台をもとに30分議論して、残り15分で企画書を仕上げる。こんなことをよくやってました。

 先が読めない、延々と作業をしてしまっている、その都度再現性のないやり方だから効率が悪い……という悩みを持っている人は、このような「企画は60分(など時間を区切って)で仕上げる」というような基本の型をもっていない人が多いです。 』


 『 報告書の肝は3つです。まず報告書は「タイミング」が命。「報告書は厚いうちに書け」でいきましょう。クライアント先を出たところの喫茶店や帰りの電車の中の10分間で仕上げていきましょう。時間が経つほど人の記憶は消えていきます。

 つづいて、報告書は「上司の基準」でつくるということ。ですから、あらかじめ上司と報告書の型をすりあわせておきましす。報告書は、上司が認めた型でさくっと仕上げましょう。

 そして、「報告書は実況中継だ!」ということを押さえておきましょう。この3点を押さえ、さくっと簡潔につくりましょう。

 「タイミング」「上司の基準」「実況中継」を押さえたら、あとは「相手の知りたいことを見せる」の原則を押さえていれば大丈夫です。

 上司の知りたい最低限のことは、1メッセージ・3ポイント・1アクションです。「要は、何が言いたいか?」=1メッセージ 「で、ポイントは何なの?」=3ポイント 「で、俺は何をすればいい?」=1アクション

 報告書のゴールは1アクションです。上司から、「俺はこれをすればいいわけか」というひと言がもらえればOKです。 』


 『 世界に目を向けると、解決できない問題のひとつに貧困があります。そんな中、1700万人の貧困を救済した問題解決メソッドがあります。

 「世界一大きな問題のシンプルな解き方———私が貧困解決の現場で学んだこと」の著者で「残り90%の人たちのためのデザイン」を提唱し、スタンフォード大学やMITなどの研究者から絶大な支持を得ているIDE(International Development Enterprise)のポール・ポラック。

 彼は、「実戦的なビジネス戦略を用いて、1日1ドル以下で生活する貧しい人びとの収入を増やす」というミッションのもと15ヵ国、1700万人の貧困解消を実現しています。

 この問題解決メソッドは、ホームレスの問題解決を手がけるところから発見されました。ポール・ポーラックがなかなか抜本的な解決策を見いだせないでいたある日、アプローチ方法を根本から変えてみました。

 彼がしたことは、ホームレスの人たちがとる行動の理由をじかに聞くことでした。ホームレスのひとりと一緒に暮らし、彼の行動を見て、「なんで、こんな行動をとるのだろうか?」と疑問に思い、その理由を聞きました。

 それによって、研究室でいくら脳みそに汗をかいても出てこないようなアイデアがぽろりと出てくるようになったのです。「現場」へ行き、「行動」を見て、「理由」を聞き、「解決」をする。

 彼らは、この問題解決メソッドをアジアやアフリカの貧困地域でそのまま実践しました。結果、1700万人の貧困救済につながったわけです。

 彼らは「現場・行動・理由」の3点セットを実践し、そこから1ゴールを導き出しました。それは、とても単純で当たり前のことでした。

 その1ゴールというのは「1エーカーの農場で十分稼げるようになる」ということです。そのために、いちごをはじめとする高付加価値な果実などの栽培方法、それを現金に換える流通のやり方を指導したのです。

 つまり、彼らは「現場・行動・理由」の3点セットを実践した後、「GPS」をセットして問題を解決していったのです。 』 


 本書に出てくるスティーブ・ジョブズは、本ブログの「52.最後の版元」で以下のように、書かれています。

 『 先頃他界した米国アップル社のスティーブ・ジョブズは、親日家で密かな新版画のコレクターであった。

 彼は1980年代に、毎年のように日本を訪れていたが、日本で新版画を購入し始めたのは1983年〈昭和58年)からである。彼には新版画についての知識があり、好みもはっきりしていた。

 1983年3月11日、ジーンズにシッツ姿の若いアメリカ人が、サンフランシスコに支店を持っていた兜屋画廊の銀座店を訪れ、慌ただしく新版画を購入していった。

 この時ジョブズはまだ28歳、「世界のジョブズ」になる少し前のことである。ジョブズが購入していったのは、富士の稜線が美しい川瀬巴水の「西伊豆木負の富士」、鳥居言人の美人画「朝寝髪」、そして橋口五葉の「髪梳ける女」などであった。

 その二年後の1985年〈昭和60)にも、密かに来日し、橋口五葉、伊東深水らの美人画と巴水の風景画を何十点か購入していった。

 彼がアップル社を去り、新会社ネクストを立ち上げた頃である。この頃からジョブズはすっかり時の人となり、それまでのように日本で自由に行動できなくなっていた。

 ジョブズの担当であった松岡春夫は、その翌年、86年の来日の時には電話で直接注文を受け、ジョブズの常宿であったホテル・オークラへ届けに行ったと話す。

 ジョブズはとくに川瀬巴水の風景画を愛し、「全部ほしい」と電話で注文してきたこともあった。…… 』

 と書かれています。(第143回)


ブックハンター「未来企業」

2017-08-10 15:27:51 | 独学

 143. 未来企業  (リンダ・グラット著 2014年8月) (The Key  by Lynda Gratton ©2014)

     How Corporations Succeed by Solving the World's Toughest Problems   [Tough : 折れにくい]

 

 最初に”日本の読者のみなさんへ”より、紹介します。

 『 本書は、いわば、「ワーク・シフト」の企業バージョンです。この本で私は未来の世界を形づくる要因が、企業とそこで働く人々にどんな影響を及ぼすのかについて書きました。

 企業は今後、どのような活動にどのような方法をもって取り組むべきか。どんな企業文化がもっとも望ましいのか。未来企業を導いていくリーダーの条件とは何か———これらの問についての私なりの答えがここにあります。

 その中核にあるのは「レジリエンス」(resilience)である、という考え方です。レジリエンスという言葉のおおもとの意味は、「負荷がかかって変形したものが、元の形状に戻る力」です。これが転じて、ストレスからの回復力、困難な状況への適応力、災害時の復元力、といった意味合いで使われるようになりました。

 本書では、世界のレジリエンス、企業のレジリエンス、個人のレジリエンス、というようなかたちでこの言葉をつかいます。メインテーマである企業のレジリエンスについては、「三つの領域」で考えています。

 企業の中核となる一つめの領域が、従業員が知性と知恵を増幅し、精神的活力を高め、互いの結びつきを深めることができるような職場環境です。

 企業のレジデンスは、社外でも試されます。地域のことを考え、サプライチェーンの末端まで配慮した活動が二つめの領域におけるレジリエンスを形成します。

 もっとも外側にある三つ目の領域におけるレジリエンスは、企業がその資源や能力を活用して若者の失業問題や、気候変動といったグローバルな課題に取り組むことによって実現されます。

 本書「未来企業」では、未来を見据えて、この三領域のそれぞれにおいてレジリエンスを強める取り組みをおこなっている企業の事例を紹介してます。 』


 本書で取り上げられている、企業の例として、

 インフォシス:インドのITコンサルティング会社

 P&G:米国の洗剤、化粧品のメーカー

 ロシュ:スイスの製薬会社

 タタ :インドの自動車メーカー、タタ財閥

 BT :イギリスの電機通信業者

 シスコ:アメリカのネットワーク機器開発会社  などなどの多国籍企業です。すなわち、日本の一流大学を出ても入社することは、かなり難し企業であることが、少し気になります。では、読んでいきましょう。


 『 グローバルなバランスが変化し、どこからでもつながることができる時代には、有能な人材が集まる地域が新たに生まれる可能性がある。

 シリコンバレーの発展は移民に支えられたところが大きく、1980年から1999年までに誕生した新興企業の約25%はインドまたは中国の起業家によって創業された。

 これらの企業は二〇〇五年までに五二〇億ドルを稼ぎ出し、四十五万件近くの新規雇用を創出したと推定される。彼らのおかげで、社会学者リチャード・フロリダの言う「スパイキーな世界」になりつつある。

 とてつもないイノベーションを起こす才能とやる気のある人材がいくつかの地域に偏っているのだ。専門的な仕事をしているクリエイティブ・クラスが集まる地域では、こうした創造性の集積地がすでに形成されている。

 たとえばアメリカの場合、金融部門であればニューヨークへ、バイオテクノロジー部門でればボストンへ、メディアや戦略情報の分野であればワシントンへ、といった具合に人々が移り住む状況が変わらない限り、こうした才能の偏在はなくならない。

 ヨーロッパの場合、ロンドンは世界の金融および創造性の中心地、ミラノとローマはファッションや工業デザインの中心地、シュトゥトガルト、フランクフルト、マンハイムは高性能な工業製品の中心地という状況が続くだろう。

 新興国の場合、インドのバンガロールに強力なテクノロジーの集積地がすでに三つ誕生し、上海はアジアの金融の中心地となりつつあり、ヨハネスブルクとナイロビが商業と電気通信の分野でアフリカのリーダーになる可能性がある。

 経営陣にとって、これは矛盾した現象に見えるかもしれない。

 技術の進化のおかげで仮想空間で働くことが当たり前になり、無人島や山の上でも仕事ができるようになる一方で、人々が都市に流れ込み、同じような才能や関心を持った人々が一部の地域に集中するという一見矛盾した現象が起こっている。 』


 『 どの国においても、不況期に割りを食うのは若者たちだ。実際、二〇一二年の時点で、スペインでは若年層の失業率が五〇%近くに達し、先進国の多くで二〇%を越えていた。

 これは単に景気が悪化したからではなく、求人市場の構造や働き方が大きく変わり、労働が空洞化した影響がある。とはいえ多くの地域で、求人件数が増えているのに若年層の失業率は高いという矛盾した状況が生まれている。

 たとえば二〇一〇年、アメリカでは求人件数が三百万件あったにもかかわらず失業率は上がり続けた。

 研修制度が十分に整っておらず、将来どの仕事の需要が高まるのか不透明で、能力開発の機会が限られているため、スキルギャップは拡大の一途をたどっている。

 興味深いことに、景気対策が十分で教育機関と企業の連携が密接なシンガポールなどの国ではこうしたスキルギャップがほとんどなく、若年層の失業率が低い。

 社会流動性が明らかに失われつつある先進国では、このスキルギャップがさらに広がっており、若者が高度なスキルが要求される仕事に就くことを一層難しくしている。

 幅広く教育や能力開発に投資をしていない国では、こうした労働市場の二極化がさらに進むだろう。とくに、科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学といった分野への投資を怠ると、スキルギャップは広がる一方で、長期間にわたって失業率が悪化し、低い社会的流動性を固定化させてしまう。 』


 『 中国、インド、ブラジルなどの成長を続けている新興国では、ここ三〇年で貿易や資本の入出量が大幅に増えているが、後発発展途上国の多くはそのような状況にない。

 かって世界銀行のチーフエコノミストを務めていたジョセフ・スティグリッツの言葉を借りると、「二〇世紀の終わりの一〇年間に貧困の削減が何度も約束されたにもかかわらず、実際は貧困にあえぐ人は毎年平均二・五%ずつ増えた」のだ。

 二〇一〇年に世界銀行は約二十億人がグローバル化から完全に取り残された国で暮らしていると報告した。そのなかにはパキスタン、インドネシア、そしてアフリカや南米の大半の国々が含まれる。

 これらの地域では、国民所得の減少に伴って貿易が縮小し、経済成長が頭打ちになって貧困が進んでいる。アフリカ人のほとんどは四〇年前のほうが裕福だった。

 こうした地域では収入格差も広がりつつある。たとえばモロッコからバングラデシュ、さらにインドネシアまでを含めたイスラム圏からフィリピンにかけての地域では、一人あたりの平均収入が全世界の半分である。

 第二次世界大戦の終結以降、全世界で貧困を撲滅するためにおよそ一兆ドルの助成金や貸付金が投じられてきたにもかかわらず、世界銀行の報告によると地球の全人口の半分近くがいまでも一日二ドル未満で生活し、全人口の六分の一が一日一ドル未満で生活している。

 貧困の問題は格差の問題でもある。アメリカを例に挙げよう。一九七六年には上位所得者の一%の家計が全所得の九%を占めていたが、二〇〇七年にはその数字が二四%に跳ね上がった。

 これは先進国だけの現象ではない。新興国でも格差は拡大している。 

 経済学者のラグラム・ラジャンの考えでは、いま歯止めをかけなければ、この格差はこのまま定着し、教育や医療を受ける機会にまで影響を及ぼし、さらなる格差につながりかねない。

 その結果、世界経済の亀裂が表面化するケースが増え、社会の分裂や権力争いに拍車がかかる。 』


 ここから、要約しながら話をすすめます。著者は、以下のように論じます。

 企業経営者の影響が及ぶ領域は、三つの円としてイメージすることができる。最も内側の領域(社内のレジリエンスを高める)、中間の領域(社内と社外の垣根を取り払う),最も外側の領域(グローバルな問題に立ち向かう)です。

 最も内側の領域、社内レジリエンスという核を構築するのは、企業の持っている資産と能力です。特に重要なのは人的資産です。企業の従業員は、知性と知識を増幅し、意欲を高め、社会的つながりを通じて能力を発揮することができます。

 人的資産を構成するのは、つぎの三つです。「知性と知恵」は、個人として、チームのメンバーとして、洞察力と分析力が高められるとき生まれる。

 「精神的活力」は、やる気があってじっくり考えられる状態であれば、仕事に創造性とイノベーションをもたらしやすくなる。

 「社会的つながり」は企業が持っている社会的な資産であり、企業の枠を超えてサプライチェーンや社会にまで及ぶネットワークのなかに存在している。

 中間の領域(社内と社外の垣根を取り払う)は、企業が自分勝手に活動できる存在ではなく、地域社会と深く関わっていることを自覚することを求められている。

 最も外側の領域(グローバルな問題に立ち向かう)は、企業が世界全体から影響を受けており、環境の悪化、格差の拡大、若年層の失業、貧困の広がりといった問題は複雑で、解決するためには多くの人々の協力が必要だ。

 これらに立ち向かう姿勢も、リーダーシップのあり方としては、重要になります。


 『 企業が誕生して以来、共同作業のほとんどは少人数のグループが直接顔を合わせておこなってきた。

 だが知性を増幅するためのツールのおかげで、少人数が直接顔を合わせて共同作業をするだけでなく、バーチャル環境を通じて数千人が密に繫がり、アイデアや情報を交換できるようになってきた。

 問題の解決に少人数のグループで取り組む代わりに、十四万人で取り組むとどうなるか想像してもらいたい。洞察力や考え方が異なる膨大な数の人々が集まり、知力を結集するさまを。

 インドのIT企業、インフォシスはまさにこの実現に挑んでいる。同社はグローバルなネットワークを構築し、三十三ヵ国に及ぶ数千人の従業員の意見を出させ、問題解決案を交換させることで、さまざまな革新的なアイデアを掘り起こそうとしている。

 このグローバルなネットワークの威力で、トレンドを見つけ、現状に対する疑問を投げかけ、さまざまな意見を出し合って、数千人が議論を戦わせるのだ。

 インフォシスの経営陣は、この「賢い群衆」を最大限に活かす方法を本気で見つけようとさまざまな試みをおこなっている。最終目的ははっきりしている。

 経営戦略づくりや問題解決を経営陣だけでおこなうのをやめ、従業員からも広く意見を募ることである。そのためには古いやり方を改め、働き方やコミュニケーションの方法を一新し、改善していく必要がある。

 従来の経営手法では、経営戦略をより完璧なものにするために、経営陣は次第に密室のなかで戦略を練るようになっていた。

 しかしこの新しい問題解決手法を取り入れるにあたって、数千人という人々のアイデアや洞察力を増幅するという方法を選択したのだ。 』


 『 まず経営陣が取り組んだのは、社内のヒエラルキーを覆し、入社わずか数年の若い従業員の声に耳を傾けることだった。

 数千人という若い従業員の声を生かすことで、彼らが日常業務をこなすだけでなく、インフォシスの長期的な発展のためにより積極的な役割を担う意欲を持つことを期待したのである。

 この取り組みをさらに加速させ、二〇〇九年には若い従業員のグループが同社の年次戦略会議で経営陣に直接意見を伝えられるようになった。

 この話し合いの首尾は上々だった。経営陣の多くにはY世代(1980~95年生まれ)の子どもがいるが、社内で若者たちの考え方を知る機会はそれまでほとんどなかったのだ。

 その後、インフォシスは若い従業員の意見を長期的な戦略決定に生かすための取り組みをさらに推し進めた。それを可能にしたのは、仮想プラットフォームの急激な進化だ。

 経営陣は最新テクノロジーとY世代との話し合いから生まれたアイデアを組み合わせ、社内全体でのスムーズな話し合いを可能にする仮想プラットフォームをつくった。

 それにより、情報のやり取りが活発になった。たちまち一万二千人を超える従業員がこのプラットフォームにアクセスし、アイデアを共有して、自社が直面している問題について理解を深めた。 』


 『 経営陣はこの成功を足掛かりにして、六十五都市以上にいる従業員同士が顔を見ながら話し合えるミーティング、自社チャンネルでのテレビ放送、アイデアを書き留めるための仮想黒板、重要なテーマについて話し合える「ナレッジカフェ」、社内の専門家とのチャット、全社規模での質疑応答など、世界中でさまざまな取り組みをはじめた。

 その結果、二〇一〇年末までに四万六千人以上の従業員が参加しておよそ二万のアイデアを提供し、これによってインフォシスの未来の戦略が練り上げられた。 

 インフォシスの経営陣は、次に、より積極的に協創して問題を解決するためのツールを社内で開発した。

 二〇一一年に導入された「イノベーション・コ・プラットフォーム」という仮想プラットフォームをつかえば、従業員は協同作業をおこなう相手を見つけ、詳しいデータにアクセスし、専門家に助言を求めアイデアを提供することができる。

 こうした取り組みのおかげで情報が世界中にスムーズに伝達されるようになり、ただちにフィードバックが得られるようになった。

 また、社内で最も知識が豊富でやる気のある従業員がどこにいるのかも特定できるようになった。その結果、経営戦略に強い関心を持ち、やる気にあふれた従業員の人脈が築かれたのである。

 彼らは次第に、各地域、各部署で生れたアイデアを生かすための中心的な役割を担うようになり、なかには経営戦略に関するヒントを得るために勤務時間の二十五%以上を世界各地の同僚との話し合いに費やしている従業員もいる。 』


 『 世界中の同僚と経営戦略について話し合えるプラットフォームづくりへの投資を増やしていくなかで、経営陣が直面した問題の一つは、機密性の高い情報の扱いだった。

 従来の常識では、自社に関する機密情報を閲覧できるのは経営陣のみであり、こうした情報はめったに公開するものではなかった。だが本物の情報が得られなければ、従業員が経営戦略について真剣に話し合うのは難しくなる。

 自由な発想で適切な意思決定を従業員にさせるには、機密情報も含めて本物の情報をリアルタイムで提供しなければならないことに気づいたのだ。

 本物のデータがなければ、どんな話し合いも空虚な理想論になるだろう。具体的には、業界シェア、収益性、他社と比較した競争力といった機密情報が社内で公開された。

 言うまでもないが、従業員を心から信用していなければこのようなことはできない。

 テクノロジーが進化して「賢い群衆」のつくり方が明確になるにつれ、こうした群衆の知恵の生かし方もさらに洗練されてきた。

 こうした知恵は、社内の人材を活用して利益を追求するためのものから、社外の人材を活用して公益を追求するためのものにまで拡大されてきている。 』 (142回)