東京五輪が「1年延期でも安心できない」これだけの理由
倍首相が、ついに東京オリンピックの延期を決断した。IOCとは「1年程度の延期、遅くとも来年夏までには開催すること」で合意したと報道されている。安倍首相は「新型コロナウイルスに打ち勝った証明としてのオリンピック」を強調し、「完全な形での開催」を望んでいるようだ。
【写真】一目瞭然!マスクが新型コロナ予防にならない理由
1年の延期にほっと胸をなで下ろした人も多いかもしれないが、果たして「約1年後の延期」は本当に十分であり安全なのだろうか。医師である筆者は、「2年後に延期したほうがよかったのではないか」と感じた。その理由について解説していきたい。
厚労省での専門家会議で使われた図(厚生労働省HPより)
都市封鎖や休校で「長期化」する
現在、多くの先進国が都市をシャットダウンするなどの封じ込めを行っている。小池都知事も先日の23日、これから3週間のあいだに感染者の爆発的増加(オーバーシュート)が起こった場合は首都を封鎖することも検討していると述べ、さらに25日の会見では、「感染爆発 重要局面」と宣言し、今週末の自粛要請を出した。それにならい、神奈川、千葉、埼玉など隣接する県も自粛の要請に踏み切っている。
東京都は26日、新たな感染者が47人と過去最高を更新。いま、まさに「感染爆発」が懸念される状態であり、首都封鎖も近いかもしれない。
こうした自粛要請などの「社会隔離政策」により、一時的な患者数の急増を防ぐことでピークを後ろにズラし、医療のキャパシティを超えないようにすることは先進国共通の戦略だ。ただ、この戦略は感染終息までの時間が長期化する。
厚生労働省は下の図で、発症数が辿るであろう経過を説明しているが、ピークが何月頃になるなどの具体的な記載はなされていない。しかし、封じ込めがうまくいくほどピークは低く、後ろにズレることになる可能性が高い。ヨーロッパCDCは25日、「夏に終息する公算は低い」という見通しを示している※1
。
1918年、アメリカのミズーリ州で担架をもつ看護師たち〔PHOTO〕Getty Images
今年の冬以降に感染の「第2波・第3波」の可能性も
感染症は一旦流行が治まっても、ときにはシーズンをまたいで第2、第3の波が来ることがある。有名なのがスペイン風邪だ。1918年のスペイン風邪は、3月にアメリカとヨーロッパで始まり、春から夏にかけて第1波を形成した。
第1波の致死率はそれほど高くはなかったが、フランスやアメリカなどで秋に発生した第2波は致死率も高く、世界的流行を引き起こし、1919年および1920年にも流行が起こった。スペイン風邪による全世界の死者は4000万人(WHO)にのぼり、日本でも38万人が亡くなっている。
また、1968年に流行した香港インフルエンザも、シーズンをまたいでの流行があり、翌年の第2波のほうが規模が大きかったとされる。
ただ、2009年の新型インフルエンザのような例もある。パンデミックが起こった翌シーズン冬の第2波が心配され、日本感染症学会も啓発をしていたが、予防が功を奏したのか日本では大きな第2波は見られず、季節性インフルエンザとなった。
自粛により予防が行き届いているうちはいい。今は各国が自粛・封鎖しているが、自粛・封鎖が解かれ、人の往来が活発になったときに、再び大きな波がやってくる可能性がある。
医療崩壊」と「第2・3波」の間で
昨日、新型コロナウイルスに感染したことを発表したイギリスのジョンソン首相は当初、「集団免疫論」を唱え物議を醸した。これは計算上、新型コロナウイルス感染症は人口の60%程度が感染して抗体を持てば感染は終息するという考えに基づいている。当初は厳しい隔離・封鎖方針を示さなかったジョンソン首相だが、集団免疫論を発表した3日後の3月16日に、封じ込め路線に方針転換した。
これは、集団免疫を実践した場合のシミュレーションを、ニール・ファーガソン博士を中心とするインペリアル・カレッジ・ロンドンのCOVID-19対策チームが行ったところ、封じ込めをしなければ医療崩壊が起こり、膨大な死者数が出ることがわかったためだ※2
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ただ、封じ込めにもリスクが伴う。感染の封じ込めをするほど感染したことのある人口が少なくなり、自粛や封鎖を解いたときに新たに感染する人が多くなり、第2や第3波を形成する可能性があるのだ。1918年のスペイン風邪でも、封鎖が解かれることで再燃が起こっている。
インペリアル・カレッジ・ロンドンの報告書でも、「封じ込めがうまくいくほど、次に来る波が大きくなることがある」と指摘されている。また、同報告書は、「ワクチンができるまでの期間の3分の2は隔離などの政策を続けなければならないこと」「封鎖の解除と再導入を終息までに何度か行わなければならない可能性」にも言及している。
また、国内での感染が終息したとしても、他国でもそうとは限らない。現在、アメリカなどの貧富の差が激しく医療アクセスの悪い国や、南米やアフリカなどの医療資源の少ない国での流行が始まっているが、これらの国々で一旦流行が始まると、なかなか終息しない可能性がある。自粛や封鎖が終わり、オリンピックでこれらの国からの入国があると、再度の流行のきっかけになり得る。
写真はイメージです〔PHOTO〕iStock
ワクチン開発には1年以上かかる
ワクチンの開発に1年以上かかることも、2年延期のほうがいいと思う理由のひとつだ。先日、アメリカのNIH(国立衛生研究所)は、ワクチンの第1相試験を行うと発表した。ワクチンが実用化されるためには、少なくとも1~1年半かかるのではないかと言われている。
ワクチンの開発段階では、人への副作用や効果を確かめるために第1~第3相の臨床試験が行われる。第1相では、開発されたワクチン候補となる薬剤を少数の人に投与し、副作用などが出ないかをみる。続く第2相で投与量や投与スケジュールなどを確定し、第3相で大規模な安全性、有効性を確かめる臨床試験を行った上で、初めてワクチンは承認され、使用できるようになる。この過程に、一般的に1年半ほどかかるのだ。
また、ワクチン開発が成功するとは限らない。開発をしても免疫がつかないことはあり得、同じコロナウイルス感染症であるSARSやMERSにおいても、ワクチン開発が試みられたものの成功していない。SARSの流行は2002~2003年にかけて起きたが、15年以上経過した今もまだワクチンは開発されていない(SARSはワクチンが開発される前に終息したので、開発が進まなかったという背景もある)。
また、一般的な風邪を引き起こすコロナウイルスには長期的な免疫がつかないことが知られている。
SARSやMERSに関しては、有効な治療薬も未だに存在しない(「ワクチン」は抗体をつけて感染を未然に防ぐ・あるいは重症化を防ぐものであり、「治療薬」は感染後にウイルスの増殖を抑える役割を果たす)。新型コロナウイルスの治療薬候補として、インフルエンザ治療薬として開発された「アビガン」、エボラ出血熱に使用される「レムデシビル」、膵炎の治療薬「ナファモスタット」などが挙げられ、臨床試験が進行中だが、劇的な効果が得られる薬が出てくるのかは現段階では不明だ。
先日結果が公表されたHIV治療薬である「カレトラ」は、無治療群に比べて有意な効果がなかったとされている※3
。また、アビガンに関しては、カレトラと比較した80人規模の臨床試験が行われたが、カレトラに比べてCTで診たときの肺炎像の改善やウイルス消失までの時間がやや短いという結果が出たものの※4
、「特効薬」といえるほどのものではなさそうだ。もちろん、今後もっと大規模な研究での検証は必要だが。
再流行で「東京医療崩壊」のリスクも
そもそも、「8割の人が軽症とされる風邪のような病気に対して、どうして世界はこんなに困っているの?」という疑問をもつ人もいるだろう。新しい未知のウイルスであり、誰も免疫をもたず、予防接種や治療法がないというのも世界が困るひとつの理由だが、この感染症のもっとも困った点は、無症状者や軽症者が多く、感染の自覚がなく接触して他の人を感染させてしまうことだ。
無症状あるいは軽症のまま海外に渡航したり、外国から帰国したりすると、そこでまた第三者への感染が起こる。ひとつの国で終息したように見えても、外国との行き来が盛んな現代においては、再び持ち込まれて流行が起こることは十分考えられる。
ほぼ全員が軽症であるのなら問題ないが、20%は重症化し、5%は重篤となり人工呼吸器などが必要になる。この20%および5%という数字は、感染者の爆発的増加(オーバーシュート)が起これば、病院の感染対策可能な重症者用ベッドから患者が溢れ、医療崩壊を起こすには十分な数字だといえる。感染者増加に伴うマスクやガウンなどの物資の欠乏も、院内感染対策を不十分にさせ、さらなる医療崩壊を促進する。
風邪や季節性インフルエンザでは、医療崩壊が起こるほどの頻度で重症化はしない。これは新型コロナウイルスならではの特性だ。
また、前述したように、日本で流行が一旦終息しても、オリンピックで外国から人が入ってくることにより、再び流行が再燃することがあり得る。東京で集中的に患者数が増えれば、医療崩壊を引き起こす可能性もある。そもそも、現在不足している病院の物資が来年までに回復しているのかも、今のところ見通しは立っていない。
グローバル化が進んでいる今、新型コロナウイルス感染症のコントロールは非常に難しい。もちろん、経済的なことや選手側の事情もオリンピックを考えるうえでは重要であり、医学方面からのみ考えることはできないが、オリンピックが1年後に安全に行えるのかは現段階では非常に不透明であると言える。
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※1 https://www.nytimes.com/reuters/2020/03/25/us/25reuters-health-coronavirus-eu-ecdc.html
※2 https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/medicine/sph/ide/gida-fellowships/Imperial-College-COVID19-NPI-modelling-16-03-2020.pdf
※3 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2001282? query=featured_home
※4 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2095809920300631#f0010
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松村 むつみ(放射線科医、医療ライター)