米大統領選の投票日から1カ月半が経とうとしているが、いまだに米国では政治的葛藤が続いている。
12月14日は全米の州都で選挙人(538人)による投票が行われ、民主党ジョー・バイデン氏が次期大統領に選ばれる運びで、ドナルド・トランプ大統領に実質的な再選のチャンスはもうない。
だがトランプ氏は12月13日のツイッターで、「戦いは始まったばかりだ」と記し、いまだに戦う姿勢を崩していない。
というのも6000万人以上の共和党員がジョー・バイデン氏の勝利を否定しているばかりか、2週間前のエコノミスト誌の世論調査でも、共和党有権者の79%が「負けたことを認めるべきではない」とトランプ氏を後押ししているからだ。
ただ多くの支持者からの「諦めるなコール」は戦い続けるモチベーションにはなるだろうが、米国の政治システムの構図とあり方を考慮した時にはマイナスでしかない。
ハーバード大学のピッパ・ノリス教授は「米国の合憲性が危機に直面している」と言った後、こう述べている。
「トランプ政権になってから、権威主義的な価値観や慣行が共和党内で広く受け入れられるようになった」
「それはある国の部族が他の部族から圧力を受けた時、自己防衛作用によって過激な行動を取るようになるのと同じで、次第にそうした行動を正当化するようになっていく」 それは18州の司法長官(共和党)が、選挙人団の結果を覆すつもりでいるトランプ氏を支持する行動にも表れている。
テキサス州の共和党関係者は激戦州だったジョージア州、ミシガン州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州での選挙結果の無効化を求めて、前例のない訴えを最高裁判所に起こした。
だが最高裁はその訴えを退けた。
「テキサス州は他州選挙の実施方法について、法的に審理する利益が自分たちにあることを立証できていない」
さらに最高裁はペンシルベニア州の郵便投票を無効にすべきとする共和党側からの訴えも1行で却下した。
トランプ氏は最高裁の却下について、再びツイッターで「最高裁は米国内で犯された最大の不正選挙について、関心が全くない」と不満を募らせた。 トランプ氏を含む共和党関係者にしてみると、最高裁の判断は腑に落ちないはずである。
というのも、現在の最高裁判事9人のうち6人は共和党の大統領に任命されており、共和党寄りの判断を下すとの期待があったからだ。
トランプ大統領は任期中、直近のエイミー・コニー・バレット判事を含めて3人を任命。自身に有利な判断を待っていたと思われる。
だが法曹の世界は政界とは別の論理で動いていることを理解しなくてはいけない。
それは、判事は政治的な動機や信念によって動かされるものではないということだ。
基本的に憲法と連邦法を正確に捉えることが求められており、今回のような案件ではむしろ判事は基本に立ち返る。
トランプ氏に任命された判事であっても、「証拠不十分」という理由で、今回の訴えを却下している。
スタンフォード大学法律大学院のマイケル・マコーネル教授は、「法学というものは基本的に保守なのです。それは先人が確立した法律に敬意を払っているということでもあります」と述べる。
この言葉が意味するのは、保守だからこそ今回のような選挙結果を覆すような判断はしにくいということだ。政治的な保守とは意味合いが違う。
さらに11月3日の投票日から日数が経ち、最終的な集計がすでに済んでいることも、結果が覆らない理由である。
ジョージア州では11月20日、1回目の集計結果にブライアン・ケンプ州知事(共和党)が認証を出した。
同州の結果に不服だったトランプ陣営から再集計の要請があり、2回目の集計が行われて12月7日、やはり知事が結果に認証を出した。これが最終判断ということである。
州知事が選挙結果を正式に認めた後、結果を覆すに足る明らかな証拠は裁判所には提示されていない。
ミシガン州は11月23日、ペンシルベニア州は11月24日、ウィスコンシン州は11月30日にそれぞれ州知事が最終結果を認めている。
ジョージ・W・ブッシュ政権時代に国務省の法律顧問だったジョン・ベリンガー氏が説明する。
「たとえばクラレンス・トーマス、サミュエル・アリート両最高裁判事は法律・社会問題などでは保守的な立場ですが、今回のテキサス州による選挙結果の無効化の訴えは、政治的な動機があったことを見抜いています」
「多州で不正行為があったかどうかを判断するのは下級審であって、最高裁が扱う案件ではないのです」
さらに共和党の大統領に任命された判事であっても、一度判事に就任すると終身制であるため、政治的圧力に屈するといったことがないこともある。 そこに行政府から完全に独立した司法の姿が見て取れる。
トランプ氏は今後も多くの共和党支持者からの支援を受けて、今回の選挙に不正であったと主張し続けることはできるが、結果を反転させることはほぼ不可能である。
それだけに数千万人にのぼるトランプ支持者たちは、トランプ氏が政権を去ることで火炎と呼べるだけの支援の対象を失うことになる。
4年後に再びトランプ氏自身が大統領選に再出馬してくる可能性はあるが、国民のほぼ半数にのぼる支持者たちとトランプ氏に追随してきた多くの連邦議員たちがバイデン政権に協力的になるとは思えない。
過去4年ほど、米社会はトランプ氏という人物を基軸にして明確に左右に分かれ、相互に憎悪と敵意をむき出しにしてきた。
今後は敵意を捨て、バイデン氏のもとでアメリカ合衆国という国をまとめ上げていかなくてはいけない。
それが理想ではあるが、相互に抱いた憎悪は簡単には消せず、バイデン氏が直面する多難な道のりが待っている。