ネット中傷 「依存症」だけでなく煽って稼ぐ業者も跋扈する
やめたいのにやめられない」と特定の人物へのネット中傷を続ける40代女性の告白は、大きな反響を巻き起こした。彼女は、自分の発言への反応を見て「あの女」へのこだわりに何か変化があったのだろうか。
仕事や人生がいまひとつうまくいかないと鬱屈する団塊ジュニアやポスト団塊ジュニアを「しくじり世代」と名付けた俳人で著作家の日野百草氏が、今回は、自分の告白の反響を受け止めた女性の現在と、一筋縄でいかないネット中傷の存在についてレポートする。
【写真】ネット中傷を提訴した伊藤詩織さん
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「ネットの反応はわかってました。そりゃそうですよ。私も最初からわかってますし」
電話口のチューミンさん(仮名・ハンドルネームとも関係なし・40代)は元気そうだった。声もあいかわらず可愛い。私はSNSの誹謗中傷の実態を知るため彼女に話を聞いた。彼女はとある有名人をネットで非難することに執着していて、それがやめられないと話す女性だ。彼女の告白記事に対する反応は様々だったが、予想通り否定的なものばかりだった。私はネガティブな内容の場合は親しい対象とよく煮詰めた上での取材が多いため、とある会社の紹介とはいえ彼女のようなまったくの他人を扱うことは少ない。だから非常に心配したというか、反応が怖かった部分もあることを正直に話した。
「気にしないでください。私はやめたいとは思ってるわけで、これが悪いこともわかってます」
SNSの誹謗中傷を5年以上も続け、もうやめたがっている彼女。否定的な反応も意に介してはいいない。そもそも彼女も最初から誹謗中傷が悪いことはわかっているので世間の反応に怒ることはなかった。そして彼女は電話で話す限りは礼儀正しい女性だ。ただし、
「中傷をしなきゃいけないように仕向けてるのはあの女ですし」
これさえなければ――というエクスキューズはつくが。で、いまも「あの女」に執着しているのか。
「もちろんです。あの女がいる限りやめられないのがつらいです。あの女が先に消えればいいのに。ほんと図太いブスですよ」
彼女がその有名人を語る時は「あの女」としているが、これは本稿における便宜上のもので実際は実名(ペンネーム)だ。「あの女」を語る時、チューミンさんの口調は早口で乱暴なものとなる。
「私だけならわかるんです。やっぱ私がおかしいのかなって。でもあの女の場合はアンチだらけで叩いてるのは私だけじゃない。つまりあの女が悪いんですね」
チューミンさんのアンチっぷりにブレはない。確かに検索してみると、驚くほど多くのアカウントがこぞって「あの女」に対する非難を今も繰り返している、誹謗中傷が社会問題となり、訴訟の準備や実際の行使を宣言する有名人が増えているにも関わらず、そんなの気にせず大量の批判と中傷のリプを飛ばしまくっている。
というか「あの女」に限らず、「その女」も「この女」も、「あの男」も、ありとあらゆるアカウントがあちこちで攻撃を受け、今現在も炎上している。あの日、女子プロレスラーの女の子がそういった行為の積み重ねの果てに死んでしまったというのに、それとこれとは関係ないとばかりに誹謗中傷が繰り返されている。そのことをチューミンさんに聞いてみると、
「しょうがないですよ。気に入らない人間が勝手が見つかっちゃうシステムというか、どんどんお勧めされちゃうんですから」
面白いことを言ってくれた。なるほど、いわば自分のための中傷候補リストが次から次へと、回転寿司のように回ってくるようなものか。確かに検索はもちろん、トレンドやリツイートで興味のないもの、知らないものでも回ってくる。それが気に入らなければ気軽に攻撃メンバーの仲間入りを果たせる。しかし訴えられるかもしれないわけでそのことを指摘すると、チューミンさんに笑われてしまった。
「日野さん、あの女がそんなことしても、私たち一般人なんてたいしたことないですよ。しょせん民事ですし、いままでいろんな一般人が訴えられてもなんでもなかったでしょ」
確かにそうだ。これまで多くの有名人がネットの誹謗中傷で裁判を起こしたが、その被告が広く晒されることなどほとんどなかった。現状は民事の微罪でしかないネット中傷、そもそも裁判で決着がつくことのほうが珍しいくらいだ。警察が動いたって生命・身体に危害を加えられなければ不起訴の可能性がほとんどだし、動いてくれるかどうかもあやしい。私も身近にネット絡みの中傷で訴えられた男性を知っているが、Facebookを見る限りいまも元気に会社勤めで妻や子どもと家族旅行を楽しんでいたりする。ましてや彼の場合、訴えてきた相手が有名人ではなかったので報道すらされない。その賠償金額もわずかなもので、彼からすればスピード違反の罰金感覚だろう。サラリーマン以上にしがらみの少ない市井の自営や無職なら無視したって構わないかもしれない。これでは被害者も裁判なんか嫌になってしまうだろう。有名人はずっと微罪であってもついてまわるが、悪意の一般人(善意の一般人はもちろんそんなことしない)にしてみればやったもん勝ちの世界だ。
私はコルセンのバイトですし、あの女ほど失う立場なんか無いですもん」
これを承知のチューミンさんはある意味、確信犯か。
◆そもそも有名人はSNSやらなきゃいい
国公立大学卒業後、いろいろあってチューミンさんはコールセンターのアルバイトをしている。世間に知れ渡るような刑事罰を受けるならともかく、民事の訴訟でバイトがどうにかなるものでもあるまいし、万が一どうにかなっても都下のワンルームで気楽な独身暮らし、別を探せばいいだけだ。実名でSNSをやらざるを得ない有名人にはひどく不利な現状だが、その辺を話すと、チューミンさんは「うーん」と声に出した後、
「カネ目当てにステマや炎上で目立つほうが悪いし、そもそも有名人はやらなきゃいいんじゃない?」
と続けた。このセリフ、ずいぶんと昔に古参のネットマニアからも同じようなことを聞かされた覚えがある。彼曰く「匿名一般人の集まりだったネット界隈に、実名顔出しの有名人が後からカネ目当てに入ってきたんだからリスクは当然でしょ」とのことだったが、言いたいことはわからなくもない。パソ通まで遡れば違うが、基本的に日本のインターネットは匿名文化だった。むしろ「リア充」にはバカにされる世界だった。それがマネタイズとスマホの普及で広く浸透して今日に至る。ことSNSは実名こそ少数派で、有名人だろうが、リアルで力があろうが同一ツール内では平等。この根本的なネットに対する捉え方の齟齬が、両者いまだに平行線のまま続いているように思う。
「やめようとは思ってますよ。これは前から何度も言ってますが本当です。とてもつらいし時間の無駄です。SNSなんて別に好きじゃないし、インターネットにも興味ないですから」
言われてみればそうだ。チューミンさんがネットを始めたのは遅い。いまもSNS以外、というか「あの女」叩き以外で彼女がのめり込んでいるネットコンテンツはない。被害者には腹立たしいかもしれないが、中傷側からすれば誹謗中傷もコンテンツ、アプリと変わらないのかもしれない。
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