初めて当ブログの執筆依頼が来たのが2016年3月。早いもので、あれから1年経ったらしい。
ということで、全然関係ないが昨日のランチミーティングで話題に出たことでも書いていこうと思う。
昨日は、月に一度のランチミーティングの日だった。いつものようにお昼休みになると現場の社内メンバーと共に定番となっているお店へ向かう。
そこには、我々の到着を待っている上司の方々。いそいそと席につき本日のランチを注文する。
いつもであれば、そこから最近の業務の話でたったり、最近の技術だったりの話をしていたが、昨日は少し別の話題が上がった。
どういった経緯だったか、今この瞬間にど忘れしてしまったが、みなの高校時代の話で少し盛り上がっていた。
私も久しぶりに高校時代の話をして、チョット思い出に浸りたくなったので、色々書いていこうと思う。
私の母校は沖縄県では珍しく、総合学科なるものを取り入れている。調べてみると沖縄県内では3校しかないらしい。
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総合学科とは・・・日本の後期中等教育を行う課程に設置される学科のうち、選択履修により普通教育と専門教育の両方を総合的に施す学科のことである。
(wiki参照)
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まぁ簡単にいえば、自分が学びたい系列を選び単位が足りるように科目を選ぶというもので、大学のシステムに近いような学科である。
私が選んだ系列は、自然科学系列だった。主に数学や化学、物理などの理数系が必修科目となる。
1年生の頃はそこまで選択できる授業は多くなかったが、2年生に上がると多くの科目を自分で選択できるようになった。
その為、苦手な英語の科目を一つも取らず、中国語や工業技術基礎、手話などの普通科ではあまり受けることができないような授業を選択していた。
3年生になり、このままではまずいと思い英語の授業を1科目だけ選択したが、担当の教師があまり好きではなかったため、残念なことに英語は苦手なままである。
総合学科は生徒がそれぞれバラバラな科目を選択するため、授業を受ける教室は毎時間変わる。教科書をいくつも持ち歩くのが面倒なため、皆通学カバンをそのまま持ち歩いていた。
学年のクラスは1~5組まで別れていたが、クラスメイトが揃うのは週に1度のHRと朝、夕のSHRくらいだった。その為、友人関係はクラスはとくに関係が無く、教室に集うということも殆どなかった。
私が友人たちとよく集まっていた場所は、物理教室だった。お昼ごはんも教室で食べることはまずないので、たいてい物理教室に集まってみんなで食べていた。
当時の物理の教師と地学の教師にはとても良くしていただいて、本当にいろいろなことを体験させてもらった。
たこ焼きパーティから始まり、原始的な火おこし体験(棒と紐を使ったやり方で、教室の床を焦がしたのは内緒だ)、減圧器を使った花びらを透過させる実験や、地学室からは望遠鏡を借りて天体観測もやった。
あるときは、物理教室の前の廊下で紙飛行機の飛距離大会なんかもやっていた。これには先生も参加していたが(笑)
やったことを思い出すと、教師の方々には頭が上がらない。。。
ただ、今書いているだけでも、とても楽しかったことを思い出す。少し切なくなってきてしまったほどだ。
高校時代に戻りたいとはあまり思わないが、あの物理教室での楽しい時間へはたまに戻りたいと思ってしまう。
当時の友人とは、上京する前までは会っていたが、今現在は殆ど疎遠になってしまっている。
思い出したら、久しぶりにみんなに会いたくなってしまったな。よし、今度沖縄に帰るときにでも連絡して、思い出話をしようじゃないか。
みんなで朝まで語らい、切ない気分を共有してもらおう。
(DG_K)
monipet
動物病院の犬猫の見守りをサポート
病院を離れる夜間でも安心
ASSE/CORPA
センサー、IoT、ビッグデータを活用して新たな価値を創造
「できたらいいな」を「できる」に
OSGi対応 ECHONET Lite ミドルウェア
短納期HEMS開発をサポート!
GuruPlug
カードサイズ スマートサーバ
株式会社ジェイエスピー
横浜に拠点を置くソフトウェア開発・システム開発・
製品開発(monipet)、それに農業も手がけるIT企業
ということで、全然関係ないが昨日のランチミーティングで話題に出たことでも書いていこうと思う。
昨日は、月に一度のランチミーティングの日だった。いつものようにお昼休みになると現場の社内メンバーと共に定番となっているお店へ向かう。
そこには、我々の到着を待っている上司の方々。いそいそと席につき本日のランチを注文する。
いつもであれば、そこから最近の業務の話でたったり、最近の技術だったりの話をしていたが、昨日は少し別の話題が上がった。
どういった経緯だったか、今この瞬間にど忘れしてしまったが、みなの高校時代の話で少し盛り上がっていた。
私も久しぶりに高校時代の話をして、チョット思い出に浸りたくなったので、色々書いていこうと思う。
私の母校は沖縄県では珍しく、総合学科なるものを取り入れている。調べてみると沖縄県内では3校しかないらしい。
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総合学科とは・・・日本の後期中等教育を行う課程に設置される学科のうち、選択履修により普通教育と専門教育の両方を総合的に施す学科のことである。
(wiki参照)
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まぁ簡単にいえば、自分が学びたい系列を選び単位が足りるように科目を選ぶというもので、大学のシステムに近いような学科である。
私が選んだ系列は、自然科学系列だった。主に数学や化学、物理などの理数系が必修科目となる。
1年生の頃はそこまで選択できる授業は多くなかったが、2年生に上がると多くの科目を自分で選択できるようになった。
その為、苦手な英語の科目を一つも取らず、中国語や工業技術基礎、手話などの普通科ではあまり受けることができないような授業を選択していた。
3年生になり、このままではまずいと思い英語の授業を1科目だけ選択したが、担当の教師があまり好きではなかったため、残念なことに英語は苦手なままである。
総合学科は生徒がそれぞれバラバラな科目を選択するため、授業を受ける教室は毎時間変わる。教科書をいくつも持ち歩くのが面倒なため、皆通学カバンをそのまま持ち歩いていた。
学年のクラスは1~5組まで別れていたが、クラスメイトが揃うのは週に1度のHRと朝、夕のSHRくらいだった。その為、友人関係はクラスはとくに関係が無く、教室に集うということも殆どなかった。
私が友人たちとよく集まっていた場所は、物理教室だった。お昼ごはんも教室で食べることはまずないので、たいてい物理教室に集まってみんなで食べていた。
当時の物理の教師と地学の教師にはとても良くしていただいて、本当にいろいろなことを体験させてもらった。
たこ焼きパーティから始まり、原始的な火おこし体験(棒と紐を使ったやり方で、教室の床を焦がしたのは内緒だ)、減圧器を使った花びらを透過させる実験や、地学室からは望遠鏡を借りて天体観測もやった。
あるときは、物理教室の前の廊下で紙飛行機の飛距離大会なんかもやっていた。これには先生も参加していたが(笑)
やったことを思い出すと、教師の方々には頭が上がらない。。。
ただ、今書いているだけでも、とても楽しかったことを思い出す。少し切なくなってきてしまったほどだ。
高校時代に戻りたいとはあまり思わないが、あの物理教室での楽しい時間へはたまに戻りたいと思ってしまう。
当時の友人とは、上京する前までは会っていたが、今現在は殆ど疎遠になってしまっている。
思い出したら、久しぶりにみんなに会いたくなってしまったな。よし、今度沖縄に帰るときにでも連絡して、思い出話をしようじゃないか。
みんなで朝まで語らい、切ない気分を共有してもらおう。
(DG_K)
monipet
動物病院の犬猫の見守りをサポート
病院を離れる夜間でも安心
ASSE/CORPA
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「できたらいいな」を「できる」に
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株式会社ジェイエスピー
横浜に拠点を置くソフトウェア開発・システム開発・
製品開発(monipet)、それに農業も手がけるIT企業