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物忘れ

 昨日はもう17日、5月も半ば過ぎた。早いなあ、と思った瞬間に、ガソリンスタンドに先月分の支払いがしていないのを思い出した。お金は用意してあったはずだが、払った記憶がまるでない。連休があって、まあそれが明けてからでいいやと、横着な考えをしたのが間違いだった。調べてみたら、請求書にお金が挟まれたままになっている。すぐに行かなきゃまた忘れてしまう、とスタンドに走った。
 ちょうど1台給油しなければならない車があったので、給油を頼んで事務所に入った。すると、昔塾生だった女の子が事務所の中にいた。
 「おお、久しぶり。なんで、スタンドにいるの?」
 「半年だけ、こちらに行けと会社から言われたの」
 「そうか。久しぶりだね、えっ、いくつだったけ、今」
 「32です」
 「えっ、もうそんな年なの、俺が年取るのも仕方ないか・・」
彼女は、中学・高校と6年間塾に通っていた子だ。スタンドの親会社に勤めているのは知っていたが、スタンドで会ったのは初めてだった。
 「へえ、結婚してないの?」
 「うん、まだ。でも、一緒に暮らしている人はいます」
 「おお、そうなの。結婚しないの?」
 「もう少ししたら、するつもりだけど・・」
と、話しているうちにお金を払って、領収書をもらった。
 「じゃあ、元気でね。また来るね」
と、飲み屋のお姉ちゃんに言うようなことを言いながら帰ってきたが、懐かしい顔に出会うのはやはり楽しい。生徒がとった年と同じだけ私も年をとっている。彼らの目から見れば、私はかなりふけたように見えるだろうが、気持ちだけはいつまでたっても若い。私としては、生徒が自分の年に近づいてきたような錯覚を持って話をするものだから、微妙な感覚のずれが生じて、とんちんかんな会話になることもよくある。まあ、それも私のことをよく知っている生徒だから、また訳のわからぬことを言って、と笑って聞き流してくれるからいい。
 
 でも、こうやって久しぶりに出会ってすぐにその子の名前が浮かんでくる場合はいい。場合によっては、まるで名前が思い出せない場合もある。苗字は浮かんできても、名前が思い出せないこともある。それも、塾を始めた頃の昔の生徒のことはすぐに浮かんでくるのだが、最近の生徒のことのほうが逆に思い出せないことが多いのはどうしてだろう。昨日出会った子は、15年近く前に通っていた子だが、名前や通っていた学校まで、全て瞬時に浮かんできた。しかし、1年ほど前まで通っていて、今高2の女の子を道で見かけたときに、「あの子の名前は何だったけ?」としばらく考えても、どうしても思い出せなかったのは何故だろう。
 昔の子のほうが、個性的な子が多かったということもあるかもしれないが、その高2の女の子だってなかなか強烈な子だった。それなのに名前が浮かんでこなかったのは、自分の記憶力が衰えた証拠なのだろう。学生時代の私は、記憶力にだけは自信があった。高校のときは社会が得意科目で、暗記なら任せてよ、と馬鹿みたいな自信があった。それだけに今の体たらくは自分で自分が情けない。



かっこつけたところで、記憶力の衰えはどうしようもない。余りに色んなことを平気で忘れてしまうものだから、仕事にも少なからず影響が出ている。「仕方ないなぁ」とため息混じりに、塾の事務室にある冷蔵庫の扉に大きなマグネット式のホワイトボードをくっつけた。忘れないうちにあれこれ書き記そうと言う目論見だが、う~~ん、なかなか便利だ・・・こんなものがあるとこれに頼り切ってしまうから余計だめになるぞ、と屁理屈をこねていられない所まで来ているのだから、おとなしくお世話になっている。
 
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