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「平成」

 「今日は、西暦2011年、平成23年初めての放送です。明けましておめでとうございます」などという、ラジオのアナウンサーの言葉を聞いて、いつまでたっても「平成」という元号は好きになれないなと思った。当時の小渕官房長官が墨滴鮮やかに認められた「平成」の二文字を高々と掲げた瞬間からもう23年にもなると言うのに、今もって好きになれない理由はなんだろう?バスを運転しながら少し考えてみた。
 
 「平成」の前は「昭和」「大正」「明治」「慶応」・・、いずれも「平成」ほど間の抜けた印象は受けない。どうも漢字を見た印象からではなく、耳で聞いた印象から、何となく緩んだ感じがするようだ。「へいせい」「しょうわ」「たいしょう」「めいじ」「けいおう」、こう一字一字をしっかりと発音すればまだましだが、普段口にするように記述してみると少しばかり違ってくる。「へーせー」「しょーわ」「たいしょー」「めーじ」「け-おー」、5つの元号すべてに伸ばす音が入っているが、「へーせー」と「けーおー」には伸ばす音が2つも入っている。これだけ短い言葉の中で、伸ばす音が2つも入っていればどうしたって間延びした印象を受けてしまう。確かに発音し易いが、音として切れがなく、なんとなく心まで弛緩しそうだ・・。それが私の「平成」が好きになれない主な理由ではないだろうか・・、などと一応それらしい理由づけができたように思うのだが、それなら同じように伸ばす音が2つも入っている「慶応」にはそれほどの嫌悪を感じないのはどうしてだろう・・。
 それはたぶん「慶応」=「慶応義塾」のイメージが私の中にあって、子供のころからちょっとした憧れを抱いていたからのように思う。なんにしてもブランドに弱い蒙昧な私であるからそれも仕方のないことであるが・・。

 しかし、ここまで考えてきてハッと気づいたことがあった。なんと、私自身の名前こそが、上の推察から得た結論を敷衍すれば、間の抜けた印象を受ける代表的なものであったのだ。
 「○-○○ ○-○-」
なんて締まらない名前・・。
 
 でも、自分としては大好きな名前なんだけどね。

 
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