キリスト教会前で手を合わせ頭を下げておると通りがかりの人から「何故、お坊さんが」と問われた。「住んでいるマンションの出入口で住人とすれ違ったら例え面識なくとも挨拶ぐらいはしませんか」と。どこで線引きしてるのかな。京都の清水寺や奈良の東大寺、観光名所とは言えこの寺々も他宗ですばい。
檀家の奥様が面白い話を。夜寝室に入ると主人が幸せそうに能天気な顔して寝ている姿が。それを見ている内に30年前借金で苦しめられた事を突然思い出し「ムカッ」と。いきなり枕を蹴り上げ大喧嘩になったと。これには笑った。私は当年55歳だが、未だかつて気の弱い女性に出会ったことがない。失礼。
檀家の子供が「何故たくさん仏さんがいるの」と。「例えば君にとって私は寺の住職。私の奥さんからは主人。わが子からは父親。同じ人でも立場変われば呼び名も役割も。人は厄介な生き物。病気平癒なら薬師、子孫繁栄なら地蔵と、姿を変えてあげんと。肩書きに左右されるからね。仏も大変なんだよ」と。