夕映えに

陽が落ちるまで輝きたい、くさぐさの記録(日々の出来事、読書、スポーツ、友だち)

父の日近づく 父について

2006-06-07 22:12:21 | Weblog
 父が逝ってから43年も経ち、思い出すことさえ少なくなりました。わたしが28歳のときでした。

 私は父の45歳の時に生まれました。(母37歳)随分遅い時の子どもです。
今では生まれていなかったでしょうね。2人の兄とは15歳から17歳の開きがあります。姉とは3歳違い、昔にしては4人きょうだいですから、多くはなかったのです。

 父は私が6年生ぐらいまでは、伊勢の皇大神宮(外宮、内宮)に勤めていました。いつも和服姿で休みの日は家に碁をうつ人たちが集まっていました。
 今の時代と違い父に何処かへ連れってもらった記憶はあまりありません。

 2人の兄が戦死してからは、女のわたし達姉妹に失望したのか、期待もされませんでした。元々口数は少ない方でしたが、母を含め女たちには話すことが無かったのでしょう。男親なんて子どもが女の場合は孤独ですね。

 退職してからは、田舎ですから田畑の仕事をしましたが、慣れないこともあり、あまり上手ではなかったようです。文字は毛筆ですべて書き、親戚の商店主から頼まれて年賀状など書いていました。何事も遅いですが、几帳面で丁寧で器用でした.・・・その分、母は仕事は速いですがざっとしていましたから、よく衝突していました。

 私が病気で半年もの療養生活では、心配してか一人で病院まで来てくれたりもするのですが、母が居るとすぐ追い返してしまい、「つれないことをするなあ」と、
母に言ったものです。

 父がどんな気持ちで晩年を迎えたのか、わたしも職場の関係で家を出ていて、知る由もなかったですが、脳梗塞で倒れるまでは孫3人に囲まれ楽しい日々もあったのではと思います。1月に倒れてから12月に亡くなるまで11ヶ月家で寝たり起きたりの生活でしたが、暮れの27日70歳の生涯を終えました。

 「孝行をしたい時に親はなし」 何も孝行出来ず、弱くて心配ばかりかけていましたから、・・・せめて今父への思いを親孝行にと・・・・
            ハイビスカス