今年の世相を表す漢字として「命」が挙げられました。秋篠宮悠仁さまの
ご誕生 もありますが、わたしにはどうしても失われた命の方が浮かびます。
よく命は「地球より重い」と言われますが、まあ地球と比べるのは少しおかしい
ですが、命を絶つ(断つ)ことへの戒めと受け止めます。
今年ほど「いじめによる自殺」また「親が子への虐待死」そして
「衝動殺人的 なもの」と命の尊厳が軽視されたことは悲しむべきことでした。
親に殺された子にすれば、生まれた不幸を思い、子どもに殺された親の場合
は、生んだことでの不幸を嘆かずにはおられません。
「生者必滅」・・・。いつかはなくなる命ですが、与えられた命として自然のまま
に終えることが常です。生まれることも選択できるものでなく、死も選ぶことは
出来ないのです。
瀬戸内寂聴さんは「定命」(じょうみょう)という言葉を使います。
病気でなくなることも、定命と思うことも1つの救いでしょう。事故の場合は
自然ではないですから、命を断つ(断たれる)ことになるのでしょう。
わたしの姉は、癌に犯され、64歳でなくなりましたが、末期の際わたしは
「がんばりなさい」 と言う言葉はかけられませんでした。いかに生きている
ことが尊いからと言っても、それまで充分に頑張ってきたのですから、最後
は命の尽きるのを見ているだけでした。
わたし自身若い頃から頑健ではなかったですが、70歳までも生きてこれた
のですから命果つるまで、あまり頑張らず、欲張らず、あるがままにいきたい
ものです
今日は2人の女性を殺した犯人に死刑判決が下されました。それでも
仏教では・・・親鸞聖人の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや.」
みんな往生できるのです。