以前何かの記事で書いたような気がしますが
広汎性発達障害の診断を受けている二男が 小学校にあがる時、
「本人と他の生徒の安全のため、お母さんに一緒に付き添ってもらいたい」
と 校長に言われて、一年間、私は二男に登校から下校まで同行しました。
授業中はもちろん、休み時間、給食と始めのうちは片時も離れることなく付き添っていたのですが
時間と共に本人も慣れてきて、急な予定変更以外はパニックになることがなくなり、
特に図工と体育は私がいなくても授業が受けられるようになったので
私は空き教室で一人で時間を潰していました。
その時、息子から魚の絵を描いて、とせがまれ、
図鑑を持って行ってそれを見ながら教室で黙々と絵を描くようになりました。
いつしかそれはクラスの友達の間に知れ渡り、
「僕も! わたしも!」 と次から次へとリクエストがくるようになり、
私の学校生活はとても忙しくなりました。
先日、部屋を整理していたらその時のノートが出てきて
なんか懐かしくて見入ってしまいました。
これがその時書いていた絵の一部です。
あの頃は、毎日毎日二男と一緒に登校するのが嫌で、
朝起きると、「ああ、また今日も学校に行くのか・・・」と 私の方が登校拒否になりそうでした。
でも、クラスのお友達全員の性格もわかったし、先生とお話する機会もたくさんあり、
こんな経験はなかなか出来ないぞ、と自分を奮い立たせながらの一年間でした。
翌年からは特別支援学級が開設され、私の出番は無くなりましたが
あの頃、保護者会で会うお母さんたちに
「いつも魚の絵を描いてくださってありがとうございます。うちの子、上機嫌で私に見せに来るんですよ」
と 言われるのが 嬉しいような、逆に 私は何やってるんだろ・・と恥ずかしくなるような
複雑な気持ちでした。
いろんな想いが詰まった母子の追憶ノート。
あの時があったから 今がある。
まだまだ気は抜けないし ゴールも見えないけれど
今、こんなに自分の時間が持てるようになったってことは
やっぱり成長しているんだ、と・・・思いたい。 (苦笑)