愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

リユウキンカ(立金花)と越後の雪の花

2017-02-22 23:33:17 | 四季折々の花々

 庭のリユウキンカの花が早くも咲きました。

 黄色の花びらの鮮やかさが緑の葉に映えます。

 山野草図鑑では花期は4月~7月と紹介されていますので

 早い開花となります。

 今日はリユウキンカ(立金花)と越後の雪の花を紹介致します。

                早くも庭で咲いた「リユウキンカ(立金花)」

                    新潟の写真家の提供の「雪の花」

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詩編109編の紹介(その2):邪悪な者は恥をかくように。エホバの僕は歓ぶように。

2017-02-22 22:39:54 | 神の言葉・聖書

 詩編109編11節~20節には、愛ある親切を示さない邪悪な者が苦しむ貧しい者や、心の打ちひしがれた者を追いつづけ、これを死なせようとするゆえ、彼らの名が拭い去られ、彼らの罪が絶えず、エホバの御前にあるように、と、ダビデの祈りの言葉が記されていました。今日紹介する詩編109編21節~31節には、ダビデは自分の死ぬ時期が近付いていることを感じながらも、主権者なる主エホバに救いを求める言葉が記されています(詩編109:21,23、26)。邪悪な者が立ち上がっても、彼らが恥をかき、エホバの僕は歓ぶように懇願しています(詩編109:28)。このようにダビデは平衡の取れた祈りの言葉を述べています。ダビデは、「大いにエホバをたたえ、多くの民の中にあって神を賛美します」と繰り返し、宣言しています(詩編109:30)。神エホバは、貧しい者の右にあり、救い出してくださる方であることを明らかにしています(詩編109:31)。

 詩編109編21節~31節には、下記のように記されています。皆様方はみ言葉の中から、どのようなを見いだされるでしょうか。

「21 しかし、あなたは主権者なる主、エホバです。

        あなたのみ名のためにわたしを

           扱ってください。

        あなたの愛ある親切は良いものでですから、

           わたしを救い出してください

 22 わたしは苦しんでおり、貧しく、

        わたしの心もわたしの内にあって

           刺し貫かれました。

 23 傾くときの影のように、わたしは

           去って行かねばなりません

 24 わたしのひざも断食のためにぐらつき、

        わたしの肉もやせ細って、

           油気がありません。

 25 そして、彼らにとってこのわたしは

           そしるベきものとなりました。

        彼らはわたしを見ます  

           頭を振りはじめます。

 26 わたしの神エホバよ、わたしを助けてください。

        あなたの愛ある親切にしたがって

           わたしを救ってください

 27 そして、これがあなたのみ手であることを、

        エホバよ、あなたご自身がそれを

      行われたのだということを

           彼らが知るように

 28 彼らは、呪いを述べるがよい。

        しかしあなたは、(善良な者に)祝福

           述べてくださいますように。

        彼らは立ち上がりました。しかし彼らは

      恥をかきますように

 29 わたしに抵抗する者たちが辱めを身にまとうように。

        彼らがそでなしの上着を着るときのように

           自分の恥で身を包むように。

 30 わたしは自分の口で大いにエホバをほめたたえ

        多くの民の中にあって

           神(エホバ)を賛美します

 31 神(エホバ)は貧しい者の右に立って

        その魂(命)を裁く者たちから彼を

      救ってくださるからです」(詩編109:21~31)。

 上の聖句に記されている通り、神エホバの愛ある親切は善良であることが記され、それゆえダビデは「わたしを救い出してください」と祈っています(詩編109:21)。神エホバの愛ある親切は、み言葉聖書の中で確証され、かつ神エホバの創造物の宇宙とこの地球とすべての生物や備えられた物理的法則を調べると、容易に誰でも理解することができます。私たちのくすしい人体を調べるだけでも、神エホバの愛ある親切に得心し、感謝をあらわすことが出来ます(詩編139:14~16)。

 上の聖句の詩編109編23節に記されている傾く時の影のようにわたしは去って行かなければなりませんと、ダビデが書き記している意味は何でしょうか。これはダビデが自分の死ぬ時が非常に近いと感じていることを誌的に表したものです(詩編102:11)。ダビデはどのような状況になっても、愛ある親切に満ちる神エホバをほめたたえ、多くの民の中で神エホバを賛美しましたので(詩編109:30)、エホバの証人のクリスチャンたちはその模範に見倣っています。あなたもそのような方のお一人であれば幸いです。

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