英語と書評 de 海馬之玄関

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懐かしい英語教材(7) 『Cliffs TOEFL Preparation Guide』

2005年07月21日 18時15分28秒 | 英語教材の話題

◆Cliffs TOEFL Preparation Guide
 (Michael A. Pyle & Mary Ellen Mun Page, Cliffs Notes)
(1991年  初版は1982年3月) <絶版・ネットでは入手可能> 


本書はTOEFL(Test of English as a Foreign Language:英語が母語ではない方が米英の大学院・大学学部・短大等に留学する場合に要求される英語力判定テスト)対策の世界的なベストセラー教材です。表紙・目次から索引と裏表紙までこれ全編500頁がすべて英語。つまり、英語で書かれた英語のテスト教材であるにもかかわらず、1990年代後半まではTOEFL対策のグローバルスタンダードだったと思います。1996年9月には、洋版から本書の主要部分を日本語訳した『クリフス版 TOEFL解法と英文法』が出版されたくらいですから日本でも定評ある参考書でした。

現在は(日本では2000年10月から)TOEFL自体が、それまでの紙ベースのテスト(Paper-Based Test:PBT)からコンピューターとヘッドセットを使ったテスト(Computer-Based Test:CBT)に移行したこともあり、Cliffs NotesのTOEFL対策本も『Cliffs Test Prep TOEFL CBT』(Michael A. Pyle, 2000年10月)に装いを改めています(★)。
 
★註:TOEFLのテスト形式の変更とその背景
ご存知の方も多いと思いますが、TOEFLは今年2005年9月からまずアメリカなど一部の国で(日本では2006年以降になりますが)、更に新しいタイプのテスト形式("Next Generation TOEFL":NGT=「次世代TOEFL」)に移行することが決まっています。コンピューターとヘッドセットを使う実施スタイルはCBTと同様ですが、NGTではリスニング・リーディング・ライティング・スピーキングの各能力を受験者が一つの問題にタックルする中でオーバーオールに判定するという、正に、(CBTにせよPBTにせよそれまでは、読解能力は読解のセクションで聞き取り能力は聞き取りのセクションで測定されていましたから)テスト形式が全面的に解体→融合される画期的なものとされています。

TOEFLを実施しているETS(ニュージャージ州プリンストンにあるアメリカの公益法人)はよくそのテスト形式を変えます。例えば、これまたETSが問題作成を行っているTOEIC(Test of English for International Communication)も来年2006年5月実施分の公開テストから出題内容と出題数が変化します。

ETSはなぜテスト形式を頻繁に変えるのか? 口の悪い人は、「そんなのはマイクロソフトのOSと同じで、誰もが従うしかない新しい標準型を次々に世に出すことで(OSやPC自体の買い替え需要を喚起して:古い対策教材を反古にさせて)新しい教材の販売増を狙っているのさ。環境負荷なんかなんも考えないビジネス的にはあざとい奴等、アメリカ人のやりそうなことだよ」(笑)と言います。私も「それもないことはないよな」と思わないではない。しかし、TOEFLやTOEICのテスト変更に関しては、テスト結果とテスト結果が保証する英語の運用能力のギャップやノイズをミニマムにしたいという目的も少しは(?)影響していると思います。

要は、TOEICで980点も取っているのにアメリカの顧客企業から全く相手にされない方の存在;「あの英語でお喋りするのが大好きなお嬢さんね。個人的には嫌いじゃなんだが、彼女と話していてもビジネス的には時間の無駄なんだな。次の大切な商談に入る前に担当を彼女から別の方にチェンジしてくれないかね」とかのコンプレインを受ける方の存在とか、逆に、TOEIC530点の方が英語で行われるプレゼン会場でもその後のレセプションでも常に場のヒーローになるケースが続出するようであればTOEFLもTOEICもその存続が危うくなりかねない。ならば、ETSがTOEICやTOEFLの見直しに熱心なのには一応(?)正当な理由もあるのかもしれません。



本書『Cliffs TOEFL Preparation Guide』の特徴は次の3点だったと思います。
(1)受験テクニックを収録
(2)実践的な英文法の解説を収録
(3)TOEFLの模擬問題を収録


ここで(1)の受験テクニックに関しては、この25年程でアメリカでも予備校を中心に<技術革新>が日進月歩であり、今から見れば本書が提供していた情報が「受験テクニック」の言葉に値するとは思えない。実際、現役バリバリのTOEFL対策予備校Princeton ReviewやKaplanの教材や教務マニュアルと比べたら本書の記述は一般論の羅列にさえ見える。しかし、多くの類書では、TOEFLの類似問題とアンサーキーと文法や単語の情報がとりとめもなく編集されていた1980年代半ば当時に、例えば、リーディングのTipsとして、

SKIM the passage quickly, reading only the first sentence of each paragraph.
(各パッセージをざっと飛ばし読みすること。各パラグラフの最初のセンテンスだけ読めばよいのですよ)


という記述に出会った日には、何か厳めしくも神聖な英語のテストが凄く身近なものになったように感じました。


日本人読者にとって本書の最大のインパクトは(2)の英文法の解説だったと思います。本書の日本語訳版『クリフス版 TOEFL解法と英文法』(洋販)が英文法に比重を置いているのもこの事情を反映しているのかもしれません。このブログでも前に書いたことですが、私は「アメリカのESLで教えられる英文法やTESLで教え方を教わる英文法の知識は、英語を使うための「マニュアル」であればいいのに対して、日本人にとってそれは英語の「設計図」ともいうべきもの」ではないかと考えています。本書の文法解説(Grammar Review)を最初に読んだときに受けた印象はこの日米の英文法観の違いとパラレルです。

例えば、第3項:”Normal Sentence Pattern in English”(1991年版 p.39ff)には英文の基本構造としてこう書いてある。

subject → verb → complement → modifier
John and I  ate  a pizza  last night


この”complement”は、日本の英文法で出てくる「補語」:第2文型(S+V+C)や第5文型(S+V+O+C)の「C」ではなく、大雑把に言えば(日本の英文法の文型論の)第1文型以外の4個の文型の「S+V」より後のすべての要素を含みます。もちろん、この”complement”の意味の違い自体は大した問題ではないでしょう。我が家では「さかな」と言えば「魚」ではなく「酒の肴」を表すというご家庭も少なくないでしょうから。

問題というか『Cliffs TOEFL Preparation Guide』を読んで私が受けたショックは、この「subject → verb → complement → modifier」を示した後の本書の著述と日本のよくある英文法の参考書の記述の差でした。後者では、この次に「主語とは何か」とか「主語になれるのは名詞・代名詞ならびに名詞相当語句である」、「名詞とは何かというと・・・」と説明がどんどんどんどん文法用語の概念規定の深海に沈んでいく;具体的な例文を示して説明する場合も、それは概念を読者に理解してもらうための例文でしかない。

日本流の英文法に対して、本書では(本書で始めてアメリカ流の英文法のアプローチ方法に出会ったという日本人読者も少なくないと思うのですが)、「subject」や「verb」や「complement」や「modifier」にどんな語句を入れることができるかを例文で説明することに注力します。もちろん、本書でも文法用語は遠慮なく使われています(文法用語というのは<思考の経済>のためには便利です)。しかし、文法用語を説明するための文法用語の説明は本書にはまず見当たらない(その代わり、Grammar Reviewに付随するMini-TestとExerciseで合わせて1,000を超えるTOEFL類似問題を解く中で「どんな単語や語句をどんな順序に並べれば正しい英文を作れるか」を体得できるようになっている)。この日米の英文法の説明の違いは鮮烈です。Grammar Reviewのこの最初の箇所を読んで受けたショックを私は今でもクッキリ覚えています。


私が思う、本書の第3の特徴は当時としては豊富なTOEFLの模擬問題を収録していたことにあると思います。当時のTOEFL本試験(PBT)6回分のプラクティステスト(および、上で述べたGrammar Reviewの1,000問で合計1,300問:これはPBTの文法セクションに換算すれば本試験32.5回分!)は80年代半ばから90年代前半にかけては類書の追随を許さなかったと思います。しかも、一応、A5版のパーパーバック(つまり、文字フォントサイズは小さく、おまけに500頁を超えんとする「大著」でしたけれど♪)。

量は質に転化する。私は、本書が「1990年代後半まではTOEFL対策のグローバルスタンダードと呼ばれるべき教材だった」理由はその文法と読解のボリュームにあると考えています。本書は、秀逸なGrammar Reviewの記述と1,300問を超える文法問題演習量があいまって、<TOEFL対策本の受験参考書>のカテゴリーを越え、実用英語の自習参考書としても当時最高のものの一つだったのではないか。

また、リーディングコンプリヘンションのセクション対策のために40パッセージ近い収録例文を本書は提供している。ご存知の方も多いと思いますが、PBTのリーディングセクションでは、地理・生物学・天文学・歴史・文化人類学・経済学・心理学等々の多様な分野から課題のパッセージが出題されます。よって、本書のリーディングセクションのパッセージにタックルするだけでも(おそらく「はからずも」ではあったでしょうが、使われている英語がそう難しくないこととパッセージの内容自体は既知であるか自分の母語を通して容易に確認することができる点もあいまって、)本書の読者は、アメリカの高校生がどんな教育を受けているのかを追体験できる仕組みになっていた。これは異文化理解やジェネレーショントリップの観点からも実に愉快でエキサイティングな体験だったと思います。

私は、その文法構造や基本語彙が英語と似ているドイツ語圏や(日本語に比べればまだ相対的に似ている)ポーランド・ロシア・ウクライナ等の東欧地域で、類書中英文法の比重が極めて高い本書がいまだに少なからずの読者の関心と興味を引いているらしいこと(私はドイツ語と英語しか読めませんが、ネットを見れば「本書のユーズド版を探しています」という書き込みが珍しくないこと)に関心を持ってきました。そして、実用英文法の参考書としていまだに『Cliffs TOEFL Preparation Guide』は世界の名著なのかもしれない、そして、異文化を実体験できる書物としても本書は貴重な一冊ではなかったか。昔懐かしい「カセットテープ別売」ですが、もし古書誌で見かけられれば書籍だけでも「もらい」だと思います。


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1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
リンゴの本 (Topos)
2016-01-03 21:29:09
とある理由があり、昔のTOEFL教材について調べていたら、このページに辿り着きました。私もCliffsで勉強しました。今でも実家の本棚のどこかに埋もれています。

ところで、90年代の始め頃、書店でよく見かけた、表紙にリンゴの写真がでかでかと使われていたTOEFL対策本ご存知でしょうか?もし、ご存知なら、作者や出版元などご記憶にございますでしょうか?
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