英語と書評 de 海馬之玄関

KABU家のブログです
*コメントレスは当分ブログ友以外
原則免除にさせてください。

Fantastic!――「風立ちぬ」が映す米英リベラルの歪んだ日本理解(下)

2013年08月27日 15時10分09秒 | 英字新聞 de 政治経済


Japanese attitudes have shifted from the 1990s, when polls suggested the majority thought Japan had not apologised or atoned enough. Mr Abe, for one, has rejected the so-called “apology diplomacy”; successive leaders have issued variants of the famous Murayama apology – named after former prime minister Tomiichi Murayama – in which he expressed “his profound remorse for these acts of aggression, colonial rule, and the like [which] caused such unbearable suffering and sorrow for so many people”.

Such statements have been routinely dismissed as insincere by neighbours, particularly in northeast Asia. The Pew survey found that only 2 per cent of Koreans and 6 per cent of Chinese accepted Japan’s apology, compared with 48 per cent and 35 per cent respectively in the Philippines and Indonesia, countries that also suffered the brutality of Japanese invasion.

日本人の意識と言動は1990年代から漸次変わってきている。その1990年代の日本では、各種世論調査の結果によれば、日本人の過半は戦争について日本が十分に謝罪しているとか償いをしているなどとは言えないと考えていたものと思われる。しかし、例えば、安倍首相は「謝罪外交」と呼ばれているものを拒否している。その「謝罪外交」と言えば、歴代の日本の首相は有名な村山謝罪【村山談話・1995年】を微修正したような謝罪を発表してきた。ちなみに、村山謝罪とは村山富市元首相の名前にちなんでそう呼ばれているものだけれども、その村山謝罪の中で村山首相は「侵略と植民地支配について、ならびに、その侵略と植民地支配の結果、実に多くの諸国民に耐え難い苦痛と悲しみを引き起こしたことを深く後悔している」【植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を(日本は)与えました。痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします】と述べた。

日本の首相が都度表明する村山謝罪のような声明は、しかし、近隣諸国からは不誠実なものとしてそれが出されたそばから忘れられるものでしかなくなっている。就中、その傾向は北東アジア【支那・韓国・北朝鮮の特定アジア3カ国】ではその傾向が強い。ピュー研究所の調査によれば、日本の謝罪を評価して受け入れている国民は韓国では2%、支那でも6%にすぎない。これに対して、その両国もまた日本の残忍な侵攻を経験した国々、すなわち、フィリイピンとインドネシアでは各々国民の48%と35%が日本の謝罪を受け入れているのだから。





Mr Abe this week sent an offering to the Yasukuni shrine, where the “souls” of 2.5m war dead, including 14 convicted class-A war criminals, are enshrined. He refrained from visiting himself to limit the diplomatic fallout. He said the Japanese would “deeply engrave the lessons of the war in our hearts”, but skipped the usual references to Japan’s invasion and its pledge never to wage war again.

These days, the Japanese left is being shouted down more regularly, yet the views of people such as Mr Miyazaki are more common than is immediately apparent. According to Pew, 56 per cent of Japanese still oppose constitutional revision. True, that is down from 67 per cent in 2006. ・・・

There is still a fairly strong bulwark against constitutional change, which requires not only a two-thirds majority in parliament but ratification in a public referendum. Even Mr Abe admitted last month that he did not have the numbers. And despite the rightwing attacks on Mr Miyazaki, much of the public is backing him in the only way it can: since its release four weeks ago, The Wind Rises has consistently been number one at the box office.

安倍首相は今週【2013年8月11日~17日】靖国神社に供物を奉納した。而して、靖国神社には、A級戦犯として有罪を宣告された14人の「御霊」を含む、250万の戦没者の「御霊」が祀られている。外交面での悪影響を拡大させないため、安倍首相自身は靖国神社参拝を自制したということ。この首相は、日本国民は「戦争から得た教訓を我々自身の旨に深く刻み込む」ことにすると語ったものの、他方、代々言及されてきた内容、すなわち、日本の侵略と将来に亘る不戦の誓いは省略された。

日本ではこの頃、前にもましてより頻繁に左翼に対して罵声と痛罵が浴びせられるようになった。しかし、いまだに、宮崎氏のような人々の意見も、パット見でそう感じるほどには社会の極々少数意見というわけでもない(more common than [it] is immediately apparent)。ピュー研究所の調査によれば、日本国民の56%はいまなお憲法の改正には反対なのだから。もちろん、2006年の同じ調査項目の67%から見れば低くなっていることは間違いないにしてもだ。(中略)

更に、憲法の改正には一層強固な防波堤が存在している。すなわち、憲法を改正するためには立法議会で三分の2の多数が必要なだけではなく、国民投票で承認されることもまた要求されているのだから。安倍首相でさえ、先月【2013年7月】、立法議会においても有権者国民の支持においてもその双方共に(the numbers)憲法改正のために必要な票数を【憲法改正を推進しようとしている】自分達が獲得できていないことを認めたのである。而して、右翼からの攻撃にもかかわらず、宮崎氏を支援する多くの公衆は彼等が自分でできる唯一の方法で彼を応援している。すなわち、上映開始からのこの4週間、「風立ちぬ」は興行成績首位を独走し続けているのだから。

б(≧◇≦)ノ ・・・Fantastic!






★追記:
私達は個人的に<宮崎作品>は大好きです。畢竟、作品と作者は別ものということ。而して、映画であれ小説であれ、ビジネスであれスポーツであれ、憲法学であれ法哲学であれ、たとえ、その<プレーヤー>が、ブスコンプレックス(不美人にしか性欲を感じない人)で、そいでもって、もの凄く男癖/女癖が悪かろうが--いや、これ別に、宮崎さんのことではないですけどね--、彼女や彼の<作品>が素晴らしいのならその<作品>は鑑賞に価する。些か、最後はトトロじゃなかったトートロジーぽい(同語反復的の)言い回しですが、そう私は考えます。小平先生も仰っているではありませんか、「黒猫だろうが白猫だろうがネズミを捕る猫は良い猫だ」、と。

要は、思想家や政治家を含め、一人の<プレーヤー>にすべてを期待すべきではないということ。ある分野の天才的<プレーヤー>でも、他の分野においては駄馬にも劣るというのが普通なのですから。だからこそ、人間は--独りでは大したことできないからこそ人間は--社会を形成しているのでしょうから。ならば、私はそんな知り合いはあんまりいないけれど(笑)、日本の「右翼」なるものや、私もおそらくそこに属するであろう日本の保守派の皆さん、宮崎さんのような<プレーヤー>に対しては「放置プレー」が最適戦略なんではないでしょうかね。どうせ、なに言ってももう理解できないだろうし、他方、これからも宮崎さんには「素晴らしい作品」を作って欲しいから。と、そう私は考えます。







最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。