◆『新々英文解釈研究』
:山崎貞・研究社出版、第9訂版・1979年9月(品切れ?)
戦前からの名著。なんと、初版は大正元年(1912年)秋の出版;ということは90年以上にわたって読者の支持を集めてきた伝説の参考書です。学習参考書の世界では、さしずめ英文解釈のジャンルの<不沈空母>とも呼ぶべきものでしょう。
最初は旧制高校受験生をメインのターゲットとして出版された本書は、大東亜戦争後も大学受験生はもとより大学院受験生、そして、英文読解力のアップを目指す社会人にも広く受け入れられてきた文字通りのベスト&ロングセラーです。大学院留学予備校での私の昔の生徒さんの中にも(彼等はほとんど私と同世代から±10歳の方々です)、あの体力的にも精神的にも厳しいアメリカの大学院をキックアウトもせずに卒業できたのは、読解でも英文作成についても高校時代にやった『新々英文解釈研究』のお蔭だと語られる方は少なくはありません。
私自身、高校生の時、第8訂版を手にした時からの本書の愛読者ですが、正直、最初は収録されている例文のあまりの難易度の高さに歯がたたず、途中から「奇数番号の問題」だけ一つおきにやることにしました。クヤシー、でも九州の田舎の高校生の私には当時それが精一杯でした。ぐしゅん。それから数年、大学院入試準備のために本書の第9訂版を買い求め大学4回生のひと夏をかけて本書にリベンジしました(?)。
本書の素晴らしさは、収録されている英語頻出構文&語法の豊富さと例文のボリュームとその品質の素晴らしさだと思います。例文問題数850と解説項目数115(小項目数は208)の収録陣容は、現在、(英語を頑張っているタイプの?)大学受験生に最も指示されている類書:『英語の構文150 Second Edition』(岡田伸夫監修・美誠社、2003年12月)や『英語重要構文400』(永田達三・ナガセ、1999年11月)や『新・英文法頻出問題演習 (Part1)&(Part2)』(伊藤 和夫編・駿台受験シリーズ、2001年1月)等々と比べてもそう際立って多いというわけではないのですが、収録されている英文のボリュームと個々の例文の<風格>の見事さは、他のベストセラーの学習参考書と比べても次元が違います。そう、物が違う!
『新々英文解釈研究』の例文は他の類書を圧倒していた。要は、その項目で解説される構文や語法が項目内の各例文の中にピッタリ収まっている。換言しますと、「他の表現では書き手の言いたいことがこうピッタリとは言えないよな」という正にそこに学習項目として取り上げられた構文や語法が使われているのです。それくらい『新々英文解釈研究』の英文の選定は行き届いている。うっとり、です。逆に、今の私の仕事柄、収録している例文の原著者やその相続人から著作権侵害で訴えられることはないのだろうか、と余計な心配をしてしまうほど見事な出来栄えです。
『新々英文解釈研究』のもう一つの醍醐味は、大正初年以来、日本のリーダー達が本書で英語を学んできたことにある。そう、おそらく岸信介・池田勇人・佐藤栄作・福田赳夫・中曽根康弘、等々の歴代の首相達も、青雲の志を胸に秘めている頃に本書で英語を勉強していたかもしれないのです。吉田茂や近衛文麿などのお坊ちゃまは外国人の家庭教師から英語を学んだかもしれませんが、庶民出のリーダーの多くは本書にタックルした可能性が高いと思います。
体制側のビッグネームだけではありません。マルクス主義経済学の闘将として有名なあの先生も憲法の大御所で人権派の巨頭のあの先生も、あるいは、世界を舞台に活躍したあの高名な画伯も教育者の女史も本書で英語を勉強したかもしれない。そんなことを想像しながら本書の例文を読み進んでいると、現代の日本を作った先人に対する理解も深まるような気がします。
つまり、本書は英語の例文や構文とを通してですが(ですから、かなり特殊で小さな画像を通して、しかも、写真で言えばあくまでも「陰画」の形ではありますが、)日本の近現代史を担った若者の精神を追体験できる貴重な一書である。そう思います。うみゅー、なんでこんな実用的にも優れた書籍が実質絶版になるのでしょうかね? プンプン♪
実質絶版になったのも、しかし、不思議ではないです。広い意味の英語教育業界にいる一人として私には、「なぜ『新々英文解釈研究』が版元品切れになるのか」あるいは「なぜ『英文をいかに読むか』(朱牟田夏雄・研究社)が絶版になったのか」など痛いほどよくわかります。簡単な話です。売れないからです。はい終わり。はい終わりではあるのですが、大げさな物言いではなく、本書などが日本の若い英語学習者の支持をマーケットで失ったことと日本のあんまりかんばしくも愉快でもない社会の現状は関連しているのではないでしょうか。その心は?
ゆとり教育によって日本人の学力が崩壊して以降、--会話が題材に多く取り入れられるようになったことは、英語の知識的には「どうでもいい」こととして、なにより、--大学入試のテスト問題は問題自体が本当に簡単になったか、(受験者のレヴェルの一般的低下によって)少なくとも実質的に難易度は低下しました。そんな現在の大学入試に対応するために、本書のような本格的参考書にタックルする必要も必然性もなくなって久しいです。このことが第一。
そして、もっと広く考えれば、本格的で骨太の思想内容が充満した英文の意味を厳密につかみ取る能力なんかよりも、文字にせよ音声にせよ英語で伝えられる大量の情報を条件反射的に処理できる英語力の方をこの国では現在求めているのではないか? これが第二。この記事を書いていて改めてそう思いました。皆さんはいかがお考えですか。
P/S
尚、現在(2016年5月現在)、英語の本格的な読解力を身につけたいのだけれど、おすすめの教材はなんですか? と、聞かれたら、とりあえずは下記の一書を挙げることにしています。著者は、私とは違い、どちらかとは言わなくともかなりリベラルな思想の方だとは思いますが、収録されている長短200の例文は英語的に文句なく「好材料」ですし、解説は名人芸的に素晴らしいものですから。
中原道喜『新英文読解法―本格的な読解力を確実に』(聖文新社・2003年4月)
+安藤文人『院単―大学院入試のための必須英単語188』(ナツメ社・2006年8月)
↗『院単』は例文の事実関係で疑問な内容も散在してる(例えば、#314, #991)、鴨。
でも、英単語集というだけでなく英語の読解教材としても優れた書籍ですよ。
ただ、大学入試やTOEIC対策のためには本書を用いるのは<鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん>の感がある、鴨。しかし、英語で--英語ができる同僚の中でも一目置かれたいカナという、厳密な英語のリーディングコンプリヘンションの力で」--勝負するビジネスパーソンを目指す方、あるいは、読む文献がほぼ知的水準の高い英語随筆ものになる専攻分野での研究者志望の方には最適。よって、文系の大学院入試にも心強い味方になると思います。でもね、だからこそ本当は志のある高校生にも読んでもらいたいのだけれども・・・。
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