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               by kaji

被災地復興支援レポート:岩沼(3/12)

2011-05-06 | 被災地復興支援
被災地の何処へ行くか、できるだけ人手を多く必要としている場所へ
と考えたが、重要なことはやはり交通手段である。 自家用車を持たない
私は、電車かバスで現地入りすることになるわけだが、東京から被災地
へ向けた支援ツアーバスなどは、すでに予約で満杯。 被災地向けの
格安バスもゴールデンウィーク前には終了となっていた。

ここ数年、城巡りの旅で高速バス利用には慣れていることもあって、
いつものサイトから高速バスをチェック。 現地到着時刻などを考え
あわせると、仙台が最適なように思った。 仙台市内で宿泊場所を探す
が、なかなかなくて、結局はカプセルホテルを予約。 バスも同様に
東京・仙台で往復予約完了。

ところがGWが近づくにつれて、災害ボランティアセンター(VC)の
様子が変わってきた。 ボランティア(V)が殺到し、センター側が
処理できなくなるため、県外・個人の受付を一時中止すると発表された。
それでも根気よくホームページなどをチェックしていると、南三陸の
VCと岩沼のVCはどうやら受付を行っていることを確認。南三陸まで
行く術を持っていないので、私は岩沼を目指すことにした。

つづく

萩・津和野攻め(5/9)

2011-05-06 | 城めぐりの旅
思えば朝からろくな物を食べていない。萩駅前に唯一あいていたお店に入り、
缶ビールと焼きそばを注文。空腹のはずなのに、大好きな焼きそばも少し残す。


<萩駅のホーム>

萩の駅は無人駅。 列車の時間が近くなっても、列車を待つ人もなし。そぼ降る
雨の中、私独りだ。 列車は本当に来るのだろうかと、やや不安になるが、
定刻通り静かに2両編成の益田行きが到着。 夕暮れ時、海もきれいだ。

乗換駅となる益田に着いた頃には、あたりも真っ暗。 救われたのは、駅の
周辺にお店があったこと。ただ、乗り換えの待ち時間は45分。中途半端である。
小雨の降る中、駅の周辺をぶらりとする。 ラーメン屋発見。 近くまで行くと
ラーメンの看板をかかげた、飲み屋であることが判明。入ってもよかったのだが、
特別に腹が減っているわけではなく、ただ心が空いていただけなのでやめた。

コンビニもあった。しかもローソンである。地方に来るとコンビニもない
ところが多く、ここでコンビニに出会えるとホッとする。津和野へ着いても
どうせ何もないだろうからと、夜のためのつまみや缶ビール、ワインなどを
買い込む。

つづく

萩・津和野攻め(4/9)

2011-05-06 | 城めぐりの旅
萩の町は、ほとんど観光地化されておらず、観光客の姿も少ない。
土塀が多く残されていて、これまで数多く城下町を歩いてきたが、
ここほど土塀が多い町はない。学校があったが、この学校も土塀に囲まれて
いる。景観をそこなわないようにわざわざ作られた土塀ではないように感じた。


<学校を囲う土塀>

その後、木戸孝允、高杉晋作の生誕の地を訪れた。さすがにこのあたりに
来ると観光客の数も増えたが、他の観光地の比ではなく、ひっそりとしたものだ。


<木戸孝允生誕地>


<高杉晋作生誕地>

さて、全ての予定を終え、駅までの道を歩く途中、バス会社に電話してみた。
バスのチケットを忘れたことを告げると、チケットがなければ乗車できないと言う。先方には乗車名簿があり、私のフルネームも把握していた。本人であることが
証明できれば、乗せてくれたっていいんじゃないのか? しかしどうやらダメ
らしい。再度チケットを購入しろと言う。
頭にきたので、キャンセルするから払い戻してくれと言うと、不乗車証明書を
発行するので、それと、チケットを持って、後日払い戻しを受けるように言われた。では、その不乗車証明書はどこでもらうのかと訪ねると、益田駅の案内所で
発行するが18時までだと。物理的にその時間までに益田に到着することは
できないと告げると、それ以外に方法はないと。 ブチッと切れる音がした。

あくまでも丁寧に冷静に苦言をつらつらと述べると、わかった、明日は休みだが、
津和野の営業所を開けるので、そこに取りに来てくれないかと低姿勢。
時間を指定してそのプランで合意。 結局のところ、新幹線で帰ることになり
そうだ。

つづく

萩・津和野攻め(3/9)

2011-05-06 | 城めぐりの旅
駅を出て、まず駅から城までの道をiPhoneにて検索&ナビゲーション。
歩くこと約30分ほどで、城の石垣まで到着。 なんて言う石なのか、
茶褐色の石垣だ。



奥へ進み、料金所で入場料210円を支払い中へ。
とりあえず天守台へ。石垣の上から眺める景色はなかなかよい感じだ。



その先に指月山へ登る登山ルートがある。 もとより登る予定だったので、
早速山頂を目指す。




比較的勾配が急で、息があがる。それでも約20分
ほどで山頂へ到着。 残念ながら一部をのぞいて眺望はない。
山頂は「萩城詰丸跡」であり、石垣や土塀が残る。 土塀は落書きだらけ。
ちょっと残念である。


<詰丸跡>


<落書きされた土塀>

雨が降り出した。少量であり、この先の行程に影響を及ぼすほどではない。
山を下り、城を後にし、「口羽家」という旧家に。


<口羽家>

つづいて堀内鍵曲(かいまがり)と名付けられた場所へ。このあたりは
城下町なので、敵が攻め込みにくいように、道が鍵型に曲がっている。


<堀内鍵曲>

つづく

被災地復興支援レポート:岩沼(2/12)

2011-05-06 | 被災地復興支援
被災地復興支援に参加を決めた後、まず準備しなくてはならないもの
がいくつかある。 さしあたって何を持っていくか。 もちろん
滞在日数にもよるが、私の場合2日間の活動を予定していたので、
新たに購入した物は概ね以下の通り。

1.長靴(安全靴:つま先に鉄板の入ったもの)
2.作業着 上下
3.ヘルメット(必要か否かわからないが、髪の毛もないし)
4.防塵マスク(一般的な使い捨てのものよりも、もう少し良いもの)
5.防塵メガネ(これは必要ないと思ったが、極めて安価であったため)
6.雨合羽

そして、既に持っているもののうち、持参するものは

7.ゴム手袋&ゴム付軍手
8.タオル

その他には、着替えや食料、水、携帯電話と充電器、デジカメ、薬、
財布等こんなところだろうか。

それから、忘れてはならないのが、「ボランティア保険」への加入。
「いたばし総合ボランティアセンター」は、21時30分まで開いていて
仕事帰りに加入手続き完了(天災型 600円)。 ただし、センターの
ある板橋本町まで行くのに大手町から片道260円かかった。

これでだいたい準備は完了。 

つづく

被災地復興支援レポート:岩沼(1/12)

2011-05-06 | 被災地復興支援
「私にできること」など、何もないかもしれない。 それでも
何か、そう、何かできるかもしれない。 時間的、経済的な問題が
許されるのなら、少しだけでも、役立てるのではないか。 いや、
決して、役に立たなくても、私の心は許されるのではないか。
そんな思いから、今回参加させていただくことにした。

過去にも書いたかもしれないが、実は「ボランティア」という
言葉があまり好きではない。 あまりにも軽々に引用されるから
であるのと同時に、「奉仕」と同様に受け止められることが多い
からだ。 本来のボランティア精神というものは、他人のためでは
なくて「自分のため」というものだと理解している。 まさに
今回、被災地支援に参加された方の多くは、「ありがとう」と
言われるのではなく、自らが「ありがとう」と言って帰ってきて
いる。 そんな光景をニュースで何度も目にした。

さて、私が今回参加させていただく目的は3つ。

(1) 微力ながら、瓦礫のひとつでも運び、なにかの役に立ちたい。
(2) 誠に不謹慎極まりないが、被災地の現状をこの目で確認したい。
(3) 参加レポートを書くことで、活動に参加してみようかなと
    いう思いを抱く人を1人でも増加させたい。

こんな思いからレポートはスタートする。

つづく