「…あれ?」
ふと気づいたメイリンが、思わず声を上げた。
ここはオーブから離れた、とある都市の一角にあるオフィスビルの一室。
一見するとただの会社のようだが、外から目にできないある一室には、大量のデバイスを供えたモニター群が備え付けられている。
秘密諜報機関―――国家間の情報伝達などを担う隠密組織――通称『ターミナル』
戦後オーブ軍に籍を置いた彼女がこの地に赴任してきたのは、数か月前の事。
彼女が声を上げたのは、機関員たちの更衣室とは別のロッカールーム。そこは男女関係なく私物が収納できるスペースとなっていた。あからさまに「諜報員です」という服装ではなく、いかにもオフィスに勤める一般人を装い身に着けてきた装飾品なども、仕事に当たるときにここに置いてから任務に入る者が多い。
その一角―――彼女と共に赴任してきたその男のロッカーには、殆どと言っていいほど私物がない。
勿論、女性ではないのだから、アクセサリーなどの装飾品は少ないだろうが、先ずその前に彼はそういったものへの執着が殆どないのだ。
服装でも同じ。オシャレに関心の高いメイリンとは正反対に、衣服への興味もないせいか、全くの無頓着だった。
一度だけ聞いたことがある。
———「アスランは、よく赤いコートと黄色いセーターなど身に着けていましたわ」
ラクスの話を耳にし、メイリンは出向前の準備で洋服を買いに行ったが、
(…赤のコートに、黄色のセーター…)
なんとなく意識してしまったせいか、レジに並んだ時には、自分も黄色に近いオレンジのセーターを手にしていた。
(赤は…まぁ、私の髪は赤いし)
別に彼と付き合っているわけでもないのだが、その出向当日の朝
「では出立しよう、メイリン。」
「はい!―――ぁ…」
(しまった―――!)
目の前に立つ彼の姿を見て、思わず息を飲んでしまう。
漆黒のズボンに黒に近い灰のシャツ。黒のロンググローブに、やや青味がかった黒のジャケット。
そうだ。今から向かうのは隠密組織だ。デートではない。
こんなに派手な色合いの服を選んでしまったなんて、あれだけの戦争の中を潜り抜けてきたのに、まだどこか緊張感が足りない自分を責めた。
「す、すいません、あの…」
だが、サングラスの奥の翡翠は落ち着いた眼差しでこう言った。
「もしかして、服装を気にしているのか?」
「あ、はい…」
やはり「緊張感が足りない」と叱責されるだろうか。憧れの人である前に、上官なのだ。かつてシンを叱っていた、あの厳しい声を彼女の鼓膜が意識し、緊張が走る。
だが
「いいじゃないか。明るい色で。メイリンらしいよ。」
「は…」
思いがけず鼓膜を揺らしたのは、厳しい叱責ではなく優しい声。
「で、でも、隠密行動のはずなのに、こんな目立った色の服を着て…」
緊張感の無さを自戒し、視線を落とすメイリンに、彼はこういった。
「いや、『木を隠すなら森』というだろう? かえって街中なら普通の女の子が着るような衣装でいた方が、不自然さが無くていいと思うが。」
落ち着いた優しい声色―――ミネルバではついぞ聞くことのなかったそれに、思わず心が跳ねる。
だが、彼の視線の先にいるのは自分ではないことも、メイリンは重々承知している。
(せめて…今回の仕事で、彼を無事に彼女の元に、返さなきゃ―――!)
そうして共にターミナルに所属異動し、暫く経った今日、ふとロッカールームで一緒になった彼の棚からチラと覗かせたのは、『臙脂(えんじ)色のネクタイ』
臙脂色…かつてZAFTのエリートである証や、彼の専用MSの基調である『赤』をイメージしながらも、明るさを押さえた落ち着いた色合いだ。黒のジャケットにも合う。ワンポイントのおしゃれとしても上出来だと、メイリンはそう評価する。
ただ驚いたのは2点。
諜報の、しかも実働隊として動く彼が、幾ら落ち着いた色とはいえ、敵から一番遠目にも目立つ『赤』に近い色を身に着けていること。
そしてもう1点は、全く同じネクタイが2本あるのを見つけたのだ。
普通なら、同じ色合いでも、デザインを変えたり、逆にデザインを同じにしても色合いを変えるなどして、同じネクタイを二本持つ人は殆どいない。
(余程気に入っているのだろうか…)
そう思った彼女の、やはりコーディネーターとして、更に元ミネルバのCICとして沢山の情報の波を見極める動体視力を持つ力故か、同じ形状のもう一本のネクタイに、何かが刻まれているのを見つけたのだ。
「どうした?」
メイリンの視線に気づいた彼が、サングラスを外した澄んだ翡翠で彼女に問う。
「あ、いえ、その…アスランさんにしては珍しく赤味を帯びた色のネクタイをしているんだなって。しかも、その、同じものを2本持っているなんて、余程お気に入りなのかな、って…」
その言葉に、彼は閉じかけていたロッカーのドアを開け、その一本をどこか―――優しい、まるでガラス細工を扱う様に繊細に―――愛おしそうに指を滑らせた。
その表情は何処か微笑みに似て…仕事の緊張感を、一瞬置き去りにしたように、柔らかなものだ。
「あぁ、これは大事な貰い物だから。」
「頂き物なんですか?何方から―――」
と、またここで「はっ」と気づいてメイリンは口を閉ざす。
こんなことを聞くのは野暮だ。彼にこんな表情をさせる人間は、この世で唯一一人だけ。
「あ、言わなくっても分かります!大丈夫です!」
「…クス…」
小さく笑んで、彼は口を開いた。
「こっちの方は無地なんだ。だから外出用に使っている。もう一本の方が貰ったものだ。銘が入っているだろう?」
そうして彼は、まるで子供が自分の宝物を見せつけるかのように、メイリンに銘を見せる。
「『Athrun・Zala』…本当だ。」
「まさか任務中に銘の入ったものを身に着けていたら、敵に名を教えているようなものだろう?だけど、これは俺にとっての護り石と同じだから…」
そう言ってアスランは遠くを見やる
遠くで待つ、彼女を―――
―――続きはこちらから。
***
お久しぶりにpixivにアップしました。よろしければ覗いてみてやってください。
元ネタは、先日グッズで発売された、「アスランのネクタイ(名前入り)」w
ネクタイになれないアスランに、カガリが「ほら、やってやるよ」とカガリがネクタイを締めてあげたついでに、クイって引っ張ってアスランが「っ!?」て引き寄せられた瞬間、ふいうちキス💋する・・・ってネタを皆様素敵に考えられていて。
その甘々♥発想力の欠片もないかもしたには無理でしたので、銘の入ったところにフォーカスしてみました♥
隠密組織で名前の入ったネクタイしていたら、速攻身バレだろうに(苦笑)
なので、そこらへんも考慮しつつカキカキしています。
時間的に間に合わず、まだ未完成なので、後編は後日UPしますね!
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