Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

利口な女狐(ベルリン)

2018-12-28 18:40:31 | ドイツ
今日でkおばちゃんは一応御用納め・・今年のギョームは終了です。
が、家庭内ギョームはまだまだ続きます。

とっとと進めないとね。。




●2015年12月27日(日)

今日はしっかり事前計画をしていた日です。
といっても、午後の部のみ。

どうせ、町はクリスマス休暇を引きずった日曜日なので・・午前中は部屋でだらだらです。ベルリンに来てまでも、日常のまんまの私・・

まずはそれでも、予定の始まる前に、一つ用事は済ませました。
それは明日の演奏会のチケットを買いに行くこと・・だったのですが。明日、当日買っても良いかなとも思ったのですが、売り切れもしくは高い席しか残ってないのもいやなのでとりあえず時間があったので買いにね。


今日の行動範囲は地下鉄の2号線を行ったり来たりのみ。
お宿がそのルートにあるのはもちろんですが、音楽鑑賞にはもってこいのルートなのです。

地下鉄の通路。今日はヤナーチェク。



チケットを購入した後は、今日の第一の予定、ベルリン・ドイツ・オペラDeutsche Oper Berlinへ。ここでオペラの鑑賞です。


このチケットは、事前にネット予約してあります。
ちょっと早すぎた?まだガラガラです。


今日のの番組はこちらです。


「Das schlaue Füchslein」日本語にすると「利口な女狐の物語」。チェコの作曲家ヤナーチェクの作品です。

日本では演奏会形式でやってるのを目にしたことはありますが・・今日は、おちびたちも鑑賞できるように午後2時からの開演です。
というより、オチビさん向けというのにびっくりです。
実際家族連れ、幼児連れでわんさかでした。1時間半ほどの上演ですが、おおむねみんな良い子で鑑賞してました。

いつの間にか子ぎつねが登場。
このころはまだ、場内はざわついているし、座席を探すお客さんがうろうろしています。



カーテンコールの第一弾は子ぎつねの集団でした。



女狐はもちろん、雄狐も女声なんですね。
演出は子供にもよくわかるような、おとぎ話風です。
終盤、女狐が撃たれて暗転になったとろで、ほとんどの子供たちは物語が終わったと思って大きな拍手をしていました。

音楽はヤナーチェク節全開だし、ちょっと人生観というか自然の摂理を示唆しているというか大人向けではあるとおもいますが、森の中の物語は子供にもよくわかるようになってました。



実はkおばちゃん、この「利口な女狐の物語」に興味があって2009年にチェコに行ったときに、7月1日にわざわざフクヴァルディHukvaldyまで出かけて行ったのですよね。

その時の公園にあった像です。(2009-10-05 のブログに書きましたね。)


でもちゃんといままでオペラを見たことがなかったので・・興味津々でした。

見てよかったです!


それにしても、女狐、日本だとあまり良いイメージだない動物だけれども、結局は母性全開で撃たれちゃって・・襟巻になっちゃうんですよね。

昼間の公演だからみなさん普段着です。


こんなちっちゃいオチビさんもちゃんと鑑賞してました。


彼らには座席が低いので、このようなクッションを貸し出しているんです。子供のころからオペラに親しむ環境を作っているんですね。

ドイツオペラは建物自体は体育館というか普通のビルのような作りですが、地下鉄駅から濡れない訪れることができるように、このように屋根が続いています。


オペラ併設のレストラン。いわゆるスタッフのための食堂でもあります。


面白かった!

さて、次に向かわないと・・
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御代わりもコンチェルトハウス(ベルリン)

2018-12-27 19:29:28 | ドイツ
あっという間に、いわゆるクリスマスは終わってしまいました。
ま、仏教徒(一応お遍路したし)なので関係ない・・とか言いながらケーキは食べましたね。
イブの日に、御用があって大型ショッピングセンターにいったのですが・・・食料品売り場に近づけないというか、うっていうものがほとんどクリスマス用(お弁当もね)で、何も買わずに尻尾をまいて逃げました。

いつもと違うのは、フードコートがガラガラなこと。
みなさん自宅でパーチーなんでしょうね。

まあ、景気が良いのか悪いのか・・昔の基準じゃわからないなと思ったのであります。

さて、間が開いてしまいましたが、まだまだ続きます(笑)





〇2015年12月26日(土)

ジャンダルメンマルクト広場(Gendarmenmarkt)のクリスマス市を冷やかした歩いたkおばちゃん。
おなかもまあまあ満たしたので次のご予定に・・

っていっても、再びコンチェルトハウスに戻っただけなんですけどね。

これも当日券購入のため1時間前に窓口へ。
さっきの子供合唱団のチケット売りと同じお嬢さんでお互い苦笑いです。
こちらは一番安いお席を。でも30ユーロでした。

舞台設定はもう整ってます。


ほぼ満席ですね。


さっき座った、kおばちゃんの席はあのオルガンの前の一列目でした。


今回は売り出してみないみたいです。

今度の演奏会はANHALTISCHE PHILHARMONIE DESSAUという団体の演奏会。


DESSAUデッサウとは、ベルリンから120キロほど離れた現代芸術に大きな影響を与えた美術学校バウハウスで有名な街ですよね。そこからやってきたオーケストラのようです。
コンチェルトハウスのオーケストラはこの時期はもう休暇にはいってしまっているみたいです。

本日のプログラムはこちら。



ベートーヴェン レオノーレ3番
モーツアルト クラリネット協奏曲
そして、
ムスログスキー(ラベル編曲) 展覧会の絵

です。

クラリネットのソロはMATTHIAS GLANDER氏
ROBERT REIMERという指揮者でした。

満席状態。で、家族連れがたくさんです。私の前の席のご家族もおばあちゃま、10代の男女の子供と両親。ちょっとだけお洒落をして・・と庶民代表のような感じです。フィルハーモニーホールに集う感じとちょっと違いますけど、私にはこちらのほうがあってるかも。


とにかく超満員!だから休憩中はトイレも、ブッフェも混雑だろう・・と1階のカフェに緊急避難。


こちらはガラガラです。


クリスマスらしい?家族で楽しめるプログラム。なかなかよかったです。


ということで、無計画の一日が無事終わりました。
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大人のクリスマス市(ベルリン)

2018-12-18 19:58:36 | ドイツ
あっという間に、月半ば!ちょっとちょっとどうなってるの?っていいたくなるkおばちゃんです。

例年通り、バタバタと過ごしてますけど、ね。

ああ、今書いてるクリスマスの記事は・・・そう3年も前のはるかかなたの話になってしまいました。
忘れているところも多々だなー

ということで、





〇2015年12月26日(土)

コンサートが終わり、再びジャンダルメンマルクト広場(Gendarmenmarkt)に出ました・・・っていうか、コンチェルトハウスの外に出ただけですけどね。



広場の前のクリスマスマルクトは入場料が必要な場所ですが、物は試し、丁度時間があるので覗いてみることにしました。たった1ユーロでも入場料をとるところは珍しいのかな。

それだけに、結構お上品なお店が多いようでした。

それにしても大賑わいです。時間は・・・まだ夕方のはずです。6時前頃だとおもいます。


まずは腹ごしらえ。なんせお昼もろくに食べてませんからね。


こちらは、別々のお店で購入野、ジャガイモ。。サワークリーム、サーモンがけ。


と、名物ホットワイン、 Glühweinグリューヴァイン


どちらも、容器はリサイクルできる陶器でできていて、デポジット制です。
カップは、集めてる人もいるようですが、kおばちゃんは粗忽だから持って帰れません。

さ、おなかがいっぱいになったら・・見学開始ですね。それにしも人が多い!


これだけの人がみんな1ユーロはらってるんですから・・

日本のお祭りでもみかける、ワタあめ!


こちらは「簪(かんさし)」のようなものの実演販売。


このスキンヘッドのおじさんが、器用にくるくると髪をまとめていきます。


綺麗に仕上がって、女の子は大喜び!


たぶん。。。自分では再現できないとおもいますけどね。

こちらは、昔ながらの竈(かまど)でしょうね。まえに、ポーランドのヴァイキング村でみたことがあります。


小さなピザのようなもの。小麦粉?状の土台の上に、チーズ?とアサツキの刻んだものがかけてあります。
ニュールンベルグからのお店のようです。


一応、聖家族。クリスマス市ですから。


こちらは実演販売。手作り印刷の名刺屋さん。


クリスマスのオーナメントももちろん自然志向。


こちらの実演販売は、


木製のペン軸ですね。


こちらは、ブーツカバーのお店。


なかなかおしゃれですが・・値段も結構します。手作りでしょうね。

このような方がお履きになるのでしょうか・・足元見えませんけど。


こちらはアジアンテイストなお店。kおばちゃんには仏壇のリンにしかみえないものも。。


コンチェルトハウスの正面には特別ステージがあり、こちらではコメディーのアクション。こういうのを見るとピエロ文化がわかるような気がします。


いろいろ美味しそうなものもありますが・・kおばちゃんの胃袋はもちません。


うろついていたら寒くなってきたので再び温かい飲み物を!


Feuerzangenbowle!火挟みのパンチ?

さっきのグリューヴァインよりもアルコール度数の高い大人の飲み物でした。


こちらは、最初に頂いたジャガイモ屋さん!


そろそろ、おかわり?をしにコンチェルトハウスにもどりましょう。
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クリスマスコンサート(ベルリン)

2018-12-11 19:15:01 | ドイツ
なんやかんやと、師走モード。。
といっても、職場の忘年会は終了!(年寄りだから早い)

ふところも隙間風がふきはじめたようで。。

そうそう、最近映画の広告をネットで目にするようになって思い出した。
マリア・カラス。
2013-07-24のブログにも書いたけれど、お墓参りをしていたので、ちょっぴり思い出もある。
で、気になったのは・・・彼女ものすごいおデブの時期があったのね。

噂では最高体重が100キロ越えだったとか。

それが、サナダムシのおかげで50キロ台になったというんだからすごい。

と、へんなことを考えてしまったkおばちゃんです。


〇2015年12月26日(土)



やってきたのは・・コンチェルトハウスのコンサート。
3時半からは子供のコーラス。
これはほぼ切符が売り切れだそうで、当日残席がちょびっと出るよと、前売りの窓のお兄さんい教えられて、なんとか入手できましたが、よーく見ると、買ったクラスより下のものを渡されて、慌てて交換に。
窓口のお姉さんに、『あなたのこと覚えているは・・』と言われて、素直に交換に応じてもらえました。いいような・・悪いような。
18ユーロと12ユーロの違いだったんですけど。

早々と会場に入ってしまいました。

ベルリン放送子ども合唱団とでもいうのでしょうか?のクリスマス演奏会です。



オケはリタイヤ組?



プログラムはこのような・・



クリスマスのコンサート。でも知らない曲がいっぱいあります。


満席のうえ、子供連れが多数。私の両隣も子ずれでした。


前列2列白いシャツははオチビちゃんたち。楽譜はなし。
後ろから見ても、落ち着きのある子とそうでないのが一目瞭然。面白い。


赤いシャツはお姉さん、お兄さん。もう大人の声にちかいです。


大太鼓のの隣で初めて見る打楽器を演奏していた青年は後ろの子供たちと変わらない年齢位。
他の演奏者がほぼ、シルバーエイジ、リタイヤ組だったのでよけい目立ちました。
調べたらカバサという楽器のようでした。


無事終了です。


団員たちからお花が。



最後に、指揮者が合唱団の子供たち数人に1っ本ずつ花(バラ?)を渡してました。
おそらく今回で引退の団員かな?と思ったりして。
ここでも、花があまってうろうろしてました。


こういう姿は・・まだ子供ですね。


アンコールも無事終了です。
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クリスマスのジャンダルメンマルクト(ベルリン)

2018-12-06 18:23:29 | ドイツ
今日は通信障害がおこっているとか。
kおばちゃんは、通信系は1社にはたよらないことにしているので・・というか、もともとあの社にはたよっていないので影響ないけどね。

以前から訴えているのは、スマホのラジオチューナー復活!
やたらと、ネット利用のラジオアプリを宣伝するけど、なぜスマホのラジオチューナー機能を外してしまったのか。
昔のスマホにはついてたのよね。

ギョーカイのみさなま、考え直してもらえませんか?




●2015年12月26日(土)

夕べ遅かっただけに超スロースタート。
やっぱり恐れていた通り、今日はクリスマス休暇の延長で、ほとんどのお店はお休みです。
駅の売店と、観光客相手のレストランくらいでしょうか?開いているのは。

ということで、今日はまだやっているだろうクリスマス市を覗きにジャンダルメンマルクト広場(Gendarmenmarkt)にやってきました。


こちらのクリスマスマーケット、実は入場料が必要でした。
だから、ケチなkおばちゃんは昼間のクリスマス市を柵の外から眺めてみました。



フランスドームの教会、残念ながらクリスマス中は中を拝観できないようです。



壁に掲げられていたプレート。



このあたりは、たしかフランスから入植してきたユグノー教徒によって開発されたのよね。



残念でした。

こちらは、反対側にあるヒルトンホテル。


壁の壊れた翌年初ベルリンの時滞在したホテル。

当時この広場はまるで資材置き場のような状態。ドイツ一、いえそれどころかヨーロッパ随一の美しい広場と言われていた片鱗もありませんでした。
しかし、機内でみた『ブリッジ・オブ・スパイ』のなかで、戦後ここを占領していたソ連がベルリンを再興するつもりがなかった・・というセリフを聞いて納得したのであります。

滞在時はヒルトンと名乗りながら、部屋のスリッパにはドームホテルという名前の上にヒルトンの名前が貼ってあっただけ・・というのを思い出しました。
(誰が剥したか・・・)

敷居が高くて中に入れないkおばちゃんです。



実はここにやってきたのはコンチェルトハウスの音楽会を聞くため。当日券売り場に並びます。



午後3時からですが、早々と中に入ってしまいました。



実は起きてからコーヒーが飲みたくてしょうがなかったのですが、ホテルの朝食はスキップしてしまったし、周りのお店はすべて休みだし・・とコーヒーが飲みたくてしかたなかったのです。
ケーキは・・ついで・・

それにしても人気イベント?か当日券の残りも少なかったです。
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深夜の大移動(フランクフルト)

2018-12-05 16:59:40 | ドイツ
今日も新しい駅の名前が決まったと。虎の門ヒルズ・・まあ、そうだろうな。
森ビルグループのど真ん中に駅作るんだから、看板商品の名前でしょうね。

一方昨日決まった山手線の駅。まるで、中間管理職があっちにもこっちにも気を使ったつけたという名前ね。

ホントは泉岳寺駅の脇にできるんだから泉岳寺でよいのじゃ?と思ったけど、本家のお寺から文句がでて訴訟になりかけたといういわくつきだからね。それに大企業のプライドが許さないでしょうね。

高輪というのも、kおばちゃん的には違う気がしてた。
既存の「高輪台」とか「白金高輪」のイメージが強いので、あそこは高輪ったってはずれでしょ・・とおもったたからね。

地元も「高輪」が入ってよかった!というポジティブ派と「よけいなものが付いた」というネガティブ派がいましたけど、ま、落としどころとしてはこんなものん?と思っているkおばちゃんです。


さてさて続き続き・・



○2015年12月25日(金)

Flughafen Fernbahnhof長距離空港駅で列車を待つkおばちゃん。


列車の表示をみれば・・・ああそうだよね。まともに走ってるはずないよね。
なんたって、今日はクリスマス。普通は家族そろってお家でお祝いしてまったりしている時間だものね。

10分遅れなんて可愛いものか・・

飛行機の遅延を心配して、時間的にゆとりを見過ぎて。。結局1時間以上駅で待つはめになってしまいました。
ターミナルに戻っても良いのですが・・なんせ離れている。遠い。
荷物をもってあっちえいったり、こっちへいったり・・と言うのもねー。

でもホームで待っていると寒いので、一応待合ができるホームの上の場所に移動しました。


それにしても・・人がいない。
まだ、18時にもなっていないんです。
それにお店もほとんど開いていません。こんな日に働く人も移動する人もね、いないということです。

ようやく出発時刻が近づいてきたので、再びホームにもどりました・・が、人がいない!


前の列車が遅れていたので、心配しましたがkおばちゃんの列車は時刻通りやってきました。一安心。


まずはハノーバーまでです。

暖かい車内に入ったら一気に眠気が・・いかんいかん!ここで気を抜いては。
ハノーバーで乗り換えなければいけないのです。この乗り換え時間が・・10分しかないのです。

なんせ、大荷物でしかもホームが違う!遅延したら乗り継げないかも!!という心配もかかえていました。
それにICE同士の乗継なので、待ってくれる??ということがあるかどうかも不明。
もし乗り継げなかったら、本日中に今日のお宿に到着できない!と言うことになってしまいます。

いえ、もっと直接むかう列車もあったのですが・・なんせ、早割の値段に魅かれてしまったのです。

無事ハノーバー駅に定刻到着。あちらのホームに移動です。


結構な人数おりました。皆さんkおばちゃん同様乗り換えのようです。


が、このホームには下りのエスカレーターがありませんでした。小さなエレベーターがあるのみ。
みなさん動作がゆっくりなのであせります。(日本人のせっかち)

まあ、なんとか間に合いました。


なんとなく、今日まで勤務だった人が家族のもとに帰る・・実家に帰る・・って感じのお客さんが多かった気がします。

乗り換えの列車は終着なので安心して乗っていました。
まあ、日本からの持参のコンビニ弁当なんかも食べてましたけどね。

ようやく本日のお宿の地、ベルリン中央駅に到着です。

さすがにここも人が・・もっとも23時過ぎてますからね。

ここから宿までタクシー・・に乗ったら、せっかくの節約の元も子もありません。

今日使った切符はこんな値段だったんです。


フランクフルト空港からベルリンまでたったの19ユーロ。
心配性のkおばちゃんは、それに座席指定したので4.5ユーロ追加。
さらに、ベルリン中央駅から宿までの市内交通の切符、2.7ユーロ。
合計で26.2ユーロでした。安いでしょ!!

ということで、体を張って?節約にいそしんだkおばちゃんでした。
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〆は第9で(ベルリン)

2018-11-30 18:22:18 | ドイツ
今日は昨日よりちと寒いが・・まあこれが普通?
今朝発覚したのは・・・きのう、新しいスニーカーを捨ててしまった・・という事実。
がーーんであります。

まったく何やってんだか。そうとうボケと思い込みが来てしまってます。気をつけないと。

そうそう、永田町界隈で騒いでいる外国人なんちゃら・・で、日本のではあまり報道されてないけれども、ぶったまげたニュースが。

なんと、ここにある通り、ドイツでトルコ人の技能労働者を大量に募集してるとか。ドイツ在住じゃありませんよ。トルコに住んでいる!というやつです。
イロイロ条件はあるようですが、トルコ人が取締役をしているドイツの人材派遣会社が大々的に募集始めたそうです。

ドイツのトルコ人は、それこそ現場労働力として昔ドイツは1950年代・60年代に積極的に受け入れていた経緯があります。
核物質の処理とか、ドイツ人がやりたがらない職で。

その後いろいろあって現在のようになり、ドイツ語のしゃべれないというかドイツ語ができなくても生活できるコミュニティができあがってしまっていて・・

難民と、移民は違うのであって、専門職の労働力不足(看護士なんか)はひどそうです。
こういう現状も日本のますゴミさん、議員の皆さんちゃんと勉強してくださいね。


さて、よけいなことはほっといて・・


○2015年10月10日(土)

ベルリンの二子玉Schloßstraßeでお買いものをすませたkおばちゃん。ホテルへ戻って一休みです。
今日は、今回の旅行の実質上の最終日。だから夜のご予定も最終イベントとなります。


ホテルでゆっくりし過ぎたわけではないのですが、週末の道路は大混雑。まさかの大渋滞。
バスに乗車しても、おまけに定員というかセンサーに引っ掛かってドアーが閉まらないのに誰も降りないし、身を引く(奥につめる)こともしないのでまさかの遅刻………

なんとか場内に入ったけれど着席するまもなく、1楽章が始まっちまいました。
2楽章に入る前に無理やり着席して、ラトルににらまれた?

今回の旅を締めくくるというか、ベートーベンチクルス最後は集大成の第9です。

このチケットを入手するために、発売日に日本でちょいと苦労したのでありました。発売と同時にポチっても速度の遅い回線のkおばちゃんは67番目の受付で、希望のカテゴリーのほぼ選択肢のない状態だったのです。
そんな苦労をして入手したにもかかわらず・・遅刻ギリギリでした。



演奏会は無事・・終了です。

Ludwig van Beethoven
Symphonie Nr. 9 d-Moll op. 125 mit Schlusschor über Schillers Ode »An die Freude«

BERLINER PHILHARMONIKER
SIR SIMON RATTLE
Annette Dasch Sopran,
Eva Vogel Mezzosopran,
Christian Elsner Tenor,
Dimitry Ivashchenko Bass,
Rundfunkchor Berlin, Simon Halsey Einstudierung

第9も、この前のシンフォニーと同じで、古楽器的な響きを感じる音楽でした。
特に4楽章のビオラと合唱が4部に別れて演奏する箇所は、ノンビブラートを指示された??ってな感じでした。

ただし・・・kおばちゃん的にはあれ??と思うところも。

冒頭のバスソロ・・フロイデが一個多かった気がするんだけど・・気のせいかな??
Freude,schöner GötterfunkenがFreude,Freude Götterfunken,と聞こえたのは・・私の耳が悪いんだろうな・・

別の日の演奏はここでちょこっと見ることができます。

合唱も素晴らしかったです。


やったね!


木管楽器ももちろん。ラトル氏も大満足です。


もちろん、全員すばらしい演奏でした。


全員がはけた後にも、ソリストのみなさんとラトル氏は再び登壇。みなさんにご挨拶です。


後ろの席のみなさんにもご挨拶です。


さ、皆さんと帰りましょう。


お土産代わりに、CDなんか買っちゃいました。


最後の晩餐は、不健康そのもの。ベルリンのジャンクフード、カリーブルストCurry 36でいただきました。


さ、帰ったら荷物を整理して・・なんて思っていたのですが、バタンキューになりそうですね。
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ベルリンの二子玉(ベルリン)

2018-11-28 18:57:06 | ドイツ
今日は寝坊をしてしまいました。
目が覚めたのは・・・8時。なんだか外が明るいなーと思ったのですが。

上司殿には「お若いですなー、私なんか4時に目が覚めちゃいますよ」と。いえ、たんにだらしないだけです。トホホ

それにしても厚いと感じるほどの暖かさ。なんだか体がまだ冬仕様にならない感じで困ったもんです。
そういえば、寝具を冬仕様にしてしまったから余計眠りが深いのかも・・って冬眠状態ですね。

さてさて。。






○2015年10月10日(土)

そんなにオタクじゃないkおばちゃん。
ベルリンS バーン博物館Berliner S-Bahn-Museumの見学はもうこれで十分です。

ということで、外に出ました。


右側の建物の2階が展示スペースです。1階はなんなんでしょうね。

駅に戻るにはこんな獣道?があったので利用してみました。


これは昨日利用した自転車屋さん。ボートレンタルもあるけれど・・この季節は借りる人がいないんじゃないでしょうかね。


駅に戻ってきたのはお昼過ぎ・・さて、お昼ご飯代わりに・・・お茶でも飲みに行きましょう。


S-bahnをニコラスゼーNikolasseeで乗り換えます。


この駅のわきはアウトバーンがあり、車がビュンビュン走っています。


周りはこんな感じです。


昔、友人がこのあたりに住んでいたので懐かしいです。

で、向かった先は・・こちらのお店です。コンディトライ・ラビーンKonditorei Rabien


ここのお店は今でこそ日本でも有名になりましたが、その昔はただの街のお菓子屋さんと言う感じでした。
昔、友人のすすめで、このお店のバームクーヘンを頂いて『あ、これが日本人の味覚にあう、美味しいバームクーヘンだ!』と思いました。
ここ数年で、いろいろなメディアでとりあげられて・・すっかり有名になっちゃって・・と思っていたのですが、訪問するチャンスが全然なく久しぶりに訪れてびっくりです。こんなにきれいになっちゃっていて!

それにお客さんも大勢!!!


まったく昔の面影はありません。日本語のHPまで出来ちゃってます・

久しぶりにお土産用にバームクーヘンを購入!

ついでにお茶で一休みです。

おお、土日祝日も営業ですね。


帰りは、疲れたのでバスに乗ることにしました。


やってきたのは、このあたりの中心的なショッピングゾーンです。
このあたりシュテーグリッツ=ツェーレンドルフSteglitz-Zehlendorfはベルリンの南西部にあたるのかな?
kおばちゃんの感覚では高級住宅地だと思います。kおばちゃんの友人もメイドがいる家庭でしたから。

そう、東京で言えば世田谷区??なんて感じですかね。

で、この地区のショッピングエリアはSchloßstraßeという通り。そこへやってきたのです。
東京で言ったら丁度二子玉川。。ニコタマのような感じの場所です。

Schloßstraßeのシンボルのような建物はこの奇妙な建物。Bierpinsel


Bierpinselビアピンゼルとでも発音するのでしょうか?
もともとは1976年10月13日にオープンしたタワーレストランだったそうですが、2010~2011年の冬におきた水道管の破裂事故で内部が大きなダメージをうけたそうで、2015年も内部はまだ閉鎖されたままでした。

その先に大きなしょっぴんぶセンターがあり・・・そこで散在したkおばちゃんでした。


困ったもんですね。




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まあるい環状線(ベルリン)

2018-11-27 19:06:42 | ドイツ
ここの所寒かったのでガッツリおでんを煮込んでいたのいたのに・・今週はなぜか暖かい。
まあ、しょうがないですね。

ゴーンショック、ワイドショーは全然無視なのね。
スポンサー関係か、物事が複雑すぎであつかわないのか、なんかヘン。

落ち葉も遅い感じで、休日にお布団を干しても日が当たらないなーと思ってみたら、南側にある木が全然落葉してなかった。

さて、また間があいちゃいましたけど・・続きです。




○2015年10月10日(土)

ベルリンS バーン博物館Berliner S-Bahn-Museumの見学を始めます。
フロアーは日本式の2階のみでしたね。

こちらの運営は、同好会のメンバーでなされているとか。所謂オタクですね。

なんだか展示も・・マニアック?あそこにたっているおじさんはメンバーで解説員のようです。


これはレールの断面ですね。

こんなに小さいオタクも。まだ予備軍ですね。


見学者もオタク・・こちらはポイント切り替え器(分岐器)ですね。


こちらはパネルでの展示ですが、10月7日に訪問したフリードリッヒ通り駅Bahnhof Berlin Friedrichstraße。


境界越えは徹底的に検査?ということでしょうか。


現場の安全啓発ポスターとか


当時のシートはこんな感じだったのでしょうね。


オタク談義中・・でしょうか。


こんなコレクションも。券売機ですね。


でも、これなんか記憶にある気が・・


さすがにこの券売機は知りません。


これは指令デスク?


物販のコーナーもありオタクが・・


DVDも売ってます。


こんなものもまで・・


kおばちゃん的には一番興味深かったのはこちらの路線図


分断されていた時代のものですね。
真ん中の左側のグレーの線に囲まれてい部分だけが西ベルリン。
西ベルリンはほぼU-bahn(地下鉄)しか走っていません。

これも分断当時の西の路線図かな?


1936年当時だったかな・・の路線図では、大阪や東京と同じようにちゃんとベルリンをぐるっと取り囲む環状線が走っているんですよね。


『まあるい緑の山手、真ん中通るは中央線・・』っていうCMソングを思い出すよな感じですよね。

これは4分割された当時路線図だったかな??忘れてます。


現在はもちろん41と42号線がぐるりとベルリンを囲んで走っていますね。


にわかオタクなので、展示のすごさがちっともわかってませんが・・


オタクのオタクによる、オタクのための展示でした。
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入場券は硬券(ベルリン)

2018-11-22 17:59:31 | ドイツ
なんだか世間様が騒々しいようで、確信が出てこない感がある日産問題。

あぶりだされてきたのは、ルノーとの問題。

ゴーンさん(いまは容疑者)何を思ってるのでしょうね、留置場の中で。

kおばちゃん的にものすごく気になるのは、彼の弁護士。
本拠地がおパリだけれども、日本に個人弁護士との契約があるのかな?ということ。
会社との問題だからもちろん会社の顧問弁護士は使えないでしょうしね。

たぶん、外国人専門の弁護士(団)がもうついているでしょうけど、そういう準備があったのか、それとも急きょ契約したのか。
そんなことが気になるkおばちゃんです。

会社の経費うんぬんかんぬんの話は、CEOとして具体的にどのような契約になっていたかによって違ってくるといいます。
かのドイツの国民車のCEOは自宅池の鯉のための浄水器?の費用まで会社経費として支出しているけど、契約のうちだとか。

だから、ルノーの主張もわからなくはない。

20日たって保釈されたときにどう出るのか・・

ドラマは始まったばかりですね。



●2015年10月10日(土)

さて、今日もお出かけです。週末なのにね。
実は今回はABCゾーンの一週間券を入手しているので、もとをとろうというさもしい根性もあります。

朝ご飯はホテルでガッツリいただきました。


今日もs-bahnにせっせと乗ります。


で、到着したのは・・・昨日と同じGriebnitzsee駅


でも、今日は自転車にはのりませんよ。

昨日は見落としてしまいましたが、ベルリンの壁の小道の説明文が展示してありました。


昨日と違って今日は良いお天気なので、船遊びもたのしそうなんだけど。。


綺麗な紅葉を横目に昨日と反対側に進みます。


おお、こっちで合ってますね。



kおばちゃんの本日の第一の目的地は、こちら、ベルリンS バーン博物館Berliner S-Bahn-Museumです。

ちょっとドキドキしてきました。


この博物館は毎日は開館してません。4〜11月まで毎月第2土曜・日曜だけの会館だそうです。

こんなものまで、外に展示してあります。


なんだかワクワクします。




入り口はあそこですね。


あ、切符売り場!でも誰もいません。


2階に進みます。


どうも、こちらが切符いえ、入場券売り場のようですね。


おお!入場券もちゃんと切符になっています。しかも硬券!


さて、館内を見てます。
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オケピットを出て(ベルリン)

2018-11-20 19:31:00 | ドイツ
機能からのゴーン氏関係のニュース。
聞けば聞くほど、ことの真相がわからなくなってくる。

いったいこの企業は何をしたいのか・・たぶんゴーン体制を断ち切りたかったんだろうな・・とは思うけど、なんと荒療治な。
まあ、そうでもしないといつまでも会長として君臨してしまう、というのはどの企業でもありがち。

ゴーン氏がいなければ、ここまで経営を回復できなかったのも事実。
人間って引き際、切り替え際が難しいのね。

それにしても日産のジェットの機体番号がN155ANって・・誰が思いつ言ったんでしょうね。


さてさて。。



○2015年10月9日(金)

よく運動しました。普段はまったく自転車なんか乗らないので、足がパンパンです。
歩くのもたいへんだけど、自転車も大変・・ということが良くわかりました。

さて、後は夜のご予定があるだけですので、いったん宿に戻ります。
でも、その前にちょっとお買いもの・・ったって食料ですけどね。


ここのデパートも食品以外ご縁がなくなってきている・・

さーて、お次に向かうのには・・バスが良いみたいです。



建物が見えてきました。やってきたのはKomische Oper Berlinコミッシュオペラです。


お客様もぞくぞくです。


今晩は・・ステージの上に椅子がいっぱい並んでます。


そしてなんと・・舞台装置のような反響版まであります。初めて見た!


本来コミッシュオペラは歌劇場なんですけど、今日は『劇』はありません。演奏会なんです!

本日のプログラムは・・こちらでございます。


ネヴィル・マリナー氏 Sir Neville Marrinerによる演奏会です。
プログラムはメンデルスゾーンがいっぱい!
夏の夜の夢Ein Sommernachtstraumから、5.7.9.11そしてなぜか2番?
バイオリン協奏曲は、ソリストにAugustin Hadelichオーガスティン・ハーデリッヒ

休憩をはさんて
フィンガルの洞窟Die Hebriden

そして
交響曲第4番 イタリアです。

コンチェルトハウスやフィルハーモニーじゃない演奏会。


古色蒼然とした内装ですが、kおばちゃんは好きです。

シャンデリアもすごいでしょ?


中なk不思議な響き。


なんだか木管の響きが弦楽器よりもやけに近く感じました。

まあ、距離も近いしね。

本日のコンミスです。

そしてコンチェルトのソリストだったAugustin Hadelichオーガスティン・ハーデリッヒ氏。まだまだ若い青年です。


どうやらネヴィル・マリナー氏の秘蔵子みたいですね。


これからの活躍が楽しみですね。


※この翌年2016年にはグラミー賞“最優秀クラシック・インストゥルメンタル・ソロ賞”(「Dutilleux: Violin Concerto, L'Arbre Des Songes」)受賞。同年にはBBCプロムスにデビューしているようです。

ステージと客席がこんなに近いから・・バランスはしかたがないかもしれませんね。


コミッシュオペラ、今度はオペラを見に来たいですね。


終演後、100番バスに乗ろうとBebelplatzベーベル広場に向かうと・・あらまプロジェクションマッピング?


カラフルなことになってました。


なんだか不思議な模様。建物自体にも彫刻があるのにね。


ゆっくり見ていたいけど、今日も一日お疲れのkおばちゃん、適当に切り上げて帰りました。
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バベルスベルク公園を通って(ポツダム)

2018-11-19 20:21:36 | ドイツ
今日夕方入ってきたニュース、ゴーン氏の逮捕・・か??というもの。

後だしだけれども、役員解任の動きが報道されるということは、水面下ではちゃくちゃくとすすめられていた。。というか、あぶりだされていたということなんでしょうね。

センセーショナルに登場したゴーン氏。
外圧じゃないと代えられない日本の会社組織にざっくりと切り込んで、整理していった手腕はたいしたものだけれども、それだけに敵も多いのでしょう。

良い悪いはkおばちゃんにはわからないけど、時代が確実にかわっていくのね。


さてどうなるんでしょうね・・











○2015年10月9日(金)

オランダ街でお昼をいただいた後は。。帰るだけです。

kおばちゃんの借りた自転車はポツダム中央駅にもお店があるのですが、当初かりたGriebnitzseeに返すという契約にしてしまったので・・帰らなければいけないのです。

中央駅に向かう途中、ショートカットで通った公園?広場?でセグウエィにぶつかられかけました。
自転車とともに観光手段として最近セグウェイは人気のようで、これで街中を走るつあーがあるのですが、なんせ初心者が多い。
ということで、最初は乗り方の練習ということで、練習しているところに出会ってしまったのです。

向こうの方が値段も、がたいもデカいのでちょっと怖かったです。

何とか楽して帰ろう・・ともくろむkおばちゃん。少しでも距離の短いところを通ろうとしているのもいけないのですよね。
Freundschaftsinsel友情の島?を通り抜けます。


この自転車の山


ポツダム中央駅です。


駐輪場は??こんな雑然と止めておいて大丈夫??

中央駅を通り、まだえっちら自転車をこぐkおばちゃんです。

普段全く乗らないので・・足がぱんぱん。

で、やっとたどり着いたのはこちらです。


バベルスベルク公園Park Babelsberです。


この公園はあの、ポーランドとドイツにまたがって造営された・・というかのちに分割されてしまったムスカウ公園の持ち主ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウHermann von Pückler-Muskauによって整備されたようです。

そういわれれば、起伏に飛んだつくりが・・似てるかも・・


Flatowturm 実用があるのかどうかは?


ティーファー湖Tiefer Seeの向こうにみえるのは・・ポツダム?


さっき渡ったGlienicker Brückeグリーニッケ橋です。丁度観光船が・・


公園の中もフラットではないので・・えっちらおっちらこいでこいで・・やっとここまで。


Dampfmaschinenhaus蒸気機関の家?

kおばちゃんにはごみ焼却場に見えてしまいました。

対岸はさきほどさまよったクライン グリーニッケ Klein Glienickeとグリーニッケの狩猟館Jagdschlossかな。 Glienicke


あの橋を渡っていったのね。Parkbrücke公園橋。


あ、あの方たちはこれから行くのかな?


駅に向かって走る途中にも、東西の壁のあとの小道の標識が。


Karl-Marx-Straßeカールマルクス通りに戻ってきました。駅はもうすぐ。。


そういえば、この通りの駅に近い場所にトルーマンハウスというものがり、ここでポツダムでの交渉のなかでトルーマンが原爆の投下を決めた家・・と言われています。

見るのを忘れた粗忽なkおばちゃんです。

無事自転車返却!ああよかった。


めいっぱいサドルの下げられた自転車です。

まだ、時間がすこしあるので、駅前のこの光景がきになって・・


紅葉がきれい!!


この階段を上ったところが駅です。


船着き場になっています。


いつか乗ってみたいなー。
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オランダ風・・じゃない食事(ポツダム)

2018-11-16 19:22:55 | ドイツ
一段と肌寒くなり、何を着て良いかわからなくなってきてます。
おデブなkおばちゃんは、肌寒くてもちょっと暴れたただけで汗をかくからです。

家を出るときの外気温に合わせると、駅まで歩いているうちに暑くなってくるのがわかってるからね。
まあ、寒くなったら暴れろ・・ということですね。

昨日の朝の電車、折り返しの電車に座ってこのところ通勤しているのですが、出入り口に物が散乱していたのです。よく見ると女の子用のお弁当のお箸とか、あとはチラシ??
みんなそれを跨いで車内にはいってくるのだけれども。。なんかなー・
チラシや紙だけだったら踏んずけちゃうんでしょうけど、ピンクのお箸が・・
kおばちゃん、まさにおばちゃん根性でひとまとめに拾って・・・網棚にポイしてきました、

まあ、ゴミにはなっちゃうでしょうけどね。
拾っている間、座る席には荷物を置いてキープ!
戻ったらkおばちゃんよりおデブなお兄ちゃんが隣に来ていた(笑)
どうも座り心地が悪かったか・・よそに移って行ったとさ。

さて続き



○2015年10月9日(金)


ポツダムのオランダ街にたどり着いたkおばちゃん。
ここに来た目的は・・観光もありますが、お昼を食べようと思っていたのです。
それにしても・大まかな地図しかもってません。

Nauener Torをくぐって入ると、こんな大きな通りが・・・たぶん左側がオランダ街かな。


左に入ったMittelstraßeミッテル通りはこんなふうにずとーーんと。


整然と並んだ建物がオランダ風?


その先、左右に広がる通りBenkertstraßeベンカート通りは並木が美しいです。


飲食店も軒をそろえているみたい。


この区域をうろうろと探すkおばちゃん。そう、探すのはお食事処ですが・・


うーーん。あのマークはミュンヘンのビール屋さんだな・・

ここは携帯ショップ?


オランダ風のファザードの美しい建物・・なんだったかな・・


このあたりはオランダの建築家Boumannによって1740年頃に建てられたオランダ風の赤レンガの家が密集しているんですね。

見てはまわったのですが、時間も中途半端のせいか、kおばちゃんにぴったりくるお店がみつかりませんでしたが・・とりあえず一つに入り・・まずビール!


残念ながらオランダビールじゃありません。

お隣のテーブルは家族連れ・・がんばれ!お父さん。娘二人じゃたいへんだなー・・

レンタサイクル店でもらったモデルコースのルートを眺めて・・ああ、kおばちゃんは短縮版ね。


と、改めて確認。

このお店は・・実はパンケーキ屋さんのようなんですが。。


Poffertjes en Pannekoeken
オランダ風カフェなのですが腹ペコのkおばちゃんが頼んだのはこんなのも。


どこがオランダ風なんだか・・なんかバリバリのドイツ飯ですよね。

だって、おなかが空いてたんですもん。


お勘定はこんな感じです。


お外で食事されてるお客様もいらっしゃいます。


お店の外観にはタバコの文字がありますけど・・タバコ屋さんだったのかな?


kおばちゃんの乗ってきた自転車もきちんとありました。


ものすごく重たいチェーンが付いてます。で、それをどこにくっつkてたらいいのやら・・と、手前にあったスタンドには止めませんでした。

さておなかもいっぱいになったし・・・振り出しに戻りましょうかね。

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オランダ街をめざして(ポツダム)

2018-11-13 19:08:00 | ドイツ
だんだん本来の季節に戻ってきたのでしょうけど、体の方がついてかない感じです。

プラスチックゴミの削減のため、レジ袋なんかを有料にとかニュースで言ってますけど、kおばちゃん的には何でパン屋の小袋が問題にならないのか不思議。
パン屋(パン専門店)でパンを買うと、種類別にビニール袋にいれてくれるんだけど、外国、特にどいつなんかだと、紙袋なんだよね。
小さい紙袋にいれてくれるので、食べ終わったら紙ごみです。

日本はへんな潔癖主義なんだか、なんでいちいちビニール袋にいれるんでしょうね?
まず、あれから削減すべきでは??と思ってるkおばちゃんです。

我が家ではもちろんゴミの小袋に再利用してますけど、それだけじゃ消費しきれなくてただのゴミになる確率が高いです。

誰も言わないのがちょっと不思議と思っております。



さてさて・・


○2015年10月9日(金)

東ドイツの飛び地を眺め終わったkおばちゃん。再びここにやってきました。


今では有名になってしまったグリーニッケ橋(グリーニッカー)Glienicker Brücke。
現在では日本語でグリーニッカー橋として定着していますね。

kおばちゃんがここを最初に訪問したのは20013年5月31日そのときのことは2013年12月10日に書きましたね。

あれから、映画のぶたいにまでなっちゃって、超有名です。日本の観光客も立ち止まるようになりましたが・・kおばちゃんはとりあえず通過!

乗りなれない自転車をえっちらおっちら・・人の少ない道を選びます。


このあたりは右側にJungfernseeユングフェルン湖と呼ばれる湖が広がっています。


先の方に見えてきたのはMeierei と呼ばれている建物。


もともとは18世紀に建てられたようですけど、今は醸造設備のあるレストランになってるみたいですね。

奥に見えるのはツェツィリエンホフ宮殿Schloss Cecilienhof


本当だったら中を見学したいところだけれども・・ちょっと時間がないかなー。
駆け足で見学すべきところじゃないですよね。とくに日本人は。あのポツダム宣言が作成されたばしょです。

今日は・・・ごめんなさい。

こんなものもあるみたいですが・・洞窟??


さらに走ると、こんな道標をみつけました。Berliner Mauerwegベルリンの壁の小道?


東西の壁にそってつけられた道標とききました。
この画像の場所はGroße Weinmeisterstraßeあたりです。

ツェツィリエンホフ宮殿のあたりには確かにいわゆるベルリンの壁があったとききます。
でも、それは先ほほど通ったJungfernseeユングフェルン湖沿いに立っていた・・と聞いています。

ここの地図で検索でいます。
(地図は動かせます)

さて、どっちへ進めばいいのかなー


またまた、、どちらに進むべきか・・


特徴ある建物ですよね。アレクサンドロフカAlexandrowkaとよばれる建物のようです。


名前の通り、ロシアの植民地風・・と言った建物ですね。
ロイセンの王フリードリッヒ・ヴィルヘルム3世の命令で1826年~1827年に建てられたそうです。

ここも外観のみ!

こんなポンプもありました。


さて、おなかも空いてきた。先を急ぎます。


やっと入り口が見えてきました。Nauener Torナウエン門です。


kおばちゃんのもう一つの目的地はこの門をはいったところにあるはずです。


オランダ街と呼ばれる地区です。
ほら、なんとなく建物がオランダでしょ?

あーおなかが空いた!
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小さな東ドイツ(ポツダム)

2018-11-12 18:01:10 | ドイツ
物持ちのいいkおばちゃん。
土曜日にTVを捨てた。っていってもブラウン管TV。
見ることもできないのに後生大事にもっていたのであります。それも2台も・・

リサイクル法になり、買い換えじゃないと処分がめんどくさくなって・・のびのびになっていたのです。

で、思い切って重い腰をあげて処分しました。
ちゃんと、法律にのっとって、リサイクル券を郵便局で購入して、指定業者に持ち込みました。

やってしまえば、なんてことない作業なのですが、それをやろうという努力をしなかった・・

とりあえず、身軽にはなったのだけれど・・テレビ2個捨てただけじゃちっともすっきりしないkおばちゃんです。




○2015年10月9日(金)

Griebnitzsee グリエブニッツゼーからサイクリングの旅に出たkおばちゃん。
本筋だったら、ポツダムの駅から出ればいいんですけどね、ちょっと寄ってみたいところがあったこの駅からのスタートです。

住宅街を走ります。
結構立派な邸宅が並んでします。
よたよた走っているkおばちゃんは、画像をとる余力はありませんので・・あしからず。
確か、記憶が正しければこのあたりにあの「ポツダム会談」の時の連合軍の本拠地になっていた館もあったはず・・なんて思ってるのですが。

えっちらおっちら走ってやっとたどり着いたのはこんなところ。


草がぼうぼう・・で見通しが悪いですが、橋です。
Parkbrücke公園橋とでもいうのでしょうか。

橋の上からの眺めです。こちら側の奥が、いわゆるポツダムです。


で、反対側は・・グリープニッツ湖 Griebnitzseeに繋がっているTeltowkanal運河にかかっている橋です。


端を渡った地区は、クライン グリーニッケ Klein Glienickeと呼ばれる地区で、その名前が示す通り以前kおばちゃんが散策したSchloss Glienickeグリーニッケ城に続く地区なのです。

ということは・・東西分断の時は『西側に属していた地区』のはずなのですが、このあたりは複雑に入り組んでいるそうです。

kおばちゃんが降り立ったGriebnitzsee グリエブニッツゼのあたりは、ブランデンブルグ州なので、当然「東側」なので、本来この橋を渡ったら西側のはずなんですけどね。

端を渡ったところに、このような歴史的?な説明文がたっていたようですが・・kおばちゃんは画像に収めただけです。


案の定、ちょいちょいと走ったらこんなところに出てしまいました。


そう、Schloss Glienickeグリーニッケ城の入り口です。


いえいえい、今日の目的地はここではありません。その手前その手前。

2014年10月5日に訪れたAllied Museum連合軍博物館にこのあたりの地図がのってました。


この画像の下の方にはみ出ている赤い不規則な形の部分・・がクライン グリーニッケ Klein Glienickeと呼ばれる地区です。

なんで、こんな複雑な境界線になったのかは・・・勉強不足でわかりません。

ただ、便宜上さっき渡ったParkbrücke公園橋のたもとに一応検問所があり、この地域に東側から入り時は特別な許可が必要だったと聞きます。

もともとは、先ほどのグリーニッケ城を作ったプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世の一番下の弟カール・フォン・プロイセン王子が、このあたりにスイスの山小屋風の邸宅をいくか建てた。。いうことです。

そこにたどり着く前に、目に入ったはこちら。グリーニッケの狩猟館Jagdschloss Glienicke


正しくはここはクライン グリーニッケには該当しません。


もともとは、17世紀にブランデンブルグ選帝侯がたてたものだとか。その後フリードリヒ1世 (プロイセン王)が18世紀にフランスのバロック様式にしたとか。


その後は紆余曲折があり・・大戦後一時はユースホステルになっていたとか。その後2003年までは青少年センターになっていたそうです。


2003年に火災が発生し・・その後修復中なのかな??資金がね・・

通り1本隔てると・・旧東独地域となっていたそうです。

そうそう、肝心のクライン グリーニッケですが・・こんな感じの通りが続く地域。


このような大き目な館もありますが。。


このような小屋が続く地域もあります。


日曜農園小屋??

そして、このスイス風な建物は・・カール・フォン・プロイセン王子が建てたスイス風小屋の一つでしょうか?


街角にはこんな不思議な動物も生息していました。


この画面の右側のグレーの標識が「東西の壁」のあった場所を示すもの。


不思議な地区です。

さあ、もう少し頑張って自転車をこぎましょう。


あの橋を渡らないと・・ね。

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