Kおばちゃんのつぶやき

日々徒然に思うことの備忘録

バイオリン弾きは人気者!?(トルン)

2013-09-27 20:31:58 | ポーランド
今日は2本だて・・

夕べは・・ついにポチってしまった。そう、ネットでPCを購入してしまったのです。
到着はまだ先だけどね。

キーボードが壊れてからずっと考えてはいたのですが、経済的に苦しいのもあってどうしようか・・と決断が付かなかったのだけれど、今日の朝までに購入するとキャンベーン価格が・・なんてうたい文句につられてしまったのです。

さて、つかこなせるか??

ところで・・またまたですが、少しバタバタして来ました。そう、懲りもせずに脱国します。また。
多聞、更新は無理かな?来月半ば過ぎまで・・ということで少しお休みするかもしれませんがご心配なく。

○5月28日(火)

トルンToruńの散歩は続きます。


精霊教会Holy Spirit Churchだったかな?

ギルドハウスのようなものだったでしょうか?


すっかり忘れています。




このあたりが旧市街の中心地でしょうか?

小雨の中カフェも人が閑散としています。


これは旧市庁舎だったかな?


この一角にコペルニクスの像があったと思います。

そんな旧市庁舎の一角に、コペルニクスに負けない人気者が・・


あら、バイオリンを弾いていますね。


足元にはカエルたちがいます。


どうも、ハーメルンの笛吹きのトルン番と言ったお話世のようです。

大発生したカエルをこのバイオリン弾きくんが、連れていったとか・・本との話でしょうか?


広場を離れて歩いて見ましょう。


あそこから外に出られるみたい。行ってみましょうね。


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SIM購入に挑む(ワルシャワ)

2013-09-27 12:30:59 | ポーランド
昨日はたこ焼きの町へ出稼ぎ。あちらの方がまだアジジ・・
前乗りで、一昨日の夜移動したのだけれど・・格安パック利用だったのだか、あてがわれたのはフロアーに別のキーが設定されているコンフォーとなんちゃら。
シングルがなくなったと行ってツインだけれどお茶の間付き。

一人で持ち込み寒中ハイで宴会だけれど、飲み足りなくて冷蔵庫を開けたけど寒中ハイがない。ビール、ワイン、ウイスキー・・もうそろそろ焼酎も市民権を得てよくなくない?

ちなみに何時も利用の国際派ホテルはおいてあります。市価の3倍弱で高いけどね。

そうそう、旅行の記録・・・すっぽ抜けているところがありました。一応時系列は乱れるけど追加しておきます。

ホント、ボケてきたんだから・・


○5月27日(月)

朝ごはんの後・・すぐショパンの心臓にご面会に行ったのではありません。

実はどうしても今日入手したいものがあったのです。それをやっと平日になったので買いに寄りました。
どうしても手に入れたいもの・・それはポーランドのSIMカードです。

ここ、ポーランドでモバイル通信を利用しようと思っている・・というか、ナビGPSのバックアップ用に欲しかったのです。
だって、日本の携帯会社を利用したローミングだと一日2000円使い利用料金が発生してしまうそうですからね。

ポーランドの通信事情をちょっとネットで調べたらドイツ同様SIM単体を購入することが出来るようなのでチャレンジです。
通信会社については、数社名前がでてきましたが・・とりあえず行き当たりばったりです。
町の中心地(商業地)を歩けば必ずそれらしきものはあるだろう・・という根拠のない自説ですがね。

kおばちゃんの滞在していた地区はその商業地の直ぐ外側でもあったので、プラプラとそれらしき地域に歩いて行きました。もちろんキョロキョロしながらですけどね。

で、見つけました。かなり大きなお店です。
でもね、一度は気がつかなくて通り過ぎてしまったんです。立派な店構え過ぎて・・だってまるで銀行の支店のような感じだったのです。

入り口から入ると・・番号札を取るようになっていました。どれだろう・・
入り口付近にいたおじさんが『なにか御用ですか?』と聞いてくれたので『この機械に入るSIMカードが欲しいのです。ここポーランドで使えるように』と申し出ると、番号を引いてくれて『直ぐに呼ばれます。多聞○△が相手をしますのでお待ちください』と言われました。

おお、ここまで順調!

あのおじさんの言った通り、直ぐに番号が呼ばれました。用件は入り口のおじさんから聞いていたのか○△さんはkおばちゃんの機械にあったSIMが欲しい。で使用は1週間程度。なんて説明。
○△さんは『この機械SIMフリー?』と聞いてきたのでもちろん!と答えると、じゃあコのセットが良いよ。と9ズロチのsimとチャージ分50ズロチを購入する書類。でそれを持って・・お帳場とでもいう支払窓口に行ってカードで支払・・でまた○△氏のいるデスクに戻る・・という流れでした。

そこで初めてsimの封をあけて中をとり出してセットアップ。kおばちゃんはおばちゃん根性で・・お任せです。すみません。


もちろん言語はポーランド語に変更して機械を差し出しました。

○△氏はセットアップがなかなか出来ず『これほんとにsimフリー?』なんて聞く始末。
結局最初の段階で・・ローミングが怖くてkおばちゃんが機内モードにしたままだったのがいけなかったようで、それを解除したら、確認のメッセージが届きました。

めでたしめでたし!!

ということで、kおばちゃんのスマホはポーランドの番号を入手して活躍し始めました。

ああ、よかった!

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小雨の中の町歩き(トルン)

2013-09-25 17:04:49 | ポーランド
三連休は忙しかったkおばちゃん。いえ、肉体労働です。
それにそろそろ涼しさも安定したかな?と思い久しぶりに髪を切りに。いえ、美容院なんて立派なところじゃありません。1000円のお店。
オッちゃん達に混じってkおばちゃん切ってもらいました。

なにぶんにも癖がある髪なので有名美容院で仕上げていただいてもあまりかわらない・・ということです。
ま、美には縁遠いのでどこでも一緒です。

で、休み中に迷っているのがパソコンの買い替え。ご多分に漏れずXPというのもあるのですが、キーボードが死んでしまったし・・画像処理がなあ・・などと思うとね。
友だちに相談したら最新鋭の8よりは7の方が断然いいとは言われたのですが、思う機種の売れ残りはないし・・と悩んでいます。どうすんべー

○5月28日(火)

さて、kおばちゃんの到着したのは本日のお宿のある町です。そこは、トルンToruńと言う町です。
そこの旧市街の外れに今晩のお宿はあります。

車があると、旧市街は何かと制約が多いのでそれの直ぐ外という選択肢を選びました。
で、さっそくチェックイン。・・の前に車を止めて駐車場を開けてもらって・・でしたけどね。

駐車場は建物の地下部分に続いていました。で、開いているスペースは結局地下。
そこから内部のエレベーターでフロントに出て手続きです。

鍵の変わりに暗証番号を渡されました。

お部屋は普通。日本でいったらビジネスホテルですね。


お部屋で一休みした後は、車から開放されたので散策にでました。
フロントで地図をもらい・・ね。

旧市街に入っても、雨の平日のためか人では少ないです。


トルンは日本人の大好きな世界遺産に1997年に旧市街が登録されたそうです。
トルンの名の由来は諸説あるようで・・タダ、言えるのはビスワ川の海運の要所だったということでしょう。

旧市街を歩き始めてぱっと目に付いたのはこのご婦人。


なんだろう・・と調べたのですがこれと言う答えに出会いませんでした。

ただ、設置された2011年にその制作費の金額で(高かった)批判をあびている・・と言う事だけはわかりましたけどね。

その他こんなプレートも。


これはMarian Gumowskiポーランドの歴史家と貨幣収集家だそうで、トルンで1974年にお亡くなりになっているそうです。

そぼ降る雨の中町を散策する人はkおばちゃんの他にもいますね。


街角にはこのような昔の姿の案内板もあります。


それに街角にはロバもいます。あれ・・あのグリルの看板は・・全国チェーンなのですかね。


そして、こちらのお方・・このトルンでの一番の有名人かもしれませんね。


ミコワイ・コペルニク Mikołaj Kopernik。地動説)を唱えた方です。
このトルンで1473年にお生まれになったそうでうす。

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農民のリズム(Obrowo)

2013-09-20 20:10:56 | ポーランド
夕べは少しは自重しての飲み会。だって、酔っ払うと痛い方の足にも十分に体重をかけてしまうのでね。

で、それが聞いたかどうかはわからないけどね、悪くはなっていないとは思いたいです。

なんだか注意力散漫になってるな・・・どうしよう。老人力がついてきなかな?

サテ、明日の予定は・・と手帳を見ないと安心できない生活になってきました。

○5月28日(火)

ソコロフSokołowoをあとに・・もう一箇所くらい立ち寄れるかな?ショパンゆかりの地を・・
と地図をみて近そうな場所に目的地をセット!出発です。


田舎から田舎への移動。道路も県道もしくは村道クラスでしょう。
ちょっと暗くなったら走るのはいやですね。

と思ったら、国道クラの道路にでました。
しばらく走ると右側に目的地が現れました。

で、適当に曲がって・・このあたりでしょうか?


でも、それらしき建物が・・

kおばちゃんが辿り着いたのはObrowoと言う集落です。
ここも、先程のソコロフSokołowo同様、シャファルニアszaaenia滞在中のショパンが訪れたことのあるマナーハウスが残っているとか。
ここには、ショパンを看取った姉のルドヴィカが滞在してたので15歳のショパン君は何回か訪問しているのかな?
そして、この村に滞在しているときに、ショパン少年は農民の収穫祭にで会い、酒を飲みながら陽気に歌い踊る姿に刺激されたと言われているらしい。
このときの体験が、民族的なリズムを取り入れた曲作りに生かされているんだとか。

その当時の建物が一応残っていると書いてあったので訪問したのでありますが・・これかな?


現在は役場として利用されているとは書いてあったけど、これ位しか『古くて大きな建物』は見つかりませんでした。

周りの看板には


特にショパンの文字はみあたらないな・・


まあ、5時をとっくに過ぎてしまっているので・・しまっていて当然なのですが、実はここでkおばちゃんあてにしていたことがあったのです。
それは・・おトイレをお借りする事。

ショパンの生家を後にしたあと、行っていません。トイレに。で、とっても行きたくなっているのです。困った!!



誰もいないよ!!
一瞬、草むらで・・と思ったのですが、嫁入り前??のおばちゃんです。ちょっと理性が邪魔をしました。
でも・・どうしよう!!!

と、思った時にさっき通った国道を思い出しました。国道10号線?の脇にあるのです。この建物。
そうそう、あそこにガソリンスタンドがあったような気が・・と気をとり直して車に乗りこみ走ります。

あった!!ガソリンスタンドです。かなり大きい!!レストランも併設してます。


とりあえず、駐車場に車を止めて・・・まずはトイレに直行です。

幸いな事に、ここのおトイレ無料でした。
スタンドによっては鍵を借りたり、有料ゲートがついていたりしているのですが、ここはレストラン利用者やスタンド利用者が使用するためか何のリミットもありませんでした。

それにしても、・・・すっきりして落ち着いたkおばちゃんです。
きちゃない話でごめんなさい。でもね、ドライブ旅行の一番の問題でもありますからね。

結局ご用だけ足させてもらって・・・・ガソリンも入れなければ食事もしない悪いkおばちゃんでした。

だって、ここで食事をすると、お宿に付くのが暗くなってしまう。それじゃいくらナビさまがあるとしても危ないですからね。

丁度向い側のあのあたり・・が先程の建物があった場所ですね。


さて、本日の予定は終了しましょ。
はやういとこお宿にチェックインしなくちゃね。
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田舎の好きなショパン(ソコロフ)

2013-09-19 18:14:57 | ポーランド
今日も朝からなんだか電車が大変だったみたいで・・kおばちゃんはバス回避。
今週は足を痛めてしまったのでしょうがないのだ。過積載と言われているkおばちゃんの足。何とかしなきゃね。

ああ、足を痛めていると言うのに今日は肉体労働。ご苦労様でした。
秋が定着してくれると良いのでありますけどね。

○5月28日(火)

さて、シャファルニアszaaenia詣でを一応終えて・・お次に向うのはショパン巡礼地図にある次の村です。


田舎なのよね。。まだ。雨もそこそこ降っています。


もうすぐ目的地・・のはずなんですが・・ここはソコロフSokołowoという村です。


3秒も掛からないで村を通過してしまいました。それだけの規模。あれ??おかしいな。
まあ、もっとも何が残っている・・といえば、ショパンが滞在したであろうマナーハウス(領主の館)が残っているかな?というていど。

で、それに匹敵するような建物を捜したのですが・・たぶんこれ?何か看板も立ってます。


とりあえず、車を止めて・・様子を伺いましょう。


何が書いてあるのでしょうか?


ポーランド語でちんぷんかんぷんですが・・ああ、やっぱりここだ!Chopinという単語がありました。


ここは、 Jan Białobłockiというショパン家の下宿人でもあった友だちの実家だそうです。ショパン青年はここにも シャファルニアszaaenia滞在の時に訪問しているそうです。

ショパンは案外田舎が好きだったのかもしれませんね。

残念ながらその友だちは彼らの訪問の数年後に亡くなってしまっているそうです。

現在はほンとに何も無い場所。
当時を偲ばせるのはこの建物だけれども・・現在は農畜産センターの管理下にあるようです。


まだ、明るいみたいなのでもう少し廻ってみようかしらね。
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ここは・・どこ??(シャファルニア)

2013-09-18 18:35:47 | ポーランド
昨日は薬を貼ったおかげか、横になっても足がそれほど痛まなかった。
それに夜の爽やかな冷気が気持ち良いですからね。

一時のクソ暑さはなくなったけど、その分体が付いてゆかない感じです。

9月末から10月半ばにとんでもない予定をたててしまってどうしようか頭を抱えているじょうたいですけどね。

さてどうなりますことやら・・

○5月28日(火)

さて、ショパンの生家訪問を終えたkおばちゃん。
お次は・・あそこにしよう。

実は昨日町をぶらついていたときに旧市街にあった観光局で入手した地図!これをもとにドライブしようとおもったのであります。
この地図はショパンゆかりの地をしるしてあるもの。

今晩のお宿に向うまでには数箇所印があります。でも・・すごい田舎だとは思うんですけどね。

今回の旅行に際して、新しいナビさまを仕入れたkおばちゃん。怖い物はありません(ウソ)
で、その一つをセット。出発です!

田舎道!


さて、そろそろ目的地かな?と思って・・


といってもその村のどこに目的地があるのかはわかっていないのですが・・
見渡せばこんな景色!


えーーと?どこ??

とふと携帯をとり出して、こちらの地図を確認すると????


なんじゃこれ?

だって、ケータイの地図はまだ、到達して無いんですよね。シャファルニアに。青い矢印が現在地です。


でも、ナビさまの標示は・・到着しています。


到着してるの?してないの??
だいたいここはシャファルニアszaaeniaなの??シャファルニアだったら・・ショパン博物館はどこ??

大混乱のまま、少し走ってみることにしました。

すると左側に柵が・・なんか匂うな・・


引き返して、門の前に止めて様子を伺います。


何か貼ってあります。あれ?帆立貝のまーく。これは巡礼地?


門がしまっていたので遠くから眺めますが・・どうもコの建物のようです。kおばちゃんの目的地は!


あーあ!残念。

ここシャファルニアszaaeniaば、ショパンが1824年と25年の夏に親友ドミニク・ジェヴァノフスキの実家で過ごしたと言う場所だそうです。
14、5才の多感な夏の体験は、その後のショパンの作曲に多大な影響を与えたといわれているそうです。

ワルシャワの両親に送った手紙には「Kuryer Szafarskiクリエル・シャファルスキ(シャファルニア通信)」タイトルをつけて、当時の出版物のマネをして検閲サインまでついてととか。

館の中は見学できなかったけど、雰囲気だけは味わったkおばちゃんです。
ショパンセンターのHPはここです。
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静かにお茶を(ジェラゾヴァ・ヴォラ)

2013-09-17 18:00:13 | ポーランド
9月の連休1回目。土曜はいつもより早おきで小さいお友達に会いに。
お礼に歌ってくれた校歌の元気に、思わず涙しそうになったkおばちゃんです。
で・・・その後続く長い一日。
最後の最後はただの酔っ払いになっていました。

で、日曜は大騒ぎな台風に備えて枝落としなんかしちゃったのだけど、家の階段を踏みはずしてまた肉離れ。
痛くて夜もろくろく眠れない。賞味期限切れのロキソニンを気は心で貼ったけれどね。

月曜は台風本番・・と思いきや肩透かしを食った感じ。
ま、なにごともなくて良ござんした。

で、今日ついでに新しいロキソニンもらってきました。もうコケタクナイケド。

○5月28日(火)

ジェラゾヴァ・ヴォラでのショパン詣で、お散歩も気持ち良いです。


途中でこんな子にもあいました。


向こうもお散歩中だったかな?

再び生家の前まで来て・・帰りましょう。


そういえば、気になる場所がありました。

これは外側から後でとったものですけどね、ここです。カフェとかいてありました。


こちらでお茶とリンゴパイで一休みです。


外は静かに雨が降っています。
店内はお客様も少なくゆっくりとした時が流れていました。

さて・・次は何処へゆこうかな?
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静かに響くショパンの調べ(ジェラゾヴァ・ヴォラ)

2013-09-13 21:05:02 | ポーランド
今日はとうとう・・やっと外回りのお仕事を終らせた・・といってもはんぶんだけれども。
暑い夏はいやだ、とずるずると引きずっていたのだけれども書類の有効期限がきれそうなのでしかたなく。

で、一筆書きで廻ったら・・要領よくできました。

それから、昨日に引き続いて鬼も笑う来年の航空券を買ってしまった。
はたして元気でいられますかね?
何を自分でも考えているんだかわかっていません。

○5月28日(火)

さてジェラゾヴァ・ヴォラŻelazowa Wolaのショパン詣では続きます。
復元された生家の中には現在も使用されていピアノもあります。


こちらです。残念ながらご本体は拝めませんでしたけれどね。


以前ここを訪れたことのある友人に、この庭で効く演奏会は素敵よ・・と聞いていました。

この部屋で演奏をして・・開け放たれた窓から聞こえてくるピアノの音・・ということらしいです。


ここから音が漏れ聞こえるのでしょうね。


外で思い思いにベンチに座って聞く・・そんな感じのようです。
ただ・・kおばちゃんが訪れた時にも、外で静かにピアノ曲が流れてきていましたので、どこかにスピーカーはあるようです。

日本の観光地のように煩い位の音ではけっしてありません。『あれ?なんか聞こえるよ・・』ってな程度です。
自然の、小鳥の声を聞きながらということらしいです。

こちらがこの家の主でしょうね。


そうそう、生家の中にはこのように、オリジナルのファクシミリでしょうけど、作曲したものがおいてあります。


なんか、こうみていて・・あれ?結構書き直してるのね・・なんて思ったkおばちゃんです。


苦労の跡が見て取れます。


天才は一日にしてならず・・でしょうか・


一通り見学が終ったので外に出て見ました。


こちらが正面からの遠景。


そしてこれを撮った後にはこのようにショパン様が鎮座いたしておりました。


ショパン像の正面はこんな感じなのですが・・


何故かお膝はツルツルです。


この記念館の敷地の中にはこのような池?もあり、その向こうにステージがありました。


おそらく夏の野外演奏会に使用されるのでしょうね。

こちら側にはこのようにベンチが置いてあります。


あちらには太鼓橋のようなものが見えます。


こちらが生家の裏側?ということでしょうか・


敷地内はこのように散策できる庭園になっています。


そんな片隅でこのようなものを見つけました。


お墓??のようにみえますけど・・

でも、お墓はおパリにありましたよね。ほら、これ・・


あれはいったいなんでしょうね?
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ショパン家の人々(ジェラゾヴァ・ヴォラ)

2013-09-12 18:15:55 | ポーランド
今日は再び暑くなってしまって・・残念!

外回りのお仕事をとってあって・・そろそろ片付けなきゃ・・とは思っているのですがなかなか・・
困ったものです。さて、どうしよう・・明日は涼しいか。

何を血迷ったか・・来年の夏の航空券を予約してしまったkおばちゃん。
はたして元気でいるんでしょうか?
それに・・もう一つ無謀な事を考えているのも事実です。どーーしよう。

○5月28日(火)

さてさてkおばちゃんが辿り着いたのは田舎です。


ジェラゾヴァ・ヴォラŻelazowa Wolaという村です。ここは、そうあのショパンの生まれた村だそうです。

この村でフレデリック・フランソワ・ショパンFryderyk Franciszek Chopinは1810年3月1日(諸説あるようですが)生まれたそうです。
但し・・生後7ヶ月の時に父の職業の関係でワルシャワにでて行ってしまったので、ここで生活した事は覚えていないでしょうけどね。
ただし、その後夏の休暇やクリスマスなどに兄弟で過ごした事はあったようです。

現在この村にはショパン記念館があります。でのこのことそこに出かけて行ったのです。

まあ、通り道でもあったのですがね。

敷地に入るとインフォメーションセンターのような建物があったのですが・・入場料が無料と言われてしまいました。あとでわかったのは火曜日は無料だそうです。

さっそく自由に散策させていただきます。


コの道の先に建物はありました。

中に入ると・・イロイロと展示してありました。


どうも説明書きによると、1933年にこの場所をショパン記念館として開設したときのもののようです。

復元する前は・・こんなのだったようです。


復元?した間取りの見取り図のようです。


これが、当時の周りの様子のようです。現在は樹木が大きくなってしまってますね。


この建物の姿は当時とかわってませんね。


中にはこのようなピアノも展示されています。


当時のピアノのようですが・・ショパンが弾いたもの・・のようですが・・・


壁にはこのような肖像画も掲げてありました。


残念ながら・・どなただったか忘れました。

で、こちらがショパンファミリーです。


上段右側 母親 ユスティナ・クシジャノフスカ
上段左側 父親 ニコラ・ショパン(ミコワイ・ショパン)フランス人だったそうです。

下段右側 姉 ルドヴィカ
下段真中 妹 イザベラ
下段左側 フレデリック(ショパン本人)

そして左隅に掲げてある小さなポートレート


妹 エミリアだそうです。14歳の時に結核で亡くなってしまったようです。

こうやってみると、ショパン家は女系だったのですね。


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雨の日運転ご注意!(ワルシャワ)

2013-09-11 19:45:03 | ポーランド
今日お昼に飛び込んできたニュース。
司会業で人気のM氏の息子の窃盗容疑での逮捕事件。まあ、マスゴミって身内のコトには触れたくないのね。
現在各社がニュース扱いしてるけど・・肝心の本人の勤務先のニュースに上がってない!!

kおばちゃんが見過ごしたのか・・と思ってもいるけど、オンラインニュースで検索しても出てきやしない。
これってどうなの??

事件は8月に起こっているみたいだから、M氏が急に夏休みとかいって番組を休んでいる頃から任意で調べられていたんじゃないかと推察しちゃいますね。
容疑がかたまって逮捕ということでしょうから。

だから9日あたりからマスゴミさん、勤務先であるテレビ局は知ってた訳でしょ?それを報道しない.
なんなんでしょうね?公正な報道??皆さんの知りたい事を報道する??

トルコの地で娘さんが事故にあった家族は追い掛け回すけど、身内にはだんまりですか??
恥ずかしいともおもわないのでしょうね。呆れてモノもいえません。

ま、捕まった息子はなんでもコーコー時代にはその手の問題で留年食らっているという話ですから・・時限爆弾のような問題だったのでしょう。
それにしてもお粗末過ぎませんか日本テレビ!

●5月28日(火)

夕べは結局ホテルに帰って、バーにも行かずに寝てしまったkおばちゃんです。なんだかお疲れでした。
でも今朝はしっかりと朝ごはん!


頂いた後は・・ちょっくら外へでて、脇の銀行でキャッシングです。
CD機を信用していない部分もあって、なるべくなら窓口営業時間帯に作業を仕様と思っているからです。
いままでの支払は殆どクレジットカードが利用できましたが、今日からちょっと地方に行くので念のためです。

一旦ホテルに戻り一休み・・するまもなくチェックアウトです。
早割り先払いだったので精算はありませんでした。

で、ここから・・外は生憎の雨なのですが・・荷物を持って徒歩移動です。でも駅に行くのではありません。
レンタカーの事務所に向うのです。これは夕べ確認済みです。

大通りを横断歩道を渡って・・ワンブロックほどあるいたところに事務所はあります。中央駅にはなかったんですよね。

夕べは営業時間が過ぎていたので窓口に誰もいませんでしたが・・今日はおりました。
kおばちゃんの顔をみると、直ぐわかったみたいです。一応予約書類をだして・・受付のお兄さんは『貴方はラッキーね。まだ新しい車ですよ。それも色は赤!』なんてこと行ってました。
免許証を見せたり、クレジットカードを渡したり・・と一通り手続きを済ませて隣のガレージへ。

店舗の前にも車は止まっていたのですけど、これじゃなかったのね。一番小さい物をリクエストしたのに・・いつものとおり割りと大きめなのがきてしまいました。しょうがない。

ボケてますけどまだ2666キロしか走ってません。あらま。


お兄さんは車のコンディションを確認したら帰ってしまいました。
で、kおばちゃんはナビさまを付けたり、これから行く先をセットしたりともそもそしてたら・・アラ戻ってきました。
彼はどうもあわてモノらしくて、さっきkおばちゃんに渡した書類の中に彼が保管して置かなきゃいけない書類があったみたいです。

セット完了!出発です。
雨の日の午前中の街中のドライブ・・気をつかってノロノロと走ります。


当然ながら渋滞!です。

実は昨年秋のドライブの途中でナビサマを落としてしまい充電機能が効かなくなってしまいました。で、しょうがないので今回は新しいナビサマのご登場なのですが、前のにくらべて大きい重い!そのう地図を縮小して全体を見ようとすると真っ白になってしまう!そのくせワンセグなんてついているのです。
そんなものいらないよ!!と思わずメーカーに言ってしまいました。

ナビするお声も若返ってます。

なんのかんの文句を言ってもご案内に従うしかありませんけどね。


ご指示どおりに走っていると、92号線にはいったようです。ここは対面通行の道路なのでまあ、スムーズに流れていたのですが、突然の渋滞が・・


Szczytnoまで15キロというような何の変哲も無い道なのですが・・止まってしまいました。うーーんなんでしょうね?
反対車線からは車が流れてこないのでおかしいな・・と思っていたのですが・・
やっと動き出した先には2台の車が衝突痕なまなましく横たわっていました。

びっくりしたので画像はありません。

なんでこんなところで?直線の対面・・もしかすると無理な追い越をかけたの??と言う感じです。

しばらく走るとまた同じような渋滞。まさかまた??と思いながら通過するときに目にしたのはまた同じような光景。

まったく!そう、こちらポーランドもスピードを出す車はたくさんいるので、それに巻き困れないようにしなきゃね。とドライブ初日から思ったのでありました。

注意一秒、怪我一生なんて言葉を思い出してしまいました。


雨の日のドライブは特に気を付けなきゃね。


こういう田舎道でもけっこう危ないんですよね。

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エジプトがお好き?!(ワルシャワ)

2013-09-10 18:40:13 | ポーランド
今朝飛び込んできたトルコでの悲しい事件。
kおばちゃんもあこがれているカッパドキアの地での殺人。若いお嬢さんを狙うなんて・・

先のオリンピックの選考後にエールを送ってくれた国家なだけに残念ですね。
ただ、あの国の国情の事を考えると・・・やっぱり・・と思わざるえないのも確か。

犯人の目的が何であったのかはわかりませんが。

トルコと言う国家の民は基本的には人なつこくて、親切で暖かいです。
ただ、その親日ということを利用して、犯罪を働く輩も、特に旅行関係に多いそうです。

野放しに異国情緒だけを楽しめる国ではないのを肝に銘じて出かける国だと思っています。
それに基本的にはイスラム国家だとおもいますし・・

怪我をされた方の一日も早い回復と、亡くなられたお嬢さんの心の平安をねがいます。

○5月28日(月)

ショパン家の居間の見学が出来なくてがっくりのkおばちゃん。しょうがありません。
とぼとぼと・・停留所に向いました。

考えたらお昼にお茶をしただけです。お仲もぺこぺこ・・
とりあえず、お宿に戻って・・し切りなおしです。

し切りなおしは、明日の下調べからです。
明日の朝はチェックアウト。そのご、ある場所に向わなければならないのですが、事前情報はあやふやな住所だけ。

このホテルから遠くはない・・というか、そこが近いのでこのお宿にしたんですけど、それがきちんと表記の場所にあるか心配なのです。
それと『荷物を持って』歩ける距離かどうか。

なんせ、到着した時は幸いな事に大きな荷物は届いていなかったので別送でおくってもらったんですよね。
ここ、ポーランドは思ったよりも人間に対してのインフラはよくありません。
大きな通りを横断するのは地下道ばかり。その地下道にはエスカレーターはついていませんし、エレベーターも基本身障者のみ。と言う感じです。
えっちらおっちら運ばなきゃいけないのよね。

だからルートは大切。
で、下見に出かけました。

表記の住所どおり、その場所はみつかりました。それに・・地下道を通らなくても良いルートもみつかりました。良かった!

と思ったら、お腹が空いて来ました。さてどうしよう・・

お宿のレストランでもよいのですが、せっかく外に出たのです別の場所で食べたいな・・と思いながらうろつきました。

素敵な場所もあったのですが、一人で入るのが気後れしたり・・で辿り着いたのはファミレスのような雰囲気のお店でした。

メニューにだってファミレスのよう写真が載っています。
で、頼んだのはこちら・・だったのですが、名前を忘れています。


これでも小さなお皿で・・という選択だったと思います。

ビールも美味しくて・・結局2杯飲んでしまいました。


窓の向こうに見えるのがkおばちゃんのお宿です。

食事が終ったころには外は暗くなってしまいました。
そうそ、このお店Sphinxというチェーン店なのですが・・・・スフィンクス??
昨年訪れたZielona Góraの町で入ったファミレスモドキも、たしかあれRAMSESとかいってたし・・
なんだか、ポーランドのレストランギョーカイはエジプトブームなのでしょうかね?
理由が今ひとつ判らないkおばちゃんでした。


本当はあちらの建物に向おうかと思ったのですが・・やめにして起きます。


文化科学宮殿 Pałac Kultury i Nauki。、ソビエト連邦からのポーランド人民への贈り物として建てられた建物だとか。
8時位までは展望室に上がれるようですが・・あせって行ってこけたら大変です。

大人しくお宿に帰りましょう。
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聞いてないよ・・(ワルシャワ)

2013-09-09 19:15:09 | ポーランド
見事にkおばちゃんの予想が大外れで、オリンピックがやってくるそうな。
一体その頃にはどんなオババになりあがっているのかkおばちゃんは。
果たしてその頃まで命があるのか・・などと考えてもしょうがないね。

消去法とかいろいろ言われているけれど、結局首相が飛行機で駆けつけたのってアピール度高いと思うんですけど、その事にかんしてマスゴミは評価しないのね。
なんかへん。

7年後だとますます電脳化された世なのかになるでしょうから、どういう風に庶民はオリンピックを見るようになるのか考えると楽しいかも。
TVでは放映されない予選の予選の予選なんかも見られるかもしれないしね。

それにしても開会時期何とかならないのかしらね。一番暑い時期でしょ?それこそ節電どころの騒ぎじゃないでしょうから、電力供給も考えてくださいね。

とかいいながら楽しみにしているkおばちゃんです。

○5月27日(月)

さて、王宮の見学をやっとこさ終了させました。
コースの最後の方はお土産物の売店とかカフェテリアとかもありました。
そうそう、このカフェは外部からも直接入れるので、ここだけ利用というのもありでしょうね。


ちなみに、右手の赤煉瓦の建物が王宮。で左に繋がっている白い部分もその一部です。
で、テント庇の下に人がいるところあたりが王宮の出口だったと思います。

雨はまだまだ本降りです。

さて・・この後は。。とりあえずあっちへ


雨降りのためか、人通りも少ないですよね。


とやってきたのはこちらです。少々捜しましたけど・・


こちらといってもね・・Chopin Family Drawing-Roomショパン家の応接室とでもいうのでしょうか?
これはワルシャワ芸術大学の一部になっているようです。つまり大学の中にあるのね。

で、手元の資料をみたら18時まで・・って書いてあったのですが、入り口の表記はポストイットが貼り付けてあって17時までに・・あらら・・


聞いて無いよ!終っちゃってるじゃん。今が5時だよ!!と悔しい思いをしたのでありました。
現在はHPも5時になっています。

真に残念ではありますが・・しょうがありません。

すごすごと引き返すkおばちゃんでした。

そういえば・・さっき日本人の団体さんにあったけど・・彼らは間に合ったのね。
あーあ、愚図なkおばちゃんでした。
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議会室もあります(ワルシャワ)

2013-09-06 20:10:32 | ポーランド
今日はいままでに比べれば暑くはないんだけど・・
9月にはいったとたんに、がーーーっという暑さはなくなった気はするけど、まだまだ夏が居座っている感じ。

さてそろそろ次の旅の・・おばかな計画を立てているんだけど、今ひとつタイミングがあわない感じもするのよね。さて、どうしたものか。

あ、そういえばオリンピック騒動。確かに日本で開催されれば、夢よ再びで景気のカンフル剤とはなるけれど、カンフル剤が必要なのはスペイン・・と委員達は思ってるんじゃないかと疑ってます。
ユーロ圏内の重荷のひとつスペインはもし、破綻してしまったらそろこそ大変。で、公に手をういてないから『オリンピック』というカンフル剤をもっていくような気がするんですけどね。

景気の上昇気運を感じられないkおばちゃんとしては日本にもカンフル剤が欲しいものです。

○5月27日(月)

王宮Zamek Królewskiの見学。もうそろそろお草臥れではありますが・・続きます。


雨はまだ止まないようですしね。


こちらは小さめのお部屋ですね。王子さまのお部屋だったと思います。


お部屋の中に入れないのが残念です。


そして、こちらは新しい商工会議所の部屋? New Deputies' Chamberとでもいうのでしょうか?
会議室というか議会室というのか・・話し合いがここで行われていたようです。


当時の議論は立っておこなっていたのでそしょうかね?


立っているほうがもしかするとスピーディーに物事が処理されるかもしれませんね。

当時のポーランドの地図ですね。


こちらも、その続きのお部屋なので、議会関係で使用されたのでしょうか?


これらの肖像画から推察するに・・貴族階級ではないような気がします。


このお部屋で目を引いたひいたのは・・


そう、こちらのテーブル。


そして、こちらのキャビネットでした。


こちらはThe Senators' Chamber上院の議会場。先程のお部屋より豪華です。


この議場で1791年5月3日に憲法制定されたそうです。

そして、部屋の真中には玉座がしつらえてありますね。


上院つまり、貴族達の話し合いの場だったのでしょう。だから王様もお出まし・・ということですね。

ここにも壁には当時のポーランドの地図が掲げてありました。


丁度玉座の反対側に掲げてあります。


そしてこちらが、玉座の上の天蓋の中です。


中にまで錦糸の刺繍が・・

こちらのお部屋は、ギャラリーとして改装されたようです。右の画は1791年5月3日に憲法制定され当時の模様のようです。


ポーランドの歴史的な場面の絵画のようです。Tadeusz Rejtanの抵抗とでもいうのでしょうか・・


これはこの絵画に使用した顔料だったような気がします。


これらの絵画の展示・・で一応お部屋は終りですかね。




もっとも廊下とも通路ともいえるような場所にも


びっしりと展示があります。


ようやく見学順路も終りかな?監視員のおばちゃんたちもご苦労様ですね。


さて、階段を降りて・・帰りましょう。
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近衛騎馬隊がお出迎え?(ワルシャワ)

2013-09-05 18:45:02 | ポーランド
夕べは大変!帰宅したら、大風で玄関脇の木の枝が折れて道路に散乱していたとか。
お隣のバイクのカバーの上におちたりして大変だったとのこと。あらら・・

それに夜中の大雨と雷。
まあ、雷の音は遠いので気にはしていなかったけど・・朝の通勤時にしこたま降られました。

自然を相手にしてると文句も言えませんね。

○5月27日(月)

見学はまだまだ続きます。王宮Zamek Królewskiはなかなか広いです。

お次ぎの部屋でまず目に入ったのは・・この椅子です。


旧謁見の間The Old Audience Chamberです。

床の模様が独特で目をひきました。


今も昔も、お偉い方は面会が絶えなかったのでしょうね。


そしてお次は・・あらあら小学生でしょうか?課外事業でもしているようですね。


カナレット ルームThe Canaletto Roomというそうです。
控えの間、謁見を待つ人達の控えの間だったのだと思います。

ここに掲げられているのは町の風景ばかりですね。


こちらは・・・あのショパンの心臓の埋葬されている聖十字架教会でしょうか。


こちらは玄関ホールのようなところです。

近衛騎旅隊とでもいうのでしょうか。王様に来客が会った時に赤と緑の制服を来近衛奇兵隊がご案内したようです。

そうそう、こんな奥まった部屋もありました。


小礼拝堂The Small Chapelだそうです。
中には入れませんが、手前にこのような宝物も展示してありました。




ドームはきらびやかですね。


やっと・・ここまでやって来ました。
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王様も楽じゃない?(ワルシャワ)

2013-09-04 18:55:05 | ポーランド
夕べは雨音で目が覚めたのだけれども、朝からはちっとも降らず・・また今日も暑い。
台風のシーズンにもなってしまったみたいだし・・不安定がよけい不安定。

このごろつらつら思うことが。それは医療のはなし。
現在の医療は、『病気を治癒する』と言う目的のためになされているよな気がする。
だから、高齢者でもダラダラと薬漬け。kおばちゃんも年々高齢者への道を歩んでいるのだけれど、他の選択肢って無いのかなと思うようになってきた。

kおばちゃんのお仲間でも『死にたい!でも痛いのいや。苦しいのもいや・・』とかわがまま言っているオヤヂがおりますが、でもそれが人間の本心かな?と思うのであります。
だから、kおばちゃんもある程度の年齢になったら『治癒』の医療じゃなくて『楽にお迎えに来てもらえる』医療というのがあったらなぁ・・と思うのであります。

この世に未練があるかどうか・・まあ、判りませんが、今は結構『来世』というか次に生まれるときには・・なんて考えがあるので、現世には未練はあまりありません。
次に生まれてくるときは・・絶世の美女・・よりは経済的に豊かな生活を送れる人生歩みたいものだと思っております。

どこかに『楽にお迎えに来てもらえ医療します』っていうことないでしょうかね?

○5月27日(月)

kおばちゃんの王宮Zamek Królewskiの見学は続きます。

お次の部屋は・・なんとも雰囲気の違う部屋です。


大理石の部屋The Marble Roomだそうです。


天井画が鮮やかです。


そしてこちらは・・玉座の間The Throne Room


玉座の両側にあるシャンデリア・・王様をくっきり見せるためでしょうか?それとも手元の書面が良く見えるように?


玉座の向い側には窓ですが、その真中には鏡が・・まさかご自分の姿をチェックルするため・・ではないとおもいますが。


このお部屋はとくに鏡がたようされていたようです。


あら、kおばちゃんが写り込んでしまってます。

この玉座の間に続く小部屋がありました。会議室とヨーロッパ君主の肖像画の部屋The Conference Room and the European Monarchs' Portrait Room


今までの部屋はオフィシャルな部分。王様のいわば営業部屋だとおもいます。

で、これからのはプライベートな部分ということでしょうか?


お次は・・王様の勉強部屋?とでも言うお部屋。The Dressing Room and (in the background) the King's Study


肖像画が多くかかっています。今で言ったら家族の写真を掲げているようなものでしょうか?


当時からこのような小物が置いてあったかどうか・・それは不明ですけど、可愛らしいですね。


王様といえど、日々お勉強をしなければいけなかったのでしょう。イロイロと。






そして最もプライベートなお部屋です。王様の寝室。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/78/536eba6ac243cdb825aa40de88d91d60.jpg


落ち着いた雰囲気の部屋ではありますが、kおばちゃん的には気になるのは王様のベッドです。


とてもとても小さいのです。手前のイスの大きさと比べてください。
確かどこかで読んだのですが、昔の人は現在の我々のようにすっかり横たわるという寝方をしなかったとか。
上半身を起こしたような寝方と読んだ気がしますが・・これじゃゆっくり休めないような気がします

そして、女性の肖像画の下にあるドアーが気になりますね。


こっそりと何方かがお出入りなさったのでしょうか。

身づくろいをするための鏡でしょうか?


王様と言えども時間には支配されていたのでしょう。時計が目立ちます。


王様も日々これお勉強だったのかもしれませんね。


支配者は大変ですね。
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