落葉松亭日記

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歴代初 首相の建国記念日メッセージ

2014年02月11日 | 政治・外交
 建国記念の日
歴代政権初、「建国記念の日」祝して首相がメッセージ 2014.2.10 21:56
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140210/plc14021021560010-n1.htm

 安倍晋三首相は10日、建国記念の日を11日に迎えるにあたり、「先人の努力に感謝し、自信と誇りを持てる未来に向けて日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望する」とのメッセージを発表した。政府によると、首相が建国記念の日に合わせてメッセージを出すのは、歴代政権で初めて。

 菅義偉官房長官は10日の記者会見で「国民とともに祝うために出した。先人の努力に感謝しつつ、国造りの決意を新たにするものとなっている。首相の強い思いがある」と説明した。
 首相はメッセージで、「世界の平和と安定を実現していく『誇りある日本』としていくことが、先人からわれわれに託された使命」と強調。「私たちの愛する国、日本を、より美しい、誇りある国にしていく責任を痛感し、決意を新たにしている」と、自らの決意を表明した。
 安倍晋三首相が2月11日の「建国記念の日」に当たって発表したメッセージは次の通り。

 「建国記念の日」は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨により、法律によって設けられた国民の祝日です。
 この祝日は、国民一人一人が、わが国の今日の繁栄の礎を営々と築き上げたいにしえからの先人の努力に思いをはせ、さらなる国の発展を誓う、誠に意義深い日であると考え、私から国民の皆様に向けてメッセージをお届けすることといたしました。

 古来、「瑞穂の国」と呼ばれてきたように、私たち日本人には、田畑をともに耕し、水を分かち合い、乏しきは補いあって、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈り、美しい田園と麗(うるわ)しい社会を築いてきた豊かな伝統があります。
また、わが国は四季のある美しい自然に恵まれ、それらを生かした諸外国に誇れる素晴らしい文化を育ててきました。
 長い歴史の中で、幾たびか災害や戦争などの試練も経験しましたが、国民一人一人のたゆまぬ努力により今日の平和で豊かな国を築き上げ、普遍的自由と、民主主義と、人権を重んじる国柄を育ててきました。
 このような先人の努力に深く敬意を表すとともに、この平和と繁栄をさらに発展させ、次の世代も安心して暮らせるよう引き継いでいくことはわれわれに課せられた責務であります。

 10年先、100年先の未来を拓(ひら)く改革と、未来を担う人材の育成を進め、同時に、国際的な諸課題に対して積極的な役割を果たし、世界の平和と安定を実現していく「誇りある日本」としていくことが、先人からわれわれに託された使命であろうと考えます。
 「建国記念の日」を迎えるに当たり、私は、改めて、私たちの愛する国、日本を、より美しい、誇りある国にしていく責任を痛感し、決意を新たにしています。
 国民の皆様におかれても、「建国記念の日」が、わが国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力に感謝し、自信と誇りを持てる未来に向けて日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたします。

 平成26年2月11日
 内閣総理大臣 安倍晋三



建国記念日

2014年02月11日 | 歴史
 建国記念日
恥ずかしながら70にして歴史の勉強です。
トシのせいか今頃になって、そもそも自分の生まれ育った日本とはいかなる国なのかと思うようになってきたからです。
中学生向き「日本人の歴史教科書」や古事記(武田恒泰現代語訳著)などを見てみました。

=== ※ ※ ※ ===

2月11日の建国記念日は、神武天皇が即位した日として「日本書紀」に出てくる日を、太陽暦に換算したものである。

「大和朝廷の起こり」
大和朝廷のもとになった勢力が、いつどのように始まったかを記す同時代の確かな記録は日本にも中国にもない。 しかし、我が国の最も古い歴史書である「古事記」「日本書紀」には、大和朝廷の起こりについての伝承が残っている。

「初代天皇とされる神武天皇をめぐる物語」
神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと:後の神武天皇)と、同じく玉依毘売命(たまよりびめのみこと)を母とする兄の五瀬命(いつせのみこと)の二柱の神は、高千穂宮で相談あそばされました。
弟の神倭伊波礼毘古命が「一体どこに住めば、平和に天下を治めることができるのでしょうか。東に行ってみませんか」と申し上げると、日向(ひむか:九州南部)をお発ちになり、筑紫(つくし:九州北部)へ出立なさいました。

という出だしで神武東征の物語が始まる。

瀬戸内海を通り、浪速の渡り(大阪)を経て、紀ノ國に上陸し北上、大和国にいたる。
途中他の勢力との戦いがあり、兄の戦死にも見舞われる。
天つ神の加護、八咫烏(やたがらす)の先導をうけて大和の平定を成し遂げる。
神武天皇を五代ほど遡ると天照大神がおられる。

古事記(ふることのふみ)
第四十代天武天皇(?-686)の命によって編纂が始まった。天皇の崩御によって一時中断されるも、第四十三代元明天皇(女帝661-721)によって再開される。太安万侶が稗田阿礼の後述を筆記して編纂し、元明天皇に献上された。
上中下の三巻からなり、1300年を経て今に伝わる我が国最古の歴史書。

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どなたか仰っていました。「日本はいい国です」

熊野本宮大社ホームページより

「中村覚之助と八咫烏」
サッカーと八咫烏 みなさんもご承知のとおり、JFA財団法人日本サッカー協会のマークは 八咫烏(やたがらす)です。
このマークは昭和六年にデザインされた物で、その背景には、有名な熊野の歴史や、 八咫烏の由来があるのです。 中村覚之助は熊野の那智勝浦町出身で、明治末、東京師範学校(現筑波大学)にあって、 始めて近代サッカーを紹介し、全国に広め「日本近代サッカーの始祖」と呼ばれています。