聖書のはなし ある長老派系キリスト教会礼拝の説教原稿

「聖書って、おもしろい!」「ナルホド!」と思ってもらえたら、「しめた!」

出エジプト記19章3-9節「わたしの宝とする 出エジプト記」

2019-01-27 14:21:52 | 一書説教

2019/1/27 出エジプト記19章3-9節「わたしの宝とする 出エジプト記」

 今月の一書説教は「出エジプト記」です。エジプトで奴隷生活を送っていたイスラエル人を、神が力強い奇跡で救い出して、神の民としての新しい歩みを下さった。何度も映画化される、ドラマチックな内容です。イスラエルの民は、このエジプト脱出を記念する「過越」を毎年春にお祝いし続けて、自分たちの原点としています。そしてイエス・キリストは「過越の祭り」において十字架に架かり、私たちに新しい歩み、神の民として解放を与えてくださいました。出エジプトの過越と、海が割れた奇跡、そして五十日目のシナイ山での律法付与は、イエスの十字架の死と三日目の復活、そして五十日目に聖霊が注がれたペンテコステと平行関係にあります。キリスト教的には、出エジプト記自体が、やがてのキリストの御業の予告なのです[1]

 大変内容の濃い中で、今日の19章3~4節の言葉を、中心聖句の一つとしてご紹介します。

出エジプト十九3モーセが神のみもとに上って行くと、主が山から彼を呼んで言われた。「あなたは、こうヤコブの家に言い、イスラエルの子らに告げよ。『あなたがたは、わたしがエジプトにしたこと、また、あなたがたを鷲の翼に乗せて、わたしのもとに連れて来たことを見た。今、もしあなたがたが確かにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るなら、あなたがたはあらゆる民族の中にあって、わたしの宝となる。全世界はわたしのものであるから。あなたがたは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる。』…」

 「鷲の翼に乗せて」とは文字通りではなく、力強くという詩的な表現ですね。そんな言い方に相応しく、主はイスラエルの民をエジプトの奴隷生活から救い出してくださいました。でもそれがゴールではありませんでした。これから自覚的に主の声に聞き従う。主の言葉に生かされていく。その歩みに踏み出して、あらゆる民族にとって、主の「宝」となる[2]。祭司とは神と人間との間に立つ橋わたし、繋ぎ目となる存在です。イスラエルの国が「祭司の王国」だとは、自分たちだけが特別な神の民で他の民族は滅びる、というのではなく、全世界と主とを繫ぐ存在、蝶(ちょう)番(つがい)となる、ということです。それも、イスラエルの民が主の声に聞き従い、主の契約を守ること、言わば、主との関係を豊かに育てて行くことが不可欠だったのです。

 確かにイスラエル人はエジプトから力強く連れ出されました。しかし「救い出されて万々歳」ではなく、その後すぐに露わになるのは、民の文句や傲慢、頑固さでした。海の奇跡の後は、

十五21ミリアムは人々に応えて歌った。「主に向かって歌え。主はご威光を極みまで現され、馬と乗り手を海の中に投げ込まれた。」

と言いますが、その直後には、水がない、パンがない、文句を言い、喧嘩を始める姿です。

十六3…「エジプトの地で、肉鍋のそばに座り、パンを満ち足りるまで食べていたときに、われわれは主の手にかかって死んでいたらよかったのだ。事実、あなたがたは、われわれをこの荒野に導き出し、この集団全体を飢え死にさせようとしている。」

 こんな事を言い出す姿です。奴隷生活からは救い出されたけれど、その心には奴隷根性やお客様意識や無責任な生き方がすっかり染みついています。そして32章では、神がモーセと語っているシナイ山の麓でとんでもない事件が起きます。

「金の子牛」

を造って、それを礼拝してお祭り騒ぎを始める。奴隷生活から救い出された民が、まだ神ならぬものに心を奪われている。まだシッカリ歪みが染みついている。救って下さった神を怒らせて滅びを招くような反逆をしてしまう。そういう民を、神は忍耐し、時には厳しく向き合いながら、神の言葉によって教え、育て、変えようとしておられる。そうやって神の民が、本当に謙虚にされて、成長していくことを通して、周囲にとっても「神の宝」となる。神と全ての人を結びつける「祭司の王国」としての役目を果たしていく。この出エジプトが指し示す私たちキリスト教会の歩みも同じです。キリストの十字架と復活によって神の民とされました。それでも私たちは不完全で、頑固で、罪や歪みがあります。感謝を知らず、不平や不信仰があります。「信じたら救われる」だけではなく、信じて神の民とされても、問題があるのです。「それでもいい」でも「それではダメ」でもなく、その問題に気づかされて、御言葉によって、主の恵みや赦しを体験し続けながら、変えられて行く。主の恵みに心から新しくされて、思い上がりや思い込みを砕かれ、謙虚になり、そういう私たちを永遠に愛される主の恵みを味わい知っていく。そういう歩みが、周囲の人にとっても、祭司となる。神がどんな方かを知らせる存在となるのです。

Ⅰペテロ二9しかし、あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。[3]

 出エジプト記と言えば、エジプト脱出のドラマを思い出すと同時に、後半の律法や十戒を思い出す方も多いでしょう。中には、イエスの来られる以前は、あの律法に従わなければ救われなかったのだ、怖い時代だったと思う方もいるかもしれません。しかし、順番はまず一方的な救いがあり、その上で律法が与えられるのです。それは救われるための掟ではなく、神の民としての生き方です。人を束縛したり、上下を付けたりする生き方から救い出すための光なのです。そして、その途上でしくじり続ける私たちとも、神は変わらずともにおられるのです。

 出エジプト記のメッセージを、後半に詳しく繰り返されている「幕屋」を手がかりに覚えてください。

 幕屋とエジプトのシンボルであるピラミッドを比べましょう[4]。ピラミッドは、ファラオや一部の支配階級が上から全体を支配している社会、下に多くの人が犠牲にされ、人間扱いされずに抑圧されている社会です[5]。ある人たちが頂点に立って、他の人を踏みつけて成り立つシステムです[6]

 これに対して幕屋は平面です。上下とか抑圧はありません。幕屋は主の臨在を表し、その周りには十二部族が集められています。役割の違いはあっても、格差や順位はなく、多様で伸び伸びとした姿です。外国人の寄留者さえ酷使は禁じられました[7]。主を中心に、上下関係のない、フラットな集まりがここに始まりました。また、ピラミッドは動かせませんが、幕屋は折りたたんで動かせました。実際、民の歩みは旅だったのです。その旅を主がいつもともにあって導いてくださって、約束の地へと連れてくださっている。

 でも旅をしていれば、途中ではいざこざが付き物です。その時こそ幕屋に行くのです。主は罪のための生贄や和解のための決まりを定められました。それは罪を責めたり人を非難するためではなく、民の罪が丁寧に解決されて、問題を丁寧に乗り越えるためでした。ピラミッド社会ではトップの罪がもみ消されたり、スキャンダルとして下に蹴落とされる汚点になったりするでしょう。主が建てられた幕屋は、その中心に人間の罪の赦しがありました。祭司や指導者も正直に非を告白するし、庶民もそれぞれに自分の罪を告白して、和解するよう求める招きがありました。何より、出エジプト記の筋書きが示す通り、人は奴隷生活から救われても、散々不平を言い、金の子牛を造ったりして、主を怒らせたのです。それでも主が赦し、忍耐して、今私たちの真ん中にいてくださる。主の臨在が幕屋の真ん中にある。幕屋の祭壇で捧げられる生贄の煙とともに立ち上っている。

 出エジプト記の最後は、幕屋を建てて、まだ全部の儀式が済んでいないうちに、待ちきれないかのように、もう幕屋を主の栄光の雲が満たしてしまう、という光景です。主は私たちのすべてを全部知った上で、私たちとともにいたいと願って止まない。その事を深く覚えて、謙虚にされ、ともに旅を続けていく。ピラミッド型でなく幕屋型。主を中心とした、フラットで自由で、回復のある在り方。

※「ピラミッド」vs「幕屋」
上からの支配   フラットな関係(焚き火的!)
奴隷による重労働 神の民の献身
絶対服従     赦しと和解が中心
カースト的    すべての人が招かれている
恐怖による支配  贖いの想起による一致
重厚       軽量・コンパクト
不動       旅を進める
王の墓      生ける神の臨在

 そういう神の民の姿、教会の背伸びしない歩みが、この世界にあって主と人とをつなぐ「祭司の王国」の歩みなんだ。そうされていく旅路が、神の民の歩みなのだ。そういう出エジプト記全体のメッセージなのです[8]

「主よ、私たちを、奴隷の家から神の家族へと招き入れてくださり感謝します。どうぞ私たちの生き方、考え、言葉をあなたの恵みで新しくしてください。私たちの心の頑固なピラミッドを崩してくださって、聖霊によって、あなたの恵みに生きる者と変えてください。まだまだ旅の途上にある私たちとも、あなたがいてくださり、私たちを主の恵みの器としてください」



[1] フランシスコ会訳聖書では、出エジプト記の概説においてこのように紹介しています。「旧約聖書全体の基礎をなす書であるとともに、イスラエルの人々が神の民とされた始まりについて記すものである。」

[2] イスラエルの民を「宝」と呼ぶのは、この他に、申命記七6、十四2、二六18、詩一三五4、マラキ三17

[3] この言葉は、明らかに出エジプト記19章3~6節の言葉を下敷きにしています。同時に、そのオウム返しではなく、当時の読者に合わせたアレンジをしています。現代においても、聖書の字面通りのオウム返しに終わらず、現代人がどのような言葉・メタストーリーを持っているかを理解して、それにアプローチする宣教の創造が望まれているのでしょう。

[4] エジプトと言えばピラミッドやスフィンクス。紀元前千八百年頃は既に全て揃っていましたから、イスラエル人がピラミッドを建てたわけではありません。しかし、主がエジプトを「奴隷の家」と呼ばれた事は、このピラミッドのイメージがピッタリでしょう。

[5] 主は、そのような社会の底辺で苦しんでいたイスラエル人の叫びを聞かれました。またそこで神のように振る舞っているファラオやエジプト人に、自分たちが神ではないことを力強く示されました。そして主は、ピラミッドのような「奴隷の家」、格差社会、人を奴隷のように扱う生き方とは違う在り方を造られます。

[6] これは特にレビ記で強調されています。十一45「わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した主であるからだ。あなたがたは聖なる者とならなければならない。わたしが聖だからである。」、十八3「あなたがたは、自分たちが住んでいたエジプトの地の風習をまねてはならない。また、わたしがあなたがたを導き入れようとしているカナンの地の風習をまねてはならない。彼らの掟に従って歩んではならない。」ここから始まるレビ記十八~二十章は「神聖法典」と呼ばれ、主の民として「聖である」ことが求められますが、その「聖」の対極にある在り方が「エジプト」の習わしとして例証されるのです。

[7] 律法では、外国人排斥ではなく、寄留の外国人を大事にしなさい、あなたがたも寄留者で苦しい思いをしたことを知っているのだから、と繰り返されています。出エジプト記二二21「寄留者を苦しめてはならない。虐げてはならない。あなたがたもエジプトの地で寄留の民だったからである。」、二三9、レビ記十九34、申命記十19なども。

[8] しかも、ピラミッド的な社会構造を引っ繰り返すのは、クーデターや革命ではなく、フラットなコミュニティ形成によってであることが示されています。対決的なアプローチではなく、創造的な生き方そのもの、価値観そのものが引っ繰り返され、自由になり、文句や抑圧や反応的な生き方ではない、神の民としての破れ口に立つ生き方が、何より有効な変化の力なのです。

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Ⅱコリント書4章7-18節「土の器 第2コリント」

2018-11-25 15:51:41 | 一書説教

2018/11/25 Ⅱコリント書4章7-18節「土の器 第2コリント」

 今月の一書説教は「みことばの光」の聖書通読表に従い、コリント人への手紙第二、「慰めの書」です。神を

「あらゆる慰めの神」(1:2)

と呼び、慰めを語り、いくつもの美しい言葉で慰めを語ってくれる書。この手紙の中にある言葉を大切にしている方は、私も含めて多いでしょう。

1.「土の器」

 Ⅱコリントは多くのイメージを描き出しますが、一(ひと)際(きわ)印象的なのが4章7節

「土の器」

でしょう。イエス・キリストを宣べ伝える私たちは、宝を入れた土の器だ、と言います。

四7私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。

 「土の器」は、宝には相応しくない粗末な土の焼き物です。壊れやすいし、焼いた時点でヒビ割れや歪(ゆが)みが入ることもあるでしょう。欠けたら元には戻せません。そういう壊れやすい土の器を、神はご自身の宝を運ぶ器として選びました。神の宝はここで

「イエスのいのち」「神の栄光」「一時の軽い苦難…とは比べものにならないほど重い永遠の栄光」

などと言い換えられています。イエス・キリストが下さった福音、慰めは、測り知れない喜びです。どんな宝よりも尊く、決して朽ちない幸いです。その事もⅡコリントでは実に力強く、豊かに描き出されます。同時に、その宝を入れられている私たちは「土の器」です。8節以下、

四方八方から苦しめられ、

途方に暮れ、

迫害され、

倒され、

死と隣り合わせです。

外なる人は衰え、

いろんな艱難があります。

 人は「神が守ってくださるなら、そんな苦難や惨めな思いはしないで済むはずだ」と思いたいとしても、パウロはその逆を言います[1]。私たちは土の器。あらゆる苦難を通り、人として戸惑い、悩むのです。その私たちの欠け多く、弱く、人間臭い歩みを通して、神の宝はますます輝くのです。私たちは傷を通してキリストの慰めを戴き、この世界に今も生きて働き、やがて永遠の御国を来たらせる神の御業を知っていくのだ。パウロは、いくつものイメージを重ねながら、強くなろうとすることによっては決して見えない慰めを示すのです。

 これは抽象論ではありません。パウロはコリント教会への対処に手こずっていました。先に書いた手紙も功を奏さず、問題はもっとこじれていました。手塩にかけた教会との関係がギクシャクして心が安らがない。牧師、伝道者としての無力感に潰れそうでした。恐れやもどかしさに悲しむ中で、自分自身を「土の器」と思い至っていたのです。自分の弱さ、人としての限界を痛感しつつ、その脆(もろ)い私たちの内に神は働かれるのだと思い至った告白がⅡコリントです。私たちが鉄の器となるのでなく、土の器のままで神の宝を運んでいる、その実感を語るのです。

2.コリント教会と使徒パウロ

 コリントはギリシャの大都市で、パウロはここに教会を育てました[2]。パウロがコリント教会に書いた手紙は2通有りますが、それを読み比べると、他にもう2通の手紙があったらしいし、両者の間にパウロが直にコリントを訪問したようです[3]。つまり、パウロの3通の手紙もうまく働かず、直接の訪問も却って問題をこじらせたのです。加えて第二の手紙には「偽使徒」が入り込んで、パウロをこき下ろしていた事情が伺えます。彼らは雄弁で、パウロとの関係を壊そうとしたのです。パウロの使徒性を疑わせて、パウロの話しぶりが下手だ、苦労の甲斐のない、弱虫で伝道者失格だと決めつけたのでしょう。エルサレム教会のための献金を募るのは、自分で横領するつもりに違いない、と金銭問題もでっち上げたらしい[4]。そういう偽使徒による混乱も背景にありました。その関係を今から修復して行くに当たって、パウロは、自分がコリントのあなたがたをどれほど慕っているか、どれほど誇りに思っているか、を伝えます。

Ⅱコリント一13、14…私たちの主イエスの日には、あなたがたが私たちの誇りであるように、私たちもあなたがたの誇りであることを、完全に理解してくれるものと期待しています。

 こういう信頼から切り出して、パウロはコリント教会との関係がこじれきった失意のうちに、涙ながらにトロアスで前の手紙を書き、テトスに託してコリントに送ったと言います。涙して書いた手紙がどう読まれただろう。真意は届いただろうか。不安で落ち着かず、そのために待っていたトロアスでの伝道は順調に始まったのに、コリント教会とのこじれを思うと居たたまれずに、せっかくのトロアスに別れを告げて、マケドニアに向かったというのです[5]。苦しく切ない親の思いです。でも、そんな弱く傷つきやすい自分だけれど、キリストがこの私たち人間に働いて、神の約束に与らせてくださるのだ。私たちは、キリストの香、宝を入れた土の器だと、主にある希望を6章までつらつらと語るのです[6]

 そして、そう語りながら七章で、遂にテトスが帰って来て、嬉しい事にあなたがたの悔い改めを聴かせてくれた。もう修復不可能かと思えた関係が、和解できる。それがどんなに嬉しかったか。慰めに満ちた神が、あなたがたの心を開いてくれたことが嬉しくて堪らないとパウロは吐露するのです。破綻の傷は深くて、まだ悲しみや恐る恐るの思いがあります。でもパウロは、神が関係の修復を始めてくださったことに慰められ、嬉しくて、その和解をケアするために書いた手紙が、この第二コリントです。

3.「弱い時こそ強い」

 この後、八-九章はエルサレム教会への献金について語ります。これも一般論としての献金ではなく、前からエルサレムへの援助を勧めていたのですから、改めてその献金のことを喜んでしてもらおう、という意味があるのでしょう。今でも献金の教えに、欠かせない箇所です。

 それに続いて一〇章からは、例の偽使徒の言いがかりへの反論が強い口調で語られます[7]。パウロは、偽使徒の自慢話に騙されないよう自分が愚かになって彼ら以上の自慢話で反証しようとします。ところが、その反論もすぐ迫害や鞭打ちや艱難の経験、言わば格好悪い経験リストになるのです[8]。更に、一二章では特別な神秘体験が仄(ほの)めかされますが、それもそのすばらしい体験で高慢にならないように、肉体に一つの棘が与えられた、という話になっていくのですね。それは本当に辛い障害だったようで、

「サタンの使い」

と言う程の苦しみでした[9]。パウロはそれを取ってくださいと主に繰り返して願ったのですが、主の有名な答えはこうでした。

一二9…「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。

10ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

 強さや特別な神秘体験、奇蹟は魅力的かもしれません。弱くなく、失敗せず、引け目のない在り方で安全でいたいのです。しかし神は弱さや失敗、痛みを通して私たちを慰め、助けます。挫折や障害、悲しみ、恥も通らせ、そこからしか始まらない何事かをなさいます。人は弱さを通して高慢から救われます。謙って神の力を求めます。思いやりが持てます。正直に自分を差し出す時、本当の共同体が生まれます。キリストの教会は、強さや見栄えや競争心で動く方向では育ちません。キリストご自身が弱くなり、貧しくなり、ご自身を与えて、限りなく低くなり、苦しみを通して愛を示されました。死によっていのちを現されました。それがキリストの教会の姿です。弱さを通して働かれる方を信頼して、正直に分かち合うのが教会です。

 Ⅱコリントの最後、13章13節は

「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように」

です。私たちの礼拝がいつも最後はこの第二コリントの祝福で派遣されるのです。祝福を運ぶ「土の器」として出て行きます。弱さや涙や恥を通して、イエスの慰めが、神の力が現されることを信じて派遣されます。そのことを大いに励ましてくれるコリント人への手紙第二を私たちへの手紙として読ませていただきましょう。

「主よ。あなたが十字架と復活により新しい契約を完成して、私たちを招き入れてくださったことを感謝します。私たちがあなたの宝を入れる「土の器」だとは何と恐れ多い、なんと不思議なことでしょう。主の謙り、私たちのために担われた痛みを心に刻み、その主の愛を運ぶ歩みを私たちに歩ませてください。この宝のようなⅡコリントをこれからも味わわせてください」



[1] そのような勝利や奇跡や成功指向の考えそのものをひっくり返すのです。

[2] 使徒の働き18章以下を参照。第二回伝道旅行の最後の2年間でした。

[3] 直接、コリントで問題を起こしていた人を指導しようとしたのですが、この指導は失敗して、パウロはコリントを引き上げ、手紙をトロアスから書いたのです。参照、Ⅱコリント二章1~4節。「そこで私は、あなたがたを悲しませる訪問は二度としない、と決心しました。…あの手紙を書いたのは、私が訪れるときに、私に喜びをもたらすはずの人たちから、悲しみを受けることがないようにするためでした。私の喜びがあなたがたすべての喜びであると、私はあなたがたすべてについて確信しています。私は大きな苦しみと心の嘆きから、涙ながらにあなたがたに手紙を書きました。それは、あなたがたを悲しませるためではなく、私があなたがたに対して抱いている、あふれるばかりの愛を、あなたがたに知ってもらうためでした。」

[4] Ⅱコリント十一7-11、十二13を参照。

[5] Ⅱコリント二12「私がキリストの福音を伝えるためにトロアスに行ったとき、主は私のために門を開いておられましたが、13私は、兄弟テトスに会えなかったので、心に安らぎがありませんでした。それで人々に別れを告げて、マケドニアに向けて出発しました。」

[6] 七5-15「マケドニアに着いたとき、私たちの身には全く安らぎがなく、あらゆることで苦しんでいました。外には戦いが、内には恐れがありました。しかし、気落ちした者を慰めてくださる神は、テトスが来たことで私たちを慰めてくださいました。テトスが来たことだけでなく、彼があなたがたから受けた慰めによっても、私たちは慰められました。私を慕うあなたがたの思い、あなたがたの深い悲しみ、私に対する熱意を知らされて、私はますます喜びにあふれました。あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、私は後悔していません。あの手紙が一時的にでも、あなたがたを悲しませたことを知っています。それで後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちから何の害も受けなかったのです。10神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。11見なさい。神のみこころに添って悲しむこと、そのことが、あなたがたに、どれほどの熱心をもたらしたことでしょう。そればかりか、どれほどの弁明、憤り、恐れ、慕う思い、熱意、処罰をもたらしたことでしょう。あの問題について、あなたがたは、自分たちがすべての点で潔白であることを証明しました。12ですから、私はあなたがたに手紙を書きましたが、それは不正を行った人のためでも、その被害者のためでもなく、私たちに対するあなたがたの熱心が、あなたがたのために神の御前に明らかにされるためだったのです。13こういうわけで、私たちは慰めを受けました。この慰めの上にテトスの喜びが加わって、私たちはなおいっそう喜びました。テトスの心が、あなたがたすべてによって安らいでいたからです。14私はテトスに、あなたがたのことを少しばかり誇りましたが、そのことで恥をかかずにすみました。むしろ、私たちがあなたがたに語ったことがすべて真実であったように、テトスの前で誇ったことも真実となったのです。15テトスは、あなたがたがみな従順で、どのように恐れおののきながら自分を迎えてくれたかを思い起こし、あなたがたへの愛情をますます深めています。」

[7] 中傷に対して、偽使徒の問題を指摘したり、その教えの問題点に反論したり、という対応はしないのです。パウロを疑うコリントの信徒の問題を非難して厳しい態度を取ることもしません。そういう正面対決はしません。それよりもパウロが語るのは、信頼です。主への信頼と、コリント教会への信頼です。

[8] 加えて、「すべての教会への心づかい」と言い、教会のために悩み、戸惑い、苦しむ心をさらけ出します。

[9] 「とげ」の正体については、目の病気、性欲、マラリア、てんかん発作、背中の鞭打ちのむごい傷跡、など諸説あります。どれとも断定できませんが、断定できない所にこそ、私たちへの共感があるのでしょう。

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2018/10/28 箴言30章1~9節「知恵を下さる神 箴言」

2018-10-28 15:03:53 | 一書説教

2018/10/28 箴言30章1~9節「知恵を下さる神 箴言」

 今月の一書説教は「箴言」です。聖書には箴言を始め「知恵文学」というジャンルがあります[1]。パウロは

「宣教の愚かさ」

を語りましたが[2]

「知恵のない者としてではなく知恵のある者として、機会を十分に活か」

すよう勧めています[3]。聖書の最初には

「善悪の知識の木」

が出て来ますし、神からの知恵が何であるのかを教え、知恵を祈るよう励ましてくれるのです[4]

1.「主を恐れることは知識の初め」

 箴言は全部で31章。1~9章は序論で、父が息子に知恵の大切さを教えます。特に8章は、交読文の中にも使われますが、知恵を擬人化した章としてユニークです[5]。この部分の最初と最後にあるのが

「主を恐れることは知識の初め」[6]

 主を恐れること、神を神として限りなく大事にすること、それが知恵の初めだよ。神である主を抜きに賢い生き方は出来ない。或いは、神を自分の人生の知恵袋やアドバイザーと考えて、自分に都合のよい知恵をもらおうというのも本末転倒です。まず神を神とする。神との関係を第一に考える。そうする時に、お金だとか、不倫や暴飲暴食や陰口の誘いにも乗らない、本当に賢い生き方が出来るのだよ、と教えます。

 その後、十章からが「格言集」になります。今日読んだ30章もその一部です。前の29章は一節ずつ2行の対句になって、色々な事例を取り上げて、スパッと知恵を授けます。

20軽率に話をする人を見たか。彼よりも愚かな者のほうが、まだ望みがある。

23人の高ぶりはその人を低くし、へりくだった人は誉れをつかむ。

25人を恐れると罠にかかる。しかし、主に信頼する者は高い所にかくまわれる。

26支配者の顔色をうかがう者は多い。しかし、人をさばくのは主である。

 スパッと言い切っています。しかし、これは格言や諺のように、原則を言い切ったもので、律法とか絶対的な約束とは違います。日本語でも「渡る世間に鬼はない」とも「人を見たら泥棒と思え」とも言います。「二度あることは三度ある」とも言えば「三度目の正直」とも矛盾したことを言います。どちらも先人の知恵で、私たちの見方に落ち着きや励ましやユーモアを添えてくれるのです。知恵文学にもそういう読み方をしてください。分かりやすいのが、

二六4愚かな者には、その愚かさに合わせて答えるな。あなたも彼と同じようにならないためだ。愚かな者には、その愚かさに合わせて答えよ。そうすれば彼は、自分を知恵のある者と思わないだろう。…12自分を知恵のある者と思っている人を見たか。彼よりも、愚かな者のほうが、まだ望みがある。

 聖書の約束だからゼッタイと思い込まず、極端や皮肉もこめて、私たちの愚かさに冷や水を浴びせて、冷静にならせてくれる言葉、だと思って、じっくり読むことをオススメします。

2.「知恵の初め」の上に

 私がいつからかハッと気づかされたことがあります。それは、箴言が

「主を恐れることは知識の初め」

と言いつつ、10章からは具体的な格言集で、私たちの生活を様々な角度から、痛烈に、極端な言い方さえして、細々と光を当てている、ということです。つまり「主を恐れてさえいれば、どんな場合にも賢明な判断が出来る」とは言いません。それは私たちが陥りやすい過ちです。箴言は、

「主を恐れることがすべて

とは言いません。「聖書があれば他の本は要らない」とは言いません。むしろ、本当に賢い人は他の人の助言に耳を傾ける。知恵のある人は自分で解決しようとせず、相談をする。人の言葉に耳を傾ける人だと繰り返すのです[7]

 それを実証するように、箴言そのものが外国の格言を沢山引用しています。特に、22章17節から24章までの「知恵ある者」の言葉は、エジプトの「アメンエムオペトの書」という古い格言集からの引用が沢山あります。そして30章は

「マサの人ヤケの子アグルのことば」

で、31章も

「マサの王レムエルの言葉」

とあります。マサはイスラエルの地名ではなく、外国の王の言葉です[8]。その外国の王が、

まことに、私は粗野で、人ではない。私には人間としての分別がない。私はまだ知恵も学ばず、聖なる方の知識も持っていない」

と深い謙虚な言葉を残しています。

二つのことをあなたにお願いします。
私が死なないうちに、それをかなえてください。

むなしいことと偽りのことばを、私から遠ざけてください。
貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で、私を養ってください。

私が満腹してあなたを否み、「主とはだれだ」と言わないように。
また、私が貧しくなって盗みをし、私の神の御名を汚すことのないように。」

と見事なバランスの祈りをしました。そういう異邦人の祈りにも箴言は真実を見て、敬意を持って引用しています。

 そして31章はマサの王レムエルの母の言葉です。異邦人の母親の言葉が箴言の最後を飾るのです。更にその最後10節から31節は

「しっかりした妻」

を称える歌です。これは理想化されすぎた「ウルトラ主婦」だと誤解されやすいのですが、実は普通の主婦としての仕事をこなしている、多くの女性たちを歌っている詩ですね。王に対する賢明な勧めとして、庶民の女性たちの働きを見よ、と勧めるのです。自分の権力や美しく飾った女性に目を奪われず、市井の女性の内助の功にシッカリ目を留めなさい。愚かなプライドに目を曇らされやすい王や男性たちに、庶民の女性たちの働きこそ国を支えているのだと目を開かせる。これが知恵を語る箴言の結びです。三〇章24~28節には虫や小動物が

「知恵者」

として出て来ますね[9]

この地上には小さいものが四つある。それは知恵者中の知恵者だ。

25蟻は力のないものたちだが、夏のうちに食糧を確保する。

26岩だぬきは強くないものたちだが、その巣を岩間に設ける。

27いなごには王はいないが、みな隊を組んで出陣する。

28ヤモリは手で捕まえられるが、王の宮殿にいる。

 本当に主を恐れるなら、虫や自然、他者の言葉に聞く耳を持つ。勿論、信仰や倫理では譲れない一線はありますが、逆に頭ごなしに疑わず、耳を傾け、他者に相談し、外国人にも敬意を払い、蟻や動物にも学び、母親や妻、社会の縁の下の力持ちにも称賛を惜しまない。それが、箴言を通して語られていく、本当の知恵ある謙虚な生き方です。

3.愚かな者を選ばれた神

 箴言(知恵文学)は、知恵への考えを根こそぎ変えます。「箴言を読めば賢くなれる」というより、生き方の方向が変わり、主との関係を第一にして、親や妻、隣人や敵、自然や世界とも健全なつながりを大事にするようになる。家庭を大事にし、正直に、善を行うように励まされます。自分が関係の中に活かされていることを忘れて、知恵を掴もう、賢く見せようとしやすい事自体、本当に愚かで勿体ない生き方です。箴言はそう気づかせてくれます[10]

 新約で、主イエスは

「神の知恵」

と繰り返して呼ばれます[11]。そして、パウロはコリント教会に対して

「あなたがたの中に知者は多くない」

と言いました。

「神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。」

と言いました[12]。私たちが「自分が賢いか愚かか、正しく知恵がなきゃダメだ」と考えてしまう方向から、もっと大きな愛の中に生かされている事実に気づかされて、イエスにますます依り頼み、人と生かし合えばいいのだ、と気づきます。それがイエスが下さる本当に賢明な生き方です。知識を追い求めるのでなく、神を恐れ、人に心を開いていくのです。

 イエスは神の知恵です。でもイエスは、私たちを愛し、私たちのためにご自分を献げるという愚かさを選ばれました。そして私たちに、自分の愚かさ、知識の限界を素直に認めさせ、また聖書を通して知恵を下さいます。私たちはイエスの優しさに、素直に自分の視野の狭さを認めて、喜んで助けをもらい、助言に耳を傾けるようにされます。知ったかぶりをせず、分からないことは「分かりません」と言える素直さは、神を恐れる心の恵みです。でもそこに開き直らず、人の意見や気持ちをどんな時も大事に出来て、関係を育て、何よりも知恵を祈り、御言葉の知恵に励まされる生き方を頂くのです[13]。箴言や新約の知恵ある言葉は、私たちの実生活に有益な知恵を与えて、助けてくれます。私たちとともにおられる主イエスは、具体的に、賢く、ユーモアを込めて私たちを諭して導いてくださる。箴言はその事も豊かに教えています。

「神の知恵であるイエス様。箴言を与え、知恵ある生き方を具体的に教えてくださる愛とご配慮に感謝します。あなたの尊い選びと測り知れない知恵を信頼して、あなたに拠り頼み、良い歩みをともに重ねさせてください。鳩のように素直で蛇のように賢く、と言われた通り、毎日知恵が必要ですから、どうぞ私たちの判断や思いを導き、光の子として歩ませてください」



[1] ヨブ記と箴言と「伝道者の書」。ヨブ記は「苦難」から、「伝道者の書」は哲学的に、知恵を語っているのに対して、箴言は「主を恐れることは知恵のはじめ」と歌い、父親が息子に伝える教訓という形で知恵ある生き方を語っています。特に「王」が語り手であるだけに、非常に実践的で、ビジネス書にもなる書です。

[2] Ⅰコリント一21。

[3] エペソ五15~17「ですから、自分がどのように歩んでいるか、あなたがたは細かく注意を払いなさい。知恵のない者としてではなく、知恵のある者として、16機会を十分に活かしなさい。悪い時代だからです。17ですから、愚かにならないで、主のみこころが何であるかを悟りなさい。」

[4] 創世記二章、ヤコブ書一5「あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。」。

[5] 世界を造る前から神は知恵を得ていた、というのはキリストがご自分のことを語っているようだ、とも読めます。しかしこの読み方は、異論もあります。あまり、旧約の随所に、三位一体やイエスの受肉を読み込みすぎる必要はありません。いずれにしても、神の知恵の奥深さ、肝心要なことを深く印象づけます。

[6] 一7「主を恐れることは知識の初め。愚か者は知恵と訓戒を蔑む。」、九10「主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟ることである。」

[7] 箴言一四21「自分の隣人を蔑む者は罪人。貧しい者をあわれむ人は幸いだ」。この「隣人」は異教徒・ノンクリスチャンであろうと変わりません。だれであれ、目の前にいる人を蔑むのは、神の御心(=神の知恵)から外れた「罪人」の姿なのです。

[8] 創世記25章14節に「マサ」という地名が出て来ます。しかし、これが箴言30章31章の「マサ」と同じ場所のことなのかは、諸説があります。

[9] 蟻は、6章6節でも「怠け者よ、蟻のところへ行け。そのやり方を見て、知恵を得よ」。

[10] 言い方を変えるなら、神との人格的な関係に生きる事こそが、「知恵」です。八章はまさにそれを言っていました。知恵が人格化されていますが、知恵とは人格的なものなのです。イエスが「わたしが真理です」と仰ったのも、「真理」とは「人格的」であること、人格者なる神ご自身であることを教えていました。知恵を得るために神との関係や人との関係を大事にするのではなく、神との関係に生きること、人との関係に生かされていること、その関係を育てることこそが本当の知恵なのだ。自分も相手もともに生かし、人が生き生きと生かされることこそ知恵ある生き方そのもの。

[11] Ⅰコリント一23「しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かなことですが、24ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。」「30しかし、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました。」など。コロサイ二3「このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています。」

[12] Ⅰコリント一章「26兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。27しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。28有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。29肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。」

[13] ローマ一二16「互いに一つ心になり、思い上がることなく、むしろ身分の低い人たちと交わりなさい。自分を知恵のある者と考えてはいけません。」

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Ⅰコリント書1章1-13節「途上にある教会 第一コリント」

2018-09-23 16:00:34 | 一書説教

2018/9/23 Ⅰコリント書1章1-13節「途上にある教会 第一コリント」

 今月の一書説教はコリント人への手紙第一。パウロが書いた手紙で最も分量が多く、第二の手紙と合わせると、聖書でコリントの教会との関わりが閉める割合の大きさに驚かされます。そして、実に生々しい手紙。ぜひ各自で読んで、私たち自身と重ね合わせて聴きたいものです。

1.コリントの教会の事情

 コリントの町はギリシャにあり、東西の交通の要衝として大変栄えていました。経済的な繁栄は当然、道徳よりも商売を呼び込み、倫理的には腐敗していました。町の大神殿も敬虔さとは無縁で、神殿娼婦や神殿男娼で知られるいかがわしい宗教でした。ローマ帝国中で周知のことで、「コリント風に振る舞う」といえば淫らなことをするという俗語だったぐらいです。そういう都市だからこそ、パウロはここでの伝道をして、偶像ではない天地の造り主なる神を証しし、気慰みではないイエス・キリストの福音を語ったのです。その様子は「使徒の働き」十八章で読んだ通りで、約二年パウロはコリントに滞在して、多くの人が入信したようです[1]

 その後、パウロがコリントを離れ、第三回伝道旅行でエペソに滞在していた時、コリント教会に宛てて書いた手紙が本書です[2]。その冒頭、1章1節からを読みました。最初の挨拶、感謝、励ましが9節まで書かれていました。

 しかし、10節で一転して

「仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください」

とあって、驚かなかったでしょうか。その後、

「争いがある」

と明言され、教会の中に

「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケファに」「私はキリストに」

と分裂が起きていたことが分かって、呆気に取られるのです。コリント教会には分裂がありました。開拓者のパウロを批判する人にもパウロは悲しんだでしょうし、キリストよりもパウロ先生だという人の勘違いにも、パウロはもっと残念な思いをしています。

 この「分派」の問題をパウロは4章まで取り上げます。それで終わりではありません。5章からは不品行の問題を扱われます。コリントの道徳は乱れきっていましたが、教会の中にも淫らな行いや買春が行われていたのです。この問題を7章まで扱います。その後8章から10章までが偶像崇拝との関わり、11章から14章では御霊の賜物の問題、15章では復活の教理が否定されている問題が扱われます。いくつかは手紙でパウロに問い合わせがあったようです[3]。ですから、このパウロの手紙は、コリントの教会が分裂や不品行、礼拝の混乱、教理の誤解などに手を焼いて、エペソにいるパウロに助けを求めて書いた手紙への回答として書かれたのです。それも目を覆うような問題だらけだったコリント教会の姿が浮かび上がってくるのです。

2.問題はあっても

 こうした惨憺たる状況がコリント教会にありました。他の教会にも問題はあり、その後の二千年の歴史でも完璧な教会など一つもなく、時に教会はひどく堕落してきました[4]。現在も教会のスキャンダルがニュースになります。そういう時に良く聞かれるのが、

「新約聖書の時代の教会は聖く愛に満ちていた。新約の教会に帰ろう」

というスローガンですが、聖書の教会は、決して理想的で麗しい教会ではありません。グループに分かれたり誘惑に流されたり、貧富の差を持ち込み、外からの圧力に屈してしまう。教会は人間の集まりで、私たち人間はキリスト者となっても聖人になるわけではありません。好みがあり、誘惑に流され、弱さを持っている人間です。そういう人間の集まりである教会は、間違いを犯さずにはおれません。その自覚を忘れて思い上がるなら、キリストの救いに与ってはいても、キリストの名を隠れ蓑にしたり、悪を行ったり、そして未信者よりもひどい暴力を振るうこともあり得るのです。

 しかし、そういうコリント教会に宛てて、パウロは、どのように書き始めたでしょうか。

Ⅰコリント一22コリントにある神の教会へ。すなわち、いたるところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人とともに、キリスト・イエスにあって聖なる者とされ、聖徒として召された方々へ。主はそのすべての人の主であり、私たちの主です。

 「聖なる者とされ、聖徒として召された方々」

というのです。その後も4節で感謝、5節で

「あなたがたは…キリストにあって豊かな者とされました」

 7~9節も、神があなたがたを召して、保って、完成させてくださる希望に貫かれています[5]。パウロはコリント教会のドロドロした問題を踏まえた上で、いや踏まえているからこそ、神の恵みという原点、キリストのものとされた土台に立ち戻るのです。

 主イエスが私たちを捉えて、私たちを神の子どもとしてくださいました。主イエスへの信仰を与えてくださいました。それでもまだ、沢山の問題を抱えています。ひどい罪さえ犯しかねない私たちです。しかし、罪や汚れ、間違い、誤解がある私たちを、主イエスは召して神の民としてくださいました。私たちは聖徒と呼ばれ、神の子どもとされ、神の物語の中にもう入れられています。その神の恵みに立ち戻ることによって、現実の問題を見つめ、自分の過ちを認めて、虚しい考えや恥ずべき生き方や幼稚な争いを止めて、悔い改め、生活を整え、成長し、希望をもって生きるようにと、パウロは励ますのです。

3.第一コリント13章「愛の章」

 「私たちは人として何をすべきか(すべきでないか)」(ルール)

よりも

 「キリストはどんな方でキリスト者とは何者か」(アイデンティティ)

が大事なのです。主はそのいのちをもって私たちを捉えてくださいました。だからパウロは、キリストが私たちを召されたこと、神が私たちをどのような者として選ばれ、どのようなご計画を持っているのかを説き聞かせています。

 あなたがたはキリストのもの。キリストは私たちのために死なれ、よみがえられた。私たちはもうその約束の中に入れられた。(アイデンティティ) だからそれに相応しい生き方が勧められるのです。

 皆さんも「私はクリスチャンとは名ばかりで、実態が伴っていない。末席を汚していて…」などと考えることがあるかもしれません。思い出してください。私たちの行いよりも大事なのはキリストが何をされ、何を約束されたかです。神の国を受け継がせてくださるという無条件の約束があるのです。その途上にあって、私たちはまだまだ過ちを犯し、恥をさらします。しかしそれを隠したり正当化したりせず、逆に正直に謙虚に認めて、主の憐れみに立たせて戴いて歩ませていただく。私たちは途上にあるのだと告白し続けることに、教会の証しがあるのです。

 コリント書でも最も有名なのは13章「愛の章」でしょう[6]

 どんな特別な力があっても愛がなければ騒音と変わらない。いや、知識や信仰や慈善や殉教さえも、愛がなければ何の役にも立たない

と歌い上げます。しかし、これも私たちに「全き愛」がなければ、という道徳や人道主義なのでしょうか。誰もそんな愛は持てません。私たちの内側から愛を生み出したり造り出したりすることは不可能です。ただ全き愛のお方であるイエス・キリストが、私たちを愛して、ご自身を与えてくださいました。その愛のゆえに、教会はしばしば間違え、醜態を見せ、傷つけ合いながらも、歩むことが出来るのです。

 イエスは私たちを耐え、信じ、望み、忍んで育ててくださいます。

 イエスの愛は決して尽き果てません

 イエスは私たちを完全に知ってくださり、私たちの隠れた罪や問題も、その奥にある呻きも知ってくださっています。

 また、今私たちがどんなものであるとしても、将来、神の子どもとして成長して、聖徒として輝くことを完全に知ってくださっています。

 その愛に立つからこそ、教会は自分たちの問題に正直に取り組み、何度でも繰り返して悔い改めて、主の赦しに与って、立ち上がることが出来るのです。

 その愛を追い求めるのです。規則や敬虔に見られるとか、他の宗教の批判、罪を犯した人を責めたり後ろ指を指したりもせず、愛を追い求めなさい。今、途上で不完全な私たちを愛して、すべての罪を赦し、そして罪からも愛のない生き方からも救い出してくださる主イエスがここにおられます。その愛を戴く途上にある私たちなのだと、コリント書は教えてくれるのです。

「私たちを愛したもう主よ。コリント教会の目を覆うばかりの姿に驚きつつ、これもまた私たちの鏡だとハッとさせられ、その中に輝く主の愛の測り知れなさに御名を崇めます。主の死と復活のゆえに私たちは永遠にあなたのものです。途上にあり、多くの助けと赦しと励ましに支えられてあることを、それぞれの歩みでも世界大の教会の歩みでも謙虚に証しさせてください」



[1] その時に語られた有名な言葉が、使徒の働き18章9節以下です。「ある夜、主は幻によってパウロに言われた。「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。10わたしがあなたとともにいるので、あなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民がたくさんいるのだから。」

[2] 厳密には、パウロはコリントに宛てて、少なくとも四通の手紙を書いています。第一「前の手紙」(Ⅰコリント五9)、第二「コリント人への手紙第一」、第三「涙の手紙」(Ⅱコリント二4、七8)、第四「コリント人への手紙第二」。また、その間では、実際に訪問もしたようです(Ⅱコリント十三2)。

[3] 一11、七1、八1、十二1、十六1、参照。

[4] 「地上にある最も純粋な教会も、不純と誤りの両者を免れない。そして教会の中には堕落してもはや全くキリストの教会ではなく、サタンの会堂になってしまっているものもある。それにもかかわらず、神をその御意志に従って礼拝する教会は常に地上に存在するだろう。」ウェストミンスター信仰告白、第25章「教会について」5節。村上満、袴田康裕訳。

[5] 「一4私は、キリスト・イエスにあってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、あなたがたのことをいつも私の神に感謝しています。5あなたがたはすべての点で、あらゆることばとあらゆる知識において、キリストにあって豊かな者とされました。6キリストについての証しが、あなたがたの中で確かなものとなったからです。7その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けることがなく、熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待ち望むようになっています。8主はあなたがたを最後まで堅く保って、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところがない者としてくださいます。9神は真実です。その神に召されて、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられたのです。」

[6] 「たとえ私が人の異言や御使いの異言で話しても、愛がなければ、騒がしいどらや、うるさいシンバルと同じです。たとえ私が預言の賜物を持ち、あらゆる奥義とあらゆる知識に通じていても、たとえ山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、私は無に等しいのです。たとえ私が持(も)っている物のすべてを分け与えても、たとえ私の体を引き渡して誇ることになっても、愛がなければ、何の役にも立ちません。愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、不正を喜ばずに、真理を喜びます。すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。愛は決して絶えることがありません。預言ならばすたれます。異言ならば止みます。知識ならすたれます。私たちが知るのは一部分、預言するのも一部分であり、完全なものが現れたら、部分的なものはすたれるのです。私は、幼子であったときには、幼子として話し、幼子として思い、幼子として考えましたが、大人になったとき、幼子のことはやめました。今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、そのときには顔と顔を合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、そのときには、私(わたし)が完全(かんぜん)に知(し)られているのと同(おな)じように、私(わたし)も完全(かんぜん)に知(し)ることになります。こういうわけで、いつまでも残(のこ)るのは信(しん)仰(こう)と希(き)望(ぼう)と愛(あい)、これら三(み)つです。その中(なか)で一番(いちばん)すぐれているのは愛(あい)です。」

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マルコ伝16章1-8節「驚きのイエスの福音 マルコ伝」

2018-08-26 18:24:33 | 一書説教

2018/8/26 マルコ伝16章1-8節「驚きのイエスの福音 マルコ伝」

 今月の一書説教はマルコの福音書です。短いだけに、始めて聖書を読む人には、系図から始まるマタイよりも、このマルコから読むことを勧められることも多い書です。

1.「驚き」の福音書

 マルコの福音書は全16章、新改訳2017で41頁です。イエスの誕生(クリスマス)はすっ飛ばして、

「神の子、イエス・キリストの福音のはじめ」

と書き出して本論に入る単刀直入な福音書です。一章の一頁に

「すぐに」

が10節12節と二回出て来ます。41回も「すぐに」を繰り返す、スピード感に満ちた福音書です。かといって、細かい所は端折った簡潔な書き方かというと、逆です。マタイやルカより詳しい記事が多いのです。背景の説明や、人物の描写はとても丁寧です。何よりイエスの感情が詳しい。あわれみ[1]、怒り嘆き悲しみ[2]、ため息をつき[3]、憤り[4]、愛しみ[5]、とイエスの感情表現が豊かです。また弟子たちの無理解を度々嘆く箇所があります[6]。神の子イエス・キリストは、本当に人間となってくださった。それも非の打ち所のない聖人ではなく、豊かな感情を持つ人であった。その不思議こそマルコの主題です。

 ですから、この福音書には驚きが満ちています。

「驚く」「驚嘆する」「恐れる」

といった言葉が27回も出て来ます。民衆がイエスの教えに驚き、イエスの癒やしに驚き、弟子たちもイエスが嵐を鎮めるのに恐れ[7]、嵐の上を歩くのに恐れ、不可解な十字架の予告に恐れ。そして最後の最後、十六章8節は、イエスの十字架の死から3日目、墓に駆けつけた女弟子たちが、イエスがよみがえったと知った時、彼女たちが驚き、恐れた姿で閉じるのです。

十六8彼女たちは墓を出て、そこから逃げ去った。震え上がり、気も動転していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

 この終わりでは余りに中途半端だと、後から付け加えられた結びが何パターンかあって、それも聖書には載せられていますが、古い重要な写本は8節で終わっています。明らかに本来は8節の

「誰にも何も言わなかった。恐ろしかったからである」

で閉じていたのです。勿論、実際そのまま黙していたはずはなく、立ち上がってイエスの復活を告げに行き、宣教が始まりました。でも、その前にどれほどイエスの復活に驚き、震え上がり、気も動転して、誰かに何かを言うどころではなかった。それぐらいの恐れ、驚きをマルコはまず大事にしたかった。神の子イエス・キリストが人となって来られた不思議に、十分驚き、恐れることを迫られます。

2.「仕えられるためではなく仕えるため」

 マルコの福音書は8章の最後が大きな分岐点になります。27節でピリポ・カイサリアに行ったとあります。これはガリラヤから更に北に50kmも上った所です。その北の町で弟子たちがイエスを

「キリスト」

と告白します。その後イエスは初めてご自分が

「多くの苦しみを受け…捨てられ、殺され、3日目によみがえる」

という衝撃の予告を告げるのです。そういう意味でもこのピリポ・カイサリアが大きな転換点です。でも弟子はイエスの苦難予告を理解できません。一番弟子のペテロは、キリスト告白した直後なのに、苦しみの最後を語るイエスを脇にお連れして諫め出すのでして叱られる。それでも弟子たちは理解できません。出来ないまま、イエスに着いていきます。着いていきながら弟子たちは

「誰が一番偉いか」

という議論を始め出します[8]。よいでしょうか。イエスは十字架の苦しみを引き受けよう、限りない謙りで、最も低く卑しくなるおつもりでいるのに、弟子たちはイエスが王様になったら誰が一番偉い地位をもらえるかを話題にしていたのです。そういう弟子たちに向かってイエスはこう仰います。

十43しかし、あなたがたの間では、そうであってはなりません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。44あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。45人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです。」

 イエスは仕えられるためではなく仕えるために、自分のいのちを与えるために来た。弟子たちにはピンと来なかったでしょう。それでもイエスはそのために来られ、真っ直ぐ十字架に進んで行きました。イエスが十字架に死んだ時、弟子たちは男も女も、それをあり得ないこととして深く悲しみに暮れました。ところがそれこそ神の子イエスの選ばれた道だ、自分たちが今まで慕い、馴れ馴れしくし、時には窘めたりもして一緒に過ごしてきたイエスが、本当に神の子だった。それもメシアとしての力を振るって敵も世界も従わせる英雄になる事も出来たろうに、気取らず私たちの友となり、徹底して仕え、自分のいのちを与える道を選ばれた。その事に驚き、震え上がりました。神観のどんでん返しでした。そして、「誰が偉いか」と背比べをする人生観もすっかり覆されたのです。

 『世界一孤独な日本のオジサン』という本では、現代の孤独の問題を解き明かしていました。男性が出世や仕事ばかりで生きてきて、強さや孤独が格好いいとされやすい。それで、コミュニケーション力や人との繋がりは避けたまま、気がついたら淋しい。それを見せるのも難しくて、悶々としたままますます孤独で不機嫌で病気になる、世界的な大問題です。そういう「男性社会」にとって、イエスは全く衝撃です。「偉くなるのが男」と思い込んでいた人生のルールが、実は全く逆だったと気づかされるのです。この世界を造られた神が、プライドも何もかも投げ捨てて飛び込んで、人の友となったというショッキングなメッセージです。

3.イエス、ペテロ、マルコ

 その代表格が一番弟子のペテロです。マルコはペテロの通訳をしていたと伝えられています。マルコの福音書はイエスの最も身近にいたペテロの説教集です。ペテロはかつてイエスを理解せず、逆の道、偉くなり、自分を誇示して尊敬されたい弟子でした。しかし最後にペテロは、「イエスなど知らない」と三度も否定してしまいます。背伸びをしてきた生き方がペシャンコにされた、立ち直りようのない挫折でした。しかしそういう人間の罪や鈍さ、頑なさや甘えも承知で、神の子であるイエスは低くなって人間となり、人に憤りや苛立ちも現しつつ、徹底的に仕えてくださいました。ペテロは挫折とともに、そのイエスを味わいました。自信、プライドが粉々に砕けた時、神の子イエスが全く反対の卑しい道を歩まれた。それも、この勘違いした自分のため、ボロボロの自分にいのちを与えるため、苦痛と屈辱と恐怖と絶望を味わうことを躊躇わないで十字架に死なれた。ペテロはこのイエスに仕え、イエスとともに仕える人生を歩んだのです。そのペテロの助手として通訳したマルコが、この福音書を書いたのです。

 そのマルコ自身、「使徒の働き」で明らかなように、伝道旅行の途中で戦線離脱した失格者でした。後からパウロに、あんな人材は連れて行きたくないと失格の烙印を押されたマルコでした。もう一つ、この福音書で、マルコが自分のことを書いたのではないかと言われる箇所が一つだけあります。14章51節52節に出て来る

「ある青年」

です。逮捕されたイエスについていったけれど、捕まりそうになって、まとっていた亜麻布を脱ぎ捨てて、裸で逃げていった。この裸で逃げた青年がマルコ自身かもしれません。そんな失敗や挫折をしたマルコにとっても、自分の恥や過去を受け止め、その自分のために恥も苦しみも厭わなかったイエスの姿は、驚きであり、慰めであり、何も言えなくなるような「福音」であったに違いありません。

 神の子イエスが私たちと同じ人となった。感情を持ち、苛立ち、憤り、人を愛しむ人間になってくださった。そして、十字架に死んでよみがえってくださった。教会はその事を「使徒信条」に告白して、私たちも毎週「使徒信条」を告白していますが、それは実に驚きに満ちたとんでもない告白です。そして、神の子イエスがそのようになった以上、私たちも偉くなろう、人にバカにされまい、背伸びしようとする生き方を変えられて、イエスに従うのです。イエスの福音は驚きであり、私たちの生き方にも新しい力と慰めをもたらす物語です。

「神の子イエス。あなたが仕えられることを願わず、私たちに仕えるために人となり、深く謙って十字架の死まで進まれたことに驚き、御名を崇めます。ペテロやマルコ、そして私たちを選ばれ、あなたの器としてくださいました。福音書を読み、そこに私たちへの限りない愛とチャレンジを受け止めさせてください。今も私たちに仕えてくださっている主の御名によって」



[1] 一41、五19、六34。

[2] 三5

[3] 七34、八12

[4] 十12

[5] 十21。

[6] 四13、八17~21など。

[7] 「非常に驚く」(エクサンベオー、マルコのみに四回。九15(群衆が下山したイエスを見て)、十四33(イエスが深く悩み、もだえ)、十六5(女弟子たちが御使いを見て)、6)、「驚く」(サウマゾー4回、五20(イエスの宣教に人々が)、六6(イエスが人々の不信仰に)、十五5(イエスの沈黙にピラトが)、十五44(イエスの死が早いのにピラトが))、「驚く・驚嘆する」(エクプレッソー5回、一22(人々がイエスの教え方の権威に)、六2(ナザレの人々がイエスの教えに)、七37(人々がイエスの教えの力に)、十26(弟子が金持ちが神の国に入るよりは駱駝が針の穴を通る方が易しいとのイエスの言葉に)、十一18(群衆がイエスの教えに驚嘆していた))、「驚く」(サンベオー3回、一27(人々がイエスの悪霊を追い出す権威に)、十24(弟子たちが金持ちが神の国に入る難しさを教えるイエスに)、32(弟子たちが先頭を進まれるイエスに)、「驚く」(エクシステーミ4回、二12(皆が中風の人が立ち上がる癒やしに)、三21(人々がイエスはおかしくなったと)、五42(ヤイロの娘の復活に口もきけないほど驚いた)、六51(弟子たちが嵐を鎮めたイエスに))、「驚嘆した」(エクサウマゾー1回、十二17(カエサルのものはカエサルに、の言葉で))。「恐れる」(フォベオー、四41(弟子たちが、嵐を鎮めるイエスに)、五15(人々がイエスが悪霊を追い出したのに)、五33(長血の女がイエスの言葉に)、六50(湖を歩くイエスに弟子たちが)、32(弟子がイエスの受難予告に)、十32(イエスが先頭を行くのに、弟子たちが)、十六8(イエスの復活に女弟子たちが))、「恐れる」(エクフォボス、九6(ペテロが山上の変貌に))、「口もきけないほどに恐れる、気も動転する」(エクスタシス、五42(ヤイロの娘の復活に人々が)、十六8)。

[8] 九33-37、十35-45。

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