”かざみどり”の気まぐれ日記

我が家の癒し系、青色セキセイインコのピーちゃんの成長記録とボートのお話

コウノトリ 「和歌山こうちゃん」

2014年02月16日 | セキセイインコ
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天気は抜群にいいんだけど、風が強く寒い1日でした。

午前中k紀ノ川河川敷を10㌔強のRun。
昨日に引き続きということだったが、懸念された左脚ふくらはぎも全く問題なし。
しかし、強烈な筋肉痛と股関節のダルさ。

それはさておき、今日もコウノトリが南海電鉄の紀ノ川橋梁でくつろいでました。
相変わらずののんびり屋さんで、同じところに長時間たたずんでます。

今日はバッチリカメラ持参で撮影にも成功。
Rnuの後、カメラを背中に抱えてシングルスカルに乗って橋梁付近まで漕ぎ、鳥を脅かさないように近づいて撮影。
ボート部員の特権を大いに活用できました。

で、このコウノトリ 「J0057」という個体識別番号らしい。
昨年も和歌山にやってきた個体で
「和歌山こうちゃん」の愛称で親しまれています。

では写真行きます

ここがお気に入りらしい


フワッと柔らかく飛び上がると大きな羽で楽に飛び立ちます


シングルスカルから撮影
両手を放すとひっくり返るので、片手での撮影ながら、足環までしっかり確認できます。ただ、このときはフラミンゴ状態だったので、反対の足の輪っかは確認できず


目が合ってしまいました


飛んじゃった


柔らかい羽ばたきです


大きな羽を目いっぱい広げて回旋しながら上昇していきます


飛ぶのに体力を使わないようだ


一緒に映っているのがカラス
大体の大きさがわかってもらえるかな








大雪

2014年02月15日 | セキセイインコ
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昨日はたいへんな大雪でした

雪とは滅多に縁のない和歌山であれだけの大雪が降ると、交通は簡単にマヒしてとんでもないことになってしまいます。

で、大事をとって出勤も普段より30分早く自宅を出ました。
電車は動いているものの、ダイヤは大幅に乱れてました。
始発駅の和歌山市駅では、融雪の影響でポイントが切り替わらなくなるアクシデントが発生し、一時はどうなるものやらと思ったが、保線係がバーナーであぶり、ポイント付近に発煙筒みたいな炎を発する固形物を設置して復活させ、事なきを得ました。

結果、遅刻せず出勤できてセーフ!

だが、和歌山と大阪の県境の道路は壊滅状態だったようで、高速道路は通行止め、主要幹線道路も通行止め、線路と平行に通る国道26号も動いていなかったようで、大渋滞でした。

それらの雪も、夕方から降りだした雨によって今朝には殆ど融けてなくなっちゃいましたね。



コウノトリ「和歌山こうちゃん」と紀ノ川の冬鳥

2014年02月11日 | セキセイインコ
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日曜日、午前中は選手チームが1×で乗艇する脇をJOGで伴走、10㌔強。

病み上がりということで、1㌔あたり5分半~6分のゆったりしたペースで走った。
が、10㌔を越えたあたりで突然右足ふくらはぎを痛めてしまった。
なんの兆候もなく、突然だったので転びそうになったが、なんとか堪えた。
大事に至らなくて良かったが、運動不足はいかんな。

伴走中、南海電鉄の紀ノ川橋梁の架線を支える鉄柱の上でくつろぐコウノトリを発見!
約1年ぶりの再会&界隈で最も大型のアオサギが小さく感じるほどの存在感に感動


残念ながらカメラも双眼鏡も持っていなかったので、じっくり見ることができなかった。

で、午後、コウノトリを求めてカメラと双眼鏡持参で再び河川敷に出かるも不発

でも、たくさんの鳥たちが活発に活動してました。


ホオジロ


ヒドリガモ


黒白がキンクロハジロ、茶色頭がホシハジロ、右隅真ん中がカンムリカイツブリ


クサシギ


ノスリ
丸印の斑点が特徴


低水温ぶっ飛ばす見事なジャンプ
冷たくないの?


生石高原は真っ白


天に昇る勢いの連凧


六十谷大堰付近の葦原
草の丈は2.5㍍くらいで、葦原に分け入ると、すっぽり隠れてしまいます。
足元はカニの巣、茂みの中は鳥の楽園でした




節分 立春

2014年02月05日 | セキセイインコ
先日までのポカポカ陽気は何処へやら。立春とは名ばかりの寒さが続きます。インフルエンザの熱も下がり、食欲も戻り安静にしていたお陰で復活です。
とは言え、体重は2キロ減りました。

まだウィルスを保菌しているので部屋に隔離状態が続いており、夕食は部屋まで出前、朝と昼ご飯や洗顔などは子供達が学校に行ってる時間帯に済ませては部屋に戻るという形で、後はおとなしく読書してました。

土曜は田辺での研修のため早起きして出掛け、日が変わる頃に帰ってきて、そのまま寝込んでしまい、隔離状態だったから、金曜の朝ご飯で顔合わせた以降、声だけしか聞いてなかった、という状況が本日水曜夕方まで続きました。

この期間中、我が家では大きな出来事がありました。娘が受験した県立の中高一貫校の合格発表です。結果は研修に行っていた土曜の昼前に郵送されて来たらしく、ワタクシ、和歌山市内から研修に参加する4名で車に便乗して、講演して下さる講師を南紀白浜空港へ迎えに行き、ちょうど白浜の観光地、三段壁を観光中に娘から電話で、『お父さん、合格したよ』と何故か異様に低いテンションで報告があり、電話ごしにねぎらいの言葉を送ったんだけど、直接おめでとうを言えたのが本日水曜・・・・。

それはさておき、この中学受験、80人の枠に292人が挑んだ競争率3.6倍という狭き門だっただけに、本当によく頑張りました。

ただ、この合格の陰の功労者は間違いなく奥さん。
常に付きっきりで叱咤激励し、集中力が切れてくる頃には宥めすかして、はたまた塾の先生との窓口役になり、週末の早出・居残り補習の為の弁当作りから平日夕方の送迎など数えたらきりがないほど。

奥さんの貢献度が9割とすれば自分は1割程度かな。

話は変わるが、自宅療養中の昼間、暖かかった月曜日は、すぐ近所の保育園が部屋の窓を開放していたようで、園児たちの賑やかな声や、近日中に開催されると思われる市民会館での演奏会に向けての最終調整と思われる、息の合ったレベルの高い器楽演奏の音色も聞こえてきた。

そして、午後2時過ぎくらいに、節分行事が始まったようで、『悪い子は誰だ~、鬼が連れてゆくぞ~』と叫ぶ鬼に、園児たちの泣き叫ぶ声や『ごめんなさい~』『かしこくします』とベソをかきながら鬼に誓う声が聞こえてきて、布団にくるまりながら微笑んでました。

十分休養も取れたし、咳も治まったので明日から仕事復帰です。

昨日の夜職場に連絡入れた時点で、70名程度の我が部所でインフルエンザが私を含めて三名。

咳をしてマスクしてる人も結構いるようで、昨日からの寒さにやられて、入れ代わりでインフルエンザ発症する人が出るかもしれない。

今日は事前に休暇入れていたものの、月曜火曜と迷惑かけた分、明日から頑張らねば

インフルエンザA

2014年02月03日 | セキセイインコ
長らく更新できず申し訳ないです。
しかも久々更新されたタイトルがインフルエンザって・・・・。

スンマセン、インフルエンザにかかりまして、今日から明後日くらいまで出勤停止です。

二月一日、南紀白浜と隣り合う田辺市の県立田辺高校で近畿高体連ボート専門部の研修会があり、参加させていただきました。

あっ、因みにワタクシ教師ではありませんので。

全国高体連の重鎮から琵琶湖、浜寺界隈で熱心に指導されている顔見知りの多くの先生方に、今回初めて見掛ける先生方数名を含む二十数名の参加でした。

一橋大学ボート部のヘッドコーチを務め、自身も現役選手でいらっしゃる元オリンピック選手の野村さんの講演を聴きました。

内容はあまり詳しく出せませんが、野村氏は松岡修三のような情熱家、と言えばわかりやすいかな。
一橋大学ボート部の大躍進は選手、マネージャー、炊事班総勢百二十数名が一体となって勝利を勝ち取る意識を根付かせ、強豪大学に勝つためにはハードトレーニング以外に道は無しと、国内でも一流の国立大学で入部してくる部員は運動経験も殆どない為、事前に体力測定して、まず基本的な体作りして、エルゴ指導に時間をかけて故障しないフォームを体得してからの乗艇練習に入っていくようで、一日30キロ近く漕いでいるが腰椎、肋骨疲労骨折など故障者が出ないらしい。

早朝の練習に立ち会って、出勤し、仕事終わって夕方の練習に立ち会い、ブリーフィングで選手の表情を確認して、時にメンタルサポートも行い、と

コーチは常に選手たちと接することによって信頼関係を築くことが大切だということですね

ちょっとしゃべりすぎたか

研修の後、一行で車に便乗して白浜の温泉に浸かり、再び田辺に戻ってきて、駅前の有名な海鮮処で懇親会。

参加者のうち和歌山から三名と大阪滋賀から各一名の五名以外は皆先生で、生徒の引率なし、翌朝の部活なしに加え、揃いに揃った酒豪の猛者ということで、無礼講状態。

ワタクシお酒殆ど飲まないので注ぎにまわってました。

食事も豪華でトコブシを含む鮮魚の刺身盛り合わせにすき焼き、茶碗蒸し、にぎり寿司その他で満腹満腹。

お酒を注ぎに回って、様々な話しを聞かせていただいたが、特に印象に残ったのが、今年初めてボート部の顧問になったという神戸科学技術学園の先生の話。

神戸に赴任する前は三重県尾鷲市の工業高校にいたらしく、ご存知の通り年間降水量が非常に多い地域で台風の接近時や津波関連のニュースになると必ず出てくる所で、金沢でお馴染みの

『弁当忘れても傘忘れるな』が合言葉らしい。

言葉が極端になってしまうが、田舎の子、及びおじいちゃんおばあちゃん世代にとって、

『学校の先生=神様』で


生徒にとって先生はなんでも知ってる偉い人なわけで、先生の専門外のことも質問しに来て、

『先生わからんわ』

と応えると、先生なのに?とかえってくるらしい。

また、尾鷲ではおじいちゃんおばあちゃん世代と同居している家庭も多いらしく、たまたま生徒の近くに来たということで挨拶を兼ねて家庭訪問した際、最初にお婆が出て来ようものなら大変だそうで

玄関を開けると、正座して深々と頭を下げて

『孫が何かやらかしたのですね、先生、申し訳ございません、申し訳ございません。』

の一点張りで、そりゃ大変だったらしいです。

そんなこんなで二時間に渡る懇親会終了。
ワタクシ翌日は諸用があったのでここでおいとまして21時55分の終電に乗って和歌山に帰りました。

他の御一行様は宿に戻って二次会で、こちらも随分盛り上がったようです。


昼くらいから喉がいがらっぽく、時間と共に咳が出て来て、帰りの電車で酷くなりつつあって、23時42分に和歌山に着き、奥さんに迎えに来てもらい、風呂に入ってとりあえず風邪薬飲んで1時くらいに布団に入ったが、そこから悪夢の始まり。

風邪薬なんか全く役立たずで体の節々が痛み、咳が止まらず、咳込む度に関節に響き、そのうち激しい頭痛にも襲われ、時折痛みに叫び、うめき、疲れて寝たと思ったら5分しか経過していない、10分しか経過していないという状況が続く、ひたすらに長く果てしない夜明けが待ち遠しく感じる夜だった。

夜が明けた7時頃熱計ると39度1分の高熱。

インフルエンザに違いないと思ったが、日曜で病院休みだし、救急車呼ぶわけにいかないし、救急急患センター行ったら果てしなく待たされそうだし・・・・。。

てなことん考えてるうちに気絶したのか、次に目覚めた時は10時だった。

3時間寝たからといって回復するわけもなく、咳も頭痛も激しく、とりあえず起きてトイレに行き、顔洗って、水分補給して再び布団に戻ったが、まだまだ悪化しているようで、頭痛の苦しさを含めて果てしなく続く苦しさに耐え難くなってきた12時、奥さんにギブアップのメール送信。10時半~12時まで学習塾の説明会に行くことになっていたので、終了後すぐ戻ってもらい、急患センターに連れてってもらった。

道中の15分のやたら長いこと。
到着して駐車場から待合室までの20メートルをふらつきながら歩き、検温、39度4分。そらキツいわ。

比較的空いていたので待ち時間5分ほどで診察してもらえ、鼻に棒突っ込んだ後、待合室で10分待って出た結果は

『インフルエンザA型です』

やってもた・・・・

インフルエンザの特効薬のタミフルが出た頃、インフルエンザにかかって随分苦しい思いをした苦い経験があるから、それ以降毎年予防接種受けてるんだけど、今回は早めの10月半ばの接種だったので、四半期以上経過して、免疫期間を切れていたからなのか?

それとも単に体が弱いからか?

薬を処方するにあたり、五日に分けて服用するタミフルと一回分を吸入するだけのイナビルの二種類あるが、どちらにしますか?と尋ねられ、『どちらが良く効くの』と尋ねると、吸入するほうというので第一三共のイナビルを選択。


会計を済ませて薬を処方してもらい、車で特効薬の『イナビル』一回分の10ミリグラム×4回を吸引し、解熱剤と抗生剤をのんで帰宅。

お腹は下さなかったが、食欲もなく、日曜は急患から帰宅後プリン1個だけ食べてひたすら寝て、布団や敷布団まで汗でボトボトになるほどたくさん汗かいて三~四時間ごとに着替えて月曜の昼には平熱に戻りました。

と思ったが、多分今朝まで服用した解熱剤が効いているだけかもしれず、夜になって平熱より若干高めの36度8分。

先生は熱下がっても、ウィルスは撒いているとおっしゃってたから、しばらくおとなしくしてます