日本シリーズも我が日ハムの優勝で終わり、さぁーこれからの楽しみはと考えたら「何もナーイ」コンサドーレは昇格なしが決まり、渓流釣りも季節外れで(羆の出没が多かったので秋は断念)楽しみがなくなりました
こうなったら仕事&仕事で頑張って、美味しいお酒を呑む位ですね
さて仕事とは関係のないお話ですが、先日フーちゃんが来た時のお話です。
彼女はこの7月に双子の女の子を無事出産しましたが、今は大奮闘中との事でした。
それもそうでしょう。まだ上のお兄ちゃんは小さいし、何せ何もかもが同時にしなくてはいけない訳ですから経験者でなければ判らないことも多いはずです。
でも彼女が言うには「子育ては楽しいけど、本当に困ることが・・・」
一体何かと思えば、それは近くのスーパーやショッピングセンターに行った時に良くある出来事のようです。
彼女は旦那様と子供3人の5人家族ですが、買い物といえば5人総出となります。お兄ちゃんは旦那様が面倒を見て、小さな赤ちゃんは双子用の乳母車(サイドカーの形態のがあるとのこと)に乗せて売り場を歩くようですが、その様な情景はまさに注目の的になり、全く知らないお客が次々と覗き込み「双子ですか?」とか「似てますねー(当たり前)」「可愛い~」など次々と声を掛けられるようです。その程度なら彼女も余裕でやり過ごせるのでしょうが、なかには常識外の行動を取る中年層の母親もいて「ほらほら○○ちゃん、見てごらん」「双子だよ~可愛いでしょう」とまだ小さな子供に見せようとしたりする親も多く「私の子供は見世物ではない」とキレかかることもしばしばあると嘆いていました。
まさに最もな言葉です。たまの休日の買い物で、ゆっくりと買い物も出来ず「ハラハラどきどき」というのであれば、ストレスを抱えに外に出かけるようなものです。
もう少し常識ある行動が取れないの?と思うのは私ばかりではないでしょう。
常識といえば、最近は様々な面で「世の常識」に変化が現れています。
子育てもそうですが、子供への躾や教育はまったくおざなりとなり、社会全体がおかしくなっていることに何故気が付かないのでしょう。ある政治家は、北朝鮮が核を持ったから日本も核保有の論議をすべきと言い出し、非核三原則の論理も崩れ去ろうとしています。
高校教師にいたっては大学試験には「世界史」が必要外だから、必修科目なのにやった事として問題となり、校内外でのイジメを阻止しなくてはいけない中学教師が先頭を切ってイジメに加担する構図は、まさに「シンジラレナ~イ」の一言に尽きます。
小松左京の作品「日本沈没」は大地震と火山の爆発で日本が沈む様が描かれ、「ノストラダムスの大予言」でも日本は沈み中国に避難をするとなっていますが、日本はいま天災以外の要因でまさに沈もうとしています。五木寛之の初期の作品に、現在の日本を彷彿させるような「本(題不明)」がありましたが、疲弊しきった国は「若き統率者」を求め、世の中はナショナリズムに走り日本は徐々に崩壊の道を歩む・・という粗筋だったと記憶しています。
私も今の時代に何が出来るかも、どうすれば良いかもわかりません。
しかし、周囲の意見や間違った行動には、「それは違う」という簡単明瞭な言葉を発することが常に出来るようにしていたいものです。