
岡崎市旧本多忠次邸にて開かれていた「ルネ・ラリック」展に行ってきました。本多忠次邸は、徳川四天王の一人 本多忠勝の子孫で、最後の岡崎藩主の孫にあたる本多忠次の東京にあった屋敷を岡崎市に移築したものです。

その本多邸にて毎年、3〜4回、この邸に相応しい展示会が開催されます。今回は、1920年前後にルネ・ラリックにより製作されたガラス工芸の展示会でした。この邸内の食堂・書斎・客間等、それぞれの部屋の雰囲気にあった作品が展示されていました。


先日のボーズ(釣果ゼロ)が悔しく、月曜日、夜釣りに出かけました。
雨上がりで風を心配したのですが、風も波も無く、知多市の
新舞子ボートパークからボートを出し、18時、大潮の満潮と
いうことで18時前に出航しました。
いつものパークから5分ほどの近場で、電気ウキと脈釣りの
仕掛けに青虫の餌を付け、釣り始めました。
電気ウキにすぐアタリがあり、セイゴが釣れました。
結果、カサゴ・メバル・穴子・シーバス・フグ(リリース)の
五目達成しました。
今日は、岡崎市美術博物館にて開かれたやさしいミュージアム
講座(前期)の最終回を受講してきました。
今回のテーマは、「桶狭間の戦いとその後の織田・松平関係」と
題し、愛知教育大学の 松島周一教授が講師となり講演されました。
講座内容は、「新編岡崎市史 中世」をもとに、テーマ別に、5回に
わたり講演され、今回が最終回となりました。桶狭間の戦い前後の
三河と尾張の状況につき、信長公記等の資料をもとに説明されました。
従来、今川義元の上洛に伴い桶狭間で戦いが繰り広げられたと
いう事でしたが、上洛の目的という解釈は、マイナーであり、
尾張と三河の国境を巡る紛争に今川義元が乗り出し、桶狭間で
戦いがあったとの事。このほか教科書では、習わなかったことを
教えて頂き、歴史の面白さを感じました。
先日、名古屋市東区にある三菱東京UFJ銀行貨幣資料館にて
開催されていた「広重 六十余州名所図会」展に行ってきました。
貨幣資料館は、歌川広重の版画の常設展示場で、3ヶ月に一度、
展示が変わります。今回は、江戸時代の全国「五畿七道」のうち
「畿内」「東海道」「東山道」「北陸道」の諸国を描いた36点が
展示されていました。諸国の名所が、強調する箇所を極端に
拡大したりして広重独特の構図で描かれており、広重らしい
作品を楽しめました。
昨日、町内の神社の例大祭に出席しました。年に、一度、
一年の無病息災に感謝し、豊年を祈るものです。
町内会の役員をしているので、代表として、普段は入れない
社殿に入り、雅楽が流れるなか厳かな神事に参加しました。
各町の代表と学区の校長先生と共に、玉串礼拝をしました。
長く引き継がれてきた伝統の重さを感じました。