田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

長崎へ一泊旅行(2日目)

2017年06月24日 | 日々の出来事

 2日目の朝、近くを散歩しました。この狭い通路がホテルの出入り口です。早朝なので人影はまばらです。

 歌にも出てくるオランダ坂です。ここは外国人居留地だった東山手地区です。近くには旧英国領事館や居留地時代の旧跡があります。左手の崖の上は活水女子大学のキャンパスです。ゴシック様式の校舎と赤い屋根が特徴です。キリスト教系なのでチャペルがあります。

 東山手十二番館です。いまは活水女子大学の記念館になっています。居留地時代、この辺りにはイギリス、アメリカ、フランスの領事館等が置かれ、領事館の丘と呼ばれていました。

  東山手洋風住宅群です。7棟あり、市の資料館や町並み保存センターが入居しています。

  早朝なので中に入ることは出来ません。

 

 

 坂道を下って孔子廟まで来ました。まだ門は閉まっています。十数年前、9月下旬に長崎に来たとき、たまたま孔子祭があっていました。伝統的な民族衣装や音楽など、昔の中国の雰囲気を味わうことが出来ました。廟の敷地内には中国歴代文物展示館があり、一見の価値があります。

  ホテルをチェックアウトして最初に訪れたのは平和公園です。正面に平和祈念像があります。長崎刑務所跡地に公園がつくられました。

 小学校の時の修学旅行ではグラバー園や平和公園、国際文化会館を見学しました。長崎には何度も来ているのに、平和祈念像に対面するのは修学旅行以来です。 

 いまでも修学旅行で訪れる子どもたちが絶えません。ただ私も同じように記念写真を撮ったはずなのですが、全く覚えていないのです。年代的には平和祈念像が建立された後なので、確かに来たと思うのです。

 近くにある原爆資料館を見学しました。昔は前身の国際文化会館内に原爆資料室があったようです。修学旅行で、国際文化会館の前庭で撮った小さな写真を憶えています。施設は建替えられて昔の面影はありません。

 爆心地から800メートルの民家にあった柱時計。時計の針は爆発の時刻、11時2分を指しています。

  溶けた6本の瓶。爆心地から400メートルの商店にあったもの。

  長崎型原爆。通称、ファットマン。

 

 長崎の地形模型です。赤いところが爆心地。これを見ると、原爆の威力を確かめるためにここに落としたのではないか、とさえ思えます。

 原子爆弾落下中心地の塔です。この上空、高度500メートルで原爆が炸裂しました。空を見上げると、押しつぶされるような気持ちになります。

 平和公園の近く、西坂公園に26聖人記念碑があります。秀吉の伴天連追放令後ここ西坂の丘で処刑され、後に聖人に列せられた外国人や子どもを含む26人のレリーフ像が並んでいます。記念碑の後方には二十六聖人記念館があります。写真の右手は聖フィリッポ記念聖堂。

 修学旅行のときバスガイドの説明で、車窓から26聖人の像を見た思い出があります。しかしここは丘の上で、バスは通れません。記憶違いのようです。

 昼前に長崎を出て、雲仙に行くことにしました。長崎から雲仙へは、島原半島西岸の国道を通ります。絶好のドライブ日和で、紺碧に輝く橘湾を横目にして車を走らせるのは気持ちの良いものでした。道中で写真を撮らなかったことが悔やまれます。 

 途中で気がつきましたが、修学旅行の時もバスはこの道を走ったのです。その時は小浜温泉が宿泊地でした。今日は小浜温泉を経由して雲仙へと向かいます。五十数年ぶりに走る道です。

 途中、旧千々石町を通ります。天正遣欧少年使節団の一員であった千々石ミゲルの出身地です。長崎から島原半島、そして天草にかけては昔の切支丹の面影を残しています。

 雲仙地獄の入り口です。社会人になって、ここには何度か来ましたが、いつもは東側の島原市街から登ります。

 雲仙は明治になって、西洋人の避暑地として人気を集めるようになりました。我が国最初の国立公園の一つでもあります。

 分かりにくいですが、向こう側の人がいるところに十字架があります。この地獄で命を落としたキリシタンの殉教碑です。

 ここは雀地獄。水面に立ち上る泡が弾ける音が、雀の鳴き声に似ていることから名付けられました。

  ここはお糸地獄。右手の休憩所で温泉卵を買うことが出来ます。

 遊歩道が整備されていて、地獄めぐりをすることが出来ます。あちこちにパイプが敷かれているのは、十数軒ある宿泊施設に源泉を引くものでしょうか。

 高温の温泉と噴気が激しく噴出しています。近くには仁田峠のロープウエイもありますが、この日は地獄めぐりだけをして帰ることにしました。下りは半島東側の島原市へと山道を下ります。

 島原市も観光地なのですがどこにも寄らず、市街地を通り過ぎて多比良港からフェリーで有明海を横断します。この二日間、晴天に恵まれて良い旅でした。

 

 

 

 

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