田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

「野菊の墓」 伊藤左千夫

2015年12月21日 | 読書・映画日記

 「野菊の墓」を読んだのは高校生の時だったと思う。悲恋の物語である。「伊豆の踊子」「潮騒」と並んで、若いスターがヒロイン役をつとめる青春映画にもなった。

 この小説を再読しようと思ったのは、雑誌に伊藤左千夫の記事があったからである。また以前、ある方のブログで矢切がこの小説の舞台であることを知った。千葉県の矢切というと九州の人間にはなかなかピンとこない。映画の「男はつらいよ」の冒頭で寅さんが江戸川の土手を歩くが、その対岸の地域である。歌謡曲の「矢切の渡し」で有名になった。

  江戸川の河川敷。向こう岸が千葉県の矢切地区(フリーフォトより引用)

 

  映画では、トランクを提げて柴又へ帰って来たばかりの寅さんが、この河川敷で遊ぶ人達にちょっかいを出すシーンがある。

 7年ほど前、家内と二人で柴又に来たことがある。柴又の商店街や帝釈天、寅さん記念館などを見て、江戸川の土手を歩いた。ここが映画の場所なんだと思い、矢切の渡しを眺めたが、まさか対岸が「野菊の墓」の舞台だとは知らなかった。

 小説を再読しようと昔買った文庫本を探したが見つからず、青空文庫のお世話になった。

 「野菊の墓」では主人公の政夫と民子は、この矢切の渡しで今生の別れを告げる。この小説が発表されたのは明治39年「ホトトギス」1月号で、夏目漱石が「あんな小説なら何百篇よんでもよろしい」と激賞した。

 政夫が数え年で15歳、同じく民子が17歳。それから数年間の物語であり、純愛小説というよりも子供から大人になる過程での恋物語である。ただ家族制度や倫理観が違う時代の物語であり、現在の若者の感性からすれば古臭さを感じるだろう。また双方の親の悔悟と嘆きは、今から見れば大げさとも思える。

 しかし文章は美文調ではなく淡々とした記述である。感傷的な独白体の小説ではあるが、過剰な修飾や表現、思い入れがなく、この小説を現在でも読むに堪えうるものにしている。伊藤左千夫は「写生文」を主導する正岡子規の弟子であり、その影響があるのかもしれない。

 今の若い人はこの小説をどう読むだろうか。

 

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