ドンファン （その６）

「あ、僕、料理の出来ない女はパスです。」

周君は間発を容れずに答えた。

ええっ？周君はそんなところに女の子を評価する基準を設けていたの？

そういえば、こないだの調理実習のとき優子は

「玉ねぎの皮の剥きかたを教えてください。」

と、職員に聞いていた。

はたして周君は本心から言っているのだろうか？

「料理くらい教えてあげればいいじゃない。」

「そんなことより、僕、良子さんのことが好きです。

　今、はっきりとわかりました。

　良子さんといっしょにいると、なんか羊水のなかに浸かっているような

　安らいだ気持ちになります。

　お願いします。僕と付き合ってください。」

オイ、こら、突然何を言い出す？気は確かか？

周君に見つめられてどぎまぎしながら、良子は意地悪く言った。

「今まで何人の女の子にそれ言った？」

「初めてです。」

そうか、

初めてなのか。

よく言った。これで健常者に一歩近づけたことになる。

それにしても、何というタイミングの悪さだ。

「そりゃないわよ。さっきまでマリアちゃん、マリアちゃんって言ってたくせに。

　本気で言ってるなら、まあよーく考えたげるわ。」

周は今、危ない。

この人たちの命は、桜の花のようにはかなく散ってしまう。

傷つけてはだめだ。

「私も周君のこと好きよ、一人の人間として。」

言い終わってから逡巡した。

突然良子の前の道が消えてしまったのだ。

密林の中に迷い込んでしまった。

ここから先は、本能に従って進むしかない。

そのビョーキ、私がいっしょに治してあげるわ、

そう心の中でつぶやいた。

周君に対する愛情が、真夏の入道雲のようにムクムクとわきあがってくるのを

抑えることが出来なかった。

恋に落ちたのか？

これで私もただの女だ。