私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

「膳夫<カシワデ>」とは

2018-09-29 10:56:46 | 日記
 こんな言葉!!!聞いたことありますか???「私の町吉備津」と、大変、深くかかわりのある人が「日本書紀」に出ております。その人の名は

             “兄媛<エヒメ>”

 です、先ごろ、「吉備の美女」の所で、一度ご紹介しましたが、再度、この媛について取り上げてみます。

 応神天皇の二十二年のことです。四世紀の終わりごろの人ですが、当時、天皇は浪速津近くの大隅宮に幸<イデマ>しておられました。そこの高台で天皇の妃「兄媛」(吉備ノ臣の出身)が

            “望西以大歎<ニシヲノゾミテ イタク ナゲキキ>”

 それを見られた天皇が、愛しい兄媛の愁いを帯びた眼色に痛く心を痛めて、お尋ねになられます。

            “何爾歎之甚也<ナンゾハ イマシガ ナゲクコトノイタキ”>

 「どうしたことなのですか??。あなたがそのように大層悲しい顔をしていらっしゃると、私まで悲しい気持ちになって仕方がありませんよ。」
 と。すると、下の方に俯いていた兄媛は弱々しく愁いを込めた小さな声で、天皇にお答え申し上げるのです。

 「私には吉備に残した愛しい父母がいます。近年。音沙汰も少なく、今どうしているかとに頻りに気になって仕方がありません。

              “冀暫還之、得省親歟”
 
 と書かれてあります。